#1.嘘のような、恋話@





 言葉には力がある。
 呪言があるように、紙に書く言葉にも力はある。私の場合、紙に書いた言葉に呪いが篭る。
 とある漫画で人物の名前と死因を書くと、現実になるというノートがあるが、私の術式で重要なのはその言葉と文字、それが書かれた紙だ。勿論、漫画のように簡単に相手を殺せるわけではない。呪言と同じく呪い返しがある挙句、何かしら書く物が必要だ。不便ではあるが、他の呪術師のサポートにはなる。
 それを実体術と言うが、それが物として現れるだけでもなく、洗脳も出来る。だから自白にも使えて便利であるが、洗脳するには書いた物を対象の人間と一定の距離を保たねばならない。つまり貼り付ける、持たせるなどの行程が必要となる。
 しかし、ほとんどは紙を実体化させ、武器にすることが多い。慣れれば良い術式だとは思うが、私はまだ実戦に慣れていなかった。

 いつも通り、私は同期の五条、夏油と共に任務へ向かう。
 二人は強い。二人と違って弱い私は実戦経験を積まねばならない。私は自分が祓おうと、いつも持ち歩いている暗記カードとペンを取り出し、そこにそれぞれ『弓』『矢』と書く。その紙は形を作り、手のひらサイズの弓矢となる。私はそれを指で弾き、呪霊に矢を放つ。紙で尚且つ手のひらサイズと小さく、脆いイメージはあるが、その勢いは本物の弓矢そのもの。
 射抜かれた呪霊は振り返り、私を見る。怯んだものの、一発で祓えるはずもない。祓いきるには沢山の矢が必要だ。暗記カードに『矢』と書き込み、距離を取っては矢を何本も作っては放つ。

「おい、涼華!引っ込んでろって!」
「今日こそ私が祓う!」

 そう意気込んだものの、呪力を消費した挙句、物を多く作りすぎた。五条もそれに気づいたのだろう。でも、ここで止まればいつもと同じだ。そう思い『爆弾矢』と書いて、見た目は同じだが、更に強力な矢を作り出す。
 呪い返しで体が蝕まれているのを感じる。それでもその矢を放つと、それは呪霊の目に刺さり、爆発する。その一撃で呪霊は気配ごと跡形もなく消える。ホッとして体の力が抜け、足元がふらつくと、背後にいた夏油はそっと私の背を支えた。

「よく頑張ったね」
「何黙って見てんだよ、傑」
「たまには彼女に活躍させてあげないと。まぁでも、さっきの呪霊は欲しかったね」
「う……っ」

 二人はそれを踏まえて戦っていたのにも関わらず、私はただ祓うことだけに集中していた。情けない、と私は激しい動悸と眩暈に耐えながら、夏油から離れる。

「無理しない方がいい」
「このくらい、」
「強がって倒れられる方が困るよ。抱えられるのが嫌だったら、せめて手を引く、」
「あぁ、何だよ面倒くせぇ!早くしろって!」

 五条は声を荒げて空中から下りてくると、私の服を掴んで引く。その所為で転びそうになったが、私は浮いていて、まるで犬や猫を持つように摘まれていたが、そのまま小脇に抱えられる。

「乱暴だな、君は」
「運べたらいーっしょ」
「はぁ……課題が山積みだ。とりあえず五条と夏油と別の任務に就きたい」
「せめて二人一組の方がいいよね」
「夜蛾センに言えば?私は弱くて、悟と傑についていけないーって」
「ソーデスネ」

 五条は正しい。そもそも実戦経験が少ないんだ。二人が祓ってしまうことが多いから。いや、そんなことは言い訳にすぎない。私が弱いんだ。それでも腹が立つけど。
 私は補助監督の車に雑に投げ込まれた。それに私は疲れた、とふと息を吐くと、五条はこのくらいで、とまた文句を言う。うるさいうるさい、と私は耳を塞いで、その場をやり過ごしていた。
 高専に帰って来ると、次は夏油が私を抱えてくれた。所謂お姫様抱っこ。恥ずかしかったけど、肩や小脇に抱えられるよりかはいいかなと思った。五条は不機嫌そうに先々と校舎へと向かって行っており、夏油は息を吐く。

「全く……素直じゃないんだから」
「五条は思ったことを口にしてるよ。実際、私もそう思ったし。ただ言い方がムカつく」
「言い方に問題があるのは確かだ」

 五条に何か言われてるのか、と思わせる口振りに、私は彼の言葉を改めて振り返ってみるが、ただ腹が立つだけだった。
 その後、夏油に部屋まで送ってもらい、休むと、夜蛾先生に任務を個別にしてもらうか、二人一組にしてほしいと相談した。

***

 私の要望が届き、夜蛾先生の引率で個別に任務を行うなどしていたが、今日は夏油と二人の任務になった。相手は準一級、二人なら何の問題もない。

「祓いたいんだろう?」
「うん。その為にここにいるんだからね」
「それじゃあ、私は見ているよ。危険だと思ったら助ける」
「ムカつく……」

 思わず眉を顰め、不機嫌であることをぷ、と頬を膨らませて主張すると、彼は「ごめんごめん」と眉尻を下げる。

「君が弱いって言ってるわけじゃないし、教師を気取ってるわけでもない。ただ、」
「もういい。絶対祓う」

 夏油も夏油で大概腹が立つ。私をただ弱い存在とばかり見ている。そりゃあ二人には及ばないかもしれないけど、舐められるほどではない……と思う。
 気をつけて、と声を掛けてくる彼に言葉を返さず、私は個別任務で鍛え、強くなった所を夏油にも見せてやる、と意気込んでいた。
 帳の中で炙り出された呪霊は数が多かった。私は自身の呪力量のことも考えて、ポーチから取り出したレシートに使うロール紙を引っ張り出しては、そこに『薙刀』と書き込む。その瞬間、それは形を変えて薙刀となる。こういった実体系は使う紙の量で大きさが決まる為、暗記カードよりもこういったコンパクトで長い物の方が重宝する。
 体術は、悔しいが五条や夏油に鍛えられてる。二人は呪具を使わない為、独学、自己流で相手をしてもらっている。そう考えると、夏油が教師気取りになるのも分かる。私は何もかも与えられてばかりだ。だったらせめて、彼らの後ろではなく、隣に立って認めてもらえるように。いや、追い越すくらいになってやる。そうしたら少しは、彼らの負担も減るだろう。
 地を蹴り上げ、呪霊の攻撃を避ける。慣れれば目で追える、勘も冴えてくる。呪霊と人間では違うと分かっているが、それでも私が訓練してきた相手は呪霊よりも強い。
 隙が、呪霊の動きが見えた。やはり夜蛾先生の呪骸と呪霊を相手にしてきたこともあり、人間だけではなく、呪霊にも慣れてきた。
 それらの呪霊を祓っても、まだ気配は消えていなかった。少なくとも、大元の準一級呪霊は祓えたんだ。今は喜んでいいだろう。
 夏油と目が合うと、彼はにこりと笑顔を見せる。

「私の出番は必要なかったみたいだね」
「でしょ?私、頑張ったんだから!」

 少し認められたような気がして、自然と頬が緩んだ。喜ぶ私に彼は目を丸くした後、可笑そうに笑って私の頭を撫でた。

「な、何?」
「君の努力の成果だね」
「子供扱いしてるでしょ!」

 同期だし、軽率に女子の頭を撫でるもんじゃない、と払うと、彼は悪怯れることなく、再びそっと手を伸ばしてくると、私の髪に触れた。

「してないよ。可愛らしいな、と思っただけ」
「は?」

 思わず間抜けな声が洩れたが、スッと彼が手を私の背後に翳した瞬間、大きな呪霊が現れたと思えば、恐らくは低級の呪霊をばくばくと食べていた。

「でも、油断しちゃいけないね」
「……油断させたのはそっちのくせに」

 その場から呪いの気配はなくなり、さっきので終わりだな、と辺りを見回し、彼はうん、と頷く。

「帰ろうか」
「そうだね」

 私は術式で使った薙刀を自身の手で破ると、それは形を失って、ただの紙へと戻った。
 何だかんだあったが、準一級呪霊を祓えたことにとても満足している。そんな私を見て夏油はふと笑い、歩き出す。

「帰りに蕎麦でも食べて行こうか。奢るよ」
「奢ってくれるなら行こうかな」
「ふふ、頑張ったからね」

 その後、補助監督に街まで送ってもらい、一緒に蕎麦を食べに行くことになった。何で蕎麦?好きなのかな。
 店に入ると、夏油はざる蕎麦を食べ始め、私はかけ蕎麦を食べる。

「夏油は蕎麦が好きなの?」
「うん、特にざる蕎麦がね」
「へぇ」
「君は?」
「私はお肉が好き」
「結構ガッツリ系だね。次は焼肉に行こう」

 そんなことを話しながら、食事を済ませると、私達は電車で帰ろうと駅へ向かっていたが、夏油は携帯を取り出し、時間を見る。

「もう少し寄り道してもいいかもしれないね」
「どこに?」
「行きたい所があるならどこでも」
「別にない……いや、ノートが欲しいかな。もう無くて。近くに雑貨屋さんがあるから、付き合ってくれる?」
「もちろん、行こうか」

 駅ではなく品揃えが豊富な雑貨店へ向かう。夏油も気分転換したくなったんだろうか、とそんなことを考えながら、筆記用具売り場へ行き、シャーペンの芯やノートを買って行く。
 夏油はずっと私の後をついて来ており、何だか申し訳ないな、という気持ちにさせられる。

「夏油も見たい物見てきたら?」
「もう見てるから大丈夫」
「そう?ならいいんだけど……」

 筆記用具が見たかったの?と思いながらも、私は好き勝手に化粧品売り場へ向かう。それでも彼はついて来る。
 フェイスパックがなかったな、なんて考えながらそれを手に取っていると、夏油は私の持っていたノートなど、買おうとしている物を取る。

「持っておくよ」
「いいのに」
「君は買いたい物が沢山ありそうだしね。私はないんだ」

 夏油は側に置いてあったカゴを取り、それらを入れた。ただ私の買い物に付き合いたかっただけなのか、暇つぶしなのか。そう思いながら、まぁいいかと深く考えずに自分の買いたい物を取っていく。しかし、無言なのが気になって、会話をしようと声を掛ける。

「夏油はどうやって体術を身につけた?」
「元々、格闘技が好きでね。そこから身につけた」
「へぇ……格闘技か、いいかもね」
「涼華は近接戦闘向きだから、私達だけではなく、そういうのを見て学ぶのもいいと思うよ。色んな闘い方がある」
「でも武具を使うことが多いから」
「紙やペンがなくなった時でも対応出来るようにはしておかないと」
「……確かに」

 夏油や五条の素手に対して、私はいつも武具だ。それなりに体術は身につけてきたけれど、まだまだ弱い。そもそも高専に来るまで、マトモに習ったことがなかった。センスはあるらしいから、半年でここまで成長出来たけれど。

「涼華は真面目だね。私と話す時は体術の話ばかり」
「夏油に化粧品の話をしても分からないでしょ?」

 そう、手に持っていた化粧水を見せ、カゴに入れると、それもそうだけど、と彼は肩を竦めた。

「硝子や悟とは何を話してるの?」
「硝子とは映画を観ながら泊まり会する仲だし、色々。五条とは夏油と似たようなこと。というか、夏油は五条とよく一緒にいるし、私がその場で居合わせてるから、知ってるでしょ?大体何話してるのか」
「じゃあ真面目なことだ」
「夏油に真面目って言われたくないな。見た目はヤンキーだけど」

 私はそんなに真面目でもない。ただ負けず嫌いで、悔しいだけ。呪術界は女性に厳しいらしい。男とか女とか、どうだっていいじゃん。時代遅れもいいとこだ。
 私はもういいかな、と買い物を終えると、カゴを受け取り、レジへ並ぶ。その間、私は夏油と真面目なこと以外に何を話せばいいのか、と悩んでいた。
 会計をして、携帯を弄りながら待っている夏油の元へ行くと、彼は私の荷物を持とうと手を伸ばして来るが、それを避ける。

「いい、自分で持つよ」
「君は子供っぽいなぁ」
「どこが?」
「意地っ張りなとことか。何というか、必死だね」
「それも夏油に言われたくない。大人ぶってる子供」
「はは、涼華にはそう見えてるのか」

 そうやって笑って受け流す。きっとこれを五条に言われたらイラッとしてるはず。私だとそうやって大人ぶるんだ。

「気をつけるよ。君に好かれたいからね」
「そう……」

 夏油は私と仲良くしたいと思っているんだろうけど、仲良くなり方が分からない。特に夏油は何を考えているのか、いまいち分からないから。
 私達はそのまま駅へ向かい、電車に乗って高専へ帰る。席が埋まっていた為、二人で扉付近に立っていると、夏油はそうだ、と思い出したように話す。

「私のこと、名前で呼んでくれてもいいよ」
「呼んでほしいんでしょ」
「よく分かったね。数少ない同期だ、仲良くしようじゃないか」

 ただ普通に仲良くしたいと思ってくれているのなら、それに応えるべきだと思う。ただでさえ、呪いが見える人間なんて周りにおらず、中学までの友人に隠し事も多くあった。気軽に話せる友人というのは貴重な気もする。でも、気軽に話せることって?普段、硝子と話すようなことでいいのに、相手が夏油だと考えると、すぐに出てこなかった。

「げと……傑は、彼女いる?」
「いないよ」
「傑も非術師の家系だったよね。気軽に話せる人、いた?」
「いなかったよ。だからなかなかに苦労した。それは君も一緒だろう?」
「そうだね……最初は怖くて泣いてたりしたけど、人に合わせるようになったから」
「私も似たようなものだ。だからかな、恋人は呪術師の方がいいと思うようになったね」
「それは、私もそうかも。でも、恋愛する余裕なんてないかなって」

 長続きしないし、これからも忙しくなって、きっとそんな余裕もなくなる。呪術師を目指すなら、きっとそんな感情すら捨て置かねばならないのかもしれない。

「じゃあ何故、彼女がいるのかどうか聞いたの?」
「定番じゃない?好きな食べ物はさっき聞いたし、その辺どうなのかなと思っただけ」
「でも、そんな質問されちゃ勘違いしてしまうな」
「は?」

 間抜けな声が洩れると、彼は何でもないよ、と笑った。別に、傑に気があるから聞いたわけでもない。そう思われていたなら、何だか複雑な気持ちにもなったし、彼の言葉が全て意味深なように思えて仕方がなかった。
 高専に帰ると、報告書を書く。私の手書きの言葉は全て呪いが込められてしまう。メールなど電子は別だが、報告書は全て絵で描いている。
 今日は私が準一級を祓った、と言わんばかりに、薙刀で呪霊を斬る絵を描いた。これで許されるんだから、夜蛾先生は優しい。まぁ、後で分からなかったらメールか口頭での説明が必要なのだけれど。因みに低級の呪霊は傑が祓ったように、小さめに描く。

「いつも思ってたけど、随分可愛らしい報告書だね。中学まではどうしてたの?」
「ノートを提出しない不良だった。両親は理解してくれて、何とか誤魔化して説得してくれたけど、教師は納得してなかったかな。数学だけは出来たよ。言葉ではないから」

 私は出来た、と頬杖をつく傑に見せると、彼はふと笑って、自分のを見せてくれた。真面目に書いた文と、私と傑の可愛らしい似顔絵が描かれていたけど、それがあまりにも子供っぽいというか、下手くそで笑ってしまった。

「ぷ、はは!それ、私?傑は前髪で分かるけど」
「可愛く描けたと思うんだけどな」
「傑って絵が下手なんだね。でもイメージ通りかも」

 それに彼は怒るわけでもなく、ただ優しく笑った。何故そんなに優しく笑うのか、私にはまだ彼が私に向ける眼差しが理解出来ない。






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