#5.親友達と御対面





 任務、任務の繰り返し。夢の中の俺は強さを求めて、傑と呪いを祓っていた。傑と硝子とは何も変わらないように思える。ただ、彼女がそこにいる違和感が拭えない。
 夢で見る彼女は現実と然程変わりはない。いや、夢の中の方が薄幸な印象は受けたが、彼女に恋する俺も、彼女も、何も変わらない。ただそういう雰囲気にもならず、平行線のまま奇妙な学生生活を送るのだった。

「何から何まで、ありがとうございます……」

 今日も俺は彼女を食事に誘って、車で彼女の住むマンションまで送り届けていた。本当はまだ一緒にいたいけど、俺も彼女も明日は仕事だ。我慢しなければならない。

「俺が誘ったのに、気にする必要ないでしょ」
「さ、誘ってくださるだけでも嬉しいのに、美味しいご飯を奢ってもらって、送迎まで……」
「俺がやりたいことやってるだけ」

 マンションに着き、いつも停めている来客用の駐車場に車を停める。すると彼女は少し名残惜しいのか、シートベルトを外したものの、すぐには降りようとせず、すみません、と呟く。

「勝手に五条さんのこと、悪く思ってました」
「何の話?」
「そういうことを、するのかなって」

 律儀に自宅まで送り届ける俺が不思議なんだろう。確かにメディアでの俺のイメージは悪いけど、女遊びは芸人になってからはほとんどしていない。でも、今の彼女の発言は期待しているようにしか思えない。

「それってさ、誘ってんの?オマエが俺とシたいって話?」
「そ、そんな!そんなことは……!ただ、モテる人はその、遊ぶことが多いのかなって。五条さん、よく写真とか撮られてるって、見たので」

 よく硝子や俺を追っかけるグラドルとは撮られるけど、その他はない。ただイメージが一人歩きしているだけ。そんなこと言ったら、傑なんて問題だらけだろ。

「そりゃ女友達はいたり、絡まれたりすることもあるから、撮られることもある。でも、肉体関係持つと厄介だし、興味ない」
「そうなんですね……」
「てか、毎回抱かれるかもって思いながら会いに来てるってわけ?」
「え!あ、いや……」

 背筋を伸ばして目を泳がせて動揺する彼女は否定もせず俯く。その言葉に甘えて彼女を抱きたくなるが、カッコつけたくもなる。

「……素直すぎるでしょ。安売りは良くない、自分を大事にしろよ。そんな思わせぶりな態度取るから、ストーカーに付け狙われるんじゃねーの」
「ご、ごめんなさい……そういうつもりじゃなかったんです。ただ、五条さんは怖くないから」

 俺は彼女の肩に手を伸ばし、自身に引き寄せせて抱きしめる。強がってはいるけど、怖いんだな。夢の中の彼女もそうだった。強がってるだけで、本当はずっと、何かに怯えて生きていた弱い人間だ。
 強張り、緊張している彼女の背をそっと撫でると、また少し身を縮めた。

「……強張ってんじゃん」
「と、突然だったから……その、」
「何でも受け入れんな、ちょっとは警戒しろ。そんなんだから、目が離せない」

 時折、彼女は良くないものを引き寄せている。悪霊と呼ぶにはそれほど強力でもなく、ちょっとした呪いがついているような感覚。数回会っただけでも、憑かれやすい体質なのだと分かるほど、毎回憑いている。

「……また誘うから。おやすみ」
「お、おやすみなさい」

 そっと放すと、彼女は俺の目を見ることなく、そそくさと車を出て行った。いい匂いがした、柔らかかった、温かかった。好きという気持ちが込み上げてくる。よく耐えたな、と自分の理性を褒めながら、車を走らせて自宅へと帰った。

 ある日、俺は涼華と個室居酒屋で食事をしていた。彼女がほんのりと酔い始めた時、俺は一枚のチケットを手渡した。それはソロライブの関係者席のチケットだ。

「えっと、これって……」
「今度、ソロライブやるから来てよ。二日やるからさ、どっちでも、」
「ご、ごめんなさい……」

 急に謝られ、まさか断られるなんて思ってもおらず、頭が真っ白になった。予定があるのか、来られない理由でもあるのかと戸惑っていると、彼女は言葉を続ける。

「二日目の一般席の抽選が当たってしまって、」
「は……?」
「結構いい席ですよ!確認したら、真ん中寄りで……よく見えますよ、きっと」

 初めて祓ったれ本舗が出演するライブに当たったんです、と嬉しそうに笑う彼女に、俺はすぐに口元を手で押さえ、俯いた。頬が緩んで、情けない顔をしていそうだったから。

「あー……知ってたんだ」
「SNSも見てますから……関係者席のチケットは他の方にどうぞ」
「それ、キャンセルしたら?まだ間に合うでしょ」
「もう支払っちゃいましたし、いいですよ」
「あっそう……じゃあいいけど。次は俺に言って」
「はい、関係者席は緊張しそうですけど」

 正直に言って、彼女がお笑い好きかどうかなんて、どうでも良かった。でも、いざ彼女が進んで俺達に興味を持って、黙ってライブに来ようとしていたその行動や気持ちが何より嬉しかった。俺が好きになった人間が、俺を好いてくれていることが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。そんなの、当たり前だと思っていたから。

「……ライブ終わったら、オマエも飯行こ。打ち上げあるし」
「えっ!そんな、私がいたらお邪魔ですし……」
「んなことない。この間話した、学生時代からの友達もいるし。傑にもいつか会わせるって話したから」
「そ、そうですか……じゃあその、お邪魔します」

 傑と硝子にも会わせたい。俺の夢の中での話だが、会ったら何かが変わるかもしれないと、そう思ったから。

 ソロライブ二日目、俺は久々に緊張していた。本番前に会えないかと涼華にメッセージを送ったが、もう列に並んでしまったと謝っていた。会うのはライブが終わってからだ。

「あー……笑ってくれっかな」
「C−1決勝並に緊張してないか?新ネタは昨日ウケてたし、大丈夫だって」
「アイツにハマるか分かんないじゃん」

 傑はいつも通り緊張もなくネットサーフィンしていて、俺はパイプ椅子に座って、貧乏ゆすりをしていた。
 ミスをしたこともなければ、アドリブだって出来る。それでも根本的に受け入れられない物が存在しているのだと分かる。夢の中の世界のように、ただ呪いを祓えばいいってもんじゃない。人間の心など尚更理解出来ない。

「恋をすると、人って変わるもんだね」
「俺自身は何も変わってないでしょ。傑、ミスすんなよ」
「分かってるよ。君はお笑いとなると真面目なんだから。いや、今は恋に夢中ってとこか」

 否定はしないが、お笑いに興味のない奴でも俺は笑わせたい。営業が一番それを試す絶好の機会だが、最近は少ない。ソロライブはファンばかりだが、俺は顔ファンにでさえ笑ってほしいと思う。勿論、隣の相方にもだ。その為のネタを作っているつもりではある。昨日は全員笑わせたつもりだ。満足しているが、今日は絶対、彼女を笑わせる。

「絶対アイツに惚れて口説こうと思うなよ」
「分かってるよ。でも、向こうが私に惚れるかもね」
「その時は糞漏らして醜態晒せ」
「君はそれに大笑いして、彼女に引かれる……そういう流れだね」
「それは嫌なんだけど」

 そんなことを話していると、いつの間にか緊張が解れていた。流れで舞台へ向かうと、いつも通りに漫才が出来た。そして真ん中寄りの席に座っている彼女を見た時、笑顔だったのが嬉しくて、つい調子に乗って時間いっぱいまで話してしまった。
 内容が全て終わると、すぐに涼華にメッセージを送り、裏へ来るように道を指示した。暫く待っていると、まずは関係者席で観ていた硝子がやって来る。

「よっ、お疲れ」
「どう硝子、面白かった?」
「まぁまぁ」
「とか言って笑ってくれるからね、硝子は」

 医学生だから忙しいが、それなりに付き合ってくれる硝子はいい友達だと思う。俺とサシで飲むのはつまらないとは言ってくるけど。そう考えていると彼女は辺りを見回した。

「五条の彼女は?来る予定じゃなかった?」
「人混みから抜けるの大変なんだってさ」
「割とマトモな人なんでしょ?五条と合うの?」
「俺がマトモじゃないみたいな言い方に聞こえるんですけどー」
「すまん、そう言った」

 コイツら、本当に俺のこと舐めてるな。そう思いながらもこの距離感が心地良いから友達やってんだけど。と二人と話をしていると、スタッフの間を抜けて彼女がやって来た。関係者札を渡しておいたから、すんなり通してくれただろう。

「こ、こんばんは、お疲れ様です……!」
「ん、お疲れ。ライブどうだった?」
「とても面白かったです……!最後にやったのは新しいネタですかね?ライブは初めてなので、ライブ限定だったかもしれないんですけど、とても好きでした」

 他のも面白くて、と一生懸命に感想を言い始める彼女を可愛いと思いながら、止めなければ話が進まないと制止する。

「ごめん、それは後で聞くわ」
「ふふ、気に入ってもらえて良かったよ。悟からよく話を聞いてる」
「そ、そうですか……よろしくお願いします」

 すると硝子は軽く涼華に手を振って、初めましてと挨拶する。

「私、家入 硝子。五条から聞いてるかもだけど、コイツらとは腐れ縁なんだ」
「腐れ縁なんて酷いな。良い友達じゃないか」
「まぁ、いつものって感じ」
「仲が良いんですね……あっ、壱紀 涼華と申します。よろしくお願いします」

 彼女はそう言ってにこりと笑うと、よろしくと挨拶を終え、傑はさてと、と腕時計を見ながら話す。

「そろそろ行こうか。挨拶周りも済ませたし、先に出ていいみたいだから」
「そんじゃ行こ。どうせ俺の車でしょ」

 酒飲みしかいないからな、と俺は車のキーを用意し、愛車に乗り込む。傑と硝子を後部座席に座らせ、涼華を助手席へやる。座っている場所は同じだが、揃っているのは新鮮だ。
 予約していた居酒屋へ向かうと、傑と硝子は早速三人分のビールを注文しながら、案内された席に着く。

「あとメロンソーダね」
「畏まりましたー」

 上座に涼華を押し込み、俺はその隣に座る。「ここ、いいんですか?」と申し訳なさそうにする彼女に、俺は「いいの」と言いながらメニューを取る。俺以外に目移りすることはないと思うが、あまり人目につかない位置に着かせる方が良い。それに端の席なら俺が独り占め出来る。そう思っていたが、傑はニコニコしながら彼女に話す。

「チケット、わざわざ取ってくれたんだってね」
「はい。以前から何度かチャレンジしていたんですが、今回初めて当選したんです」
「ありがたいことに、ソロライブは倍率が高いようでね。それだけ応援してもらえているのは嬉しいよ」
「綺麗事だな。ほとんど顔ファンでしょ」

 硝子の悪態、傑の綺麗事はいつものことだ。それに隣の涼華は苦笑していると、傑はいやいや、と眉尻を下げる。

「興味を持ってもらうことが重要なんだよ。漫才を観てもらうには、顔でも何でも、まずは少しでも印象を残し、興味を惹くことが大事」
「初めに目に入るのは顔だからな。容姿にインパクトのある奴が得だ」
「悟も成長したねぇ、顔ファン嫌ってたのに」
「今も嫌いっちゃ嫌いだけど、C−1も優勝出来たし、次は客を全員笑わせることが目標でしょ」
「無駄に意識高いわ」
「無駄って何だよ」

 そんな会話をしていると、酒やジュースが届き始め、料理を注文してから乾杯する。それに俺は写真を撮っておこうと、スマホを取り出す。

「ほら、全員写れよ」
「わ、私は、」
「いーから!」

 涼華は遠慮気味に体を逸らすが、俺は彼女の背を押し、写り込ませる。写真を撮って確認すると、何だか懐かしい気分になったのは気の所為だろうか。
 SNSでソロライブについての投稿も終えたし、とスマホを置くと、硝子はゴクゴクと喉を鳴らしながらビールを流し込んでいく。

「はぁ……美味い」
「す、すごい飲みっぷりですね。家入さん」
「硝子は一番の酒豪だよ」
「涼華はお酒強い?」
「いえ、弱い方だと思います。でも好きですよ、自分へのご褒美として飲みます」

 この間もそんなことを言っていたな、と俺はメロンソーダを口にしながら、会話を聞く。

「週末とか?」
「そうですね。疲れたなぁとか、気分が落ち込んだ時に行きます。最近は五条さんとのご飯がご褒美代わりになってるので、一人での外食は減りました」
「そっか。良かったら、これをキッカケに私ともご飯行ってよ」
「は、はい!是非……!」

 硝子の誘いに、彼女は声のトーンを上げ、目を輝かせて返事をした。俺の時と差がありすぎるだろ。そう、嬉しそうにヘラヘラしている彼女の顔を覗き込む。

「何?俺だけじゃ不満?」
「そ、そんなことはないですけど……!友達が少ないので、嬉しくて」
「嫉妬は見苦しいよ、悟。それに、たまには先輩やお偉いさん達との飲み会にも付き合ってくれよ」
「酒飲めってうるせーから嫌なんだよなぁ」

 一度飲まされて、ぶっ倒れたことがあるのに、まだ強要してくる人間もいる。それに息を吐くと、涼華は隣で大変ですね、と眉尻を下げる。

「君は会社の飲み会には参加しないの?」
「一度断ったら、誘われなくなりました……あぁいうのを断ると、立場が悪くなりますね」
「本当それだよ、面倒くせぇわ。ソロライブはお世話になったし、今回みたいな打ち上げは参加するけど、プライベートでってのはキツイ」

 チクチクと無駄な説教されるのは嫌いだ。初期よりは付き合っているが、興味ない相手の機嫌取りは嫌いだ。歴だけ重ねて、売れてもいない先輩がデカい顔をしているのも、裏でチクチク顔だけだと悪態を吐いているのも腹立たしい。そんなことを考えていると、涼華はちびちびとビールを飲みながら「五条さんって、人見知りですか?」と訊ねてきた。それに傑と硝子は声を上げて笑う。予想外の反応に彼女は悪いことでも言ったかと動揺するが、傑はごめんね、と笑いを堪える。

「確かに人見知りっちゃ人見知りかもね」
「あ?そんなことないだろ。何笑ってんだ」
「いつも初見の相手に上から目線なんだよ」
「距離を測りかねてる時は大体ツンツンしてるよね」
「そうなんですか?五条さんは初めから優しいですよ。確かに言葉遣いは荒々しかったかもしれないですけど」
「普段は初対面の相手には無口だよ」

 嫌な所を突かれてむず痒い。でも、彼女は意外だと笑って普段の俺に興味を持ってくれるのは嬉しかった。
 そうしているとスタッフが合流して集まってき、お疲れ様でしたと乾杯し直した。俺達がスタッフに挨拶や礼を言っている間、硝子は涼華と話していたが、ふと彼女に気づいたスタッフがコソッと訊ねてくる。

「家入さんはもうお馴染みですけど、もう一人の方はもしかして、五条さんの彼女さんですか?」
「あー……まぁ、そんなもんだと思ってて」

 近くにいたスタッフも皆、えぇ!と声を上げて彼女を見ており、精々羨ましがれと思いながら話を逸らした。
 席に戻ると、彼女は肩身が狭いのか、視線が気になるのか、そっと俺の袖を引っ張る。

「あ、あの……やっぱり私は場違いなのでは?」
「いいんだって……嫌なら俺と抜け出す?」
「い、いや、五条さんはこの場に必要な人じゃないですか」
「俺がこういう場、そんな好きじゃないって皆知ってるし、傑がいりゃ何とかなる」
「そんなのダメですよ」

 彼女も苦手なんだろうな、と俺は中央に寄っている料理を前に持って行ってやると、彼女は礼を言いながらそれを口にする。愛玩動物みたい。

「涼華、おかわりね」
「あ、ありがとうございます……」

 硝子は届いたビールを彼女に渡す。飲むと言っていないのに、飲まされている。ちびちびと飲み、ぼんやりとして顔が真っ赤になっていく彼女に目が釘付けになる。

「硝子、そろそろヤバそうだから酒与えんなよ」
「す、すみません、ボーッとしてきた……」
「送ってくけど、歩ける程度にしとけよ」
「ありがとうございます……」

 スタッフとそろそろお開きにしようと話していると、彼女は眠そうに俯いていた。早く送ってやりたいが、店を出るのは最後になるだろう。
 俺達は一旦店の前まで出て、挨拶をしてスタッフを見送ると、席へ戻る。机に突っ伏している彼女を見て、硝子は肩を竦める。

「悪いな、飲ませすぎた」
「長いこと付き合わせてしまったね」
「本当長いわ、尻が痛い。涼華、起きてる?」
「はい……すみません、眠くて」
「いいんだよ、立てるか?」

 彼女はゆっくり立ち上がり、ふらついたのか俺の腕を掴む。荷物を持って腕を引いてやると、大人しくついて来る。半分眠っているなと思いながら会計をして車まで歩いて行き、彼女を助手席に乗せた。

「まず、コイツ送ってくわ」
「あぁ、無理させたからね」
「部屋まで送った方がいいんじゃない?」
「大丈夫です、歩けます……すみません」

 彼女のマンションまで車を走らせると、水を飲んで少しは目を覚ましたのか、マンションに着く頃には意識はハッキリしていて、駐車場で降ろした。申し訳なさそうに頭をペコペコと下げていて、いつも通り最後まで見送っていた。
 彼女がいなくなった車内、後部座席で傑はふと笑う。

「今日の君、本当情けない顔してたよ」
「してないし」
「そこは恋する男の顔って言ってやれよ」
「はぁ?そんな顔もしてないわ」

 揶揄い始めた二人に、会わせるんじゃなかったと少し後悔し始めていると、傑は「でもさ、」と柔らかく話す。

「いい子で良かったよ。悟が恋するなんて、どんな子かと思ってたんだ」
「案外、普通だったな。また私も誘って飲みに行くわ」
「断れないんだから、今日みたいに飲ませんなよ」
「はーい」

 まぁ、何だかんだ二人が気に入ってくれて安心した。いや、気が合うことは最初から分かっていた。
 夢の中でも、俺達はずっと友達だったんだから。






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