#4.運命的な出会い
これは運命だ。
目覚めて初めに思い浮かんだのは、涼華や傑、硝子の顔だった。
どういう理屈かは分からない。それでも俺は、夢に出てきたことは身をもって体験したことだと感じる。出会い方も似ていたし、ただの夢で終わらせることも出来る。それでも異質な出会い方をした彼女に執着してしまうのは、夢の所為だけなんだろうか。
「……返ってこない」
「何?遂に例のグラドルと付き合うことになった?」
「バカ言え、誰があのおっぱいだけの女、好きになるか」
「君も顔だけの男だよ」
「…………顔だけじゃ無理かぁ」
傑の言葉がグサリと刺さり、反論する気にもなれなかった。あの夢を見たのは涼華と別れた日の夜だった。目覚めてすぐ会いたくなり、メッセージで予定を訊いた。引っ越したばかりだし、一日くらい返信が遅れても仕方がない。でも、今日で既読もつかないまま三日経っている。
結構優しくしたつもりだ。やっぱり彼氏がいてブロックされたかと勘繰ってしまう。だって可愛かったもん。
「誰を口説いたんだ?珍しいこともある」
「この間話したじゃん、ストーカーから公園まで逃げてきた子の話」
「あぁ……よっぽど気に入ったんだ」
「んー……何か放っておけないし?それに、夢に出てきたから気になって」
「急にメルヘンチックだな。返事がなかったら脈なしだね。女遊びしてると思われてるんじゃない?」
「それはオマエだろ」
俺のファンだと言う笑いのことを分かっていないしつこいグラドルや、学生からの付き合いがある友達の硝子とは何度か撮られた。同じマンションに住んでいる傑の部屋で何度か宅飲みした時は特に。硝子はもう、学生時代から俺と傑が仲良くしてる女友達と知れ渡っているが、グラドルの方はしつこくて、わざわざ撮られに来ている感じだ。最近、交際を断り続けてきた女が根負けして付き合い、結婚までしたニュースがあった。アピールし続ければ自分にもチャンスがあると思っているのか、必死だ。胸が大きく、それなりにスタイルも良く、それなりにバラエティなどにも出演している、それなりに人気のグラドル。でも顔は彼女の方が可愛いし、美人さで言ったら硝子の方が上。特に笑いの「わ」の字も知らず、知ろうともしない女なのが腹立たしい。ベタベタとボディタッチが多く、俺の前でだけ甘えたような声を出すのも鬱陶しい。正に俺の顔にしか興味ない女だ。そろそろ共演NGにしたいが、深夜のレギュラー番組が一緒だ。こんな問題で仕事を減らしたくはない。俺が溜息を吐くと、傑はふと笑っては、持っていた本をテーブルに置く。
「恋煩いでネタが書けないのは困るな。私は多少のネタ出しは出来るが、ほとんどは君の仕事だし」
「もうこうなったら初心に帰って、容姿ネタぶっ込む?もう一回、五条の顔面が強すぎて夏油が霞むって言われない?」
「顔だけって言ったの、根に持つなよ。それに、容姿ネタは顔ファンが喜ぶだけだから嫌だと言ったのは君だろう」
「そうだけどさ……俺がどれだけモテる男で、この出会いが如何にラッキーだったか、分からせる必要があるでしょ」
「傲慢だな。そんなんだから、顔だけしか見られないんだろう」
俺は好きになってもらいたくて必死なんだ。一緒にいたい気持ちが日に日に強くなっていく。これが恋でなければ、一体何だと言うんだ。必死になりすぎて、どうすりゃいいのか分からない。
「本命童貞ってやつ?」
「じゃあオマエは本命にどう対応すんだよ。打開策あんの?」
「もし会えたとしても、しつこくして嫌われたら意味がないだろう?大人な対応を取りなよ」
「じゃあ何、待てって?」
「そういうこと。それでも連絡がないなら、縁がなかったと思うしかない」
俺の親友、相方が傑じゃないとダメなように、俺の恋人は彼女じゃないとダメだ。そんな考えが伝わったのか、傑は息を吐く。
「君がそんなに入れ込むなんてね。よっぽどだ」
「分かる?俺の本気度」
「それなら尚更、大切にしないといけないんじゃないか?」
「はいはい、待つんだろ」
待つしかない。あの公園に行ったところで、会えるはずもないんだから。そう俺はただ彼女からの返信を待ち続けた。
その翌日、番組収録を終えて楽屋へ戻ると、彼女からメッセージがあった。思わず勢いよく立ち上がり、ガシャンと音を立てて倒れた椅子を気にせず放心した後、メッセージも読んでいないのに、彼女の名前を見るだけで感動してしまった。
「おい、椅子を直せ」
「ブロックされてなかった……!」
慌てて倒した椅子を直して座ると、彼女からのメッセージを開き、内容を確認する。
『返信が遅れてしまい申し訳ありません。最後に会った夜にスマホを落としてしまいました。メッセージのバックアップが上手くいかず、お返事することが出来ませんでした。お食事の件ですが、土日はいつでも、平日は二十一時以降なら空いています。五条さんの空いている日にちを教えていただければ、こちらから合わせます』
割と長文ではあるが、知りたかった内容は全て詰まっている。トラブルだったかとホッとしていると、傑は俺のスマホを覗き込む。
「待った甲斐があっただろう?」
「はいはい」
傑の口振りには腹が立つが、確かに待っていて良かった。俺はスケジュールを確認しながら、彼女と連絡を取り合う。互いに予定を合わせると二週間後となり、また会えるのかと思うと、収録前だというのに心が弾む。
「顔が緩みきってるよ」
「別にいいだろ」
「ちゃんと集中してくれよ、ただのお飾りにはなりたくないからね」
「はーい」
傑の説教も耳に入らない。二週間後に会えるというだけで、こんなにも心を奪われてしまうのか。恋って厄介なもんだと、俺に本気で恋している人間に同情した。もう俺は彼女のことしか頭にないんだから。
***
待ち合わせ場所にいるだけで俺は目立ってしまう。髪色も瞳の色も帽子やサングラスで隠してはいるが、どうやらこのイケメンオーラは隠せていないらしい。罪な男だ、だから彼女も俺に惚れるに違いない。今日、早速付き合うことになったりして。
そんな恋愛初心者の童貞みたいな考えを巡らせていると、ふと駅から出て来た一人の女に視線が向いた。涼華だった。俺が以前着ていたアウターを着ており、丈は膝上、袖は長くて合っていないが、それでも律儀に着て来るのは、ただただ可愛い。そんな彼女は俺に気づくと、急ぎ足でやって来た。
「す、すみません!お待たせしてしまって……」
「いや、この辺に予定あったから、早めに来ただけ。待ってない」
「そうですか……それなら良かったです。あ、このアウターもありがとうございます。これ、とても暖かくて……でも少し大きいですね」
「似合ってるからいいじゃん」
「そ、うですかね、なら良かったです」
似合ってても、似合ってなくても着てほしい。それより会えたことが嬉しい。やはり夢で見た彼女と一緒だ。いや、夢より少し余所余所しい。これから慣れてくれたらいいんだけど。
「で?どこに連れてってくれんの?」
「普段、私が行く所が良いとのことだったんで、時々お邪魔する小料理屋さんに行こうかなと……本当に時々、自分へのご褒美として行くんです」
「ふーん、普段は自炊?」
「そうですね。だからあまり外食はしなくて」
俺達はその小料理屋へ向かいながら話をする。
家庭料理か、俺も気が向いた時にレシピを見て作る。他人の家庭料理は傑の母親に何度か作ってもらった程度だ。正直、連れて行ってくれる小料理屋より、彼女の手料理の方が食べてみたい。夢の中でも美味いと感じていたから期待してしまう。
「……結構料理に自信ある?」
「うーん……手際は良いと思いますけど、味は自分好みの味にしているので、他人がどう感じるかは分かりません」
「誰かに食べさせたことないの?」
「母親くらいですかね、食の好みは一緒なので」
「俺はあんま手料理とか食ったことないんだよな。傑の母親くらい?」
「家族ぐるみで仲が良いんですね」
「今はもうあんま会ってないけど」
さり気なく手料理を食べさせてほしいと言ったつもりだが、別の話になって、もやりとする。思った通りにならない。作りましょうか?とか言ってくれたらいいのに。そう思っていると、小料理屋に辿り着いた。
外観を見ると、まだ新しい店舗のようで、扉には本日貸切≠ニ書かれた札が掛けられていた。俺と食事をする為にわざわざ貸切にしたのかと少し驚いた。中に入ると、まだ若い女将が笑顔で「いらっしゃい」と声を掛けて来る。
「本日はお世話になります」
「ふふ、まさか貸し切ってくれるとは思わなかったけれど、納得ね。少し緊張しちゃうわ」
「俺もこういう店は初めてだから緊張する」
アウターを脱ぐと、女将はそのアウターを取ってはハンガーに掛ける。俺は席に着いてカウンターを見てみると、もう既に調理され、温められている料理がいくつも並んでいた。居酒屋のような雰囲気もありつつ、和風家庭料理に重きを置いている上品な店。彼女も普段、自炊は和食なんだろうかと思っていると、カウンター内に戻った女将は温まったお手拭きをくれる。
「お酒は飲みます?」
「いや、俺は下戸なんで」
「私も今日は大丈夫です」
いつも飲んでいるのであれば、遠慮することはないのに。俺が「飲んでいいよ」と言うと、彼女は少し悩んで「……じゃあ、一杯だけ」とはにかむ。女将は「いつものね」と焼酎を出してきては、それを熱燗にする。
「よく飲むの?」
「ここに来た時、少しだけ。ご褒美なので」
酒飲み……硝子は相手も酒を飲まなきゃつまらんと言うが、彼女は一人で飲むことが多いから気にならないのだろうか。
ガラスカップに熱燗が入ると、彼女はそっとそれを受け取った。コースメニューなのか、女将はまず温まった料理を小皿に盛り、カウンター越しに出してくる。
「今日は私のおすすめを出しているんだけど、おかわりも自由だから、遠慮なく言ってくださいね」
ここは女将に任せようと俺は出されたおでんの大根に箸を通す。力を入れずともすっと切れてしまうほど柔らかい。一口食べると、じわりと出汁の味が口に広がる。大根によく染みていて美味い。
「ん、美味い」
「それは良かったわ」
時々、冬になるとコンビニでおでんを見かける。その度に一度は食べておかないと、という気持ちになるが、流石に店で食べるおでんの方が美味いし、好みだ。そう思いながら同様におでんを食べる彼女に訊ねる。
「引っ越した後は大丈夫そう?」
「はい。まだ荷解き出来てないんですけどね」
「ストーカー被害にはよく遭うの?」
「ないですよ、こんなの初めてで。よくマンション内で会う人だと思ってたんですけど……」
ゴミ捨ての時とか、と言う彼女はもう気にしていなさそうに熱燗を口にしてはホッと息を吐いた。
「……恋人とかいなかったの?」
「いたことないですね、会社でも縁がなくて……」
じゃあ俺が初めての彼氏になるじゃん。そう思うと本気で大事にしたくなってきた。少し落ち着かずに、自分の腕を摩ると、女将はふと笑いながら次の料理を出す。
「五条さんはモテるんじゃない?」
「そりゃモテますよ。でもまぁ、そんなのは相手にしないけど」
「じゃあフリーなのね。涼華ちゃん、チャンスじゃない?」
そう女将は涼華に話を振ると、料理に夢中になっていた彼女は顔を上げて首を横に振る。
「い、いやいや!私にチャンスなんてないですよ」
「そんなこと言っていたら、ずっと縁遠いままよ?」
「だ、だからって本人の前でそんな、」
俺は女将の言葉に助かっていたが、彼女にとっては迷惑なのだろう。本気で困っている。脈なしなのかと少し落ち込みながら茶を飲むと、女将はごめんね、と俺に謝ってきた。これは本気で口説くしかなさそうだ。しかし俺は傑がファンに接する時のように、歯が浮くような台詞を言える人間でもない。でも、悔しいが俺よりモテる傑の真似をした方がいいのかもしれない。
「君なら、こうやって相手にするけどね」
「はは、それは夏油さんの真似ですか?」
「……何で分かんの?」
「君≠ニか軽く口説きそうなイメージが、夏油さんっぽくて」
結構、傑のことを見てるんだ。そう思うとイラッとした。そういえば、元々俺達のことを知っていたみたいだけど、実際はどのくらい知っているのか。
「結構、見てんだね」
「テレビで見ない日はないですし。私は暇があればテレビを観ているので」
「ふーん……」
「五条さんと会ってから、祓ったれ本舗のチャンネルも観るようになりましたよ。時々、オススメで流れてくるのは観てましたけど……最近はモノボケチャレンジしてましたよね」
「あー……うん、あれは上手くいかなかったけど」
思ったより見られていて擽ったいが、全くお笑いを知らない人間じゃなくて安心した。話題転換してから、彼女は穏やかに話し始め、俺の気分も落ち着いた。
こうして誰かと二人で食事をして過ごすなんてことはあまりなかった。いつの間にか熱燗も二杯目で、ほろ酔いで口が回るようになった彼女を見ていて飽きなかった。
数時間、そこで過ごして腹一杯になった頃、俺はお勘定をしようと立ち上がると、それを察した女将はふと笑う。
「男のプライドもあるかもしれないけれど、今夜は奢られてあげて?」
「はい、今日はお礼なので!」
「その代わり、次はね?」
女将の一言に俺は次も誘おうとは思っていたが、今誘うチャンスが出来たと舞い上がる気持ちでいたが、すかさず彼女は首を横に振る。
「いやいや!五条さんはお忙しい方ですから!」
「そんなに拒否されると傷つくんですけどー?」
「きょ、拒否ではなく……」
「遠慮も時には失礼なのよ?」
「……また、機会があればよろしくお願いします」
「んじゃ、今から予定立てとく?」
男慣れしていないのか、迷惑だと思っているのか、本当に俺に申し訳ないと感じているのか。彼女は戸惑いながらも頷き、バッグの中のスケジュール帳を取り出した。中身は仕事内容や個人的な予定などがあり、彼女の生活が垣間見える。
「えっと、丸一日の休みは土日くらいで……この空白の日ならいけるんですけど……」
「んー……多分、この日はいける。俺とデートって書いといて」
「は、はい……」
彼女は手帳に挟んでいるペンで五条さんと食事≠ニ書いており、俺はペンを彼女の手から取ると、デートと書き換える。それに彼女は拒否するわけでもなく黙って受け入れた後、それで、と話を続ける。
「何時からですか?」
「じゃ、十時から」
「分かりました」
その後は彼女を自宅付近まで送り届け、俺も帰路に着く。あぁ、次のデートが待ち遠しい。
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