#13.愛妻家芸人の素顔





 部屋の掃除をしていると、棚に飾っている幸せいっぱいのウェディングフォトが目に入る。青い空、青い海をバックに、悟さんが私をお姫様抱っこしてくれている。
 あの公園で再会、婚約して、母やおばさん、悟さんのご両親に挨拶をして、結婚した。結婚式は親族と親しい友人だけに絞った。悟さんには呼べる人は多いけれど、私には呼べるような友人がいない。彼はあっさりと「式の内容はどうでもいいよ。俺はただ、オマエのドレス姿が見れたら十分だし」と了承してくれたことが嬉しくて、照れくさかった。
 悟さんはどう結婚発表するのか気になっていたが、SNSで数枚のウェディングフォトに『結婚した』という言葉を添え、投稿した。私に配慮して、顔にはスタンプを貼って隠していたけど。私は顔を隠してほしいだとか、内緒にしていてほしいだとか、希望はない。全て悟さんに任せていたのだけれど、事後報告なのは驚いた。そしてあまりにも淡白な投稿なのに対して、報告を知った私に「こんなに俺の結婚で騒がれてるけど、当の嫁はどういう気持ち?優越感でいっぱい?幸せ?」とデレデレしながら訊ねてきたのが印象的だ。
 それから毎日のように、悟さんは私が作った手料理をSNSに投稿している。私の気分が沈むほどには不評だ。ほぼ告知投稿しかしなかった悟さんが毎日投稿し始めた為、アカウントが乗っ取られたんじゃないかと心配されていたくらい異様だった。それが一週間続いた頃、流石に伊地知さんから別のアカウントを作れと文句を言われた!と帰って来て愚痴っていた為、私もあまり気分が良くないと言うと、料理アカウントを作って投稿し始めた。何故、料理を自慢したいんだろうか。その所為でレシピ本を出さないかと出版社から声を掛けられたのだが、私は丁重にお断りした。
 ある日、私は食後にテレビを観ながら、今日の夕飯を投稿する悟さんを見て、何となく訊ねてみる。

「悟さん、意外とテレビでは惚気たりしないんですね」
「あ?」
「夏油さんや家入さんには惚気たり、SNSで料理を見せたりするのに、テレビや配信ではあまり私のこと、言わないなって」
「SNSはプライベートの一部だと思ってるから。仕事に私情を持ち込みたくないだろ。あと、仕事をプライベートに持ち込みたくないし。まぁ、傑もいると愚痴ったりしちゃうけど。オマエといる時は芸人じゃないよ」

 そう言って私の額に唇を落とす彼に、私は内心、焦っていた。仕事とプライベートは分けたいだなんて話を聞いていたら、伊地知さんに持ち掛けられたドッキリを受けていなかった。収録は明後日なのに。

「いや、嘘吐いた。仕事中もオマエのこと考えてる時ある」
「あ、ありがとうございます」
「付き合う前とか酷かったわ、ソロライブも緊張したし、」

 悟さんはそう言っていかに私を愛しているかを説いている間、私は明後日のドッキリが頭から離れなかった。

 ドッキリ収録当日。
 悟さんの仕事に対する姿勢を伊地知さんに伝えると、彼は私に背を向け、胃薬を飲んだ。大変申し訳ない。

「な、なるべく穏便に済ませます。顔も出さないし、怒らないと思うんですけど……」
「は、はい……でも私に触れていただかない方が、今後の為になると思うので、よろしくお願いします……」

 私が伊地知さんを庇うと、伊地知さんに矛先が向くということか。悟さんは独占欲が強い。言い訳を考えておかなれば、と私は高級料理店で出された料理が嫁の手料理に気づくのか≠ニいうドッキリ収録の為、収録が行われるキッチンに隠れていた。
 中華料理店の炒飯と私の炒飯を比べるということだったが、悟さんに炒飯は一度しか作ったことがない。どれだけ舌が肥えていたとしても、一度しか食べたことのない料理だ、気づかないだろうと彼が本物の中華料理店の餃子を食べている中、私は炒飯を作る。盛り付けはそれっぽく、お玉で半円型にしてもらった。炒飯のレシピは番組で公開されるらしいが、他人の舌に合うかどうかは不安だ。
 出来上がった炒飯をシェフが持って行くと、私はモニターでスタッフと共にその様子を見る。
 見た目についての言及はそれほどなく、彼はレンゲに掬うと、一口食べる。何度か咀嚼した時、彼は何かに気づいて眉を顰める。高級料理店の味じゃないと言われるのか、はらはらしていると、彼はテーブルに肘をつき、額に手を充てて暫く考えた後、やっと口を開く。

「これ、俺の嫁来てます?」

 この言葉に、私は嬉しいとつい口元が緩むがスタッフには緊張が走る。私がヘラヘラしているのを他所に「ヤバいな……嫁はNGだったか?」「早々にネタバレした方がいいな」と最初はバレてもシラを切り、収録終わりの反応を見るつもりのようだったが、何故か大御所芸能人を怒らせたような態度を取られる悟さんに、私は仕事場で嫌われてないのかな、と心配になった。
 スタッフが「実は来てます」と言うと、彼は深い溜息を吐き、顔を伏せる。

「……顔出しNGで撮ってますよね?」
「はい、キッチンで様子を見てます」

 彼はそうっすか、と言って炒飯を食べながら切り替えて話をする。

「いや、嫁の炒飯とか一回しか食べたことないから、マジ危ないわ」
「店のと違いますか?」
「そりゃ違うに決まってるでしょ。愛の味がする……バレて悔しがってました?」
「いや、喜んでました」
「世界一美味いよー!!」

 キッチンにまで聞こえるような大きな声で茶化す悟さんは完食した。そして収録を終えると、悟さんはすぐに裏へとやって来ては、私を見るなり、グイッと両頬を摘んでくる。

「いひゃひ」
「……炒飯、誰にも食べさせてない?」
「シェフが食べてくれました……」
「チッ」

 初めて舌打ちされた。祓本の二人は隠しカメラに敏感なのか、ドッキリには引っ掛からない。こういうドッキリはどうなのだろうか、悟さんの驚く姿もいいんじゃないかと引き受けたが、彼の望む仕事じゃなかったのだろうと反省していると、彼は摘んでいた私の頬を撫でると、額をコツンと突き合わせてきた。

「共演NGね。俺はオマエを独り占めしたいの。自分が可愛いこと、自覚して?」
「は、い……」
「何かあったら伊地知がフォローしてくれるから、気をつけて帰って」
「あ、ありがとうございます」

 まだそこにはスタッフが多く残っているというのに、悟さんはそう言って軽く触れるだけのキスをして出て行き、私は周りの視線が突き刺さり、伊地知さんの元へと逃げた。


***


 真冬の無人島にて、祓ったれ本舗の二人は一泊二日のサバイバルをすることとなった。
 特番で放送されるサバイバル番組では、何も情報が伝えられないまま、三組の芸人やタレントが無人島に突然投げ出され、サバイバルをする。
 突然目隠しをされ、車や船に乗せられて連れて来られた二人はスタッフに無人島でサバイバルをすることを伝えられた。

「今日、俺の誕生日なんですけど!!伊地知ぃ!!」
「こら、伊地知に当たるな。それで、今回は道具を与えられるんですか?」
「オマエだけだからな!サバイバル楽しみにしてる奴!」

 祓ったれ本舗は時々、こうしたサバイバル番組に呼ばれることがあり、大半の理由は夏油さんが楽しんでいるからである。それに毎回、渋々付き合っているのか、巻き込まれている悟さんが視聴者にウケるようだ。やはり今回もそういう流れになるんだろうな、と私はぬくぬくとした部屋でテレビを観ながらコーヒーを飲む。
 何故、これだけ駄々を捏ねているのか、理由を知っている私としては少し複雑だ。そう思っていると、彼は冬の砂浜で正座をする。

「どんだけ俺が駄々を捏ねてもクソ寒い中でサバイバルしなきゃなんないのは受け入れる!けど、せめて電話の一本掛けさせてもらっていいですか!」
「頼みますよ、新婚ほやほやなんで」
「嫁が!今夜は誕生日だから家でスイーツブッフェしてくれるって、ずっと前から準備してくれてるのに!そんな嫁に連絡もなしに待たせるって言うのか!鬼!悪魔!伊地知ィ!!」

 伊地知さんの名前が出る度に注釈でマネージャーです、と出てくる。祓本ファンからすればお馴染みであり、SNSではいつも悟さんと同じく伊地知さんを弄っている投稿もあり、微笑ましくもある。
 この番組は長時間の特番で人気もあるし、結婚する前から決まっていたんだろうなぁと思うと、伊地知さんが不憫である。
 一旦、悟さんだけを船に乗せて帰り、夏油さんは無人島で一人、拠点作りを始めることとなった。ここからは夏油さんメインで、今回はどうしようかなぁ、と材料集めから始めていると、一方その頃、と陸に上がって電話をする悟さんの背中が映される。

「もしもし……ごめん、今日帰れそうにない……」

 寂しそうな声と背中には哀愁がある。ここ放送されるんだ、と私はそわそわと落ち着かず、あまり心には良くないが、SNSで番組名のタグを検索して反応を見てみると『普通に可哀想』『ドッキリにする必要あった?』と同情の声があった。
 するとテレビからはあまり聞き慣れていない、自身の声が聞こえてきた。

『えっ、お誕生日なのにお仕事なんですか?』

 悟さんにしか聞こえていないと思い、私はこの時、考えもなしそう言ったが、伊地知さんには刺さったことだろう。すると彼はそんなことを気にする余裕もなく、肩を落としながら話す。

「うん……無人島でサバイバルだって……」
『そうですか……寒いので、体に気をつけてくださいね。夏油さんにもお伝えください』
「それはいいんだけど、夕飯、準備してくれてるでしょ」
『そんなの気にしないでください。まだ下準備段階だったので、私は大丈夫ですよ。帰る時間が分かったら、また連絡してください』
「うん……」
『今朝も言いましたが、誕生日おめでとうございます。今日はもう言えないと思うので……お仕事、頑張ってください』
「ありがとう……じゃあ、また」

 電話を切ると、伊地知さんにスマホを返しており「嫁の為にサバイバル頑張ります!」とカメラに向かって意気込みを言っていた。流石にここまで私の声が入っていたら、検索出来ない、怖い。とスマホを伏せた。
 悟さんは気持ちを切り替えて船で無人島へと帰り、夏油さんへとカメラは切り替わる。

「いやぁ、今回はいい仕上がりじゃない?悟も喜ぶはず」
「おーい、傑ー!」

 戻って来た悟さんに、夏油さんはドヤ顔で作った拠点を見せるが、二人の全身が入る長さはあるものの、高さが一メートルもない。

「何これ、野生動物の巣穴じゃん」
「でも、前回みたいに足だけ外に出るみたいな心配はない」
「いや、閉所恐怖症が死にそうなくらいの圧迫感あるわ。高さも作れよ」

 やり直し!と悟さんはそれを崩して建て直し、夏油さんはまたケチをつけられた、と薪に火を起こし、焚き火を作っている。サバイバル慣れしているだけあって、火を起こすのは得意だけど、物作りは相変わらず下手くそだ。不器用なんだろう。
 そこからはお馴染みの流れで魚を釣り、風呂に入りたいと言う悟さんの我が儘に、桶に穴を開けて吊るし、そこにお湯を入れてシャワーを作ったりしていた。降り注ぐお湯が真っ白な湯気を上げて悟さんを包んでいて、どれだけ島が寒いかを物語っていた。
 夜は寝袋に入る前に焚き火を囲み、温まりながら二人で話をする。

「漫才でテッペン取った後にこんな体張る仕事すると思ってなかったけど、何だかんだ芸人してる時が一番楽しいわ」
「ふふ、初めはモデルやった方が売れるよって蹴られっぱなしだったけどね」
「顔で売れるのは当たり前すぎて、やり甲斐がないわぁ」
「色んな人から怒られるよ」

 飲み会の時は私達がいるから、こういった話はしないのか、今はこういった芸人としての二人の話を聞くのは新鮮だ。二人の時は普段からこういった話をしているのだろうか。

「ピンの仕事の方が、やりやすいんじゃない?」
「一人は単純、でもオマエと芸人やってんのが一番楽しい。普通出来ないでしょ、無人島サバイバルとか」
「最近、好感度上げようとしてるだろ」
「してないわ!嫁もテレビ見て笑ってくれるから、一石二鳥なの」
「最近、何見て笑ってた?」
「オマエが教祖になるネタ」
「あ、漫才の方なんだ。ありがたいね」

 やっと一日が終わる、と二人は悟さんが建て直した拠点で眠った。何だか自分の話題が出るのは恥ずかしいなと思っていると、玄関から「ただいまー」と悟さんの声がした。帰って来たんだ、と私はすぐに出迎えると、彼はただいまのキスをくれる。リビングにやって来て、番組を観ると、あぁ、あれかとソファに座りながらスマホを取り出し、SNSを見ている。反応が気に入らなかったのか、すぐに電源を切り、ポイとソファに投げる。

「……今日のご飯は?」
「シチューとカボチャサラダと、パンも作ってみました。焼きたてではないんですけどね」
「ん、じゃあもうすぐいただいちゃおうかな」

 私はシチューを温め直すと、彼は背からギュッと私を抱き締めた。いつもならこの時間はソファでゆっくりしているが、今日は甘えたい気分なのかと考えていると、彼は意外なことを訊ねてくる。

「オマエはSNS見ないの?」
「アカウントは持ってますけど……」
「何投稿してんの」
「いや、何も……見てるだけです」

 SNSを見る為にはログインが必要だから仕方なく登録しているけれど、発信する物が何もない。本当?と疑ってくる悟さんに、スマホ見ていいですよ、と言うと、彼は取りに行く。パスワードは?と言う為、私は受け取って打ち込み、開く。SNSアカウントを見て、フォローしている人間もチェックしてくる。

「えぇ!この女、好きなの?やめとけよ、前にDM送って来たことある!」
「そ、そうなんですか……」
「コイツはダメ!下ネタばっかり!」
「はぁ……」
「この女も顔は良いけど、俺と傑、同時にDM送って来た猛者だ」
「この世の女が信じられなくなるので、やめてください……」

 単純に演技が良かった俳優、綺麗なモデル、面白かった芸人などをフォローしていたのだが、あれもダメこれもダメとフォローを外されていく。

「好感度エグい爽やかイケメン俳優じゃん!絶対ダメ!!」
「もう祓本しか残ってないじゃないですか」
「それでいいの」

 独占欲が強い、と思いながら、私達は食事の為にテーブルに着く。食べる前に悟さんは料理の写真を撮ると、いただきますと食べ始める。毎日飽きないな。

「エゴサとかしないの?五条、嫁とかで」
「しませんよ、怖い」
「オマエを叩いてる奴いたら、訴えてやる」
「その数を知りたくないから見ないんです。時々、話題になっている祓本のことを見た時に、私が目に入ることはありますけど」
「何て書いてた?」
「五条の女に大打撃を与えた女の顔が見たい」
「見たら可愛くて、余計悔しい気持ちになるだけなのに、馬鹿だよなぁ」

 知らない人間からの評価など気になることはない。でも、嫌なことを言われていたら傷つく。嫌な性格をしているのかもしれないが、それでも少しだけ、優越感を感じることがある。
 悟さんは、ずっと一途に私を思ってくれる。きっとこの先、どんなことがあってもそうだと確信している。このデレデレとした情けなく笑う彼を見られるのは私だけなんだよね。






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