#12.夢のような幸せを。




 以前、火事被害に遭った部屋は一年程経った今でも空き部屋らしい。結構な大火事でニュースにもなったから、あまり住む人がいないのかもしれない。良い物件だと思うのだけれど。
 そんな場所の近くにはホテルがあり、私はいつまでも実家にはいられないと、仕事探しと家入さんや夏油さんと飲む為に東京へやって来た。何だかんだ東京での生活も気に入っていたから、住んでいた地域でホテルを探した。
 飲食店など、繁華街は賑わいを見せ始める宵にチェックインする。荷物を置いて一息吐くと、時計を見る。来る時間が早すぎた。まだ彼らの仕事は終わっていない為、私は母やおばさんへの土産を買いに行こうかとホテルを出る。六年ほど住んでいた地域だからか、心地良く感じる。やっぱりあの家に戻ろうかな。そう思っていると、ふと五条さんと初めて会った公園を思い出す。確か、五条さんと会った日も今日みたいに寒かった。
 深夜に怖い目に遭って、寒くて、心細くて、前もどこかでこんなことがあったと思いながら、朝が来るのを待っていた。そんな中、五条さんが温かいおしるこをくれたんだ。心の底から安心して、泣きそうになって。口調は荒々しかったけれど、彼はとても優しかった。そう考えていると、足は導かれるようにその公園へ向かっていた。住宅街に入ると、深夜と違って明かりがついている家が多い。
 その小さな公園にはベンチだけがあり、その公園を照らすのは、出入口近くの街灯と自動販売機と、公園を囲む住宅の明かり。それも全てぼんやりとしている為、人がいるかどうかは公園前に行かなければ分からない。普段は子供達の遊び場になっているのだろうか。そう思いながら、子供に合わせて作られたであろう一メートルほどのフェンス越しに、ベンチに座る人影が見えた。それは──

「五条さん?」

 もう彼とは一年、会うこともなければ、メッセージを送り合うこともなかった。こんな場所で会うだなんて、想像もしていなかった。
 彼は私の声に反応して顔を上げると、目を丸くした。

「……オマエ、何でここいんの?」
「五条さんこそ……!」
「俺は……散歩。ここ、おしるこあるし」

 公園内に入ると、彼はゴミ箱もない公園でおしるこを飲んだと言うが、缶はどこにも見当たらない。何故、嘘を吐くんだろうか。そう思いながら、おしるこを自動販売機で二つ買い、一つを彼に差し出しながら隣へ座ると、彼は大人しくそれを受け取った。

「……で、オマエは?」
「やっぱり東京で働きたいなと思って、仕事を探しに。これから家入さんと夏油さんと飲む予定なんですよ」
「……それは、知ってる」

 きっと、夏油さんに誘われたんだろう。でも行かずにここへ来た。彼もここでの出来事を思い出してやって来たのなら、少し、嬉しい。期待するのはやめたのに、どうしてもそんな気持ちが芽生えてしまう。
 おしるこを飲む私に対して、彼は開けもせず缶を握ったまま、ぼんやりと宵の空を見上げている。

「……これ、現実?」
「え?」
「夢じゃない?」
「……現実ですよ」
「良かった」

 そう言って微笑む彼に、夢と現実の区別がついていないのか不安になっていれば、彼は吹き出すように笑っては缶を開け、おしるこを飲んだ。

「冗談だよ。オマエも随分前から夢に出て来てないし、俺も……夢を見なくなった」
「それって、」

 夢の中の五条さんも死んでしまったということ?そう思っていると、彼は缶を足元に置き、空を仰いでふと息を吐くと、白い息が上がり、空へと消えていく。

「オマエは、思ってたより図太く生きる人間だった。でも、俺が助けた所為で狂ったのかも」
「それは、夢の中の私ですか?」
「どっちも、オマエにとっては出会わないことが一番の幸せだったのかも」

 ずっと、そんなことを考えていたのだろうか。夢は夢、現実は現実。私はそう思ってしまうけど、彼にとってはどちらも現実だったのだろうか。

「……もしものことなんて、分からないです。でも、笑ってる瞬間があったのなら、幸せだと思えることが少しでもあったのなら、後悔はしていないと思います」
「……今ので、夢の中の俺は安心かな」
「良かったです」

 五条さんがいたから、家入さんや庵さんとも出会えた。勿論、五条さんと過ごした時間は大切で、夏油さんとも出会えて良かったと思う。それでも私と五条さんの関係は良くないまま現在に至る。だからこそ、否定は出来なかった。
 甘ったるいおしるこを飲み干すと、私はそれじゃあ、と缶を持って立ち上がる。

「私はこれで……会えて良かったです」
「もう、やり直せない?」

 立ち去ろうと一歩足を踏み出した時、彼はそう言って私を引き留める。返事に困っていると、彼は私の手を掴んだ。振り返ると、彼は縋るように私を見つめる。

「俺達、もうやり直せない?そりゃ、夢に引き摺られてたこともあるかもしれない。でもやっぱ、空いた穴を埋めれるのは、俺にはオマエ以外に考えられないっていうか……」

 五条 悟という男に、ここまで言わしめる私≠ヘ一体何なのだろう。そう思いながらも、私はもう彼の夢見がちな所は諦めていた。いや、もう夢は見ていないのだから、これからは良い関係を築いていけると感じていた。

「それじゃあまた、お友達からよろしくお願いします」
「は?」
「え?」

 数秒の沈黙の後、五条さんはまるで叱られた子犬のように眉尻を下げ、私を見上げる。

「指輪、オマエのじゃないって言ったのは悪かった。あの時、気を遣わせたくなかったんだよ」
「え、と……何の話ですか?」
「怒ってるんじゃないの?」
「怒ってはいませんよ?指輪は無理していたんですよね。夢の中と同じように、私と結ばれなきゃいけないって……」

 五条さんはポカンと口を開けながら私を見つめる。もしかして、的外れなこと言ってる?と戸惑っていると、彼は深く溜息を吐き、頭を抱える。

「んなわけあるかよ……」
「で、でも、夢で私が死んだから、私のことを心配していたんですよね?それくらい夢に、」
「確かに不安にはなった。でもそれは憑かれ体質のオマエが悪い。ずっと不運続きだったろ」
「それはそうですけど……えと、私達、お付き合いしていたんですか?」

 そんな意識は全くなかったと思っていると、彼は「まぁ、それは……」と口籠り、目を逸らす。そして少し考えた後、立ち上がる。そして深呼吸をすると、彼は真剣な眼差しで静かに話をする。

「夢を見る前から、惹かれてた。夢は……キッカケみたいな物。俺に必要なのはオマエじゃないかってくらい、運命を感じた。ずっと、ずっとオマエが好きだった。守りたいって気持ちもあったけど、本当はずっと家にいて、俺だけを出迎えて欲しかった。離れてもずっと、ずっと好きだった。今もここに来て、オマエと会って、やっぱオマエは俺の運命の人だと思ってる。だから、だから俺と、結婚してください」

 どこにでもあるような、住宅街の中の公園。でも、この場所は私にとって特別だった。私の人生を変えた場所、そして今日もまた、私の人生を変えるのだろう。

「よろしくお願いします」

 彼の真剣な眼差しとその言葉に、私は胸を打たれた。ふと、彼の瞳に光が差したような気がしたが、それも視界が揺らいで見えなくなってしまった。ほろりと大粒の涙が溢れた時、優しく微笑む彼が私の頬に触れ、そっと唇が触れ合うだけの優しいキスをした。懐かしさを覚える彼の体温に触れ、私は心が満たされていく。

「ずっと、したくて。カッコつけて我慢してた」
「それって、カッコいいんですか?」
「女癖悪いと思われたくないし……本気で好きだって、分かってほしくて」
「本当に?」
「……本当は、勇気がなかっただけ。でも、大事にしたいと思ってる。夢でも現実でも、俺はずっと、オマエと幸せになりたいと望んでたんだから」

 その言葉に嘘はない。私は彼の背に腕を回し、力一杯抱き締めた。五条さん、こんなに体が分厚かったんだ。それを初めて知り、そして彼の匂いに包まれた時、二人で過ごしたあの短い一時が恋しくなった。

「私もずっと、こうしたかったんです。ずっと、ずっと、五条さんが大好きなんです。一緒にいてください」
「……うん」

 我が儘な子供のような告白だった。それでも彼は優しく私を抱き締め返してくれる。冬の寒さを忘れるくらい温かくて、心地良い。私はずっと、彼からこの言葉を貰えるのを待っていた気がする。

「ねぇ、もう一回、聞いていい?」
「はい」
「これ、現実?」
「夢みたいに幸せですけど、現実です」

 離れて顔を見上げると、彼は良かった、と笑って、再びキスをくれる。

「今日は飲み会やめて、俺の家行こう?」
「ダメです、約束は約束ですから。五条さんも行きましょう」
「……うん」

 でも化粧を直したい、と私は泣いてしまって、痕が残ってるかもしれないから、一旦ホテルに戻りたいと考える。

「ホテルに戻って、お化粧直してもいいですか?」
「チェックアウトして、家においで。まだ時間あるでしょ」
「ホテル代が勿体ない……」
「いいじゃん。俺と会う為の経費だと思えば」
「そう、かも……?」
「荷物、取りに行こ」

 五条さんに流されるがままホテルへと向かい、荷物を取ってチェックアウトする。五条さんはキャリーバッグを引きながら、堂々と人目を憚らず私の手を握っている。楽しそうに歩く彼を見ながら、私は訊ねる。

「どうして、メッセージくれなかったんですか?」
「オマエもくれなかったじゃん」
「私は……気まずくて」
「俺は、オマエの返事が怖かった。ただいつもと変わらず返事をしてくれるか、分からない。知るのが怖った。最後に見たオマエは、すごく、ショックを受けた顔してたから」

 指輪のことだろう。勢いで鍵も返したし、エレベーターで泣いてしまった。きっと、酷い顔をしてたんだろう。

「……ショックでした。私は、見てもらえてないんだって、思ってたから」
「俺が好きなのは、あの公園で震えてたオマエだよ。ここにいるオマエなんだ」

 グイと手を引かれ、五条さんと肩がぶつかる。距離が近くなり、私はドキリとしながらも、彼の隣を歩いた。
 五条さんの家に着くと、私はキャリーバッグのタイヤを拭き、家の中へと入れる。早速化粧直しさせてもらおうとソファに座ると、彼は私の隣に座り、ピッタリとくっついてくる。

「き、気が散る……」
「えぇ、ちょっとは我慢してよ。一年振りだよ?」
「私だって一年振りです」

 そう言って化粧直しをすると、彼はその間、目を瞑っては私の肩に頭を乗せ、もたれ掛かっていた。化粧直しが終わり、テーブルに散らかった化粧品を片付け始める。五条さんはそれに気づいて、まだ片付け終わっていないのに、私に体重をかけてソファに押し倒した。

「俺、オマエと結婚したら、この家にオマエを縛りつけるって決めてた」
「え?」
「ずっとここいて。毎日俺におかえりって出迎えて、俺を愛して」
「……分かりました」
「俺がいないと生きていけないって思わせるくらい、幸せにする」
「私も、五条さんを不安にさせるようなことはしません。頑張ります」
「ん、善処して」

 ちゅ、と吸いつくようなキスをされ、私はドキドキしながらもそれを受け入れるが、リップが取れる、と顔を逸らす。

「せ、せめて飲み会が終わってから……」
「……分かった、我慢する」

 カッコつけるのはやめたのか、とても積極的だ。一年の間にゲームが進んだと彼はゲーム機を持って、私に自慢してくる。そこが愛らしいと思う。すると、彼は何の気なしに私の左手を握り、どこからか取り出した婚約指輪を薬指に嵌めた。

「再会があんな形になるとは思っていなかったから、指輪持っていなかったし……今、渡す」
「あ、ありがとう、ございます……」
「再会したら絶対伝えるって、練習してた。振られてもいいから、気持ちを伝えたかった」

 こんな素直に気持ちを伝える人だったっけ、と私は少し戸惑いながらも、どうしても私に不釣り合いだと思ってしまう指輪を撫でる。きっと、彼の態度は夢の影響だろう。

「五条さん、何だか変わりましたね」
「……確実に、俺の中には夢の五条 悟も混じってると思う。夢の中の俺も、それを見た俺も、あぁ、生きている間に全て伝えておくべきだったって思うこともある。だからちゃんと伝える。全部受け止めて?」
「わ、分かりました」

 これも全て五条さんなんだ、と私は納得することしか出来ない。徐々に慣れていく必要があるなと、そう感じた。
 飲み会の時間になると、私達は家を出て、五条さんの運転で個室居酒屋へと向かった。先に入店すると、五条さんは注文していく。何も頼まず席を独占するのも悪いだろうと、私達は一杯楽しむ。まぁ、五条さんはメロンソーダだけれど。
 そうしていると個室へ家入さんがやって来る。彼女は五条さんを見るなり、眉を顰める。

「断ったくせに、何でいんの?」
「運命の再会して、その流れで婚約しちゃった」

 五条さんは私の左手を取り、指輪を家入さんに見せつける。それに彼女はタッチパネルで酒を注文した後、呆れたように肩を竦める。

「涼華も涼華でどうなの。会ってすぐ婚約受け入れたの?」
「ま、まぁ……その、蟠りは消えましたし、私も、好きなので」
「あーはいはい、いつかはこうなると思ってた」

 ビールが届いたのと同時に、夏油さんもやって来る。五条さんを見て、家入さんと同じ反応をする。一応誘っていたんだなぁと思いながら、私達は乾杯する。

「よくOKしたね?」
「その話をしてたんだよ」
「一年か、長かったね」
「時々恋しくはなりましたけど……テレビは観てましたから」
「俺だけじゃん、寂しかったの」

 そう、肩に頭を乗せたりして甘えてくる五条さんに、私はふと五条さんの記事が脳裏を過ぎる。

「でも……彼女がいたんじゃないんですか?」
「は?」
「ほ、ほら、五条さんのファンで、グラビアアイドルの、」
「あ、あれは違う!確かにホテルには入ったけど、抱かなかったから!」

 突然焦り始める五条さんに、嘘だと私が眉を顰めると、夏油さんと家入さんは声を上げて笑う。何がおかしいのかと首を傾げると、夏油さんはあれね、と説明してくれる。

「ゴム買いに行くってそのまま逃げて戻らなかったやつだろう」
「え?」
「違う違う、精力剤買うって出て行ったんだよ!誘われてホテル行ったけど、勃たないからさ」
「酔い止め!酔い止め買いに行ったの!」

 ケラケラ笑う二人に、私はどういう状況?と余計に混乱していると、五条さんは笑うな、と眉を顰めながらもメロンソーダを一口飲む。

「あれは酔ってた勢いもあるし……」
「酔った勢いでホテル行って、帰ったんですか?」
「そう。食事行って、お持ち帰りされたんだよ」
「すごい熱心だよねぇ、あの子」
「しつこいわ……俺も流されたのは悪いけど、すぐ出て行ったから。アイツ脱いでたし、俺はちんこ弄られたけど勃たなかったし、何もしてないから!」
「そ、そうですか……」

 必死に弁解すればするほど怪しく感じてしまうが、夏油さんはふと笑いながら、本当だよと笑う。

「記者が張り込んでて、ホテルに一緒に入ったのは見てるけど、出て行ったのは見てないんだ。まさか数分でホテルを出ると思わなかったから、見てなかったんだろうね。朝になっても悟が出て来なかったから、見逃したのかと焦ったんじゃない?」
「マジ最悪だわ……あの女もカッコ悪いと思ってたからか、あんま広めてないみたいだし。俺と飲んだことは言ってたけど」
「そりゃそうでしょ。周りは悟じゃなくてあの子がお持ち帰りしたことを知ってるんだから」

 夏油さんは一途だよねぇ、と笑い、私はその言葉で少し安心出来た。それに家入さんはタッチパネルで食事を注文しながら、安心した?と笑った為、私は頷く。

「彼女じゃなかったのなら、良かったです」
「そんなこと心配してたの?」
「心配というか、私には魅力がないのかなって……」
「今すぐ帰って、俺がどんだけ我慢してたか、教えてやろうか?」

 そう腰を撫でられ、つい体が強張ると、彼は冗談、と言って私を抱き締めた。それをジトっとした目で見てくる夏油さんと家入さんに、私は恥ずかしい、と顔に熱が集中する。

「イチャつくな、怠い」
「こんなデレデレな悟は初めて見たよ。そんなこと言えたんだね」
「一年もあれば変わるんだよ」

 そんな話も交えながら、私達は以前と変わらず酒を飲む。私が働いていた甘味処の話や、二人が出演していた番組の話などをして酒が進んだ。頭がぼんやりとしてくるような感覚は夢を見ているよう。その感覚が心地良くなって、もう一杯飲もうとタッチパネルを手に取った時、こら、と五条さんは私の手を掴んだ。

「酒はもう終わり。これ以上飲んだら、キスした時、俺も酔っちゃうんだけど」
「キショ、何その止め方」
「いーだろ、何でも。もう眠そうだし、お開き。皆、明日仕事だし」
「そうします……」

 仕事、私も探さなきゃ、とぼんやりしながらお会計をしようとすると、ここは俺が払うからと言って五条さんは個室を出て行く。それに夏油さんは頬杖をつきながら優しく笑う。

「ありがとう、悟と一緒にいてくれて」
「え?」
「少し変わったかもしれない。けど、それも悟の一部なんだと私も受け入れるようにした。仕事もやりやすくなったしね。大人になったと割り切ってるよ」
「そうですか……」
「ウザさ増した感じするけど」
「それは確かに」

 二人も受け入れているんだとぼんやりしていると、五条さんが帰って来た為、二人はご馳走様、と立ち上がる。私も立ち上がろうとすると、五条さんは私を支えてくれる。

「ありがとう、ございます……」

 彼に手を引かれながら店を出る。頭がクラクラする。お酒は考えて飲まなきゃ、と反省した。
 五条さんは家入さんを送ってからマンションへと帰る。マンション内で夏油さんと別れると、五条さんの家に入る。モタモタと靴を脱いでいると、彼は私を担ぎ上げて寝室に入ると、ベッドに私を下ろし、まだ残っている右足の靴を脱がして床に置くと、ゆっくりコートを脱がしてくる。

「しっかりしてるオマエもいいけどさ、手が掛かるオマエも、俺は好き。放っておけない。俺の心を掴むのが上手いよな」

 コートをハンガーに掛け、着ているタートルネックの裾から手を入れ、脱がしてくる。このまま抱かれるのか、と私はドキドキしながら彼を見つめる。肌着もパンツも脱がされ、下着姿となり、羞恥もあったが、彼が私に欲情してくれたら、と期待していた。
 五条さんは自分もズボンを脱ぐが、上着は脱ぐことなく、私を抱えてベッドの中央へ移動させると、布団を掛けた。

「おやすみ。ぜーんぶ、明日の朝済ませて、今日は寝よ」

 ここまで脱がしておいて?と私はぼんやりとした頭でもおかしいと感じる。私は満足気に隣に寝る五条さんに跨り、覆い被さる。

「何して、」
「私じゃやっぱり、ダメですか?」

 そう言って彼の手を取ると、それを自分の胸へと持っていく。それに彼の瞳が揺れたが、私の手を払い、私をベッドに倒す。

「ダメじゃない。だけど、ほら……しんどいでしょ。する時はちゃんと、酔ってない時がいい。全部覚えててほしいし」
「嘘……」
「嘘じゃない」

 そう言って彼は私の手を掴むと、その手を自身の下腹部に持っていく。固い物が手に当たり、すり、と少し擦り付けるように手を動かした。それが何か、酔っていても理解出来た。

「俺はもう逃げないから、オマエも誘うなら酒に逃げずに誘えよ」
「んっ、」

 彼は指を絡めて手をベッドに押し付けながら、噛み付くようにキスをする。唇を舐められ、口を開くと、口内に舌が入り込んできた。大きな舌が私の舌と絡み合い、初めての感覚にゾクゾクと体が震える。顎裏や口内をなぞられ、犯されていく。溢れた唾液を飲み込むと、私の手を握る五条さんの体に力が入るのが分かった。ただただ気持ちいい。このまま抱いてはくれないだろうか、そう思って彼に身を任せていたが、私はいつの間にか意識を手放していた。
 ふと目が覚めると、少し懐かしい匂いと天井に、私は五条さんの家に戻ってきたんだと改めて感じた。隣には五条さんが眠っていて、ふと昨夜のことが思い出されて恥ずかしくなる。
 私はそっとベッドから抜け出して、使い切りのシャンプーや部屋着などを持ってシャワーを浴びる。一年前と同じように支度をしていると、五条さんが起き、寝室から出てくる。

「おはよ」
「お、おはようございます!」
「声でか」

 そう笑いながら私の頬を撫でると、触れるだけのキスをくれる。

「あんま冷蔵庫に食べ物入ってないけど、朝ご飯作ってくれる?」
「は、はい……」
「よろしく」

 そう言って風呂場へ向かう五条さんを他所に、私の心臓は飛び出してしまうのではないかというほど、ドキドキと鼓動が速くなっていた。
 落ち着かなきゃ、と私は冷蔵庫の食材で朝食を作り、彼が風呂場から出て来る頃には出来ていて、テーブルに並べると、彼は変わらずいただきますと食べ始める。

「実は今日から出張でさ、地方でロケ。帰って来るのは明後日になるから、その間に色々、話し合っといてよ」
「話し合う?」
「もうここに住んじゃうでしょ。また挨拶にも行くけど、お母さんに婚約したこと、言った方がよくない?」
「そ、そう、ですね……連絡しておきます」

 母は驚くだろうな、と思いながら、私は朝食を食べ終えると、彼は砂糖たっぷりのコーヒーで一息吐くと、ご馳走様、と言って着替え始める。すると彼はジャケットを羽織りながらテーブルに鍵を置く。

「これ、もう返させないようにする」
「は、はい。ありがとうございます……」

 それじゃあ、と玄関へ向かう五条さんを追い、見送ろうとすると、彼は振り返り、私を見下ろした。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

 私の返しが気に入らないのか、彼はむっと口を尖らせる。

「なぁ……何か足りないと思わない?」
「えっと……頑張ってください!」
「ちっがう!もう俺ら結婚すんの。だから、いってらっしゃいのちゅー、して?」

 そう言ってサングラスを頭に乗せると、ずいっと顔を寄せてくる。期待するように目をキラキラ輝かせる彼に、私は一年の差を思い知らされた。まだ、彼と婚約した実感が湧かない。

「い、いってらっしゃい、五条さん」

 そう、勇気を振り絞って触れるだけのキスをすると、彼は不満気にダメ、と言う。何がダメなんだと私も不満をぶつけようとすると、彼は鼻先が触れ合うような距離で囁く。

「オマエも五条になるんだから。名前で呼んで」
「……いってらっしゃい、悟さん」

 そう言って再びキスをすると、彼は嬉しそうに笑い、彼からキスを返される。

「いってきます、俺の可愛いお嫁さん」

 そう耳元で悪戯っぽく囁いてから、キャリーバッグを引いて出て行った。それに私は胸がギュッと締め付けられ、涙が溢れそうなほど彼を愛おしく思ってしまった。好き、大好き。こんな幸せなことがあってもいいのだろうか。
 私は玄関でしゃがみ込み、心臓が落ち着くまでこの幸せを噛み締めていた。






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