#6.彼女の行方





 スグルのことは気に入らないけど、まぁ悪い奴でもない。いや、人間を喰らったことのある物の怪だけど。
 それにしても、今日は涼華と会わなかった。スケジュールもお互い把握している為、今の時間帯に彼女がいつも使っている人気のない休憩所に来てみたが見当たらない。連絡しようと思っていた時、こちらをチラチラと見ては去って行ったり、ヒソヒソと話している女達の間を縫って硝子がやって来る。

「五条、夏油が来てる」
「何報告?どうせご主人様に会いに来たんだろ」
「それはそうなんだけど、そのご主人様に今日会った?」
「会ってない。ここにも来てないから、連絡取ろうと思ってた所」

 俺は『どこにいる?俺はいつもの所にいる』と打って送信すると、硝子はそうか、と肩を竦める。

「昨日の夕方から見てないんだって。五条の家に泊まったんだろうとも思ってたけど、涼華に付けたマーキングが途中から消えてるらしい」
「……スグルから直接聞く」

 スグルのマーキングは強力だ。今までの人避けの呪いではなく、妖やそれなりの祓い屋にしか感じ取ることの出来ないような追跡術が掛けられている。涼華弱いし危なっかしいから、スグルのマーキングでもないよりマシだと薄らと見えていたものを放っておいたが、それなりに役に立ったのかもな。
 最近は正門前ではなく、大学内まで入って来ているスグルを見つけた。女に囲まれており、スグルは笑顔だが鬱陶しそうだ。俺を見つけるなり、女に悟が来たから、と断りを入れて抜け出そうとするが、女達が離れることはない。

「やぁ、悟。力を貸してくれないか」
「大体は硝子から聞いたけど、どういうこと?」
「昨日の昼、大学から帰って来たのはいいんだが、用事があるからと夕方には出て行ったんだ。悟とまた出掛けてるのかと思っていたが、彼女達に涼華のことを訊いても、悟はいるけど涼華を見てないと言う」
「その話聞いて、涼華に連絡してみたけど、出ない。五条、さっきのも返事来てないの?」

 涼華の話だと分かり、その内容も内容で、同棲してると勘づいて去っていく女を横目に、俺はスマホを取り出して見てみるが、返事はなく、電話してみるが出ることはない。

「……出ない」
「だろうね。攫われたんだよ。彼女の匂いを追ったけど、途中で消えた……きっと車に乗ったんだ」

 俺の考えも同じだ。スグルの追跡術を感じ取ることの出来ない奴らか、祓うことの出来るそれなりの術師かもしれない。

「だとしたら完全に誘拐だな。どうする?とりあえず警察?」
「警察なんてあてにならないよ。私がその人間を苦しめながら喰ってやろう」
「喰う前に見つけるのが先だろ」

 涼華にそんな場面見せられないし。きっと怖い目に遭ってる。それが俺の所為だったらと考えると、余計に許せない。

「オマエら物騒な……あ、歌姫先輩から返事来てる……禪院家に動きあり、だって」
「は?何で禪院家?」
「禪院家って御三家の有名な半妖一族じゃないか」
「てか、何で歌姫?」

 バッグの中のスマホが震えたことに気づいた硝子は歌姫に返信しており、俺が目的なら、物の怪や五条家の人間だろうと考えていたが、主に狼種族の半妖で成り立つ禪院家が彼女を狙う意図が分からない。そもそも硝子は何故、巫女の血が色濃く残っている庵家の歌姫に話を訊くのか。

「歌姫先輩とこの間話してたんだけど、涼華は結構、祓い屋界で目を付けられてるらしい。オマエ達が連んでることも広まってる」
「気をつけていたつもりだったんだけど、困ったね」
「そんな気、更々ないだろ。俺と涼華に付き纏いやがって」
「君が後から涼華にちょっかいを出したことを忘れないでほしいね」
「少し黙れ。そんな場合じゃないでしょ」

 硝子の言葉に、俺達ははい……と返事をして黙る。俺もスグルも気をつけていたことはない。今までも自由で問題なかったから、涼華に対しても気を遣ったことはなかった。スグルだって気が緩みきっているはずだ。そんなことを考えていると、硝子は深い溜息を吐く。

「いいか、百人以上の人間を喰ったとされる物の怪の生き残りと、祓い屋一族の次期当主が連んでるんだから、相当なゴシップ……しかも次期当主の恋人は常に物の怪の匂いをつけてんだから」
「酷いな、私は物の怪じゃないよ」
「そこ?」
「スグルの冗談は置いといて、知れ渡ってるんだったら、確かに狙う奴はいるかもな」
「五条も自覚なし?」
「だってこの間も家の人間と会ったけど、なーんも話してないし」

 定期的に寄越して来る世話役の男に恋人の有無についても、スグルのことについても訊かれていない。いつも通り一般人の生活を見れたかどうか、たまには家に帰れ、いつ戻るのかとこちらの事情を考えないことばかり言うだけだった。

「監視はされてるだろう」
「現代の祓い屋事情に詳しくないんだが、何故その禪院家が彼女を狙うんだい?五条家が彼女を認めないと殺そうとするのは分かるが」
「そんなもん、行けば分かるでしょ」
「なるほど、善は急げだ」

 そう言ったスグルはメリメリと骨を砕くような音を立て、大きくなっていく。手や足から鋭い爪や毛が生え、顔は徐々に狐へと変わる。いつの間にか服はなくなり、六、七メートルはある黒狐へと変貌した。いや、デカいし一般人だらけの大学内で何してんだ、と俺と硝子は唖然とする。

「オマエ馬鹿かよ!ここ大学構内だぞ!」
「幻術を使ってる。無能な猿に術は解けないさ。乗りな、新幹線とやらより速いからね」
「怖っ、私は行かないよ」
「硝子もいるかもしれないだろ」

 頑なに嫌だと言う彼女に、仕方ないと俺は硝子を抱えてスグルの上に乗る。

「痛っ、ヒールは脱いでくれ、硝子」
「あぁ、もう……」

 動物は嫌いじゃない。妖への強い偏見もないが、祓い屋というだけで避けられることが多い。しかしスグルはそうじゃない。初めてこういった動物の妖に触れたな、と温かな背中に触れ、恋人が危険な状態にあるかもしれないってのに、気持ちが昂っていた。

「さぁ、掴まって。振り落とされないようにね」

 硝子は意外と怖い物知らずだと思っていたが、死に直面するようなスリルは味わいたくないのだろう。珍しく俺の腹に腕を回し、耐えている。

「涼華の為だ、涼華の、」
「ビビりすぎ。行け、スグル!」

 俺の言葉と同時にスグルは地を蹴り、高く飛ぶと、人を避けながら街中を走って行く。新幹線より速い、は比喩じゃない。物凄いスピードで走って行くその感覚は、常にジェットコースターから落ちているようなもの。この圧を常に生身の俺達が感じていては、身が保たない。術を張って風の抵抗をなくしたものの、揺れはある。硝子はいつ振り落とされるか分かったもんじゃないと俺のシャツを握りしめていた。こんなこと滅多に経験出来るもんじゃないと、俺は声を上げて笑う。

「あっははは!スグル、オマエ最高じゃん!」
「どこがだ、バカ共!落ちたら死ぬ!」
「ふふ、落ちなければいいんだよ」

 目指すは京都。それまで俺達は巨大な物の怪の背に乗って、死と隣り合わせのスリルを味わっていた。






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