#5.惚れた理由
「金は金だと思うんだけどな。贈る気持ちが篭ってれば、嬉しいもんだろう?」
涼華の言い分は理解出来ないな。そう思いながら、異様な雰囲気を漂わせ前を歩く白髪の男、五条 悟に話し掛ける。
「何で俺に訊くわけ?俺はオマエのことを敵だと思ってんだけど」
街をふらついていると、悟が一人で歩いているのを見かけた。つまらなさそうだった為、興味本位で声を掛けてついて行っていた。彼は私に敵意があるのに、恋人の為に人を喰った経験のある妖を放置する祓い屋だ。優秀な人間なのに、若さを感じる。あの五条家の次期当主とは思えない。
「君だって親から貰った金で、彼女に物を買ってるんだろう?私と何が違うと思う?」
「興味ないって。俺だって金は金だって思ってる」
「あてにならないな、君は。人間のくせに」
「あ?」
機嫌が悪そうだ。並の妖なら逃げるだろうが、悟は私を祓わないと自信がある。彼女が悲しむようなことは決してしない男なのだろう。私と同じ執着心を持っている。
「彼女は異種間での愛に嫌悪感はないようだ。私を受け入れてくれていることに嫉妬しているのかな」
「……オマエのもんには絶対にならない」
「それ以前に、涼華は君の所有物ではないよ。それに彼女の話を聞いてれば分かる。君は私に感謝するべきだよ」
「あ?何で」
そうやって私の言葉に一々疑問を抱き、会話をする彼は祓い屋としては未熟。人間性はどうなのかは疑問だが。
「彼女が君に惚れた理由は、呪いが見え、呪いが効かなかったからだ。もし私が彼女をマーキングしていなかったら、君は彼女を気にも留めなかっただろうね」
「そういうもしもの話は好きじゃないし、オマエに感謝なんてしない」
「随分と現実的な人間だね」
それでも話に付き合ってくれる彼はノリが軽いのか、自分は強いという驕りがあるのか。いや、何も考えていないのかもしれない。涼華が悲しむから殺さないだけで、私を殺そうと思えば殺せるのに。
「あれ、五条くんだ!」
「本当だ、新しい彼女と一緒じゃないんだね」
「というか誰、この人!カッコいいね、お兄さん」
声を掛けてきた二人組の女の子。悟の知り合いのようで、目の前に立ち塞がってきたからか、悟は足を止める。それに私も足を止めると、二人は私にターゲットを絞ってきたようだ。悟も彼女達に興味ないんだろうが、私は彼女達に笑顔を作る。
「ありがとう、私は悟とは恋敵でね」
「何が恋敵だ、涼華のペットのくせして」
「にゃん」
「キショ!てか、そこはワンだろ」
「何で?」
「狐は犬科じゃん」
「でも狐はワンともコンとも鳴かないんだ」
「じゃあどんなだよ」
キュンと本来の声で鳴くと、彼女達は驚いたように目を丸くし、悟はケラケラと笑う。もうそこに敵意なんてものは感じられなかった。
「え、今の何?」
「す、すごい声だったけど」
「ぶはははっ!狐ってマジでそんな鳴き声なの!?顔に似合わねぇ!」
「可愛いだろう?涼華に見せようかなぁ……どう思う?」
「え、え?」
「す、すごい鳴き真似」
彼女達に振ると、二人は無理して笑っているが、内心は気味が悪いと思っていることだろう。私にはその方が都合が良いのだけれど、何故か悟のツボに入ったらしい。
「なぁ、何て言ったの?」
「真っ白頭の猿って言ったんだ」
「あぁ?そのクソ前髪、引き千切るぞ」
「わ、私達行くね」
「またね、五条くん……」
二人は去って行き、悟が気にせず歩き出した為、私は再びついて行く。彼はどこか掴めない人間だ。いや、見た目以上に子供なのか。
「ところで君、どこ行くの」
「関係ないだろ」
「関係ないけど教えてよ、暇なんだ」
「うっざ」
彼は喫茶店に入って行き、私も何も言わずについて入る。店員は私達を交互に見て、ニコリと笑う。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「二名です」
「こちらの席へどうぞ」
悟は否定することなく、店員に促された席に着き、私も彼の前に座る。私はメニューを開いて、カツサンドでも食べようと水を持って来た店員にコーヒーとカツサンドを注文すると、悟は最初から決まっていたのか、メロンクリームソーダを注文した。店員が去った後、彼は黙ってスマホを取り出しては何かを見ている。
「待ち合わせ?」
「……オマエ、何でアイツに付き纏うの、十数年も一緒にいたんでしょ」
文句を言わずに喫茶店へ招いたのは、涼華との話を聞きたかったからだろう。内容によっては敵視されるかもしれないし、信頼されるかもしれない。どちらにせよ、私は真実を語るだけだ。
「ただ惹かれたんだ、彼女に特別なものを感じて」
「それってアイツがガキの時でしょ。ロリコンなの?」
「……彼女が十三歳くらいの時かな、私は本当の姿で彼女の前に現れたんだ。彼女は気がついていた、私が猫ではないことを。一旦その場を去り、猫の姿で戻ってきた私を抱いてくれた時、この子の特別な存在になりたいと感じたんだ。私の正体を見破り、それでも家族として迎えてくれたが、自ら正体を明かすのには勇気がいる。きっと受け入れてくれるに違いないと思っていたのにね。その点では君に感謝してるよ、彼女の愛を再確認出来たし、私も彼女に惚れ直した」
「……クソムカつく」
聞いておいてそれか。そう話していると、注文していたメロンクリームソーダとコーヒーが届き、それを受け取ると、彼はメロンクリームソーダにストローを入れ、喉が渇いていたのか、一気に半分も飲んだ。
「君は?どうして彼女を?」
「……理由なんてない。ただ感じたことのない感情を引き出された、それだけ」
「同じだよ。その相手が同じという所が難点だが、君とはいい友人になれそうだ」
短い時の中で、彼女はこんな男を虜にした。彼は確かに祓い屋にしては未熟だ。だが、それ故に気のいい男だ。彼は自分の見たこと、感じたことを優先する。祓い屋の常識など考えない。自分の感性に従って生きている。そんな彼と友人となり、気に入られれば、何かと都合が良いのかもしれない。そんな私の言葉に彼は眉を顰める。
「はぁ?人間嫌いだろ、オマエ」
「私が嫌いなのは、妖も見えない無知で無能な人間。無知こそ悪さ」
「……確かに」
「結局、君が選んだ人間は見える側の人間、無知な人間を嫌ってる。私と同じさ」
「一緒にすんな。俺は人間を喰ったり、殺したりしない」
見下している時点で、同じ穴の狢だろう。五条家次期当主、神の眼を持ち、私でもゾッとしてしまうほどの妖術を持つ男がそんな考えでいいものか。私にとっては都合が良いけれど。
「いつかその考えが変わることを願っているよ。最強の祓い屋術師、五条 悟……気が向いたら無能な猿を一緒に殺そうじゃないか」
「やっぱオマエはいつか祓うべきだな」
「ふふ、私に勝てると思っているのかい?」
「楽勝に決まってんだろ。というか、マジで帰れ」
「いいじゃないか、まだ、」
「この後、五条家の人間が来る。分かるだろ」
「……なるほどね、じゃあ帰らせてもらうよ。カツサンド、その人間に食わせてやってくれ」
コーヒーを飲み干し、私は立ち上がる。確かに私のような者と次期当主である悟が一緒にいるのは、私にも悟にも良くない状況だ。他の祓い屋に見られれば問題となるだろう。
自宅へ帰ると、彼女の匂いが染み込んだベッドに倒れ込む。心地が良い。ゴロゴロとベッドで過ごしていると、ガチャリと玄関から音がし、私は玄関へ彼女を迎えに行く。
「おかえり」
「ただいま……スグル、出掛けてたの?」
私が人の姿で出迎えたからだろう。そういえば人の姿でいない約束だったな、と狐の姿になると、彼女はよしよし、と私の頭を撫でては部屋へ入って行く。
「悟とね」
「え、悟くんと?」
「うん、仲良く出来そうだ」
「それはよかった……!」
声を弾ませ喜んでいる。不仲なのは当たり前だが、彼女は仲良くしてほしいのだろう。恋人と家族、仲が良いのに越したことはない。晩御飯の支度をしなきゃと荷物を置いて、部屋着に着替える彼女に擦り寄る。
「でも君は譲れないな」
「わ、分かった、分かったから」
一緒に風呂は嫌だと言うが、私の前で下着姿になることは気にしていないのだろう。このまま人の姿になって襲いたい気持ちにもなるが、彼女が優しく撫でてくれるこの時だけでも幸せだと感じていた。
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