#4.妖怪の歴史





「あなたが壱紀さん?」

 そう、講義の合間の休憩時間、手頃な休憩所でコーヒーを飲んでいると、声を掛けられ、顔を上げると二人の女性がいた。何故、私のことを知っているのだろうか。そもそも声を掛けられるなんて、硝子ちゃんや悟くん以外は初めてで、スグルのマーキングがなくなったからだろう、とつい嬉しくなる。

「そうですけど、どこで私の名前を……」
「五条くんの彼女でしょ?有名だよ」
「ま、それはいいんだけど、良かったら友達に、」
「はいはい、五条目当てならどっか行きな」

 そこに硝子ちゃんがやって来、シッシ、と二人を追い払った。悟くん目当てだったのか、と少し落ち込むと、硝子ちゃんは目の前の席に着く。

「五条の名前を出されたら終わりだと思いな。私もあの子達に声掛けられたことあるから」
「そ、そうなんだ……ちゃんと私と仲良くしてくれる人、いないのかな」
「私がいるじゃん。ま、それで十分とは言わないけど。良かったら紹介するよ、祓い屋で五条とも知り合いだ」
「い、いいの?」
「放課後、会う約束してて。良かったらどう?」
「ありがとう、じゃあ紹介してもらおうかな」

 友達が増えるのは嬉しい、と私は頬が緩む。それじゃあ後で連絡する、と硝子ちゃんは去って行き、私は楽しみだな、とその日を過ごした。
 放課後、目的のカフェで待ち合わせになり、先に終わっていた硝子ちゃんと相手の人はもう既にカフェにいるようで、私は急いでそこに向かうと、硝子ちゃんが奥の席からこちらに手を振っており、私はその席へ向かう。硝子ちゃんの前には、髪をふた結びした女性がおり、私は頭を下げる。

「初めまして、壱紀 涼華と申します。よろしくお願いします」
「庵 歌姫よ、硝子から話は聞いてるわ、よろしくね」

 硝子ちゃんは隣に座りな、と促してくれ、私は遠慮なく隣に座ると、彼女は紹介してくれる。

「歌姫先輩も祓い屋の家系で。私も時々、その手のことではお世話になってる」
「そうなんだ……あの、私、そっちの世界のお話は最近知ったことで」
「そう。やっぱり見えてはいるのね」
「はい。見えるし、化けていても、何となく人じゃない、動物じゃないと感じることがあります。スグルのことも……」
「なるほどね……五条はそのことについて、何か言ってるの?」
「いえ、特には」

 感じるのか……と歌姫さんはそう呟いた後、黙って何かを考えていた。私が首を傾げていると、硝子ちゃんはメニュー表を私に差し出してきた。

「歌姫先輩は昔から五条のことを知ってる。私は大学の飲み会でたまたま会って、付き合いだしただけで、私は大学での五条しか知らない」
「私だって家の付き合いで何度かよ。本当ならあまり関わりたくない」
「何でですか?」
「何でって……ねぇ?」

 歌姫さんは少し言い辛そうに硝子ちゃんを見る。家柄が良くないんだろうか、とぼんやり思いながら、たっぷり生クリームの乗ったアイスコーヒーを注文する。硝子ちゃんはアイスコーヒーのストローをくるくると指で回しながら話す。

「涼華が思ってる以上に皆、五条にいい印象はないんだよ」
「そうなんだ……まぁ、良くない噂も大学であったし……」
「五条については、それなりに付き合っていけばいいんじゃない?私はあまりオススメはしないけど……やる気のない、我が儘なお坊ちゃんよ。でも、いないと損失があるというほど、力を持ってる。あなたからも働き掛けてくれた方が、こちらはありがたい」

 才能はあるけれど、他に問題があるという感じだろうか。歌姫さんと悟くんの間に何があったのかは知らないけれど、悟くんが私にもまだ見せていない顔があるのなら、見せてほしいと願ってしまう。きっと、嫌いにはなれない。

「で、それより問題なのはもう一人の方。聞いてるわ、夏油と連んでるって」

 それより問題、ということは、悟くんと付き合うことも問題だと思ってるんだなぁ、と感じた。そう思いながら、届いたアイスコーヒーに口をつけながら、スグルのことはもっと知らなければならないと感じるが、敵視されているのは悲しい。

「スグルは私の家族です」
「……この子、いい子だけど、かなりヤバいわね」
「人付き合いが下手なんです」

 硝子ちゃんがそれなりにフォローしてくれるが、私は経験不足なのか、常識がないと言われているようで肩身が狭くなる。

「すみません……でも私は幼い頃、猫としてスグルを拾った時から、スグルは不思議な存在だと認識してたんです。でも見て見ぬふりをした……どんな姿でも、家族だから」
「そう……でも一応知っておいた方がいいわ。この界隈では有名な話よ」
「そもそも、物の怪というのは?妖怪とはまた違うものなんですか?」

 悟くんはスグルのことを物の怪、妖、と言っていた。私には未だに基本的なことすら分かっていないのだと実感する。それに歌姫さんはそこからよね、と面倒がらず、一から説明してくれる。

「まず、人間の思念によって生まれる存在を、人は妖怪と呼んだ。私達人間は、妖怪に比べれば短命よ。だからこれは生き残った当時の妖怪達からの言い伝えでしかないけれど、本当に古い、古い時代に人間……祓い屋と妖怪の戦争が起こった。人間はその未知の存在に対抗するもの。自身の思念から生まれた存在だとしても、人を攫って喰うような存在を放っておけず、戦争を始めた。それが妖怪の第一戦争よ」

 彼女の説明に、私達一般人が妖怪と呼んでいる存在は確かに存在し、それらが大昔に戦争を起こしたということを理解して頷くと、次に、と歌姫さんは言葉を続ける。

「その戦争の終結後、祓い屋達は人間にとって都合の良い妖怪を妖、都合の悪い妖怪を物の怪と言い換えたのが、由来よ。夏油は後者、物の怪と位置付けられているわ」
「第一戦争はあまりにも一方的だったそうだな。戦争と呼んでいるけれど、虐殺に近かったという。それが非人道的だということで、良い者、悪い者、と分かるようになり、それ以降の祓い屋は物の怪しか祓わなくなった」

 一般人には分からない歴史がそこにあった。私はあまり争いのことは考えたくないな、と少し気分が落ち込む。

「そこで問題が起こった。妖怪達は人間の思念にそぐわない行動を起こし始める。物の怪は相変わらず、隠れて人を喰らうことが多かったが、妖は人間に降伏し、人間に紛れて生活するようになった。生物は身の危険を感じると、進化していくもの。当たり前のように変身術を身につけて、人間として暮らしたり、動物に紛れることもある。それが長らく続いて、現在に至る」

 私達が出会った頃からずっと、スグルは人間ではなく、猫に化けていた。しかし人間として過ごしている妖も多いのだろうことは、自身のよく分からない感覚が人間に対しても感じていた為、納得出来る。
 それにしても、二人から聞いた話は第一戦争のはなしだ。それではスグルの言っていたことは、と疑問を訊ねる。

「スグルは第二戦争時に、人を食べていた言ってましたけど……」
「一千年前、人間が山を支配し始めたり、信仰心をなくした人達が増えたことにより、存在が危うくなった弱い妖達が正気を失くし、人間を守ってきた妖でさえ、人間を喰らうようになってしまったの。祓い屋はそんな存在を残してはならないと、見境なく攻撃を始めたというのが第二戦争ね」
「第一戦争でも同じことをしたのに……虐殺ですよね」
「そうね。今では信仰心などなくても、存在を保てることが証明されているから、そういったことは起こっていない。それなりに人間の文化を好む妖も増えたから、昔よりかは平和ではあるわ」
「へ、へぇ……何だかそう聞くと、人間側が悪い存在ですね」
「妖にとってはそうね。でも人間を喰らう物の怪は放っておけないから……」

 人間から生まれた存在が、人間と戦争をして負けた結果、共存する為に化けている。人ではないものが混ざっているというのは、少し恐ろしくもあるが、それが共存、平和的な方法なのかもしれない。

「それらの戦争に負けたと思ってるのは一部の妖と、その時代に存在していなかった若い妖ね。夏油みたいな物の怪は第二次戦争時代に人間を喰らいすぎて強くなった良い例ね」
「夏油の言い分だとそうですね」

 相当長生きしているのだろう。その頃、スグルは人間を食べていたのかもしれないが、私はどうしても、私の傍にいて、愛してくれるスグルが悪い人ではないと思ってしまう。

「……私は、スグルを信じたい」
「あなたも大変ね、妙なのに好かれちゃって……ま、そんなの抜きにして、仲良くしましょう。困ったことがあったら、何でも言って。大体私が出来ることは、硝子にも出来ると思うけどね」
「そんなことないですよ」
「ありがとうございます……!よろしくお願いします」

 私達は連絡先を交換し、ここからは妖なんて関係ない話を、と他愛のない話をした。それがただ楽しく、私はこういう日常を求めていたのだなと感じた。
 硝子ちゃんと歌姫さんとの女子会の帰り、夕飯は準備してあるから、あとは帰って食事をするだけだ、と帰路に着く。しかし道中、街中でスグルを見かけた。女性と歩いており、妖である気配はない。家を抜け出して、何してるんだろうか、と私は何も考えずに声を掛ける。

「スグル……?」
「あぁ、奇遇だね、こんな所で」

 彼は焦る様子もなく、いつもの笑顔を私に向けた。彼女からは何か特別なものは感じられず、一般人だ、と思っていると、彼女は眉を顰めた。

「……誰?」
「敢えて言うなら、家族かな。ごめんね、君の相手をしてる暇はなくなった」
「ちょっと、何で……!」

 彼女はスグルと腕を組んでいて、スグルはスッと避けるように腕を引くが、彼女はそんなスグルの腕を掴んだ。

「前払いしてるわけでもないんだから、いいだろう。さぁ、行こう」

 彼はそう言って彼女の手を払うと、私の背に手を回し、その場から離れていく。これはどういう状態だ、と私は混乱した。

「どういうこと?今の人は誰?あんな感じで別れちゃって良かったの?」

 混乱している私は次々と言葉が出てくる。それにスグルはふと笑い、質問とは違う答えが返ってくる。

「人間の文化って面白いよね」
「え?」
「彼女達は愛に飢えてるんだ。馬鹿馬鹿しいよね、金で私を買うんだ」
「か、身体を売ってるの?」
「といっても、デートだけだよ。でも相手がそういうことを望んでいるなら、手でしてあげるんだ。どうしても彼女達じゃ勃たないからね」

 その言葉に私は息を呑む。私がいない間にそんなことをしていたなんて、と絶句し、思わず立ち止まる。それに何がいけないのか、というように彼は首を傾げる。

「や、やめて、そんなこと……」
「どうして?結構貯まってきたんだ、君の欲しい物を買ってあげようかと、」
「いらない。それは、スグルのお金でしょ?自分の為に使って」
「私が君に使いたいと思ってるのに?」
「私は、そのお金で何をプレゼントされても、喜べないと思う」
「そっか……ごめんね。もうやめるよ」

 少し反省しているような態度を取っているが、きっと理解はしていないのだろう。
 そういった職業があるのは知っている。でも、スグルにそんなことをしてほしくないと思ってしまうのは、私のエゴなのだろう。






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