#3.人の縁





 翌日、私はスグルに見送られて大学へ向かった。こうなった以上、ハムスターにでも化けて、ついて行ってもいいかと言われたが、ダメだと言って置いてきた。スグルの正体を知ってからの方が身の危険を感じる。そう思いながら、スグルはついて来ていないかと警戒しながらも無事大学へ辿り着くと、ホッとした。いつも通り講義を受け、昼には悟くんと会う約束をしていた為、学食で待ち合わせをしていた。悟くんは少し辺りを見たが、すぐに私を見つけては目の前の席に座る。

「マーキングはされてないな。昨日は大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

 それに彼はスマホを持っていた私の手にちょんと触れたかと思うと、その手からスマホを取ってはテーブルに置き、行き場のなくした私の手を握ってきた。それがすごく恋人らしい行動で、私は嬉しくてつい口元を緩めてしまう。しかし、昨日のスグルの言葉を思い出し、私は彼の手を握り返しながら訊ねる。

「悟くんは、有名な祓い屋だってスグルから聞いた」
「あー……まぁ、それなりの妖なら、五条って名を聞けば、まず祓い屋の御三家である五条家を連想する。ま、その通りだけど」
「す、凄い家柄なんだね」

 そんな人が何でこんな一般的な大学に通ってるんだろうと思いながらも、お金持ちって噂も本当なんだなと野暮なことを考えていた。悟くんは大学じゃ有名だから、色々な噂が出回っているけれど、祓い屋だの陰陽師みたいなことをしているなんて話は聞いたことがない。

「五条家は純血の祓い屋一族なんだよ。ある時、人間とそうでない者を見分け、術師としての才を身につける、それこそ神の眼を持つ子が生まれた。それから時々、五条家ではその目を持つ子が生まれるようになった。それが俺」
「だからスグルの正体も、呪いも見えるってこと?」
「そう。ハッキリと見えるのはこの眼のお陰ってことはあるけど、見える奴は呪いもそれなりに見えるし、祓い屋の生まれなら、妖は見えて当然。ま、普通は化けたらほとんど分かんないけど」
「なるほど……狐だって断言出来たのは、やっぱり悟くんだからなんだ」

 その通り、と彼は退屈そうに私の手を指で撫でたりして遊んでいる。あまり、こういう話は好きじゃないんだろうか。

「もしかしたら悟くん、スグルを祓う為に私を好きだって言ったのかと、」
「はぁ?そんなわけないでしょ。ちゃんと好き。本当なら放っておくけど、オマエだから守ろうと思った」
「……そっか。ごめんね、疑って。変だよね、好きな人が好きって言ってくれたから、本当なのかなって疑ってしまって」

 自分に自信がないわけでも、あるわけでもないが、好意を向けられると嬉しさと同時に、疑念が湧いた。私のどこが好きなのだろうと気になってしまう。何もかも初めてで、戸惑うことばかりだ。そう思っていると、悟くんは少し照れ臭そうに口を噤み、頬を赤らめる。

「あー……うん、許す」

 ちゃんと好いてくれているようなその表情に、私の方こそ照れてしまう。するとそこに彼を呼ぶ声がし、見ると派手な格好の男女が数人、ズラリと並んでやって来た。

「連絡無視とか酷くない?」
「てか新しい彼女?珍しく地味じゃん、可愛いけど」
「今からカラオケ行くんだけど、行かね?」

 その言葉に、午後から講義はないのだろうかと何となく考えていると、悟くんは深い溜息を吐く。そして私の手を放すと、スマホを取り出し、メッセージアプリを開いては次々と連絡先を消していく。

「オマエらといるの、時間の無駄だったわ」
「は?」
「そこにいる女共も、俺とヤりたいが為にオマエらに付き合ってるだけ。オマエらもあわよくばって思ってんだろ?そんな上っ面だけのは面倒なんだよ」
「五条くん、そんなこと思ってたの?酷い」
「普通に友達じゃん。何言って、」
「見え見えなんだよ。連むならオマエらだけでやってろよ。一週間もしないうちに解散すっから」

 すっかり気分を害した彼らは去っていき、五条くんはテーブルにスマホを置いて、続けて連絡先を消していった。それに私は厳しい言い方をしていたけど、いいのかなと不安に思っていると、彼は私の前に、私と硝子ちゃんと一人の男性しかいない連絡帳を見せてくる。

「硝子は普通に友達だからさ。他の奴とは縁切った。もう一人のは五条家の奴」
「い、いいの?」
「いいの。一緒にいると疲れる。俺の理想とはかけ離れた奴らばっか」

 疲れたわとテーブルに顔を伏せる彼を見て、この人を支えなきゃという気持ちにさせられ、そっと彼の髪を撫でた。そうしていると「随分と仲良くなったな」と声を掛けられ、私達が顔を上げると、そこには硝子ちゃんがいた。

「え、と……私、悟くんと付き合うことになって」
「は?」
「付き合うことになった」
「ふざけるな、涼華に手を出すなって言ったでしょ」

 まさかそういう関係になるとは、と硝子ちゃんは眉を顰める。もしかして、硝子ちゃんも悟くんのことを?と不安に思う私を他所に、悟くんはツンと口を尖らせる。

「好きになったもんは仕方ないじゃん……」
「わ、たしも好きで。悟くんに救われたし、その……」

 私は本当にそうだとしても、悟くんは私を好いてくれているし、硝子ちゃんにも負けたくない。しかし自信なく話してみると、硝子ちゃんは深い溜息を吐いた。

「……はぁ、過保護になるのは違うか。五条、この子を泣かせたら、すぐに去勢して玉無しにしてやるからな」
「やだ怖ぁい、助けて
「よ、良くないよ、脅しみたいなのは」
「五条の味方しすぎ」

 どうやら、悟くんのことが好きというより、私のことを心配してくれているようだ。だったら安心?というか、寧ろ嬉しくて、頬が緩んでしまった。

「何ヘラヘラしてるの?」
「ごめん、嬉しくて。心配してくれてありがとう」
「はぁ……君はぼんやりしてるから。何かあったら言うんだよ」
「うん、ありがとう」
「てか、終わったら三人で飯行かね?何時終わり?」
「今日は五時頃だな」
「私も」
「俺もそんくらい。んじゃ、校門前で」

 そろそろ昼が終わるなと立ち上がり、私たちは解散する。今日は悟くんのことも硝子ちゃんのことも知れたと嬉しくなった。
 二人との約束の時間になると、私は校門前へ向かう。するとそこに女の子達が集まっており、何かと思えば、黒のスウェット姿のスグルがニコニコと笑顔で彼女達と話している。もうしてここにいるのかと戸惑っていると、スグルは私に気づいては、彼女達を気にせず、私に手を振り近づいてきた。

「やぁ、待ってたよ。あんな無能のメス猿の相手ばかりしていたら、おかしくなる」
「えぇ……?人間嫌いなの?」
「あぁ、無知で哀れな人間は特にね」
「そ、そうなんだ」
「勿論、君は違うよ?私が心の底から愛しているのは君だけさ」

 そう甘い言葉を囁きながら、両手で私の頬を包むように撫で、額にそっと唇を落としてきた。それに驚いて後退ると誰かにぶつかり、咄嗟に謝ろうと振り返ると抱きしめられたが、それが悟くんだとすぐに分かった。

「祓うぞ、獣」
「何の力もない獣と比べられちゃ困るね、私は人間の思念から生まれた存在だよ。共存と謳いながら虐殺と奴隷化を企む祓い屋らしい言葉だ」

 ピリピリとした空気が漂い、今にも殺し合いに発展しそうな二人を見て、スグルを囲んでいた人間はいつの間にかいなくなっていた。私は睨み合う二人を宥めようとすると、スグルはニコリと笑って悟くんから目線を逸らす。

「ところで、その子は友達かい?」

 スグルくんの目線の先を見ると、面倒だと言わんばかりに眉を顰めている硝子ちゃんがいた。

「あ、硝子ちゃん。来てたんだ」
「あぁ、君がそうか」

 私はよく、独り言のようにスグルに硝子ちゃんの話をしていた。だから彼女のことを知っているのは当然だろうが……

「君は夏油だろう」
「え?」
「コイツのこと?」
「……さぁ、私はスグルという名で、夏油などという名ではないよ」

 まさかスグルのことを知っている?でも夏油とは?と私と悟くんは硝子ちゃんを見ると、スグルはにこりと笑っている。何だか胡散臭いその反応を見るに、スグルはやはり夏油という名なのだろう。

「犯罪者と一緒で顔は割れてる。有名な物の怪だ」

 猫として暮らしていただけで、何もしてないでしょ?と戸惑うが、確かなのは硝子ちゃんは見えている側、存在を知っている人だということ。

「もしかして、硝子ちゃんも祓い屋?」
「いや、私自身はそうじゃないよ。親戚は祓い屋だけど」
「マジ?初めて知ったんだけど。教えとけよ、そういうのは」
「関係ないでしょ?私はそういうのに詳しくて、見えるってだけの、ただの大学生」
「詳しいって……じゃあ俺のことも最初から知ってたのかよ」
「そりゃあ、その界隈では超有名人だし」

 それが気に入らなかったのか、眉を顰める悟くんに「そんなことより……」と硝子ちゃんはスグルを指す。

「涼華はともかく、五条はコイツのこと知らないの?は指名手配書の人相、そのまんまだよ」
「俺、そういうのやる気なかったから、ほとんど情報入れてない」
「ふーん……コイツは妖狐だ。名は夏油という、人間や妖を喰らって力をつけたヤバい奴」
「え……?」

 食べてないって言ってたのに、と私はスグルを見ると、彼は自分が夏油と認めたように肩を竦めた後、ふと息を吐く。

「それは第二戦争時代の話さ。人間だって、人間同士で殺し合い、動物を喰うじゃないか。何が違うっていうんだい?」
「スグル、本当に、」
「スグル?まさか、飼い猫の?」

 私はよく硝子ちゃんにスグルの写真を送ったり、話をしていた。だから名前を知っていて当然ではあるが、今話していた夏油のことだと思っていなかったのだろう。

「信用してくれ。私はあれ以降、あんな不味い物は喰ってないし、彼女と共に過ごしたした日々がある」
「んなもん証明になるか。そんな昔からいるなら、もう十分生きただろ」

 正体を知ったからか、悟くんは彼を祓おうと手を構えた。それにスグルは気にしていないのか、諦めているのか、私の手を握った。

「すまない、呪いで君を不幸にしてしまって……でも憶えていて。私は君を愛してるよ、ずっとね」

 そう優しく笑ったスグルに、私はドクンと心臓が高鳴った。嫌だ、死んでしまうなんて。そう思い、私は慌てて構えていた悟くんの手を握る。

「やめて悟くん。お願い」
「オマエ、チョロすぎない?」
「だって……だって家族だから。姿は違うけど、ずっと傍にいてくれたから」

 信用したい。私は自分の勘を信じている。スグルは悪い人じゃない、私の家族なんだ。その気持ちは昨日から、今この瞬間まで変わっちゃいない。そう、ギュッと彼の手を握ると、悟くんは諦めたのか、深い溜息を吐く。

「……まじで良くないよ、オマエ」
「……ごめんなさい」
「俺の大事な恋人に免じて許してやる。でも、いつでもオマエを祓えるんだからな。何かしようもんなら、」
「分かってるよ、慈悲をどうも。流石は五条家の次期当主だ。君が当主となり、都会を離れて山籠りする日は近いんだろうね。寂しくなるよ」

 祓い屋の一族だとは聞いていたけれど、次期当主なんだ。スグルの言っていることが本当なら、寂しくなる。

「悟くん、実家に帰るの?」
「……いつかは。でもその時は、オマエも一緒がいい」

 そう、悟くんは私の手を強く握った。私はまるでプロポーズの言葉みたいだと照れ臭くて、顔が熱くなる。そこまで深く、真剣に考えてくれているのだと思うと嬉しい。
 そんな私達を見て、スグルは少し苛立ったように、硝子ちゃんは呆れたように溜息を吐いた。

「お腹空いたんだけど?」
「私、お蕎麦が食べたいな」
「お揚げじゃねーの?」
「狐が皆、揚げが好きだと思わないでほしいな……まぁ、嫌いじゃないけどさ」

 まるで最初から友達だったかのように馴染んだスグルに、私は意外とこれからも仲良く出来るのではないかと期待していた。






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