#2.家族として





 スグルが人になった。
 彼には猫の時から変な前髪があると思っていたが、それは健在のようだ。そんな呑気なことも頭に思い浮かんだが、苦しみ、荒く息を吐く彼を見ていられず、まだ警戒して構えている悟くんから彼を守るように抱える。

「スグル……大丈夫だから」
「は……っ、は、」
「おい、そいつは危険な、」
「ただの猫じゃないことは分かってるの、酷いことはしないで」

 悟くんはぐっと堪えるように拳を握ると、スグルは私の腕の中で動いたかと思えば、私の背に軽く手を回してきた。

「彼は誰だい?」
「えと、悟くん……五条 悟くん。私の恋人」
「は……?」

 何故か私にしがみついているスグルは身体を起こすと、あり得ないというように悟くんを見る。それに彼は煽るように鼻で笑う。

「俺は涼華の恋人で、オマエは所詮ペットだ。立場がハッキリしたな」

 何故マウントを取っているのかと疑問に思っていると、今度はスグルが私を抱えるように抱きしめてくる。

「私は涼華と幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた。毎晩一緒に眠っているし、一緒にお風呂にも入ってるし、オマエより私の方が彼女を愛してる」
「はぁ?オマエは人外だろ、獣だろ!涼華は俺の彼女なんだよ。ペット風情が同じ土俵に立てると思うな」

 悟くんはそう言うけれど、私は恋人と同じくらいスグルを大事に想っている。だって、幼い頃から共に過ごしてきた家族だから。彼の腕の中にいると、スグルと同じ匂いがする。人の姿であっても、スグルはスグルなんだと感じ、弱くなる。

「涼華、こんな下心丸出しの真っ白猿はやめな!」
「いやいやオマエ、無理があるだろ。涼華、コイツはずっとオマエを騙してたんだ、危ない奴だ」
「ずっと前から、何となく分かってたの。スグルは違うって……」

 それでも傍にいたのは、スグルはスグルだからだ。今まで一方的に話し掛け、会話をすることはなかったが、文句も言わず、ただ私の傍にいてくれた。

「君が望むのなら、今まで通りにするよ」
「ダメだって、そんな奴信用出来ない」
「だ、大丈夫だよ、今までもどうってことなかったんだから」
「ありがとう。私のこと信用してくれて、愛してくれて嬉しいよ。私も君のことを心の底から愛してるから」

 優しい笑みと共に甘い言葉を囁かれ、思わずドキリとしてしまう。これは家族としての意味なのに、変な風に捉えてしまう。それに悟くんは信じられないと動揺する。

「なぁ、俺の言うことは信用出来ないの?」
「そういうことじゃないよ。悟くんはどうしてスグルが危ないと思うの?」

 どうしてスグルの正体が分かったんだろう。どうしてスグルを人間の姿に出来たんだろう。悟くんは何者なんだろう。疑問は沢山あるが、まずは悟くんを説得しなければならないと感じた。

「俺の眼には特別な力があって、そいつの正体も、そいつの力も全部見えてんの。妖狐、ただの狐にしては力が強すぎることも分かる。人間の念だけで生まれていいレベルの妖力じゃない。物の怪は人を喰らう」
「喰う気でいるなら、とっくに喰ってるよ」
「それに、人避けの呪いもコイツの所為だ。だからオマエはずっと一人なんだよ」
「そ、そう、なの?」
「……君を危険から、遠ざけたくて」

 私は小学生の時、同級生から酷いイジメを受けていた。でもそれが突然パッタリとなくなった。以来、人が寄り付かなくなり、存在感がなくなったような気がする。それが悟くんの言っている人避けの呪いなのだろう。そうだったとしても、私はスグルを信じている。

「悟くん、大丈夫だから。悟くんも私を信じて」

 悟くんの眼は特別で、何かが見えている。でもその眼じゃ分からないことを私は知っている。幼い頃に拾ってから、彼はいつだって私の傍にいてくれたから。これまでの思い出までは悟くんでも見えることはない。
 私の気持ちを察してくれたのか、彼は諦めたように息を吐く。

「……分かった。でも、何かあればすぐにでも呼んで。すぐに祓ってやる。物の怪……妖は祓い屋の術師にしか祓えない」
「わ、分かった……」
「それじゃ。今日は楽しかった」
「うん、私も。またね」

 彼は口では楽しかったと言ってくれたが、少し寂しそうに部屋を出て行った。私は何だか悟くんに申し訳ないことをしたと思いつつも、私の行動は間違っていないとも感じる。

「五条 悟か……彼に暴かれてしまったが、感謝もしているよ。不安だったんだ、君に本当のことを告げた時、拒まれるんじゃないかって……でも、暴かれたことで君の愛を確かめることが出来た。すごく嬉しいよ」

 人間の姿であることを忘れているのか、優しく私に頬擦りしてくる彼に、私は近い!と彼の胸を押して離す。

「いつもは膝に乗せて撫でてくれるのに」
「ひ、人の姿と猫の姿とは違う」
「ごめんね、傍にいられなくなるかもと思ったら怖くて」
「確かに驚いたけど……家族でしょ?ずっと昔から私の傍にいてくれた」
「あぁ……私は馬鹿だな、君への信頼が足りなかったみたいだ……愛してるよ」

 やっぱり照れ臭い。心の底から言っているようなその言葉は、簡単に口に出来るようなものではない。私の頬を撫でる手は大きく、それは私が普段、彼にしているようなことだ。まるで恋人同士でイチャついているように思え、私が普段撫でている時も、彼はこんな気持ちでいるのだろうかと、その手を取って下げさせる。

「あ、ありがとう……でも呪いは困るよ」
「ごめんね、もう人避けはしないよ。君を守りたかったと同時に、独り占めしたかっただけなんだ」

 熱の篭った瞳が向けられた時、少しゾッとした。人を呪い、縛りつけるような独占欲は普通の物ではない。私は彼を愛しているけれど、スグルの恋人ではない。

「私は悟くんと、」
「私を祓う為に、君に言い寄っただけだろう」
「え……?」
「毎日マーキングされてる君を見て、私の存在に気づいた。五条 悟、彼は有名な祓い屋の一族だろうからね」

 今日のデートは楽しかった。でも、悟くんは祓い屋のことも、物の怪のことも教えてはくれなかった。こういう関係になっていなければ、私は悟くんを家に招くこともなかっただろう。彼はスグルを祓う為に恋人になったのか、そう考えさせられた。

「そう、なのかな……」
「本当に君を愛してるのは私だけだよ。ずっとずっと、傍にいたんだ。君の心を知ってる、君の身体の隅々まで知ってるんだ」

 頬を撫でる手はそっと首や胸、腹へと流れていく。その手つきが少し性的に思えてしまい、私は再びその手を掴んでやめさせると、立ち上がっては彼を避ける。

「そ、それはちょっと重いというか、怖いかな……」
「そのくらい愛してるってことだよ」
「え、えぇと……」

 私と同じく立ち上がり、躙り寄る彼は悟くんと同じくらい身長が高くい。そして袈裟を着ている為か全体的に大きくも見える。スグルが私の手を引いた時、背後にあったベッドに脚が掛かり、ベッドに尻もちをつく。そんな私の目の前に立ったスグルの威圧感につい息を呑む。

「私のことも同じくらい愛してほしい。私だけの君でいて」
「む、無理だよ……やっぱり私、悟くんのことが好きだから」
「……じゃあ、悟よりも少しでいい」

 その独占欲が普通のものではないと気づいてはいるが、その縋るような瞳に弱い。確かに彼はスグルなのに、人の姿で、言葉で愛情表現されると戸惑ってしまう。
 
「家族としては、もちろん好きだよ」
「……違う、一人の男として」

 再び大きな手で頬を撫でられる。その手を拒むことなく見上げると、彼は目を細めた。

「君は勘違いしてる。私は君のこと、家族だなんて思ったことはない。いや、違うな……確かに君に拾われた時は、君を保護する対象でしか見ていなかったけれど、今では一人の女性として愛してるんだ。あんな男に君を奪われたくないな」
「そ、んなこと言われても、こ、困る」

 突然の告白に、どうすれば良いのか分からず、私に触れる彼の手を取って避ける。それに彼は寂しそうに眉尻を下げた。

「……なら、少しずつ受け入れてもらうことにするよ。いつかは私の番となって、山で暮らそう。こんな無知な猿の多い場所は疲れるしね」
「……スグル、猫の姿に戻って?」
「狐でもいいかい?」
「……どっちでもいいよ」

 すると、みるみると身体が縮んでいく。漫画で見るような、ポンっと煙が立ち、人から狐になるわけではない。パキパキと骨が折れていくような、少し生々しい音と共に狐の姿になる。しかし着ていた服はスゥと幻のように消えていった。現れた黒い狐の姿に、これはこれで可愛いと感じた。耳には人間の時と同じように黒くて大きなピアスが付いている。

「こうなったら話は別、私はスグルを家族として受け入れたの。スグルがそういう目で私を見ているのなら、いつも通りに猫……狐でもいいけど、その姿を保って?いい?」
「……分かったよ。すまない、受け入れてもらえたことが嬉しくて。気持ちを押し付けすぎたかもしれない」
「分かってくれて嬉しい。これからもよろしくね、スグル」

 私は悟くんに『今日はありがとう。もし何かあったら、悟くんを頼るかもしれない。その時はよろしくね、今日は楽しかった』と送ると、彼は可愛らしいスタンプで返事をくれた。それにホッとしながら、夕飯の準備をしようとキッチンに立つ。ふと水族館で買ったマグカップのことを思い出し、玄関に置きっぱなしになっていたそれを取り出す。

「何だい、それ」
「マグカップ、悟くんとお揃いで買ったの。水族館に行ってきたから」
「ふーん……」
「絶対に割っちゃダメだよ」
「分かってるよ、君が悲しむことはしない」

 それに私は彼を撫でると、キッチンに立って夕飯の支度をする。すると足元をいつものようにちょろちょろと動き回っているスグルは私を見上げる。

「ねぇ、私も君の手料理食べていいかな」
「えっ」
「キャットフードにも飽きたもんでね。それに食べてみたかったんだ、君の手料理」
「いいけど……」

 確かに猫ではなく人間の姿になれると知った以上、キャットフードばかり食べさせるのも忍びない。そもそも物の怪という存在は何を食べるのか。悟が言っていたように人を喰らうのだろうか。

「……スグルは、人を食べるの?」
「物の怪は人を喰うけれど、私は食べないよ」
「そっか……」

 少し不安に思いながらも、きっと大丈夫だと彼を信頼していた。スグルが言っていたように、食べるならもう既に食べていると思うから。
 夕食を二人分作ると、彼と食事を共にする。時折、スグルは食事中に鳴いて食事を強請っていた。猫が食べれそうな物はあげていたが、目の前の彼は猫から人の姿になると、パクパクと美味しそうに食べている。

「うん、美味しいよ!時々、冷蔵庫からつまみ食いしていたのは、バレていなかったかな」
「気づかなかった……」
「ふふ、それは良かった」

 箸を器用に使い、まるで人間と同じように食事をする。それに私は一つの疑問が思い浮かぶ。

「スグルの本当の姿は、やっぱりその人の姿なの?」
「本当の姿か……それは妖の生まれ方によるね。私達妖は人の思念から生まれる。私は珍しい黒毛の狐だから、山の神だなんて勘違いから崇められ、力を手に入れた妖なんだよ。でも、狐としてより人間として過ごした期間の方が長い」
「へぇ……」
「山は変化がない。あったとしても、人間に滅ぼされていく一方だ。その代わり、人間の変化は目まぐるしく、面白い」
「そうなんだ……」
「ふふ、君に私のことを知ってもらえるのは嬉しいな」

 楽しそうに笑うスグルに、私は何となく感じることが出来た存在ではあるが、知らない世界の話が新鮮で面白いとも思った。

「このままお風呂も一緒に入ってくれる?」
「一人で入って」
「寂しいな」

 食事、風呂は人の姿になってもいいが、それ以外は狐や猫の姿で。というルールを決めた為、眠る時は狐になって一緒に眠っていた。
 最低限のルールを守ってくれれば、私はきっと変わらず家族でいれる、そう思っていた。






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