#12.この混沌とした世界を、
最寄駅のカフェでアルバイトを始めた。新しいことにチャレンジするのは楽しいし、友達も出来た。私に友達が出来ないのは悟くんやスグルの所為だと言いたいわけではないが、二人を知らない人とは上手くいくような気がしてならない。それくらいバイト先では充実した日々を送っているのだが、一つ問題があった。それは──
「コーヒーと、このドーナツを頼むよ」
「はい……」
私が働いている時には必ずと言っていいほどスグルがやって来ては、長居しているのだ。流石に混むと遠慮して帰るが、働いている所を見られていると気まずい。それに時々、悟くんも来るから厄介である。
そんなことが一ヶ月ほどあった為、流石におかしいと感じた同僚は客足が落ち着いた時に同じテーブルで話をしている悟くんとスグルをチラリと見ては、こっそりと話をする。
「あのテーブルに座ってる二人、涼華ちゃんがいる時、いつもいるよね。知り合い?」
「えーと……白い方が彼氏で、もう一人は家族です。同棲していて」
「圧がすごい!」
そう笑う同僚はあまり二人に興味なさそうだ。こういう人で良かった、とホッとしながら、いつも通り働いていた。
クローズまで働き、カフェを出るとスグルだけが近くで待機していた。
「あれ、悟くんは?」
「先に帰って夕飯作るってさ」
「そうなんだ、楽しみだね」
「シチューって言ってたよ。テレビで見て、美味しそうだったからって」
「なるほど」
悟くんは結構、テレビのCMや広告に流されるよなぁと思いながら、スグルと共に帰宅した。「ただいまー」と声を掛けると、悟くんが返事をしてくれる。彼はキッチンでシチューを作っており、扉を開いた瞬間からいい匂いがしていた。
「先に風呂入って来たら?もうちょい掛かる」
「じゃあ私と入ろうか」
「入ったら祓うからな」
「ケチくさいな、君は」
そんないつもの口喧嘩をスルーしながら、私は悟くんにありがとうと礼を言いながらお風呂に入る。疲れを癒した後、寝支度を済ませてからダイニングへ向かうと、丁度シチューが出来上がっていて、三人で食事をした。いつもしていることなのに、先にお風呂に入ったからか、身も心も温かくなり、すぐ眠くなる。
「お腹いっぱいになったら、眠くなってきた……」
「もう寝る?」
「私もお風呂入って寝ようかな」
私と悟くんは歯を磨いていると、スグルはお風呂に入っていた。私達が先にベッドに入ると悟くんは私をギュッと抱きしめながら、額に唇を落とす。それがとても心地良い。
「明日、硝子ちゃんと歌姫さんと遊びに行くから……」
「そっか、明日か。朝飯も作ってあげる」
「ありがとう……シチューも美味しかった」
そう言っていると、スグルがお風呂から上がってき、人の姿のまま私の背にくっ付いてくる。
「スグル、早く狐か猫になれよ」
「今日は気分じゃないなぁ、エッチなことしたい」
「やだ……明日、遊びに行く……」
「じゃあキスだけしよう?」
そう言って私の顔を覗き込んでくるスグルを悟くんは蹴り飛ばす。
「おい、オマエはペットだろ、恋人は俺なんだって。キスもさせねぇ」
「もう眠い……」
頭上で喧嘩をしており、今日はよく働いて眠いのに。そう、うとうとしているとスグルは私の頬を突く。
「カフェで愛想振りまいてるからだよ。君に発情してる男もいたよ?」
「発情してんのオマエだろ、離れろ」
「分かったから、早く寝て……」
「おやすみのキス」
そう言ってスグルは私の頬を掴み、上を向かせると、かぷりと私の唇を食べるようにキスをする。それに驚いていると、続けてじゅるりと舌を吸い上げるような激しいキスをしてき、悟くんが彼を蹴るがびくともしない。
「ん、勃っちゃった」
「トイレで抜いて来い。なぁ、俺ともキスしよ」
「んんっ、」
悟くんは嫉妬したのか、私の答えも聞かずにキスをする。心地良い優しいキスに、更に眠気に襲われるが、スグルは私の隣で自身を扱き始め、悟くんは眉を顰める。
「バカか。ここで抜くなよ」
「彼女見てないと抜けないんだ」
「歪みすぎだろ」
「ねぇ、もう一度」
そうスグルは再びキスをしてき、私は抵抗することなく身を任せていると、悟くんは堪えられなくなったのか、スススと私の身体を撫で始める。
「ん、」
「は、君だってシたいんじゃないか」
「うるさ。黙って一人でちんこ扱いてろ。俺は涼華を気持ちよくすんの」
何故いつもこうなるのかと私は抵抗せず、彼らに身を預けた。
案の定、私は寝不足となった。
翌朝。アラーム音と共に目を覚ます。身体が重く、頭痛や腰痛に悩まされる。隣には全裸で眠るスグルの姿があり、私も同様で少し冷えるなと思っていると、スグルは伸びをした後、スススと私に引っ付いてくる。
「早く、準備しなきゃ……」
硝子ちゃんと歌姫さんと出掛けるのに、と私はスグルを撫でて起き上がると、落ちているショーツやシャツを身につけて寝室から出ると、悟くんがキッチンで朝食を作っていた。
「おはよ」
「おはよ……」
「身体は大丈夫?」
「頭痛薬飲まなきゃいけない……」
「ゴメン、いつも加減出来なくなる」
「知ってます……」
私は棚から頭痛薬を取り出すと、彼は水をくれる。頭痛薬を飲み、シャワー浴びようとふらふらと風呂へ入ると、身体中に噛み傷やキスマークが付いていることに気がつく。これはタートルネックでも見えてしまうだろうな、と思いながら出掛ける準備をしつつ、悟くんが作ってくれた朝食をいただく。今日は和食だ。
「美味しい……味噌汁でホッとしたかも」
「今日は俺も休みだし、シーツ洗っとく。てか、スグルにやらせる」
「掃除はいつもスグルがやってくれているけど……喧嘩せずお願いします」
「はい……」
私が怒っていると思っているんだろうな。少し反省しているような悟くんに私は反省してくれる分にはいいか、と黙っていた。
私が家を出る頃もスグルは起きて来ず、悟くんに見送られて家を出る。待ち合わせ場所に辿り着くと、まだ硝子ちゃんと歌姫さんは来ておらず、私はベンチに座りながらうとうとしていると俯いていた頭に何かが乗り、ハッと顔を上げると、ペットボトルのホットコーヒーを差し出してきている硝子ちゃんがいた。
「あ、おはよう、硝子ちゃん」
「寝不足?」
「昨日ちょっと……コーヒーありがとう」
私はそれを一口飲むと、ホッと一息吐く。その言葉に硝子ちゃんは溜息を吐き、私の首に触れる。
「はぁ……首に噛み傷」
硝子ちゃんは「治しといたから」と言ってそっと手を離した時、そういえば硝子ちゃんには他人の怪我を治す治癒能力があったことを思い出す。
「ありがとう、少し恥ずかしかったから……」
そこに歌姫さんがお待たせ、と言ってやって来る。互いに挨拶をすると、歌姫さんは私を見て眉を顰める。
「何か疲れてない?大丈夫?」
「五条と夏油に寝かせてもらえなかったらしいですよ」
「またアイツら……男二人掛かりで何やってんのよ。涼華も嫌なら嫌ってハッキリ言いなさい!」
歌姫さんは最近、家業の都合で悟くんとも連絡を取り始めたようで、彼に会う度に「アンタの彼氏をどうにかして!」と言って来ることが多い。いつも悟くんに頭を悩ませている。だから今日は悟くんとスグルの話はしないつもりだったけど……
「嫌ではないんですけど……始まると加減が出来ないみたいで……というか、毎日幸せで」
「惚気か」
「へへ……」
そうヘラヘラしていると、二人から頬を摘まれた。そして同時に溜息を吐かれ、惚気は確かに良くなかった、とじんわりと痛む頬を撫でる。
「まぁ、幸せならいいのか……」
「五条に腹が立ってたけど、そのにやけ面見たら、どうでもよくなってきた」
「悟くんがご迷惑をお掛けしてすみません……でも本当、私にとっては今の生活が幸せで」
そう言うと、彼女達はどこか安心したように笑ってくれた。
彼らの愛が深すぎて戸惑ってしまうことも多いけれど、今ではそれが心地良い。他人から見れば盲目的すぎる愛と多くの種族が生きるこの混沌とした世界がなければ、私の人生はもっと平和で穏やかなものだったかもしれない。それでも私は、この世界を愛している。
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