#11.異種間の信頼





 キッチンにて、目覚めのコーヒーを口にしながら朝食を作る。この家のキッチンは広い。三人での同棲の為に悟くんが借りてくれたマンションは、未だに落ち着かない。
 悟くんは家業を継がねばならない。東京でも出来る仕事はある為、京都には戻らず、大学卒業後は東京で祓い屋としての仕事をするということで、五条家は私との同棲を認めてくれた。彼にばかり負担を掛けてしまっている、と申し訳ない気持ちだったが、悟くんもスグルも気にしていなかった。
 ふと寝室の扉が開き、見ると悟くんが欠伸をしながら出てきた。私に気づくと、おはよう、と挨拶しながら身支度の為に洗面所へ行き、済ませるとキッチンへやって来ては、私の頬にキスをしながら、背後から抱きしめてきた。

「起きたらオマエがいる……ずっとこうしてたい。祓い屋やりたくねぇな」
「家業を継ぐっていうのが条件でしょ?」
「……そうだけど。もし、いつか本家に戻ることになったら、ついて来てくれる?」
「スグルも入れるかな」
「大掛かりな術の書き換えがいるけど、ま、いけんじゃない?」
「そっか。それなら私達は悟くんのいる所について行くよ。ちゃんと勉強もしてるつもりだし……」
「まだまだだけどな」

 そう言いながらも嬉しそうに笑う彼は、私から離れたかと思うと、目玉焼きとウインナーを焼いているフライパンを手に取る。

「俺がやるから、オマエはシャワーでも浴びてきたら?」
「え、臭い?」
「獣臭い」
「そっか、分かった」

 私達はキングサイズのベッドで三人で眠っている。スグルがそれに甘えて人間の姿になることもあり、ベッタリとくっ付いていたからかな、と思いながら、着替えを用意してシャワーを浴びた。
 上がって身支度を整えていると、悟くんはダイニングテーブルに朝食を用意して、もう自分は朝食を済ませていた。

「俺、今日早いんだよね。先に出るわ」
「そうなんだ、今日は随分と遅くまで寝ていたから、一緒かと思ってたのに」
「昨日のスグルとのゲーム、白熱したから」
「ふふ、そっか」

 そう話しながら玄関まで向かい、私は見送ろうとついて行く。

「行ってらっしゃい、私も後で大学行く」
「……うん、行って来ます。また後で」

 少し照れ臭そうに彼は身を屈めて、そっと触れるだけのキスして出て行く。私は新婚みたいだなぁ、と幸せな気分に浸りながら、悟くんが作ってくれた朝食をいただいていると、スグルが寝室から欠伸をして出て来る。

「おはよう」
「おはよ……ふぁ、眠い。今日はジャムなんだね」

 テーブルにジャムが置いてあり、悟くんがトーストに塗ったんだろうな、と思いながら、バター派の私はバターを塗ったトーストを一口齧る。

「悟くんが作ってくれたの。もう出て行っちゃった」
「そっかぁ……」

 また大きな口を開けて欠伸をしながら洗面所へ向かい、身支度を整えていた。それが終わり、戻って来ると席に着いて、目玉焼きをトーストに乗せて食べ始める。

「眠そうだね。昨日、悟くんと深夜までゲームしてたでしょ」
「うん、ボタン操作に慣れなきゃね……これから練習するつもり。悟に負けっぱなしだ」
「そっか、いい趣味見つけれてよかったね」

 私のことが絡まなければ、何だかんだ仲良しだ。喧嘩するほど仲が良いというやつか。そう思いながらスグルを見ていると、彼は眠そうに重い目蓋を開けようとするが、人相が悪い。どこかに行く予定もないのだから、まだ眠っていればいいのに、と思っていれば、彼は長い前髪をパンと一緒に食べそうになっていて、私はそっと髪に触れ、耳に掛けてやる。

「あぁ、ダメだ……まだ眠い……」
「食べたら寝る?」
「そうするよ……ただ、君を見送るのが習慣だったから。自然と身体がね」
「そっか」

 朝食を終えると、スグルは二度寝から起きたら洗っておく、と言う為、少し早めに家を出ることにした。準備をして靴を穿いていると、スグルはフラフラと玄関までやって来ては、私の頬を撫で、触れるだけのキスをする。

「行ってらっしゃい、気をつけて」
「い、行ってきます……」
「ふふ、悟がいない時にしか出来ないな。内緒」
「内緒にしてなきゃ、悟くんに叱られる……行ってきます」

 スグルが見送ってくれ、私は歩いて駅まで向かうと、電車に乗って大学まで向かう。その後はいつも通り講義を受けては、いつもの休憩所でコーヒーを飲んで一息つくかな、と教室から休憩所に向かっていると、私とはタイプが違う女性が私を引き止めた。

「こんにちは、悟の今の彼女よね」
「はい、そうですけど……」

 少し人気のない廊下の隅に寄せられる。モデルでもしているのではないだろうか、というほど綺麗な女性は私を見てふと笑う。少し見惚れてしまっていたが、きっと私にではなく、悟くんに興味があるんだ。呼び捨てだろうし、友達だろうか。

「悟とは上手くいってる?」
「いってると思いますけど……悟くんのお友達ですか?」
「元カノ」
「そ、そうなんですね……」

 かなり気まずい。でも、悟くんの言い分では、全員に何かしらの理由で振られているとのことだった。悟くんに未練があるならまだしも、彼女にはないのでは、と思いながらも、少し緊張してしまう。

「悟って結構飽き性だからさ、長く続いてる方だと思うけど、そろそろかなって」
「そろそろ、別れるかもってことですか?」
「そう」

 悟くんが私のことを彼女達に話したのだろうか。でも、今朝の態度を見る限り、飽きられているとは思わない。結婚して本家に行くなら、という未来の話をしてくれていた。そこは自信を持っていいと思う。

「えぇと……今はないかと」
「愛されてるって自覚があるって話?」
「は、はい。その、両親に結婚前提でお付き合いしてると報告をして、同棲も始めたばかりなので……」
「は……?マジで?」
「マ、マジです」
「っ、あぁそう!!」

 彼女は綺麗な顔を歪め、声を荒げて去って行った。やはり悟くんを振ったとはいえ、まだ悟くんが好きだったのだろうか、と思っていると、廊下の曲がり角から、硝子ちゃんが笑いながらやって来る。

「はは、無自覚煽り、最高」
「そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「だから無自覚って言ってんの。何だかんだ、三人で上手くいってんだ」

 まぁね、と硝子ちゃんが来た道を考えると、これから、いつもの休憩所に行くのだな、とそう話しながら歩き出すと、硝子ちゃんは隣を歩く。

「すっかり仲良しだよ。悟くんの影響で、スグルはゲームにハマってる」
「そっか、歌姫先輩も心配してたから」
「そういえば最近会ってないね、会いたいな」
「再来週の金曜、居酒屋で歌姫先輩と飲む予定だけど、来る?」
「行きたい!」
「オッケーじゃあ伝えとく。アイツら連れて来るなよ」
「分かった、女子会ってやつだね」
「そうそう」

 私達はコーヒー自販機でコーヒーを買うと、休憩所に座って一息つく。硝子ちゃんといると落ち着くなぁ、と思っていれば、彼女はコーヒーを飲んで思い出したのか、そういえば、と声を上げる。

「カフェでバイトするって言ってたね、いつから?」
「来週からだよ。働くことはいいことだけど、一緒にいる時間が減るって言ってた」
「どっちが?」
「どっちも。大学終わってから、クローズまで働くから……」

 そりゃ面倒だ、と息を吐いた硝子ちゃんに、私はそれほど負担には思ってないんだけどな、とコーヒーに口をつける。週に四日だし、我慢してもらわなきゃ。

「短期バイトで稼いだお金で両親にプレゼント買って送ったら、すごく喜んでくれた」
「親孝行だな、私はなーんもしてない」
「した方がいいよ、喜んでくれる」
「そうだな、考えておく」

 そんな他愛もない話をした後、私達は休憩を終えて講義に出た。悟くんからメッセージで予定が長引き、時間がズレてしまった為、昼は一緒に食べれないとの連絡を受け、学食で一人、日替わりランチを食べた。その後も悟くんと会うことはなく、家で会うわけだし、大学で会う必要はない。そう思うと、同棲を始めて良かったな、という気持ちになった。
 買い物して帰るか、と自宅近くのスーパーまで歩いて行く。こういう時、買い物の荷物を持ってもらう為に、スグルにスマホを持たせたいな、という気持ちになる。役割はそれだけではないけれど、色々と便利だ。本人は持ちたいけど、私の負担になるから、という理由でやめていた。アルバイトを始めたら買ってやろう、と考えていると、目の前から袈裟姿の男が歩いてきた。
 容姿はスグルだ。しかし、これが私の本能なのか、彼を見た瞬間、全身の産毛が逆立つような悪寒がした。私の本能が目の前にいる存在は危険だと知らせていた。私は恐怖から暫くその場で硬直してしまっていたが、悟くんに連絡しようと、バッグからスマホを取り出し、彼に背を向け、逃げながらメッセージを送ろうとしたが、逃げた方向にも同じ気配を感じ、顔を上げると、目の前にそれがいた。

「涼華、おかえり。どうして逃げるんだい?帰ろうよ」
「ち、違う……」
「ん?何がだい?」

 何もかも違う。スグルは確かに人を喰らったことのある物の怪だ。だけれど、初めて出会った時から、嫌な感じはしなかった。だとしたら、目の前の物の怪は何だ。スグル以上に人を喰らっているのか、それとも、もっと別の──

「スグルじゃ、ない」
「何を言ってるんだ、私は君のスグルじゃないか、おいで」

 こちらに手を伸ばされ、逃げなければいけないのに、恐怖で足が竦む。その時、彼の手が私の額に触れた瞬間、まるで、テレビの電源を落とした時のように、意識がプツリと途絶えた。

 目を開くと、グラグラと世界が歪んだ。目の前に誰かがいると感じ、やっと視界がハッキリすると、目の前には長い髪を束ねた、身体中縫い目だらけの男がいた。彼もまた、恐怖を感じるほどの嫌な気配がし、息を呑む。

「夏油、起きたよ、俺達の希望だ」
「夏油って……」

 目の前に現れたのは、夏油と名乗る、スグルの偽者。よく見ると額に縫われたような傷があり、やはり彼は違うと感じた。

「スグル、じゃない……誰なんですか?」
「確かに、私は君の知る夏油ではないよ。でも、肉体も能力も、その夏油、いや、スグルと負けず劣らずだと思うよ。まぁ、君は無知だから、説明したって無意味だね」
「……目的は悟くんと、スグル?」

 私などに価値はない。以前、禪院家が私を攫った時のように、人質になるんだ、と私は息を呑む。しかしそれは的外れだったようで、彼は首を横に振る。

「いいや、君自身さ。気づいていないだろうが、君は純粋な人間なんだ」
「え、と……?」
「大まかに分けて、この世には妖、半妖、祓い屋、人間がいる。でも、君が人間だと思っている人間のほとんどは他の種族が混じっている。妖だったり、祓い屋だったりね。でも現代人の妖や祓い屋の血は薄くなっているから、皆、それを人間と言うのだけれど、純粋な血筋の人間は私達が確認出来る限り、君だけなのさ」

 大昔に、妖怪と祓い屋の戦争があったと聞いた。その時から、妖は人間に順応していった。スグルのように紛れているのなら、純粋な人間が少ないことはあり得るだろうが、私だけということはないだろう。

「そ、それなら両親も……」
「いいや、君が両親だと思っているだけさ。血の繋がりはない」
「どういう、こと……?」
「君の本当の両親は物の怪に殺されてしまってね。そこで血筋が途絶えたんだ」
「え……?」

 呆然としてしまった。そんな話、聞いたこともない。でも、私は両親と自分との違いをどこかで感じていて、彼の言葉を信じかけていた。

「孤児院だっけ。行き場を失った君はそこで預けられ、今の両親に引き取られた。二人とも純血ではないんだよ」
「そんな、」
「私達にとって、これはチャンスなんだ。私達が手に入る最後の純血……君は神と繋がれる、唯一の巫女」
「わ、私はそんなんじゃ、」

 純粋な人間、巫女、そんな話は聞いたことがない。彼が話しているものは全て、私が知らない世界のこと。悟くんやスグル、硝子ちゃんに話を聞いて勉強しているつもりだったけれど、まだまだ見ている世界は狭かったのか、彼の言っていることは全て嘘なのか。

「神っていうのは其処彼処にいる。でもそれは人間達が生み出した偶像、人間が神と言っているのは、自分達が生み出した妖のことなんだ。この世界にはもっと上位の存在がいる。神は人間に命、加護を与え、人間は妖を生んだ。私達の目的は、人間の創造主である、神殺しだ。ま、日本限定の神だけれどね」
「何で、そんなことを……」
「目標は日本を妖だけの国にすることさ」
「そ、それをするのに、神様を殺す必要があるんですか?」
「祓い屋も妖怪が生まれたと同時に特別な力を与えられた人間であり、君が贔屓にしている五条家は神だけでは飽き足らず、巫女からも力を得ている。いずれ妖と祓い屋の戦争を再開させた時、祓い屋の血が途絶えたとしても、神がいれば、また祓い屋を生み出す可能性がある。あとは、神のいない世界がどうなるのか妖だけの世界はどうなるのか……という、ただの興味だね」
「はは、夏油は優しいね。ぜーんぶ説明しちゃうんだ」

 そう言って笑うこの人達はやはりおかしい、と息を呑む。私は縛られていないものの、そこは扉が一つしかない社であり、唯一の逃げ道は継ぎ接ぎの男に塞がれている。しかしその男の隣には私のバッグが置かれていて、バッグの傍に、気を失うまで持っていたスマホも置かれている。

「連絡しようとしても無駄だよ。それに、君についていた夏油や五条 悟がつけている軽い追跡術も解いている。ここへは来ない」
「……私は、何をすれば?」
「儀式だよ。正装に着替え、祈祷をする。本来、神懸りは一人で行うものではないが、純血の巫女は君しか用意出来なかったからね、神懸りも一人で行ってもらう。上手くいくかは分からないけれどね」

 理解出来ないことを訊いても仕方ないが、悟くんとスグルくんがここへ来るまでの時間稼ぎにはなるだろうと、まだ彼から話を聞き出そうと質問する。

「私は、死ぬんですか?」
「私が呼び出そうとしている神は実体がない。神懸りをしなければ、肉体を有すことが出来なくてね。だから君が器となり、強制的に受肉させ、その肉体ごと殺す。だから君は死ぬことになるね」
「し、死ぬと分かってるのに、協力するとでも?」
「そこが問題でね。神懸りは君の協力なしでは成り立たない。そこで考えてほしい。何故、私が夏油の姿をしているのか……分かるかい?」
「私を騙す為……?」

 会った時にスグルの振りをしていた。ただ、私が見破ってしまったから、その姿に意味はないのでは、と思っていた。

「いいや、最初から騙せるとは思っていなかったよ。君は純粋な人間だ。感覚で人間か、妖か、祓い屋か、見抜くことが出来るんだろうね。そういった細かな違いは特別な眼を持つ者か、純血にしか出来ない」

 それじゃあ何故、と私は首を傾げると、彼はふと笑いながら、自身の髪に触れる。

「私は殺そうとしている神と同じく、肉体を持たない存在でね。その代わり、他人の遺伝子情報で姿を変えることが出来るんだ。ただの毛の一本からでも、再現可能だ」
「はぁ……」
「話を戻すが、夏油の姿をしている理由は、共感覚を利用することだよ。私が傷付けば、彼も傷つく。私が死ねば、彼も死ぬ。私は生に執着していないんでね、目的を果たせばそれでいい。彼が引き継ぐよ」

 そう言って背後にいる継ぎ接ぎの男は軽く俺がやるよとヘラヘラ笑っている。そんなことより、私はスグルが傷つく、死ぬ可能性がある、と動揺する。彼らの言う妖術がどれほどの力を発揮するのかが分からない。彼はとても悍ましい。だからこそ、彼の言葉が本物なのではないかと思えてしまう。しかし、ここで屈してしまっては、誰かが死んでしまう。

「わ、私は、協力出来ない……」
「そうか……仕方ない。真人、頼むよ」

 真人と呼ばれた継ぎ接ぎの男は、了解、と軽い口調で返事をすると、立ち上がる。すると、彼の手がボコボコと腫れ上がったかと思うと、大きく鋭い刃物へと変形する。それで脅されるのか、と怯えていたが、夏油と名乗る偽者は腕捲りをして、横に伸ばす。真人はその腕に向かって刃物を振り下ろすと、スパッとその腕が切り落とされ、ゴトリと床に大量の血と共に腕が落ちる。ツンと鼻をつく血の臭い、見たこともない量の鮮血、切り落とされた腕。妖の存在よりも現実味がない光景に、ゾッとする。

「ひっ!」
「あぁ……これは、かなりの痛みだ」

 そう言いながら彼は腕を押さえると、ボコボコと切り口が膨らんだかと思うと、徐々に腕が生えてくる。

「実際、彼も切り落とされたわけじゃないよ。ただ腕を切り落とされたような痛みを受けるだけ。これを続ければ……無知な君でも分かるよね」
「や、やめて!やるから……やる」
「ご協力感謝するよ」

 妖だけの国だとか、戦争だとか、そんなの私には想像も出来ない。自分の命とスグルの命、こちらの方が分かりやすい。スグルが自分の命を懸けて私を守ってくれたけれど、私だってスグルの命が大事だ。

「それじゃあまず、身を清めて、」

 彼は言葉を詰まらせたかと思うと、二人はどこか同じ方向を見つめる。何だ、と私もそちらを見た瞬間、轟音と共に、社が崩れていき、私はその場で頭を抱えた。

「ここは神聖な場所だぞ、分かってやってるのか」
「側に意味はねーよ。また作り直せばいい」

 何事かと思っていたが、悟くんの声がし、顔を上げると、いつもと変わらない様子の悟くんがそこにいた。

「さ、悟くん……!」
「ははっ!これが五条 悟か、ゾクゾクするな」
「私もいるよ、偽者め」
「スグル……!」

 スグルも袈裟姿でおり、自分と同じ姿をした男を見て眉を顰めている。偽者は警戒しながらも息を吐く。

「どうしてここが分かった?マーキングも術も解いた」
「見た所、オマエらは山籠り好きのジジイだろ。現代の知識が乏しい」
「どういう意味だい?」
「GPSを知らないだろ」
「GPS?何それ」
「……なるほど、あのスマホか。現代人が作り出した追跡術のようなものだよ」
「へぇ、潰しておくべきだったな」

 悟くんが心配だから、とGPS機能をオンにしていた。スマホが壊されていなかったから、悟くんに位置を知らせれると思い、時間稼ぎをしていたが、ちゃんと見つけてくれたのは安心した。しかし今問題なのは、偽者が自傷を始めたら、スグルが傷ついてしまうということ。そんなことを知らない悟くんは躊躇いなく彼に人差し指と中指を差すと、まだ保っていた社の壁が全て破壊され、男は彼の攻撃を避けていた。それに私は慌てて止める。

「ま、待って、感覚が共有されてるって……!」
「何だそれ。俺にはそんなの、見えないな」
「ククッ、神の眼は全て見通してしまうから厄介だね。無知な巫女は諦めることにしよう。真人、行くよ」
「ちぇ、残念」

 真人は身体を大きく変形させたかと思うと、無数の針が私に向かって飛んでくる。私はその場から動けずにいたが、悟くんとスグルは私を優先し、すぐに駆け寄って来ると、盾になってそれを弾いていく。その間に二人は姿を消してしまい、悟くんはまだ警戒をしていたが、スグルは私を安心させるように抱えた。

「アイツらヤバいな……」
「大丈夫かい?怪我はない?」
「こ、こわか、た……」
「よしよし、大丈夫だよ」
「ぐす……っ、あんな人達、見たことない……っ」

 ずっと悍ましい気配を感じていたからか、スグルの体温に安心して涙腺が緩み、ポロポロと涙が溢れた。スグルは優しく私を撫でる中、やっと力を抜いた悟くんは息を吐く。

「継ぎ接ぎの奴は最近まで人間を喰いまくってるタイプの物の怪……スグルの偽者みたいな奴は元々ヤバい奴っぽいな、積み重なった呪いが本人を強くしてるタイプだ。俺も見たことないレベルの物の怪」
「さっきもアイツが言っていたが、やはり涼華は巫女だったんだね」
「まぁ、何となく分かってた。だからあの時、五条、禪院を説得出来たらわけだし」

 ずっと気づいていたのか、と私は驚いていると、今まで知らなかったスグルは声を上げて笑う。

「あははっ!それなら私達、とんでもない子に手を出したことになるよ。よく両親が怒らなかったね」
「……両親は、本当の両親じゃないって。私は孤児院から引き取られた子って、言ってた。純血の一族は物の怪に殺されて、確認出来てるのは私だけのようで」
「オマエの両親はそうかもしれねーけど、純血の一族はどこかにいるでしょ」
「本当?」

 全てが嘘ではないようで、純血や巫女、両親 のことも本当らしい。悟くんの言葉は信用出来る。しかし悟くんは一息吐き、何かを考えるように話す。

「……アイツらが見つけられなかっただけだろうな。何の知識もなく、追跡術だけで守られてもいないオマエを使いたかったんだろ。全部を素直に信用すんな、スグルとの共感覚も嘘だったろ」
「……騙されやすくてごめん」

 事実に嘘を混ぜているからこそ、信じてしまう。嘘かどうかも見極めれない未熟さに反省していると、スグルはよいしょ、と私を抱える。

「もしかして、私だと思ってついて行った?」
「それはないよ!スグルとは全然違う、もっと邪悪で……怖かった」
「スグルもスグルでヤバいんだけどな……さぁて、帰るか」

 悟くんは瓦礫の中から、私のバッグとスマホを取り、スグルもそこから出て行く。

「気を張って疲れただろう、眠っていいよ」
「うん……ありがとう」

 私は眠らされた時のものが残っているのか、強い眠気に襲われた。二人がいれば、私は心の底から安心出来る。私はスグルの腕の中でそっと目を閉じ、意識を飛ばした。


 スグルは悟に彼女を渡すと、自身は狐の姿へと変わり、二人を背に乗せる。悟は黙って彼女や彼女を狙った者達のことを考える中、スグルは術で身を隠しながら移動し、悟に話し掛ける。

「それにしても……純血の人間、巫女か。普通は判別するのが難しい。常日頃の庇護欲や、抱いた時に感じた罪悪感や背徳感は、彼女が巫女だからこその私の本能だろうね」
「人間は他の種族に対して敏感だ。特に自衛が出来ない、何の力もない純血の人間は、神から加護を受けているわけではなく、年々減っているからこそ身に付けた危機意識なんだろ。オマエもその影響を受けて、背徳感を感じやすくなってる」
「そういうものか。御三家……特に五条家は、その巫女の一族を守ってるんだろう?いや、独占と言うべきか」

 探るようなスグルの言葉に、悟はさぁな、と呟き、腕の中で眠る彼女をギュッと抱く。それに言えるはずないか、とスグルは苦笑する。

「今更だが、君の家も祓い屋の純血だろう?彼女の血を入れていいのかい?」
「純血主義を突き通したいってなら、俺は出て行くけど、五条家は他人が思ってるほどのもんじゃなかった。何十年に一度は巫女の血が混ざってるらしい」
「それ、他に巫女がいると言っているようなもんだよ」
「俺はその辺、知らないからな。憶測ってだけ。涼華のことを快く受け入れたのは、そういうことって俺の考え。都合が良い」

 彼は当主になれば、そういう仕事も増えるんだろうな、と溜息を吐き、スグルはその辺の話をするとは、自分は彼女だけではなく、悟からの信頼も得ているんだな、と感じていた。

「心酔しているね」
「オマエもでしょ。ま、俺らが守りゃいい。涼華は巫女だ。俺達、最強の護衛でしょ」
「……ふっ、それじゃあ、誰にも祓えないような追跡術や物の怪避けを練らなければね」

 そう彼らは言葉には出さないが、互いに信頼していることを再確認することとなった。






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