#11.異種間の信頼




 キッチンにて目覚めのコーヒーを口にしながら朝食を作る。この家のキッチンは広い。三人での同棲の為に悟くんが借りてくれたマンションは未だに落ち着かない。
 悟くんは家業を継がねばならない。東京でも出来る仕事はある為、京都には戻らず、大学卒業後は東京で祓い屋としての仕事をするということで、五条家は私との同棲を認めてくれた。彼にばかり負担を掛けてしまっていると申し訳ない気持ちだったが、悟くんもスグルも気にしていなかった。
 ふと寝室の扉が開き、見ると悟くんが欠伸をしながら出てきた。私に気づくと、おはようと微笑みながら挨拶し、身支度の為に洗面所へ向かった。それを済ませると、キッチンへやって来ては背後から私を抱きしめ、頬に唇を押しつける。

「んー、起きたらオマエがいる幸せ……ずっとこうしてたい。働きたくない」
「家業を継ぐっていうのが条件でしょ?」
「そうだけど……もし、いつか本家に戻ることになったら、ついて来てくれる?」
「スグルも入れるかな」
「大掛かりな術の書き換えがいるけど、ま、いけんじゃない?」
「そっか。それなら私達は悟くんのいる所について行くよ。ちゃんと勉強もしてるつもりだし……」
「まだまだだけどな」

 そう言いながらも嬉しそうに笑う彼は私から離れたかと思うと、目玉焼きとウインナーを焼いているフライパンを手に取る。

「俺がやるから、オマエはシャワーでも浴びてきたら?」
「え、臭い?」
「獣臭い」
「そっか、分かった」

 私達はキングサイズのベッドで三人で眠っている。スグルがそれに甘えて人間の姿になることもあり、昨夜はベッタリとくっ付いて寝ていたから匂うのかと思いながら、着替えを用意してシャワーを浴びた。
 上がって身支度を整えていると、悟くんはダイニングテーブルに朝食を用意して、もう自分は朝食を済ませていた。

「俺、今日は早いんだよね。先に出るわ」
「そうなんだ、今日は随分と遅くまで寝ていたから、一緒かと思ってたのに」
「昨日のスグルとのゲーム、白熱したから」
「ふふ、そっか」

 そう話しながら玄関まで向かい、私は見送ろうとついて行く。

「行ってらっしゃい、私も後で大学行く」
「……うん、行って来ます。また後で」

 少し照れ臭そうに彼は身を屈めて、そっと触れるだけのキスして出て行く。私は新婚みたいだなぁと新婚気分の幸福に浸りながら、悟くんが作ってくれた朝食をいただいていると、スグルが寝室から欠伸をして出て来る。

「おはよう」
「おはよ……ふぁ、眠い。今日はジャムなんだね」

 テーブルにジャムが置いてあり、悟くんがトーストに塗ったんだろうと思いながら、バター派の私はバターを塗ったトーストを一口齧る。

「悟くんが作ってくれたの。もう出て行っちゃった」
「そっかぁ……」

 また大きな口を開けて欠伸をしながら洗面所へ向かい、身支度を整えていた。それが終わり、戻って来ると席に着いて、目玉焼きをトーストに乗せて食べ始める。

「眠そうだね。昨日、悟くんと深夜までゲームしてたでしょ」
「うん、ボタン操作に慣れなきゃね……これから練習するつもり。悟に負けっぱなしだ」
「そっか、いい趣味見つけれてよかったね」

 私のことが絡まなければ、何だかんだ仲良しだ。喧嘩するほど仲が良いというやつなのかも。ふとスグルを見ると、彼は眠そうに重い目蓋を開けようとするが、人相が悪い。どこかに行く予定もないのだから、まだ眠っていればいいのに。そう思っていれば、彼は長い前髪をパンと一緒に食べそうになっていて、私はそっと髪に触れ、耳に掛けてやる。

「あぁ、ダメだ……まだ眠い……」
「食べたら寝る?」
「そうするよ……ただ、君を見送るのが習慣だったから。自然と身体がね」
「そっか」

 朝食を終えると、スグルは二度寝から起きたら洗っておくと言う為、少し早めに家を出ることにした。準備をして靴を履いていると、スグルはフラフラと玄関までやって来ては私の頬を撫で、触れるだけのキスをする。

「行ってらっしゃい、気をつけて」
「い、行ってきます……」
「ふふ、悟がいない時にしか出来ないな。内緒」
「内緒にしてなきゃ悟くんに叱られる……行ってきます」

 スグルが見送ってくれ、私は歩いて駅まで向かうと、電車に乗って大学まで向かう。その後はいつも通りに講義を受けては、いつもの休憩所でコーヒーを飲んで一息吐くかな、と教室から休憩所に向かっていると、見知らぬ女性に声を掛けられた。

「こんにちは、悟の今の彼女よね」
「はい、そうですけど……」

 少し人気のない廊下の隅に寄せられる。モデルでもしているのではないだろうか、というほど綺麗な女性は私を見てふと笑う。少し見惚れてしまっていたが、きっと私にではなく悟くんに興味があるんだ。呼び捨てだろうし、友達だろうか。

「悟とは上手くいってる?」
「いってると思いますけど……悟くんのお友達ですか?」
「元カノ」
「そ、そうなんですね……」

 かなり気まずい。でも、悟くんの言い分では全員に何かしらの理由で振られているとのことだった。悟くんに未練があるならまだしも、彼女にはないのでは、と思いながらも少し緊張してしまう。

「悟って結構飽き性だからさ、長く続いてる方だと思うけど、そろそろかなって」
「そろそろ、別れるかもってことですか?」
「そう」

 悟くんが私のことを彼女達に話したのだろうか。でも、今朝の態度を見る限り、飽きられているとは思わない。結婚して本家に行くなら、という未来の話をしてくれていた。だから彼の愛には自信を持っていいと思う。

「少なくとも、今はないかと」
「愛されてるって自覚があるって話?」
「は、はい。その、両親に結婚前提でお付き合いしてると報告をして、同棲も始めたばかりなので……」
「は……?マジで?」
「マ、マジです」
「っ、あぁそう!!」

 彼女は綺麗な顔を歪め、声を荒げて去って行った。やはり悟くんを振ったとはいえ、まだ悟くんが好きだったのだろうかと考えていると、廊下の曲がり角から、硝子ちゃんが笑いながらやって来る。

「ははっ!無自覚煽り、最高」
「そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「だから無自覚って言ってんの。何だかんだ、三人で上手くいってんだ」

 まぁねと答えながら、硝子ちゃんはこれから、いつもの休憩所に行くのだろうと考え、私は一緒に行こうと歩き出すと、硝子ちゃんは黙って私の隣を歩く。

「すっかり仲良しだよ。スグルは悟くんの影響でゲームにハマってる」
「そっか、歌姫先輩も心配してたから」
「そういえば最近会ってないね、会いたいな」
「再来週の金曜、居酒屋で歌姫先輩と飲む予定だけど、来る?」
「行きたい!」
「オッケーじゃあ伝えとく。アイツらは連れて来るなよ」
「分かった、女子会ってやつだね」
「そうそう」

 私達はコーヒー専門の自販機でコーヒーを買うと、休憩所に座って一息吐く。硝子ちゃんといると心が安らぐなと感じていれば、彼女はコーヒーを飲んで思い出したのか「そういえば……」と声を上げる。

「カフェでバイトするって言ってたね、いつから?」
「来週からだよ。働くのはいいことだけど、一緒にいる時間が減るなぁって言ってた」
「どっちが?」
「どっちも。大学終わってからクローズまで働くから……」

 そりゃ面倒だと息を吐いた硝子ちゃんに、私はそれほど負担には思ってないんだけどな、とコーヒーに口をつける。週に四日だし、家に帰るのだから我慢してもらわなきゃ。

「短期バイトで稼いだお金で両親にプレゼントを送ったら、すごく喜んでもらえた」
「親孝行だな、私はなーんもしてない」
「した方がいいよ、喜んでくれる」
「そうだな……考えておく」

 そんな他愛もない話をした後、私達は休憩を終えて講義に出た。悟くんからメッセージで予定が長引き、時間がズレてしまった為、昼は一緒に食べれないとの連絡を受け、学食で一人、日替わりランチを食べた。その後も悟くんと会うことはなかったが、同じ家へと帰るのだから大学で会う必要はない。そう思うと、同棲を始めて良かったという気持ちになった。
 買い物して帰るか、と自宅近くのスーパーまで歩いて行く。こういう時、買い物の荷物を持ってもらう為に、スグルにスマホを持たせたいという気持ちになる。役割はそれだけではないけれど、色々と便利だ。本人は持ちたいけど、私の負担になるからという理由でやめていた。アルバイトを始めたら買ってやろうと考えていると、目の前から袈裟姿の男が歩いてきた。
 容姿はスグルだ。しかし彼を見た瞬間、全身の産毛が逆立つような悪寒がした。私の本能が目の前にいる存在は危険だと知らせていた。私は恐怖から暫くその場で硬直してしまっていたが、悟くんに連絡しようとバッグからスマホを取り出し、彼に背を向けて逃げながらメッセージを送ろうとしたが、逃げた方向にも同じ気配を感じ、顔を上げると目の前にそれがいた。

「涼華、おかえり。どうして逃げるんだい?一緒に帰ろう」
「ち、違う……」
「何がだい?」

 何もかも違う。スグルは確かに人を喰らったことのある物の怪だ。だけれど、初めて出会った時から嫌な感じはしなかった。それなのに、目の前にいる物の怪は何だ。スグル以上に人を喰らっているのか、それとも何かもっと別の──

「スグルじゃ、ない」
「何を言ってるんだ、私は君が愛してくれているスグルじゃないか、おいで」

 こちらに手を伸ばされ、逃げなければいけないのに恐怖で足が竦む。その時、彼の手が私の額に触れた瞬間、まるでテレビの電源を落とした時のように、意識がプツリと途絶えた。

 目を開くと、ぐるぐると世界が回り歪んでいた。目の前に誰かがいると感じ、やっと視界がハッキリすると、ゆっくりと身体を起こす。目の前には長い髪を束ねた身体中縫い目だらけの男がいた。彼もまた恐怖を感じるほどの嫌な気配がし、息を呑む。

「夏油、起きたよ。俺達の希望ってやつが」
「夏油って……」

 目の前に現れたのは夏油と名乗るスグルの偽者。よく見ると額に縫われたような傷があり、やはり彼は違うと感じた。

「スグルじゃない……誰なんですか?」
「確かに、私は君の知る夏油ではないよ。でも、肉体も能力も、夏油……いや、スグルと負けず劣らずだと思うよ。まぁ君は無知だから、説明したって無意味だね」
「……目的は悟くんとスグル?」

 私などに価値はない。以前、禪院家が私を攫った時のように人質になるんだと私は息を呑む。しかしそれは的外れだったようで、彼は首を横に振る。

「いいや、君自身さ。気づいていないだろうが、君は純粋な人間なんだ」
「え、と……?」
「大まかに分けて、この世には妖、半妖、祓い屋、人間がいる。でも、君が人間だと思っている人間のほとんどは他の種族が混じっている。妖だったり、祓い屋だったりね。でも現代人の妖や祓い屋の血は薄くなっているから、皆はそれを人間と言うのだけれど、純粋な人間は私達の手の届く範囲では君だけなのさ」

 大昔に妖怪と祓い屋の戦争があり、それ以来妖は人間に順応していったと聞いたことがある。スグルのように紛れている妖と交わることで血が混じるのは理解出来る。だから純粋な人間が少ないことはあり得るだろうが、私だけということはないだろう。

「そ、それなら両親も……」
「いいや、君が両親だと思っているだけさ。血の繋がりはない」
「どういう、こと……?」
「君に親は存在しない。生み出した存在はいるけれど」
「え……?」

 彼の言葉を全て理解することは出来なかったが、その話を聞いた瞬間、ドキリとした。何故なら私は、昔から自分と両親はどこか違うと感じていたからだ。それを見透かされたような気がして、既に彼の言葉を信じかけていた。

「君はとある神社に捨て置かれた子供として孤児院に預けられ、今の両親に引き取られた。二人とも純血ではないんだよ」
「そんな、」
「神から生まれた、数千年に一度の人間……私達にとって、これはチャンスなんだ。私達が手に入れることの出来る最後の純血……君は神と繋がれる、唯一の巫女」
「わ、私はそんなんじゃ、」

 純粋な人間、巫女、そんな話は聞いたことがない。彼が話しているものは全て、私が知らない世界のこと。悟くんやスグル、硝子ちゃんに話を聞いて勉強しているつもりだったけれど、まだまだ見ている世界は狭かったのか、彼の言っていることは全て嘘なのか。

「神っていうのは其処彼処にいる。でもそれは人間達が生み出した偶像、人間が神と言っているのは、自分達が生み出した妖のことなんだ。この世界にはもっと上位の存在がいる。神は人間に命、加護を与え、その人間は妖を生む。私達の目的は、人間の創造主である神殺しだ。ま、日本に限定された神やんだけれどね」
「どうして、そんなことを……」
「第一の目的は、この世から祓い屋を消し、日本を妖怪の国にすることさ」
「か、神様を殺す必要があるんですか?」
「祓い屋も妖怪が生まれたと同時に特別な力を与えられた人間であり、君が贔屓にしている五条家は神だけでは飽き足らず、巫女からも力を得ている。いずれ物の怪と祓い屋の戦争を再開させた時、祓い屋の血が途絶えたとしても、神は物の怪に対抗する為、君を誕生させたように人間や祓い屋を生み出す可能性がある。だから殺すんだ」
「神は死んでも、現存する人間が死ぬわけじゃない。オマエら人間にはまだ妖怪を生んでもらわなきゃいけないから、人間には生きてもらうよ。何の価値もない半端な奴らは殺すけど」

 継ぎ接ぎの男は私の前にしゃがみ込むと、顔を覗き込んできては不気味に笑う。そのゾッとする笑顔に息を呑んでいると、スグルの偽者は目を細めて笑う。

「いずれ、人間もいない世界が生まれる。神も人間も存在しない、妖だけの世界がどうなるのか……楽しみだね」
「はは、ぜーんぶ説明しちゃったなぁ」

 自分達の望む世界を語る彼らを目の前にしながらも、私は冷静になろうと状況を確認する。
 縛られてはいないものの、私達がいる場所は扉が一つしかない社のようであり、唯一の逃げ道は扉の前をうろうろとし始めた継ぎ接ぎの男に塞がれている。しかしその男の隣には私のバッグが置かれていて、バッグの傍に気を失うまで持っていたスマホも置かれている。

「連絡しようとしても無駄だよ。それに、夏油や五条 悟の追跡術も解いている。ここへは来ない」
「……私は、何をすれば?」
「儀式だよ。正装に着替え、祈祷をする。本来、神懸りは一人で行うものではないが、純血の巫女は君しか用意出来なかったからね、神懸りも一人で行ってもらう。上手くいくかは分からないけれど、神が自らの手で生み出した子だ。確率は高い」

 理解出来ないことを訊いても仕方ないが、悟くんとスグルは必ずここへやって来る。それまでの間、時間稼ぎにはなるだろうと、まだ彼から話を聞き出そうと質問する。

「私は、死ぬんですか?」
「私が呼び出そうとしている神は実体がない。神懸りをしなければ、肉体を有すことが出来なくてね。だから君が器となり、強制的に受肉させ、その肉体ごと殺す。だから君は死ぬことになるね」
「し、死ぬと分かってるのに、協力するとでも?」
「そこが問題でね。神懸りは君の協力なしでは成り立たない。そこで考えてほしい。何故、私が夏油の姿をしているのか……分かるかい?」
「私を騙す為……?」

 会った時にスグルの振りをしていた。ただ、私が見破ってしまった為、今ではその姿に意味はないのでは、と思っていたが、他に理由があるのだろうか。

「不正解。最初から騙せるとは思っていなかったよ。君は純粋な人間だ。本能的に相手がどういう存在かを見抜くことが出来る。細かな違いを見抜けるのは、特別な眼を持つ者か、人間だけだよ」

 それじゃあどうして?と疑問に思っていれば、彼はふと笑い、自身の長い髪に触れる。

「私は殺そうとしている神と同じく、独自の肉体を持たない存在でね。その代わり、他人の遺伝子情報で姿を変えることが出来るんだ。髪の毛の一本からでも、再現可能だ」
「そう、なんですね」
「話を戻すが、夏油の姿をしている理由は、共感覚を利用することだよ。私が傷付けば彼も傷つく。私が死ねば、彼も死ぬ。私は生に執着していないんでね、目的を果たせばそれでいい。彼が引き継ぐよ」

 そう言って背後にいる継ぎ接ぎの男は軽く「俺がやるよー」とヘラヘラ笑っている。誰が引き継ぐかなど、私にとってはどうでもいい。それよりも、彼の匙加減でスグルが傷つき、死ぬ可能性があるのだと思うと更に心が掻き乱され、鼓動が更に速くなる。彼らの言う妖術がどれほどの力を発揮するのか、私には分からない。ただただ彼は悍ましい。だからこそ、彼の言葉が本物なのではないかと思えてしまう。しかし屈してしまっては、多くの人が犠牲となり、私も死んでしまう。

「わ、私は、協力出来ない……」
「そうか……仕方ない。頼むよ真人」

 真人と呼ばれた継ぎ接ぎの男は「オッケー!」と軽い口調で返事をすると、彼の手がボコボコと腫れ上がったかと思うと、大きく鋭い刃物へと変形する。それで脅されるのかと怯えていたが、夏油と名乗る偽者は腕捲りをして、横に伸ばす。真人はその腕に向かって刃物を振り下ろすと、スパッとその腕が切り落とされ、ゴトリと床に大量の血と共に腕が落ちる。ツンと鼻をつく血の臭い、見たこともない量の鮮血、切り落とされた腕。妖の存在よりも現実味がない光景に、ゾッとする。

「ひっ!」
「あぁ……これは、かなりの痛みだ」

 そう言いながら彼は斬られた腕を押さえると、ボコボコと切り口が膨らんだかと思うと、徐々に腕が生えてくる。

「実際に彼も切り落とされたわけじゃないよ。ただ腕を切り落とされたような痛みを受けるだけ。これを続ければ……無知な君でも分かるよね」
「や、やめて!やるから……やる」
「ご協力感謝するよ」

 妖の国だとか、戦争だとか、そんなの私には想像も出来ない。今は自分の命とスグルの命、こちらの方が分かりやすい。スグルが自分の命を懸けて私を守ってくれたけれど、私だってスグルの命が大事だ。

「それじゃあまず身を清めて、」

 彼は言葉を詰まらせたかと思うと、二人はどこか同じ方向を見つめる。何だ、と私もそちらを見た瞬間、轟音と共に、社が崩れていき、私はその場で頭を抱えた。

「ここは神聖な場所だぞ、分かってやってるのか」
「側に意味はねーよ。また作り直せばいい」

 何事かと思っていたが、悟くんの声がし、顔を上げると、いつもと変わらない様子で崩れた壁から悟くんがやって来た。

「さ、悟くん……!」
「ははっ!これが五条 悟か、ゾクゾクするな」
「私もいるよ、偽者め」
「スグル……!」

 スグルも袈裟姿でおり、自分と同じ姿をした男を見て眉を顰めている。それに偽者は警戒しながらも息を吐く。

「どうしてここが分かった?術は解いたろ」
「見た所、オマエらは山籠り好きのジジイだろ。現代の知識が乏しい」
「……どういう意味だ?」
「GPS、知らないだろ」
「じーぴーえすぅ?何それ」

 悟くんはスマホを取り出し、それを見せつけるように軽く振ると、真人は本当に知らないようで、首を傾げている。

「……なるほど、あのスマホか。現代人が作り出した追跡術のようなものだよ」
「へぇ、じゃあさっさと潰しておくべきだったな」

 悟くんが心配だからとGPS機能をオンにしていた。スマホが壊されていなかった為、悟くんに位置を知らせれると思い時間稼ぎをしていたが、ちゃんと見つけてくれてよかった。しかし今問題なのは、偽者が自傷を始めたら、スグルが傷ついてしまうということ。そんなことを知らない悟くんは躊躇いなく彼に人差し指と中指を差しすと、まだ保っていた社の壁が全て破壊され、男は彼の攻撃を避けていた。それに私は慌てて止める。

「ま、待って、感覚が共有されてるって……!」
「何だそれ。俺にはそんなの見えないな」
「ククッ、神の眼は全て見通してしまうから厄介だね。無知な巫女は諦めることにしよう。真人、行くよ」
「ちぇ、残念」

 真人は身体を大きく変形させたかと思うと、無数の針が私に向かって飛んでくる。私はその場から動けずにいたが、悟くんとスグルは私を優先し、すぐに駆け寄って来ると、盾になってそれを弾いていく。その間に二人は姿を消してしまい、悟くんはまだ警戒をしていたが、スグルは私を安心させるように抱えた。

「アイツらヤバいな……」
「大丈夫かい?怪我はない?」
「こ、怖かった……」
「よしよし、大丈夫だよ」
「ぐす……っ、あんな人達、見たことない……っ」

 ずっと悍ましい気配を感じていたからか、スグルの体温に安心して涙腺が緩み、ポロポロと涙が溢れた。スグルは優しく私を撫でる中、やっと力を抜いた悟くんは息を吐く。

「継ぎ接ぎの奴は最近まで人間を喰いまくってるタイプの物の怪……スグルの偽者みたいな奴は元々ヤバい奴っぽいな、積み重なった呪いが本人を強くしてるタイプだ。俺も見たことないレベルの物の怪」
「さっきもアイツが言っていたが、やはり涼華は巫女だったんだね」
「まぁ、何となく分かってた。だからあの時、五条、禪院を説得出来たらわけだし」

 ずっと気づいていたのか、と私は驚いていると、今まで知らなかったスグルは声を上げて笑う。

「あははっ!それなら私達、とんでもない子に手を出したことになるよ。よく両親が怒らなかったね」
「……両親は、本当の両親じゃないって。私は孤児院から引き取られた子だって言ってた。私は神様から生み出された人間で、確認出来てるのは私だけらしい……」
「オマエ自身はそうだろうけど、純血の一族はどこかにいるでしょ」
「本当?」

 全てが嘘ではないようだ。純血や巫女、両親 のことも本当だと認めているような言葉だったが、先程の男よりも悟くんの言葉は信用出来る。しかし悟くんは一息吐き、何かを考えるように話す。

「……アイツらが見つけられなかっただけだろうな。何の知識もなく、追跡術だけで守られてもいないオマエを使いたかったんだろ。全部を素直に信用すんな、スグルとの共感覚も嘘だったろ」
「……騙されやすくてごめん」

 事実に嘘を混ぜているからこそ、信じてしまう。嘘かどうかも見極めれない未熟さに反省していると、スグルはよいしょと私を抱える。

「もしかして、私だと思ってついて行った?」
「それはないよ!スグルとは全然違う、もっと邪悪で……怖かった」
「スグルもスグルでヤバいんだけどな……さぁて、帰るか」

 悟くんは瓦礫の中から、私のバッグとスマホを取り、スグルもそこから出て行く。

「気を張って疲れただろう、眠っていいよ」
「うん……ありがとう」

 私は眠らされた時のものが残っているのか、強い眠気に襲われた。二人がいると心の底から安心出来る。私はスグルの腕の中でそっと目を閉じ、意識を飛ばした。


 スグルは悟に彼女を渡すと、自身は狐の姿へと変わり、二人を背に乗せる。悟は黙って彼女や彼女を狙った者達のことを考える中、スグルは術で身を隠しながら移動し、悟に話し掛ける。

「それにしても……純血の人間、巫女か。普通は判別するのが難しい。常日頃の庇護欲や、抱いた時に感じた罪悪感や背徳感は、彼女が巫女だからこその私の本能だろうね」
「人間は他の種族に対して敏感だ。特に自衛が出来ない、何の力もない純血の人間は神から加護を受けていても危険だ。年々減っているからこそ身に付けた危機意識なんだろ。オマエもその影響を受けて、背徳感を感じやすくなってる」
「そういうものか。御三家……特に五条家は、その巫女の一族を守ってるんだろう?いや、独占と言うべきか」

 探るようなスグルの言葉に、悟はさぁな、と呟き、腕の中で眠る彼女をギュッと抱く。それに言えるはずないか、とスグルは苦笑する。

「今更だが、君の家も祓い屋の純血だろう?彼女の血を入れていいのかい?」
「純血主義を突き通したいってなら、俺は出て行くけど、五条家は他人が思ってるほどのもんじゃなかった。何十年に一度は巫女の血が混ざってるらしい」
「それ、他に巫女がいると言っているようなもんだよ」
「俺はその辺のことは知らないからな。憶測ってだけ。涼華のことを快く受け入れたのは、そういうことなんじゃねぇかって……家にとっても都合が良い」

 彼は当主になれば、そういう仕事も増えるんだろうなと溜息を吐き、スグルはその辺の話をするとは、自分は彼女だけではなく悟からの信頼も得ているんだなと感じていた。

「心酔しているね」
「オマエもでしょ。ま、俺らが守りゃいい。涼華は巫女だ。俺達、最強の護衛でしょ」
「……ふっ、それじゃあ、誰にも祓えないような追跡術や物の怪避けを練らなければね」

 そう彼らは言葉には出さないが、互いに信頼していることを再確認することとなった。






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