#10.ご挨拶
夏休みが明けると悟くんも予定通り東京へ戻って来ており、大学のいつもの休憩所で会った。私はまた会えて嬉しく思っていたが、悟くんは私を見るなり眉を顰めた。
「マーキング以外の術の痕跡あるだけど?薄ら見える」
彼は一週間前の術まで見えているとはいえ、何の術かは見えないのか、知識がないのか、何の術だ?と目を細めて私を見ている。私は浮気がバレたような気分になり、悟くんには包み隠さずに話そうと、罪悪感を抱えながら話をする。
「……スグルに、されて」
「何を」
「悟くんと海行った翌日……寝てたら、スグルと、エッチ、しちゃって。子供が出来ないように術かけられたり、とかも」
「アイツ、マジで殺すぞ……!」
「ご、ごめん!私がちゃんと制御出来なくて」
「……オマエは悪くないだろ」
眉を顰めつつも私の手を強く握る。悟くんはこう言うが、きっと内心は私も悪いと思っているはず。私も自覚している。逆らえない私も悪い。
「朝から痴話喧嘩?」
そう声が掛かり、私がふと俯き気味だった顔を上げると、そこには硝子ちゃんがいた。
「硝子ちゃん、おはよう」
「聞いてよ、硝子。スグルが涼華に手を出したんだよ、最悪なんだけど」
「好意を寄せてんだから、そりゃ欲くらいあるでしょ。それ覚悟で認めてたんじゃないの?」
硝子ちゃんは手にコーヒーを持ち、立ったまま飲みながら話すと、悟くんはこれが嫌だったんだよ!とクシャクシャと頭を掻く。そして深い溜息を吐くと、両手でギュッと私の手を握る。
「……俺と同棲しよ。俺がいたら、スグルも手を出せないでしょ」
「そう、とは思えないけど……」
「いっその事、オマエ達は去勢しな」
「去勢するなら、スグルだけにしよ。俺らはいずれ結婚すんの!なぁ?」
「う、うん……」
やっぱり、エッチした時に流れて言ったわけではないのだなと私は嬉しくなり、少し照れ臭くなっていると、硝子ちゃんはバカップルめ、と息を吐いた。彼女は通り掛かりだったのだろう、付き合ってられん、とそのまま去って行った。それを見送っていると、悟くんはなぁ、と私の手を指で撫でる。
「そろそろオマエの親に会いに行く?」
「え?」
「てか、伝えてんの?俺らが付き合ってるってこと」
「言ってない……」
「マジ?俺のとこは言わなくても伝わんだけど、そっちはそうじゃないでしょ」
「どう言ったらいいのか、分からなくて」
確かに両親に伝える事は大事だ。今年の夏休みは会いに行けなかったし、あまり心配を掛けさせないよう、こちらの事情を伝えていなかった。そもそも、信じてもらえるか分からなかったから。
「普通に俺と付き合ってるって言えばいいじゃん」
「だってスグルのこともあるし……どうしたらいいのか」
「親はオマエが見えてること、分かってんの?」
「何となく私にしか見えていないものがあるとは気づいていると思う。隠してるから、そこまで深くは知らないだろうけど」
幼い頃は何かが見える、感じると言っては両親を困らせていた。ふと自分がおかしいのだと気づいた時にはそれを隠すようになり、孤立していく私を心配していた。大学で友達が出来たと話したら、とても喜んでくれた。恋人が出来たとあれば、もっと喜んでくれるに違いない。しかし、相手がただの一般人ではないことを考えると、どう伝えて良いものかと悩んでしまう。
「言っておいた方がよくない?オマエがこれから嫁ぐ先、祓い屋一族だぞ」
「うーん……じゃあ、言おうかな」
私はスマホを取り出し、両親と三人のメッセージグループを開く。少し緊張気味に『半年くらい前から付き合ってる人がいるんだけど、また今度、お母さんとお父さんに挨拶したいって言ってる』と送った瞬間、母からすぐに返信があった。
『嘘!?大学でお友達だけじゃなく、彼氏まで!?どんな人?ちゃんとしてる人なんでしょ?』
友達、硝子ちゃんのことを言った時も、こんな反応だったけれど、今回はかなり心配も混じっている。そんなやり取りを見る為、椅子を隣に持って来、隣からスマホを覗き込む悟くんは肩を竦める。
「かなり心配性だな」
「今までずっと一人だったから……」
「人避けの呪いの所為でな」
私は『大丈夫だよ!同い年で、優しくていい人』と言うと「お金持ちとも言っとけ」と言う為『あと、お金持ち』と付け足した。
『今度の土曜、東京のホテルを予約した。会いに行くから、その彼氏にも伝えておきなさい』
『話が早いわ、お父さん』
仕事中のはずなのに、父はいつの間にかホテルの予約までしている。早すぎないか。
「マジか。過保護なの?」
「い、いや、そんなことはないんだけど」
悟くんは空いてるからいいよ、と頷いた為、私は『分かった』と返信した。
「緊張する」
「悟くんでも緊張するんだ」
「俺も人間だし、ちょっとはな」
そう言った悟くんとはここで別れる。私はこちらに来るということは、スグルのことも伝えなければならないな、と悩んでいた。
自宅へ帰ると、今日のスグルは留守番をしていたのか、狐の姿で私を迎えてくれた。
「おかえり」
「ただいま……土曜日、お父さんとお母さんが来るって」
「へぇ、珍しいね。今年は夏休みの間、帰らなかったからかい?」
手を洗い、部屋着に着替える私の足元をウロウロしていて、私が座ると膝の上に乗ってきた。
「いや、悟くんが挨拶したいって言うから、二人にお付き合いしてる人がいるって報告したの。そしたら急遽、土曜に来ることになって」
「心配なんだろうね、君のこと。いつも気に掛けているから」
「それはありがたいんだけど、悟くんが妖や祓い屋のことは言った方がいいって言ってて……そうなったらスグルのことも言うべきだろうなと」
「ご両親にもお世話になったから、私も是非話したいね」
「うぅ、悟くんのことよりも、スグルのことで緊張する」
「はは、リラックスリラックス」
彼は全く気にしていないのか、私に腹を向けており、撫でてやると嬉しそうにした。彼は呑気だけれど、私は不安でいっぱいだった。
***
両親がやって来る土曜日。悟くんは予定通りに家にやって来ると突然、人の姿をしているスグルに殴り掛かったが、彼はそれを避けた。
「ふざけんなよ、人の恋人に手を出しやがって」
「君と恋人になる前から、私は涼華を気持ち良くしてあげていたよ?寝ている間にね」
「あ!?」
「君だって婚姻も済ませていないのに孕まそうとするなんて、非常識じゃないか」
「オマエにだけは言われたくねぇんだよ。」
「け、喧嘩しないで、落ち着いて。お父さんとお母さんが来るのに」
私が止めると、二人は渋々喧嘩をやめ、距離を取って座ったかと思うと、悟くんはベッドに寝転がる。スグルはそんな悟くんの態度に溜息を吐く。
「ご両親に受け入れられたいのなら、君のその態度、改めた方がいいと思うよ」
「あ?俺のどこが悪いんだよ」
「君が持て囃されているのは、祓い屋界だけだ。彼女の両親はただの人間、君なんて顔がいいだけのただのチンピラさ」
どうしてまた喧嘩を始めようとするのかと少し呆れてしまったが、私はもういいやと諦め、そろそろ時間だから準備しておかないと、とキッチンでお茶や茶菓子の準備をする。
「だからオマエにだけは言われたくねぇ、見た目が凶悪だぞ」
「私はいいんだ。ペット、家族だからね。切っても切り離せない関係だから。でも君は恋人だろう?せめて一人称は私≠ゥ僕≠ュらいにしときなよ」
「嫌なこった。家でも堅苦しいってのに」
「悟くんはそのままでいいよ」
変に取り繕っても良いことはない。そう話しながらテーブルにとりあえず茶菓子を置くと、インターホンが鳴る。ここで待ってて、と私はその場に二人を置いて玄関まで両親を迎えに行く。扉を開くと、そこには緊張した面持ちの両親がいた。
「久しぶり、お父さん、お母さん。来てくれてありがとう」
「家を借りて以来ね、ここへ来るの」
「元気にしていたか」
「うん、充実してる」
軽くそんな挨拶をして二人を部屋に招くと、悟くんとスグルが両親を見るなり、頭を下げた。
「ご無沙汰しています、お父さん、お母さん」
「初めまして、お付き合いさせていただいております、五条 悟です。よろしくお願いします」
悟くん、結局は丁寧に喋るんだと思っていると、両親は驚いたように二人を交互に見ては、戸惑ったように頭を下げる。私が座ってと促すと、皆座布団のある位置に座り、私はそれぞれにお茶を出した。
「えぇと、五条くんと、君は……どこかで会ったかな」
「こうした方が、分かりやすいかと」
すると目の前で両親が見知っている猫の姿となり、二人はただ戸惑っていた。
「な、何が起こって、」
「スグル……?」
「はい、スグルです」
母がスグルであると気づくと、彼は猫の姿のまま返事をする。私は事情を説明しないと、とスグルを抱える。
「えぇと……お父さん、お母さん、スグルは妖で。悟くんは悪い妖を祓う、祓い屋なの」
「……冗談、ではないよな」
「猫が喋ってるのよ?まさか、涼華が昔から見てたのはこういう……?」
信じられないと言うように、父はスグルをまじまじと見ており、母は幼少期の私をよく見ていた為、すぐに理解していた。
「昔は何となく知ってたというくらいで、詳しくは悟くんと出会って知ったの」
「そう……」
「僕は悪い妖を祓う、祓い屋の名家の次期当主です」
「は、はぁ」
悟くんのことはまだ信じきっていないのか、理解出来ていないのか、二人は戸惑ったように悟くんを見ており、彼はにこりと笑う。
「かの有名な菅原 道真の子孫でもあるんですよ」
「それは知らなかったな……」
凄い家柄だとは思っていたけれど、先祖も凄い。そう思っていると、スグルはふん、と鼻で笑う。
「はいはい、お家自慢ね」
「家のことを知ってもらうのは当然でしょ」
「えーと……悟くんとは共通の友達がいて、たまたまその友達に話し掛けた時に出会ったの」
「ちょっとした呪いをつけていたのを、僕が祓ったのがキッカケですね」
「あの、そんなお方が娘のどこを気に入ったんでしょうか」
「えっ、あー……」
口籠った悟くんをチラリと見ると照れからか、頬を赤らめている。それに私もつい照れてしまい、口を噤むとスグルはボソッと呟く。
「どうせ下半身で判断したんだろう」
「オマエ、マジで祓うぞ!」
悟くんは私の膝の上に座るスグルの額に人差し指を押し付けると、落ち着いてと宥める。それに悟くんはハッとして、咳払いする。
「その……こういうこと言うと誤解されるかもしれませんが、僕はこういう身なりなので、女性と流されるまま付き合うことが多くて。でも彼女は、僕が今まで感じたことのない気持ちをくれました。少し危なっかしい彼女を守りたいとも思いましたし、純粋で可愛い。それに、」
饒舌になっている彼は言葉を詰まらせ、私をチラリと見る。悟くんの白い肌は耳まで赤くなっており、私はそっと彼の手を握る。それを見て、両親はふと優しく笑った。
「よく分かったよ。ありがとう、娘を見つけてくれて」
「……!」
「五条くんに会ってからかしら……夏休み中はバイトしちゃって、こんなの初めてよ」
「あぁ、昔から忘れられることも多くてね。だから、見つけてくれてありがとう」
そう言われると私も照れ臭い。スグルの人避けの呪いの所為ではあるが、両親の言ったことは、私も悟くんに思っていることだ。その言葉を受けて、悟くんはギュッと私の手を握り返した。
「け、結婚も考えていて」
「えっ」
「僕は真剣に、結婚前提でお付き合いしているつもりです。今すぐ結婚してもいいという覚悟でいますが、その前に同棲から始めるべきかと考えています」
両親は結婚という言葉に動揺しており、顔を見合わせている。
「ど、同棲も結婚も早いんじゃないかしら……ねぇ?」
「あ、あぁ……まだ半年くらいなんだろう?」
普通は一年、二年と時間を掛けていくものなのだろう。私はその点を勉強して来なかったから知らないけれど、やはり両親的には早いのかもしれない。
「しかし、スグルは半年前から人間の姿になり始め、彼女と同居しているんです。僕が傍にいれば、牽制出来ると思っています」
「えっと……スグルくんは、この子と猫として過ごしていたのよね?」
そう言うと、彼は私の腕の中から抜け出すと人の姿になる。それにまた両親は驚くが、スグルは気にせず、にこりと笑う。
「えぇ、でも私はこの通り妖なもので。人間としての知性や欲を持ち合わせているので、彼女のことを愛してますよ。一人の女性として」
「す、すまない。考えが追いついていないんだが、この子との関係は……」
「ご心配なく。変わらず、主人とペットの関係ですから」
両親はそれぞれ言葉を失い黙って考えており、それに悟くんはこそっと私に、早かった?と呟くが、私はどうだろうと首を傾げる。すると母はふと笑う。
「涼華……大変ね」
「色々と複雑で……」
「まぁ、貴女がいいと言うなら、お母さんはいいと思うわ」
「お父さんは複雑だがな……」
「何事も経験よ!五条くんやスグルくんがこの子に良い影響を与えてるというのなら、応援するわ」
「……そうだな」
「あ、ありがとう。お父さん、お母さん。私、バイトして生活費くらいは稼げるようにするから」
両親はどこか安心したように優しい笑顔を見せてくれ、私もホッとした。まだまだお世話にはなるだろうけど、二人が納得してくれたのであればよかった。
暫く互いの家のことや妖や祓い屋のことについて話をした。スグルの証明が効いたのか、何もかも信用してくれた。
「それじゃあ、私達は東京観光して帰ることにするよ」
「一緒に行こうか?」
「ふふ、お父さんとデートするからいいの。正月は帰って来なさい。スグルくんもね。予定が合えば五条くんもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
「また帰ります」
両親を部屋の前まで送り、玄関の扉を閉めると、悟くんは分かりやすく肩の力を抜くと、ベッドに倒れる。私はそんな彼の頬を撫でた。
「え、何」
「悟の言葉、嬉しくなるものばかりで……何ていうんだろう、キュンとした?」
それに彼は私の腕を引くと、ギュッと私を抱きしめた。これも彼の照れ隠しだろうか。
「……結婚前提に、同棲しよ」
「うん」
「三人で余裕がある部屋がいいなぁ」
「厚かましいんだよ、オマエ」
「ふふ、楽しみ」
何だかんだ、お互い認め合って過ごしていくのは楽しいだろうな、とつい笑みが溢れた。
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