0話 愛では目覚めぬ呪い。




 彼女はまるで、御伽噺のお姫様のようだと、美々子が言った。ならば王子様は私だと菜々子が言った。
 こんなことを言えば、彼女は笑うだろうか。それとも照れ隠しで怒るだろうか。死んだように眠る彼女はみるみる細くなっていって、弾けるような笑顔が未だに見れないのは、寂しくも思えるが、元はといえば私の所為だ。

『あの村落であの子、暑い中、四日か五日か知らないけど、死体の中で倒れてたらしい。一命は取り留めたが、かなり衰弱していて、死にかけてた。何したの?』

 硝子に会いに行った時、彼女にそう問われた。感情的ではない淡々とした言葉だったが、怒りの感情が含まれていた。当たり前だ、友人を殺されかけたのだから。でも、彼女があの場で倒れたままだったなんて想像もしていなかった。

『……今はどうしてる?』
『ずっと眠ったまま。五条が言ってたよ、あの子は愛に呪われたって』

 私が彼女を呪った。そう聞いた時、どうしても彼女が欲しくなった。私を深く愛してくれる彼女に傍にいてほしいと思った。
 だから環境を整えて、一般の病院へ移される時に攫った。
 初めは手元に彼女がいることに満足していたが、徐々に目覚めないことへの不安感が強くなっていた。

『病気なの?』
『呪われて、眠ってしまったんだ。いつか起きるよ』
『起きたらまた、ギュッてしてくれるかな』

 菜々子は眠っている彼女の手を取ると、自分の頬に充てがう。美々子も菜々子の真似をした。あの時、彼女は二人を抱きしめていたのか。私は自分の感情に身を任せ、あの村落の住人を皆殺しにした。もっとやり方があったはず。彼女を怯えさせることなく、こうして呪うことなく、この道を選ぶ方法が。でも彼女は強かった、ただ怯えるだけではなく、彼女達を精一杯守ろうとしていた。人の悲鳴を聞かすことなく、見せることなく、温もりを与えて、彼女達を導こうとしていた。

『夏油様?』

 そう私を呼び、慕ってくる美々子と菜々子の人生を歪めてしまった。そして、彼女の人生も。人を愛することも、助けることも出来る正しい女性なのに、それを歪めてしまった。日に日に罪悪感が募るばかりだった。

 ある日、美々子と菜々子の為にアニメ映画のDVDをいくつか購入した。早速それを見始めた彼女達に、私は私でこれから必要になる知識をつけなければ、と宗教関連についての書物などを開き、読んでいた。暫くそうしていたが、美々子がふと映像を見て、彼女の名前を呼んだ。それに驚いてそちらを見ると、美々子は笑顔でテレビを指す。そこには老婆に毒林檎を食べさせられて呪われた、ガラスの棺桶で眠る白雪姫の姿があった。

『お姫様みたい』
『じゃあ、夏油様が王子様!』

 王子の愛のキスで目覚めた白雪姫。それを横目に、私達はそんな美しいものではない、と感じていた。勿論、それを口にすることはなかったが。
 愛とはいつまでも相手を呪いのように縛り続ける。私は愛で彼女を呪ったのだから。

『キスしたら起きないかなぁ』
『夏油様のキスで目覚めるかも』

 子供らしい発想だ、私はそう思いながらも彼女達の会話に入ることはなかった。
 そんなことがあった日の深夜、美々子と菜々子の言葉を思い出しながら、眠る彼女の部屋へ向かい、ベッドに腰掛ける。

「……君はお姫様で、私が王子様なんだって。私は愛で君を呪ったというのに」

 本当に愛のキスで目覚めるのならば、私はいくらだって君にキスをする。そして昔は言えなかった愛の言葉を君に。
 そっと唇を寄せ、触れるだけのキスをする。目を覚まし、その瞳が私を映してくれたのなら。そう願うが、所詮はただの御伽噺。現実はそうはいかない。分かっていたが、縋りたかった。

「君は今、幸せな夢を見ているのかな」

 この呪いはきっと、愛では目覚めぬ呪いなんだ。
 その日、私は彼女の隣で眠りに就く。あの任務の前に一泊した時の宿屋での出来事を思い出す。手に感じる彼女の体温が、私に一時の安らぎをくれたのだった。






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