後日談 幸福な終焉へ向けて。A





 私達の愛はきっと、ラブストーリーに描かれるような、綺麗な物ではない。
 私達の愛は、純愛からはほど遠いものなのかもしれない。
 前世での愛の誓いは呪いに転じ、今世へと引き継がれた。互いに依存し合い、どこまでも堕ちていくような、強い、強い、愛の呪い。

 しかし、愛から生まれる憎悪、愛憎などの類は私には理解出来ない。愛しているからこそ、互いに幸せになれないのであれば、身を引く覚悟を私は常に持っているつもりだ。でも、それが出来ない人間は、多くいる。現に今も。愛を奪われた憎悪が、私に刃を向けた。

「アンタなんか、夏油くんに相応しくない!彼は、私を愛してくれていたはずなのに!」
「は、は……」

 会社を出てすぐのことだった。背後から急に包丁で刺された。辺りには多くの人が行き交い、包丁を振り回していた女は、たまたま居合わせた男達に取り押さえられていて、他の人間は私に必死に声を掛けて続けている。そこに、建人が私の名を叫び、駆け寄って来た。
 身体が痺れている。私は恐らく、背中を三箇所ほど刺された。憎悪に身を任せすぎて、人の急所を外してはいるが、殺す気だったのだろう。身体は動かせるし、運動機能に問題はない。あの時と比べれば、死ぬようなことはない。

「救急車……」
「呼んでます、今、応急処置を……!」
「……あぁ、建人がいて、良かった」

 流石、元呪術師なだけある。動けずにいる私にその場で出来る的確な処置を施してくれる。これならまだ生きれそうだ。私は安心して、座り込んだまま目を瞑り、意識を失った。
 愛に呪われた。
 悟にまた、そう言われるだろうか。傑は私が死んだら、悲しむだろう。だって、私も傑が死んだ姿を見た時も、私は悟を恨む気にもなれなかったが、同時に傑の死を見て、大きな喪失感を得た。私は暗闇の中、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 じくじくと背中が痛んだ。痛みに目を覚ますと、視界がぐらりと歪んだ。しかし、辺りを見回すと、ベッドの傍らにある椅子に項垂れ、座っている傑の姿があった。

「す、ぐる……」
「っ、」

 私の声に気づいた傑は、すぐに顔を上げる。今にも泣き出しそうな顔をした傑に、私は思わず笑ってしまう。

「はは、そんな顔もするんだね。傑」
「……君を、幸せにすると誓ったのに」
「傑の所為じゃないよ」

 私は背中が痛い、と寝返りを打ち、傑の方を向くと、彼に手を伸ばす。しかし、彼はそれを握ってはくれない。

「私はどうしたって、君を幸せに出来ない定めなのかもしれない」
「そんなことない、生きてるでしょ?」
「……あれは、私のファンの女だ」
「知ってるよ。傑、握って?寂しい」

 その言葉に、傑はやっと私の手を握ってくれた。傑が責任を感じることじゃないのに、何故いつも背負い込もうとするのか。

「ねぇ、私……傑しかいないの」
「私も、君しかいない。でも、また君を不幸にしてしまうかもしれない」
「ふふ、人誑しも程々にね」
「……すまない」

 私の手を強く握った彼の手を指で撫でながら、昔を思い出す。

「あの日、私は人を殺して、その報いを受けた。いくつものナイフが私の身体を貫いて……一人で死のうと思ってた。でも悟が、私を傑の元へ連れて行ってくれた。貴方の手はもう冷たくなっていて……貴方の隣で死ねることが、幸せだった。でも、先に死なないでほしかったとも思った」
「……出来れば、君に死んでほしくはなかった。君は前世でも生きるべき人間だったよ」
「生きて、苦しんだ方が良かったってこと?私は傑の死を見て、苦しくなった。私には傑しかいないのに、傑のいない世界で苦しむなんて、そんなの、全く幸せじゃない」

 彼の表情はずっと暗いままで、ただ謝って、私の髪を撫でた。彼の体温を心地良く思いながら、続けて話す。

「美々子と菜々子も、きっと苦しんだと思う。私と傑、同時にいなくなってしまったから。だから、前世の私はあれで良かったんだよ。今だって、傑を置いて行かずに済んだ。だから傑も今更、私を置いて行かないで」
「あぁ……君は強いね」
「じゃないと、最悪な呪詛師の恋人をやってられないからね」
「今は芸人の奥さんだろう?」
「そうだった」
「長話をしてしまったね、医者を呼ぼう。きっと驚く」

 そう言って彼はナースコールを鳴らして医者を呼んでくれた。驚くってどういう意味?と思いながら、私は起き上がろうとすると、傑はそれを支え、ゆっくり起こしてくれた。するとそこに私の担当医が扉を開いてやって来る。

「やぁ、後ろから刺されるとは。君達らしいといえば君達らしいな」

 患者に言うような言葉ではない。しかし、その人物を見て、私は思わず笑顔になる。

「硝子!」

 そこにいたのは家入 硝子、高専時代の同期だった。まさか今世で会えるとは思っていなかった。

「久しぶりだね。背後から刺された女がいると、搬送されて来たのが君で驚いたよ」
「私も驚いたよ。担当医が硝子で、記憶もある」
「建人にも会えたし、揃ってきてるね、嬉しいよ」
「七海も心配していたよ。病院までついて来てくれていた。久々に話したよ」
「後でちゃんとお礼言わなきゃ……」
「はいはい、背中を診せて。今は反転術式は持ってないんだから」

 そう背中を診てもらい、二週間ほどの入院は必要だと告げられた。早く帰りたかったが、仕方がない。

「だからやめとけと言ったのに……」
「何が?」
「夏油のことだ。相手は夏油のファンで、君の会社の後輩らしいな」
「会社の後輩とは知らなかった……やっぱり、会社で話題になったからかもしれないね」
「死にかけたのに軽いな」
「一回、滅多刺しにされて死んでるからね」
「とんだ夫婦だ」

 呆れている彼女に、傑は困ったように笑う。私より傑の方がダメージを受けているな、と彼を慰める意味で、背を撫でてやる。

「傑の仕事は大丈夫?」
「あぁ、今日は休み、昨日は流石に早退したけど、明日からは仕事だ」
「それ、大丈夫だったの?」
「あぁ、悟が急遽、代わってくれてね」
「そっか……悟にもお礼を言わなきゃね」
「それだけ元気なら、家族や友達に電話してやりな」
「そうだね、君のご両親も、うちの両親も見舞いに来てね。君のご両親は今出てるよ」
「傑のご両親も来てくれてたんだ……ちゃんと連絡しないと」
「あぁ。私は君の服、必要な物を家に取りに行くよ」

 またね、と私の額にキスをして出て行った。その様子を見て、硝子はふと息を吐く。

「スマホはその棚に。何かあったら呼んでくれ」

 硝子はそのまま去って行くと、私は家族や友人に電話を掛けて、無事であることを伝えた。多くの人に心配を掛けているな、と実感した。
 その後、両親が会いに来てくれ、心配させてしまったが、平気だと笑顔を見せると、少しは安心してくれたようだった。


***


「バカだよなぁ、殺したところで何の意味もないのに」

 見舞いにやって来た悟は、会社からの見舞いのフルーツ盛りを私に剥かせて食べていた。自分で剥けばいいのに。

「悟も、背後から刺されないようにね」
「オマエみたいに間抜けじゃないし」
「平和な世界で生き続けると、間抜けになっちゃうんだよ。そもそも刺されると思わないでしょ」

 私は剥いて、切り分けたりんごのひとつを食べる。病室に備え付けられているテレビでは芸能ニュースで傑と私のことが取り上げられており、週末だからまた言われてるなぁ、と嫌な気分になった。

「もう有名人だな」
「嫌な目立ち方だなぁ……傑はどう?」
「仕事はいつも通りだけど、落ち込んでる。悩んでも仕方ないでしょ」
「具体的にどんな感じ?傑、何も言わないから」
「あー……仕事辞めさせようとか、そういうの。閉じ込めたいんだって」
「そうなるのも仕方ないか……」
「傑に甘すぎんだろ」
「そうかな?」

 無自覚かよ、と呟きながら彼は最後のりんごを食べると、テレビを観ながら話す。

「傑が何やっても、オマエは許すの?前世の時みたいに、人を殺そうが、何しようが、オマエはそれに従って生きんの?」
「……そうじゃないけど」
「傑にも言ったけどさ、今回の事件、傑が悪いよ。あの女、傑のストーカーだった。たまに行く飲み屋で見かけるくらいにはいる。出待ちはもちろんする。完全にストーカーだろ?なのに、気もないのに手を振ったりして、許してた」
「なるほど……」
「オマエの言う通り、傑は人誑しだよ。だから、こんな目に遭う。放置したアイツが悪い」

 だからといって、傑が悪いだなんて、私には言えなかった。彼の行いを止めたら、私はずっと、彼の傍にいられない気がして。
 呪詛師なんかやめて、彼の掲げる理想など、大義なんてものは捨ててほしかった。でも、それを口にすると、きっと私は彼の傍にいれなかった、そんな気がする。

「……私がそんなこと言うと、置いていかれそうで、怖い。自分は幸せに出来ないと言って、どこかに、言ってしまいそうで」

 私は二度も、傑に置いていかれたんだから。テレビを消すと、悟は面倒臭そうに話す。

「それ、最初に傑を振ってたオマエが言うのかよ」
「あれは傑であって、傑じゃなかった」
「いや、傑だった。ただ記憶がないってだけで、俺の親友だし、一目見て、オマエを好きになった。オマエが前世からずっと好きだった傑だっての」
「……そっか」
「今と昔は状況が違ってんだから、話せよ。大事なことは、話せ」
「うん」

 大事なことは話す。これは身に染みているんだろうな。
 私の友達は、とても仲間想いないい人だ。改めてそう感じる。本当に、恵まれている。

「流石、恋のキューピッド」
「惚気られんのも嫌だけど、ずっと隣で山奥の別荘、地下室付きとかスマホで検索されてんの嫌でしょ」
「えっ……」
「じゃ、帰るわ」
「ち、地下室って何!?」
「じゃーねー」

 病室を出て行った悟に、私は少し、傑ならやりかねない、と傑に『私、窓のない部屋とか、虫も嫌いなんだよね。山とか嫌い』とメッセージを送ると『来年の夏に皆でキャンプしよう、と悟と話してたんだけど、冬の方がいい?』と返ってき『どっちでもいいよ、是非行きたい!』と話がキャンプに逸れて行き、言いたかったことはその話で忘れてしまっていた。


「猿が……」

 見舞いにやって来ていた傑が、スマホを弄りながらボソリと呟いた。呪詛師の部分が出ているなぁ、と感じながら私が両手を広げると、彼はそれに気づき、私をそっと抱きしめる。安心させるように彼の髪を撫でると、傑は深く溜息を吐いた。

「分かってるよ、すまない」
「……許せないと思うのは分かるし、厳しくしなくてもいい。けど、人を本気にさせるくらい、優しくしたり、しないでほしい」
「……そうだね」

 ごめん、と謝りながら離れる傑の頬をそっと撫で、そっとキスをすると、彼の瞳を覗き込む。

「怖いからじゃない、ただ……嫉妬してしまうから」
「っ、」
「私以外に、優しくしないで?」
「わ、かった……」

 頬を紅潮させた傑。私は暫く見ていなかった表情だ、と嬉しくて、もう一度触れるだけのキスをすると、彼は顔を傾け、キスが激しくなってくる。

「ん……っ、」
「ん、寂しいよ、君が家にいなくて」

 堪えきれなかったように、そう話す傑に、私は彼の背を撫でる。

「もう少しだから。退院したら、結婚式の準備をする。そうでしょ?」
「……そうだね」
「楽しみにしてる」

 そう言うと彼は、安心しきったように、眉を下げて笑った。



 まだ背中が痛むものの、退院することとなった。硝子が私を病院の前まで送ってくれる。

「傷が完全に塞がったら、飲みにでも行こう」
「そうだね。本当に会えて嬉しかった」
「私もだ。君は突然呪われて、夏油に連れ去られ、いつの間にか死んでいた。今回も、いつの間にか死んでいたってことがなくて良かったよ」
「……ごめんね」
「幸せになれ」
「うん」

 私は硝子にハグをすると、彼女も優しく頭を撫でてくれた。離れると、そこに車が止まり、出て来たのは潔高だった。

「あ、潔高」
「お久しぶりです。あ、家入さんも」
「やぁ。懐かしい顔がまた揃ったな」
「潔高、どうしてここに?」
「心配だから家まで送ってくれと……夏油さんが」
「そんなのいいのに……」
「はは、送らなければ叱られるので、乗ってください」
「ありがとう。またね、硝子」

 私は潔高の車に乗り込むと、そのまま自宅へと車を走らせてくれる。あまり潔高と二人で話す機会もないと思い、色々と質問したかった。

「あの二人に虐められてない?」
「まぁ……はは、昔と変わらないと言いますか」
「大変だね……仕事はどうかな、減ったりした?」
「いえ、寧ろ増えてますね」
「え、そうなの?」
「はい。最近はあまり、テレビを見られてないですか?」
「……まぁ」

 私のニュースが度々流れてくるから、嫌になっていた。だから見ないようにしていたが、傑に何か変化があったんだろうか。

「あの事件があってから、夏油さん、番組や呼ばれたラジオなどで貴女の話をするようになりまして」
「えっ」
「ドライなイメージを持たれている方も多いようだったので、溺愛っぷりが評判といいますか……」
「えぇ!?」
「今度、夫婦で出演してほしいとの相談もあったり……」
「無理無理無理!」

 何故そんな話に、とパニックになっていると、潔高は可笑しそうに笑う。

「刺されたばかりだというのに、元気ですね」
「うぅん……そんなに気にしてないというか。殺人未遂だけど」
「今後、そんなことを起こさない為に、夏油さんなりに一途であることをアピールしてるのではないですかね」
「だからと言って、私をテレビに?」
「ドッキリですね。自宅に監視カメラを設置して、夏油さんの溺愛っぷりを見るという」
「えぇ……大丈夫かな、それ」
「そんな、放送出来ないくらいのことしてます?」
「……傑の気分による」

 それは困った、と苦笑する潔高。私は絶対、顔は出したくない、と首を横に振った。

「やっぱ無理、やらないよ?」
「では、断っておきますね」
「ありがとう」

 そうして私は自宅まで送ってもらった。やっと自宅へ帰って来た、と寛いでいたが、久々に傑に手料理を、と冷蔵庫に入っているあり合わせの物でカレーを作った。
 そうしていると、傑が自宅に帰って来、キッチンに立つ私に優しく笑いかけてくれる。

「無事、退院出来て良かった」
「うん。傑、おかえり」
「ただいま。君も、おかえり」
「……ただいま」

 私は鍋の火を消すと、ギュッと抱きしめた。彼もそっと抱きしめ返してくれる。

「今日の夕飯は何かな」
「カレーだよ。まだ煮込む前だから、もう少し時間かかるかな」
「ん、待ってるよ」

 何気ない私達の生活が帰ってきたのだと、私は感じて、何故かじわりと涙が滲んだ。


***


 ベルが鳴る。大きなステンドグラスから光が洩れるそのチャペルには家族や親しい者だけを呼んだ結婚式が執り行われていた。
 長椅子には互いの両親、悟、硝子、建人、雄、潔高、他にも私の同僚や、傑の友人達がそこに座り、祝福してくれている。
 私は真っ白なウェディングドレスに身を包んでいて、ベールが上げられた時に見える彼の顔は幸せに満ちていて。愛を誓い合って、死なんて思わせないような、そんな幸せな現実。
 叶うことはないのだろう。そう思っていたが、いよいよそれが叶ったのだ。彼の表情を見て、指輪の交換をして、誓いのキスをした。心臓がキュッと締まったのを感じる。
 幸せで涙が溢れ出し、彼はそれを笑って、抱き寄せてくれた。

 あぁ、あぁ、夢なら覚めないで。
 永遠に、このままで。

「必ず幸せにするよ。ずっと、一緒だ」

 私達の物語はきっと、ここから始まり、幸せな終焉へと向けて、歩み続ける。
 ずっと、ずっと。






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