#10.夢のような幸せは、永遠に。A





 悟くんが私達の関係を公表してから、少し肩身が狭くなった。盗撮された写真がSNSで出回っており、私はなす術もなく、会社にそのことがバレた。

「本当にあの五条 悟と!?」
「やばいな、いつ?どこで知り合うんだよ」
「一度会ってみたいなぁ、紹介してよ」
「私、夏油くんと会ってみたい!」

 ストレスで死にそうだ。皆が思っている。オマエなんかが何で、あの五条 悟と付き合ってるんだと。一々答えていたらキリがない。
 あぁ、あぁ!嫌になる!私はただ、好きな人といるだけなのに!そう悩んで、会社にバレたその翌月、親友と食事に行った。もう何に悩んでいるか、彼女には分かっていて、落ち込んでいる私を見て溜息を吐いた。

「五条くんも考えないというか、大変よね」
「はぁ……仕事辞めたい。私と付き合ってるって言ってるのに、何で悟くんを紹介しろって言うの?」
「まぁ、普段からボーッとしてるから。遊ばれてるとでも思ってるんじゃない?」
「遊ばれてないし……」
「テレビではさ、結婚するみたいなこと言ってたけど、どうなの?」
「知らない……」

 何も聞いていない。悟くんはいつだって勝手に物事を進めようとする。でも、それは私も嬉しいことで。記憶がない時は戸惑ったけれど、結果的には良かった。それに、私はもう悟くんを待たせて、苦しめるようなことをしたくはない。

「仕事は忙しいし、最近、自分の家でご飯食べてないかも……」
「外食ばっか?」
「悟くんが作ってくれる」
「いいじゃん」
「違う、悟くんの作ってくれるご飯しか食べれてないの……」

 料理が不得意な私に、彼は手料理を振る舞ってくれる。懐いてるペットに餌付けしてるみたいでいい。と彼は言うが、私もありがたかった。彼と二人きりでいるとストレスが減るし、癒される。だから食事も喉に通るのだけれど。

「それはやばい。ちゃんと食べなよ」
「食欲ない……」
「五条くんに言えば?」
「心配かけたくない。悟くんに不安な思いをさせたくない」
「五条くんが恋人がいて何が悪い!って、テレビで開き直ったみたいに、職場で開き直ったらいいんじゃない?」
「そんな勇気ない……そこそこ仲のいい同僚はいたけど、今回は何か、助けてくれないし」

 解決したいわけではない。いや、出来れば解決したいけど、私に出来ることはないから、ただ話を聞いてほしいだけ。テーブルに頭をつけて項垂れていたが、スマホが震え、ハッと顔を上げる。

「五条くん?」
「普段、私に連絡してくるのは、悟くんか、君か、お母さんくらい……」

 そうスマホを見ると、悟くんから『どこで飲んでるの?』と連絡が来た。悟くんには親友と飲みに行くと伝えてあったが、会いたくなってしまったんだろうか。

「何て?」
「どこで飲んでるの?って」
「束縛激しい……教えたら?」

 私は店名を送ると、彼は『やっぱり!今から行く。近くにいるから』と送られて来て、私は思わず、えぇと声を上げる。

「何、どうしたの」
「い、今から来るって」
「え!?」
「そんないきなり……」

 慌てて止めようと思い、メッセージを打っていると、店内が騒つき始め、私は遅かった、と項垂れる。

「やぁ、来ちゃった」
「ほ、本物……」

 呆気に取られる親友に、私はそういえばこうして会ったのは、キッカケとなった握手会の時だけだったよな、と思い出していた。お邪魔しまーす、と私の隣に座る悟くんに、私は困った、と息を吐く。

「飲む時はよくここ使うって聞いてたからさぁ、たまたま近くに寄ったし?来たんだよ」
「あ、あの、握手いいですか?」

 悟くんは声を掛けられており、また断るんだろうな、と思っていたが、いいよ、と笑顔を向け、握手は長いからハイタッチで、と手を差し出して、ハイタッチしていく。

「写真はやめてね。スマホ向けてる奴いるけど。プライベートだし、一般人混じってんだから」

 そう言って、やって来た人全員にハイタッチをしていく中、私は隠れるわけじゃないが、席の隅っこに寄った。それが終わると、彼は上機嫌に親友に声を掛ける。

「久しぶり。恋人がお世話になってます」
「どうも……親友がお世話になってます」

 すごく気まずい。親友が何も言わなければいいんだけど、と考えていると、悟くんは私の腕をグイッと引っ張り、引き寄せられた。

「何でそんな端っこにいんの?」
「悟くん、今日は休みじゃなかった?何してたの?」
「ん?買い物」
「何も持ってないよね。それに今、十時だよ」

 絶対、寂しくなって来ただろう。突然、家に来た時のように、調べて来たに違いない。こんな所でふらふらと買い物をする人じゃない。

「いーじゃん!何が不満なんだよ、カッコいい彼氏を親友に自慢出来るし、万々歳でしょ!」
「うわ……」
「おいオマエ、何がうわっ、だよ」

 親友は前々から、悟くんの束縛やストーカーじみた行為を良く思っていない為、本音が漏れ出たし、悟くんもいい顔をしていたのに、明らかに不機嫌になった。

「最初からやってることがストーカー」
「はぁ?」
「ちょ、ちょ、いいからいいから」

 私は親友が話し出そうとするのを止める。それに彼女は口を噤むと、悟くんはふん、と鼻で笑う。

「オマエもどうせ、傑のストーカーみたいなもんだろ」
「私は良識的なファンです!」
「悟くんもやめて。彼女はそんなんじゃない」
「だって俺、寂しかったんだもん。傑も仕事で、七海も灰原も構ってくれないしさぁ、どーしてもオマエに会いたかったの」

 私の手を握り、自分の口元に持って行きながら、上目遣いでこちらを見て来る。私も会いたいと思った時には会いに行くとは言ったけど。これは途中で帰って来いというのも酷だと思った彼なりの配慮なのかもしれないが、それでも早く言ってほしかった。

「別にそれはいいんだけど……」
「甘い……それでいいの?」
「オマエには分かんないよ」

 子供のように舌を出して親友を挑発する悟くんに溜息を吐くと、冗談だって、と腕にしがみついてくる。人目があるからやめてほしい……

「……はぁ、私は帰る。ちゃんとしなよ」
「うん、ありがとう」
「じゃあ五条さん、ご馳走様です」

 親友はさっさと帰って行き、私は確かにここは奢った方が良さそうだ、と考えていた。悟くんは空いた目の前に移動すると、私がお酒しか飲んでいないことに気づく。

「何も食ってないの?」
「昼に食べすぎちゃって。悟くんが奢ってくれるなら、食べようかな」
「ん、いいよ。俺も何か食べて帰ろ」

 食欲はなかったが、少しでも食べた方がいいよな、と焼き鳥を注文した。

「なぁ、この後、家寄ってくれる?」
「うん、行く」

 悟くんはそのままでいい。そうやって笑っていてほしい。これは私の問題で、私が我慢すればいいだけなんだから。


***


 今日も残業だ。急に仕事も増えて、押し付けられることも多い。私が断れないと知っててやっている。でも今辞めたら、次の仕事を探すのも大変だし、迷惑も掛かる。
 悟くんから『今日も来て』と連絡が来た為、『残業で九時に終わるから、帰るのは十時頃になる』と返事をした。その後も残業は増え、予定よりも遅くなったが、やっと作業も終わり、悟くんの家へと向かおうとした。しかし、会社を出る手前、エレベーターから降りようとした時、視界がぐらりと揺らぎ、私はその場で倒れ、意識を失った。

 目を覚ますと、白い天井に、カーテンレールが見え、カーテンは私を囲うように覆われている。まだ視界がぐらりと揺らいでいて、気持ち悪い、と目を瞑る。まさか、倒れるだなんて思っていなかった。再び目を開き、誰かを呼ぼうと、辺りを見回そうと動いた時、視界に悟くんが入って来た。

「大丈夫?」
「……悟くん」
「また、目を覚さないんじゃないかと思った」
「大丈夫。呪いなんてないよ」

 私は悟くんに手を伸ばすと、彼は優しくキスをしてくれる。ふと、点滴が目に入り、私は状況が理解出来ず、彼に訊ねる。

「悟くん、何でいるの?それに私、何で倒れちゃったんだろう」
「栄養失調だって」
「……そっか」

 身に覚えがありすぎる。無理にでも胃に何かを入れようとして、プロテインバーなどで補おうとしていた。その結果がこれだ。悟くんに面倒をかけてしまった。

「ちゃんと食えよ」
「食欲が、なくて」
「どっか悪いの?」
「……色々、辛くて。悟くんは隠すことがなくなって、スッキリしたかもしれないけど、私は、辛い」
「何で?自慢出来るでしょ」

 ネガティブな私の気持ちは分からないんだろう。貴方はとても素敵な人だ。だけど私は、何の取り柄もなくて、前世がなければ、何の接点も持てなかったような暗い人間なのだ。

「見合ってないよ、私なんかが……」
「俺が恋人で、何か言われんの?オマエの親友が俺に文句ありそうだったし」
「いや、親友はただ、悟くんの束縛が激しい所をあまり良く思ってないだけ」
「このくらい普通でしょ。今日だって会社に迎えに行ったら救急車来てて、そしたらオマエがぶっ倒れたって知って、」
「はぁ……」

 迎えに来たって……私が倒れたってだけでそれなりに騒ぎになっただろうに、悟くんまで来たら、大騒ぎも大騒ぎだっただろう。

「いーじゃん、迎えに来たって」
「……疲れるの。会社の人達に質問責めされたり、悟くんが恋人だって言ってるのに、悟くんに会ってみたいから紹介して、とか。私は見合ってないと思われてる。私だって、そう思うのに。態度が急変した人だっている。何故か残業が増えたり、人と関わるのがストレスになってきてる」
「それで食欲ねーの?」
「うん……」

 全部、話した。もう倒れるまで我慢して、結局は隠し通せなくて、悟くんに心配をかけた。こんなの嫌になるかな、と不安に思っていると、彼は意外な言葉を返して来た。

「仕事、辞めればいいじゃん」
「簡単に言うけど、」
「簡単でしょ。結婚しよ」
「へ?」
「専業主婦でいいじゃん。俺、今は売れっ子芸人で金はあるし。実家も金持ちだし」

 え、今のがプロポーズ?と私は驚いて、目を丸くしていれば、なかなか返事をしない私に、彼は眉を顰める。

「まさか、嫌だとか言う気じゃないだろうな」
「そうじゃなくて……今の、プロポーズ?」
「……言葉なんて、何でもいいでしょ。どこで、どんな言葉でプロポーズしろとか決まってないし」

 動揺している悟くんに、私がポカンとしていると、彼はガシガシと頭を掻く。

「いつかするって決まってんだから、いーだろ、何でも。それとも、俺のカッコいいプロポーズの言葉が聞きたかったわけ?」
「……いいの?そんな勝手なこと言って」
「勝手じゃないだろ。それに、傑はいいって言ってくれた」
「夏油くんが?」
「……思い出したんだよ。さっき」
「えっ」

 次々と出てくる衝撃の言葉に、私はずっとベッドに横になりながら戸惑っていた。すると、シャッとカーテンが音を立てて、開く。そこには夏油くんがおり、にこりと笑う。

「やぁ、何だか妙な気分だな」
「オマエ、いたのかよ」
「もっと惚れさせるにはどうしたらいいか、カッコいいプロポーズをずっと考えてたのに、結果、サラッとカッコよくも何ともないプロポーズしちゃってる所に入るのは、流石に空気が読めてないだろう」
「そんなこと考えてないし!」

 あぁ、バラしちゃうんだな。悟くんの動揺っぷりを見るに、事実なんだろうけど、と私はゆっくり起き上がる。

「まさか、倒れて眠った君を見て思い出すなんて思わなかったよ」
「じゃあ、ついさっき?」
「あぁ。少し気分が悪くなって、出ていたとこだ」

 私が予知夢で見た夏油くんは、夏油くんではなかった、ということだけは悟くんから聞いている。だから彼がどうしていたのかすら、私には分からない。けど、悟くんの態度も、夏油くんも変わらない。私達が心配していたことは起きなかったようだ。

「もう隠さなくていいんだね。良かった」
「隠しきれてはいなかったけどね。何かおかしいとは感じていたよ。私を突然、夏油くん、と呼ぶようになったり、悟だって突然、君を溺愛するようになった」
「でも、前世と繋がるとは思ってなかっただろ」
「それはそうだろう。そこまで分かる人間がいたら驚きだ」

 正直、夏油くんはすぐにでも見抜きそう、とは思っていた所はある。それにしても、悟くんは会社まで迎えに来てくれたというのは分かったが、夏油くんは?

「……夏油くんは、どうしてここに?」
「伊地知と迎えに来たんだよ。悟が、君が起きるまでここにいると言い出してね。仕事もあるし、邪魔になるだろう」
「それもそうだね」
「おい。恋人を心配して、傍にいたいって言ってんのに、それもそうだね。で済ませるか?普通」
「私の所為で仕事を休むなんてことがあったら、暫く落ち込む」
「……もう起きたから、行く」
「うん。ありがとう、悟くん。夏油くんも」

 彼らはその場から去って行くと、私はふと息を吐き、点滴を見た。もうすぐなくなるな、と思っていると、看護師の女性がそこへやって来ては、事務的に私の調子を訊ねてき、私は大丈夫だと答える。すると突然、ふふ、と笑う彼女に、私は顔を上げた。

「五条さんって、あんなにしおらしい顔するんだなって、ビックリしました」
「え?」
「病院で大騒ぎだったんですよ?五条さんが来た!って。患者としてではなくて、その恋人が倒れたってことで、五条さんはすごく心配してて」
「そうですか……」

 点滴の針を抜いてもらい、丸い絆創膏を貼られながら、私は病院でも目立ってしまったな、と考えていた。

「ただの栄養失調だからすぐ起きるんですよね、とか、いつ目が覚めるのか、とか。ずっと不安そうで……テレビでは見ない姿ですし、愛されてるんだなぁって」
「……私、いつも不安にさせちゃうので。なるべく、そうしないようにしてるんですけど」
「少しはいいんじゃないですか?ふふ、お似合いですよ」

 その言葉に救われた。それは今の私に欲しい言葉だった。ありがとうございます、と礼を言って、医師の診察を受けてから、タクシーで帰宅した。今日は仕事を休み、車はまた、会社に取りに行かなければ。
 もう十分寝てスッキリしたからか、食欲も出てきた為、コンビニでおにぎりなどを買い、食べていた。すると珍しく一応連絡先だけ交換していた夏油くんからメッセージが送られてくる。

『さっきの結婚の話、聞いていたけど、いいと思ってる。もうテレビで公表してしまったんだし』
『ありがとう。考えてみる』
『悟ももう少しマシなプロポーズしたら良かったのにね』
『カッコいいプロポーズを待ってるって、言っておいて』

 OKというスタンプが送られてきた為、私はそのままスマホの電源を落とした。
 悟くんといる為なら。
 悟くんと、幸せになる為なら。
 私は、どれだけ辛いことがあっても、何だって出来るよ。もう、覚悟は決まったから、だから……

「もう一度言って。結婚しようって」


***


 仕事を辞めた。悟くんや夏油くんが目的で近づいて来た人達の連絡先もブロックして消した。両親には何て言おう。いつか、五条 悟と結婚するから辞めましたって言うの?まぁ、恋人であることはもうバレているんだけど。そう思っていると、インターホンが鳴り、扉を開けると、そこに悟くんがいた。

「いらっしゃい」
「驚かねーの?」
「今更、悟くんが何をしたところで驚かないよ」

 手には鉢植えがあり、花弁に切れ込みのある白い花が咲いていた。また意味のある新しい花だ、と思っていると、ズカズカと上がって来てはベランダへ向かい、まだ開花時期ではないミムラスの隣にそれを置いた。

「前にミムラス買った花屋……あそこで買って来た。さっき」

 すると彼はもう一本、薔薇を私に差し出してきた。

「オマエだけ」
「え?」
「……あげる」

 私だけ?一目惚れ以外に、そういう意味があっただろうか。私はありがとう、と礼を言いながら、それを花瓶に挿した。また彼はベランダで、ミムラスや新しく買ってくれた花の前に座り込んでいて、私もベランダに出て、隣に座った。

「今日はどうしたの?」
「……この花、プリムラ・シネンシスって名前の花」
「そうなんだ……綺麗だね、ありがとう」

 彼の肩に寄り添いながらそれを見ていると、悟くんは痺れを切らしたように話す。

「意味とか調べようと思わねーの?てか、知らないの?花、好きなくせに」
「好きでもそんなに知らないよ。プリムラ全般の意味の言葉は知ってるけど、シネンシスの言葉は知らない」
「俺は、全般の言葉の方を知らない」
「青春の恋≠セよ」
「俺が知ってるのは、永遠の愛=v
「そっか。素敵な花だね」

 悟くんは、わざわざ毎回調べてるんだろうか。きっと私より多く知っていて、毎回、違った物をくれる。それは全て、私への想いだろう。

「また、ミムラスにしようかと思ってたけど、同じのもどうかと思うし、今の時期じゃないし」
「そうだね……まだ寒いから」

 まだ寒い三月。それでも彼は、ベランダにいたいようだ。この場所は、私達にとって大切な場所だから。

「……俺、オマエの笑顔が好きだよ」
「うん。私も、悟くんの笑顔が好き」
「でも、俺の所為で笑えなくなるの、嫌なんだよ」
「悟くんの所為じゃないよ」
「俺といるからには、ずっと笑っててほしい。最初からそうだった。オマエの笑顔を見る為なら、何でもした。なのに、いつの間にか俺は、オマエに負担ばかりかけてる」
「そんなことないよ。私、」
「最近、オマエが笑った顔を見てない。俺が会いたいって言えば、会いに来てくれる。それが嬉しくて。そうしたら、会いたくても会えない時が寂しくて、今度は俺がオマエに会いに行ったら、オマエはいつも辛そうにしてる。親友といる時も、会社でも。無理してぶっ倒れたり」
「私が悪いんだよ。私が、もっと自分に自信を持てたら。もっと、堂々としていればよかった」
「……じゃあ、全部オマエが悪い。俺と一緒にいない、オマエが悪い」

 そう言って、責める気はなさそうに話しながら、私を強く抱きしめる。じんわりと伝わる熱を感じながら、私はうん、と頷く。

「だから、ずっと傍にいて。仕事も辞めて、俺が帰って来たら、家でおかえりって言って、笑っててよ。前世からずっと、そうしたかった」
「うん……だから仕事も辞めてきた」
「マジで?」
「辞めた。もう、ここの家賃も払えない。ご飯も食べていけない。どうしよう、悟くん」

 最初から、そのつもりだった。ただ遠回りをしていただけ、寂しい思いをしただけ。

「……俺が幸せにする。寂しくないように、ずっと、笑っていられるようにする。だからオマエも、俺を幸せにしてくれる?」
「もちろん。悟くんの為なら、何でもする」
「何でもしすぎて、永遠に眠るみたいなことはすんなよ」
「分かってるよ。生きて、幸せになるから」
「じゃあ、約束」

 そう、彼はポケットから婚約指輪を取り出すと、私の左薬指に嵌めた。正直、すごく高そうなそれに怖気付いたが、とにかく値段だけは訊かないようにしようと思いながら、彼の頬に手を添えると、唇にキスを落とす。

「……キス、したくなった?」
「うん。悟くんの全部、頂戴」
「じゃあオマエの全部、俺にくれる?」
「もちろん。初めからずっと、悟くんのものだよ」
「知ってた。絶対、俺のものって分かってたから」

 悟くんは私を抱えて立ち上がると、そのまま部屋へと入って行く。ベッドに下されると、彼は私を見下ろして、寒さからか、照れからか、白い肌を紅潮させながら、幸せそうに笑った。

「愛してる」

 心の底からのその言葉に、私も同じ言葉を返した。それを皮切りに、彼は私に深い深いキスをし、繋がった。


***


 私達は互いの両親に挨拶に行くのに、とても緊張していた。私の両親も悟くんと会うことにとても緊張していた。あまりにもテレビでの印象が悪かった為、新調したスーツを着て、髪型も整えている彼を見て、少しは安心していた。しかし、これではカッコ悪いと思ったのか、普段とはキャラの違う、前世の予知夢で見たような、軽薄そうな口調になっていたが、長くは続かなかったようで、最後には真剣に話をしていた。

「僕は、片方ばかりが幸せを与えるものではないと思ってます。僕を幸せにしてくれるのは娘さんしかいないし、娘さんを幸せに出来るのも、僕しかいないと思ってます。だから、」

 そこで言葉を詰まらせた悟くんに、私は彼を見ると、彼もまた私を見た。

「許してもらえなくても、結婚するよね?」
「……そう思ってても、言うのが形式というか、」
「そういうの嫌い……結婚するよね?」
「するけど……」
「絶対に結婚するので、黙って見ててください!」
「っ、はは!」

 本当のことでも、ここで言うことではない。それでも言ってしまう悟くんが可笑しくて、私が笑うと、両親は安心したように了承してくれた。
 悟くんのご両親へ挨拶に出向いた際、私は人生で経験したことがないくらい緊張していた。豪華な装飾が目立つ、まるで城のような家に、庶民的な私の両親とは違う、美男美女のご両親。こんな綺麗な顔をした悟くんが生まれるのも納得がいく。金持ちということだけ聞いていた私は、想像の何倍もの現実を叩きつけられ、縮こまっていた。

「大丈夫大丈夫、俺、財閥の御曹司だったってだけだから」
「お!?待って。財閥?お、御曹司!?」
「そうそう。でも俺、今はお笑い芸人だから」
「き、聞いてない!そんな、こんな、ど、どう、」

 あまりの動揺っぷりに、悟くんは楽しそうに笑う。私は恥ずかしくて、すみません、すみません、と謝ってばかりだったが、ご両親は優しく了承してくれた。
 その後、私達は役所に婚姻届を提出しに行くことになった。受付の女性が驚いていたのも印象的だったが、何よりも悟くんが、私と正式に夫婦になれたことに大喜びしていたのが、とても印象的で、嬉しかった。
 その翌日には、悟くんの自宅に私の荷物が届き始める。悟くんは仕事で、私は一人でそれらを片付けながら、親友に電話をしていた。

「すごく緊張した……悟くんが御曹司だなんて思わなかったよ」
「結構有名な話だけどね。逆に知らなかったってのが驚きだよ」
「そ、そうなの?悟くん、実家がお金持ちとしか言わなかったから……しかも芸人してるし」
「かなり自由よね。でも悩み事はスッキリ解決したんでしょ?」
「うん。色々とありがとう。あのライブに連れて行ってもらえなかったら、私、悟くんと出会えてなかったかも」
「私としては何か複雑だけどね」
「はは、結婚したからマシになるはずだよ」
「どうだか……」

 そんな話をしながら、私は悟くんの帰りを待っていた。しかし、悟くんからメッセージで『いつもの飲み屋に』と連絡があった為、お酒を飲むのだろう、とタクシーでそこに向かった。個室居酒屋に行き、教えてもらった部屋番号に向かうと、そこは私と夏油くんと悟くんの三人にしては広い席であり、どうして、と疑問に思ったが、すぐに解決した。そこには懐かしい顔があったからだ。

「い、家入さん!」
「やぁ、久しぶり」

 そこにいたのは、前世の同期、家入 硝子。私は思わず目を輝かせていると、彼女はふと笑って、自分の隣へ座るように促された為、そこに大人しく座る。

「ど、どうして家入さんが?」
「今日のライブに来たんだよ。そしたら覚えてるって。七海も灰原も来たしさ、すげーよな」
「皆、目立つ私達の元へ集まってくるんだね」
「私は思い出してなかったけど……」
「灰原もな」
「いいや、最近思い出したと、七海から連絡があったよ」
「は?俺には何にもないんだけど」
「君に話すと面倒だからだろう」

 不服そうな悟くんだったが、私はそれよりも皆が思い出して、揃うことが嬉しくて仕方がなかった。正に、私が理想とした世界だった。

「五条と夏油だけだったら会いには行かなかったけど、君がいるなら、と思ってね。また話したいと思ってた」
「嬉しい、私も家入さんともっと話したかったの!」

 ただ嬉しい、と笑うと、家入さんはくつくつと笑う。何か変だったかと思っていると、夏油くんはお酒を飲みながら話す。

「笑うようになったよね」
「俺のお陰でしょ」
「そうだね」

 私にかけられていた呪いを解呪してくれたのは、悟くんなんだと思う。そんな私の言葉に、彼は嬉しそうに笑った。

「また結婚式もするしさ、オマエらも来るよな」
「行かせてもらうよ」
「私達が行かなかれば、両親以外に誰が行くんだ?」
「ありがとう、二人とも」
「まだまだ、灰原と七海、伊地知も呼んでるから」

 そう言っていると、そこに伊地知がペコペコと頭を下げながら入って来る。

「お疲れ様です、お久しぶりです……」
「伊地知くん、久しぶり」
「今世でも、五条にこき使われるとは、悲しいな」
「は、はは……とんでもないです……」
「別に俺らは普通だよな?伊地知」
「そうですね、立派だと思います……仕事も順調ですし、五条さんに恋人がいることを公表したとしても、人気は衰えていないんですから」

 言わされている感が強い。彼は苦労しているのだろうな、とひしひしと感じる。私達が料理や酒を注文していると、そこに七海くんと灰原くんがやって来る。

「お疲れ様です」
「お疲れ様です!わぁ、勢揃いですね、お久しぶりです!」

 灰原くんの明るさには元気が出る。彼は私よりも先に亡くなってしまったけれど、そうとは感じさせないくらい元気で、こちらまで明るい気持ちにさせられる。
 それぞれ座っていくが、悟くんは席を移動する、と言って、私の隣へやって来た。それに彼らは呆れていたが、いつものことだと何も言わずにいた。

「まるで同窓会ですね」
「嬉しいよ、昔の私はあまり……明るい人間でもなかったから」
「今もそんな明るくないだろ」
「む、昔よりはマシでしょ?」

 昔は眠っていた分、遅れを取り戻そうと必死だった。だから、他人と仲良くする余裕なんてなくて。

「これからはちゃんと、皆と仲良くしていきたいから。時間を、大切にしたい」
「嬉しいです、真面目で強い先輩に憧れてましたから。ずっとお話したかったんです」
「ありがとう。私も本当は、人と関わりたかったんだ」

 あの日の出来事を思い返しながらも、辛いことは話さず、楽しかったことだけを語りながら、長い時を経て、同窓会をしたのだった。


***


 花の多いそのチャペルは、全て悟くんが手配してくれた。引きずるほど長い、真っ白なウェディングドレスに身を包んだ私は、父に付き添われ、タキシード姿の悟くんの元へ向かう。注目されて緊張するだろうと思っていたが、一目、悟くんを見た瞬間に、その緊張は解れていた。幸せそうに、優しい微笑みを見せる彼の隣に立ち、触れて、幸せなのだと伝えたい。
 やっと彼の元へ辿り着くと、ベールが捲られる。ハッキリと見えた彼の表情に釣られて、私も笑った。

「幸せだよ。悟くん」
「俺も、幸せ。すごく綺麗」

 誓いを立てると、指輪の交換をする。前世からの友人が多くいて、皆からの祝福も受けた。
 あぁ、全てが温かくて、ここには前世からの友人達が私達を祝福してくれている。夢ではない。夢のような、幸せな現実。
 エディブルフラワーを使った、私の好きなケーキは、悟くんが特注で作ってもらったようで、とても綺麗で、美味しかった。親友は夏油くんと同じ空間にいる、と喜んでいたっけ。一度も声を掛けれずにいたけれど。
 そんな幸せな時間が過ぎていき、私達はこうして、夫婦となったのだ。

 世間にはSNSで報告をし、私達の結婚式の写真も載せられた。他にも、結婚式に参加した夏油くんや、虎杖くん、乙骨くんなど、有名人はSNSでそれを発信し、大きな反響を呼んだ。ショックだと言う声も、妬ましいという声もおめでとうと祝福してくれる声も、全て、全て受け止めて、私は彼と幸せになるんだ。そう、誓った。



「ただいま!悟くん、ごめん!今からご飯作るから!」

 家入さんと出掛けていて、帰りが遅くなってしまった。食材を買ってきては、急いで料理を作ろうとした。レシピ本を買っては練習を始めており、今日だって悟くんの為に作ろうと張り切っている。

「おかえりー」

 彼は機嫌よくリビングでノートパソコンを開いて、マウスでカチカチと操作したりしていた。そういえば、祓本の二人で自身のチャンネルで漫才だけじゃなく、色々な動画を投稿したり、配信も始めると言っていたが、今は動画編集でもしているのだろうか。

「なぁ、おかえりのチューしてあげるから、こっち来て」

 キスを強請ってくる悟くんに、私は持っていた食材を置き、彼の元へ向かう。そしてただいま、と再び声を掛けると、彼は私に軽いキスをして満足気に笑った。ふと、パソコンの画面に目がつくと、そこにはコメントが物凄いスピードで流れていて、画面には私達が映し出されている。一瞬、思考が停止したが、配信中なのだと気づき、思わず叫ぶ。

「は、配信中……!?言ってよ!」
「いーじゃん、別に。これ、テスト配信だし」
「よ、良くない!あぁ、もう……」

 恥ずかしい、とキッチンへ戻り、彼は画面の向こうの人達に話し掛けている。私はご飯の準備が出来た、とダイニングテーブルにそれを置くと、悟くんは配信環境が整ったのか、終わらせたのか、それを止めると、パソコンを閉じて座る。

「肉じゃがか、いいね」
「定番の物から作っていこうかと」

 いただきます、と私達はそれを食べ始める。出来栄えは良く、悟くんにも好評だった。皿洗いを終えて、悟くんは先に風呂に入り、私が次に入ることになった。シャワーを浴び、ゆっくりと湯船に浸かって寛いでいた。
 この生活にも慣れてきたなぁ、と感じつつ、風呂から上がり、髪を乾かして寝支度を済ませてから戻ると、電気が消えていた。先に寝ているのか、と寝室へ向かうが、そこにもいない。ふと、冷たい夜風が部屋に流れ込んで来ており、また外にいるのだと分かった。私の家から移動させてきたミムラスやプリムラをぼんやりと見つめていて、手にはスマホを持っていた。

「どうしたの?」
「……」

 何も話さない彼に、私はふとスマホの画面を見ると、結婚式の写真があった。その写真の中で、私達は幸せそうに笑っている。さっきまで普通だったのに、何か思うところがあったのだろうか、と私は心配になり、彼の手を引いて、立ち上がらせようとする。

「悟くん、身体が冷えてるよ。中で温めよう」

 彼は立ち上がった為、私は手を引いて寝室に向かい、ベッドに入れた。冷えた手をすりすりと撫でていると、彼は私の手をギュッと握った。何か不安なことでもあるのか、とそっと身を寄せ、触れるだけのキスをする。すると、彼はほろりと涙を溢す。

「え……っ」

 悟くんの涙など見たことがない。どれだけ辛くても、苦しくても、寂しくても、涙の一つすら見せなかった彼が今、目の前で涙している。

「悟く、」
「前世を思い出してから、現実味がない」

 目尻から零れ落ちる涙が、じわりと枕を濡らす。いつになく真面目で静かな声に、私は少し不安になる。

「結婚して、この体温も嘘なんじゃないかって、いつか夢から醒めて、傑も、硝子も、七海も灰原も……オマエも隣にいなくて、一人になるんじゃないかって……そう思う」

 心臓をギュッと握り締められたくらい、苦しくなった。そう思わせてしまうくらい、長く待たせてしまった。私は強く手を握り、彼の目をしっかり見つめて話す。

「もうこれは夢じゃないんだよ。もう一人じゃない、置いていかない。心配ないよ、だから泣かないで」

 そっと涙を拭ってやるが、今まで堪えていたものが溢れ出すように、次々と涙が零れ落ちていく。

「怖いから泣いてるんじゃない。この日常が幸せで、涙が止まらないんだよ」

 そう言って彼は少し身体を起こすと、私を強く抱きしめた。

「……それじゃあ、これからはずっと、泣くことになるかもしれないね」

 彼の言葉に、私まで涙してしまった。辛い、辛い思いをして、待ち望んだ幸せが、遂に手に入った。こうして彼と共にいられることは、何よりの幸せで。これは夢ではない、ここにあるのは本物の、現実の幸せなのだと、私が一番よく分かっていた。

「これが幸せか」
「うん。この幸せが続いていくんだよ」

 夢のような、幸せな現実。
 これからはずっと、永遠に。







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