#2日目.もう存在しない元恋人。





 頭が重く、ぼんやりとしていた。
 早朝に眠ったからか、起きたのは昼過ぎだった。のそりと重い身体を起こし、引きずるように風呂場へ向かい、シャワーを浴びて頭をスッキリさせようとする。
 また高専に行って、事務作業しなくてはならない。高専の修復もしないといけないし、硝子はずっと怪我人の治療にあたっている。私に出来ることは少ないが、せめて何か差し入れでも持って行こう。それから、それから……
 頭が真っ白になる。
 私達はどうにもなれなかった。傑のやって来たことは許されないことだ。十年も会ってない。なのに、なのに……
 思い出すのは、楽しかった日々と、愛おしい彼の笑顔。

「すぐる、」

 ぽつりと彼の名を呟いた。それを皮切りに、涙が止めどなく溢れ落ちた。久々に口にした彼の名前。好き、大好きだった。
 嗚咽する声が洩れる。でもここには誰もいないから、だから泣かせてほしい。愛させてほしい。
 シャワーで全てを洗い流したくて、止め処なく降り注ぐシャワーの湯を被りながら、ただただ泣いた。

「十年も前の男を引きずって泣くなんて、バカだね」

 誰もいるはずのない風呂場で、そんな声がした。その声を、私は知っていた。ふと声がした湯船に目を向けると、そこには袈裟姿の傑がいた。

「すぐ、る……?」
「ん?私が見えてるのか。はは、じゃあやっぱり、これは君の仕業か」

 混乱した。悟は傑を殺したと言っていた。彼がそんな嘘を吐くはずがない。だったら目の前の彼は何だ?過呪怨霊というには、あまりにも綺麗すぎて、呪力なんてものを一切感じない。
 だとしたら、

「それより痩せたね。私、もう少し肉付きのいい君の方が好きなんだけどな」
「っ!!」

 私は慌ててシャワーを止め、風呂場から逃げるように飛び出す。バスタオルを身体に巻き、まだ濡れた状態で部屋に行って、スマホを取る。
 私は慌てて悟に電話を掛ける。ワンコール、ツーコール、音が鳴る間にも、心臓がバクバクと跳ねている。

「ちゃんと拭かないと風邪を引いてしまうよ」

 今、目の前で笑っている彼は何なのか。考えられるのはひとつしかない。

『もしも、』
「幽霊がいる!!」

 電子音がプツッと切れ、悟の声がした瞬間、そう叫んだ。幽霊、考えられるのはそれしかなかった。

『はぁ?』
「すぐ、すぐるの、幽霊がいる!!」
『……夢でも見たんだろ。今日は休んだら?伝えといてやるから』
「ち、ちが、本当に目の前にいるの!」
『……過呪怨霊?いや、それはないか。ちゃんと呪殺した』
「袈裟を着てて、それで、」
『オマエの好きなどう○つの森のスローライフを楽しんで、頭を空っぽにして、明日から復帰しろよ。じゃあな』

 そのまま電話を切られた。何も、誰も信じちゃくれない。確かに幽霊なんて信じられるわけがない。

「夢、夢……幻覚、」
「これの原因は君にあるんじゃないかな。私は何もしていないからね。君に取り憑く幽霊となってしまったのは、君が私を強く想っていた、とか。見てたよ。昨日からずっと」
「昨日、から……」
「気づいたら私は君の隣にいて、君は悟と話してたよね。私の死を聞かされていた。悟には私が見えるんじゃないかと思っていたけど、そうじゃなかった。つまり、呪術の類ではない。私は本当に幽霊だということになるね」

 私にしか見えない何か、それはやはり幽霊に違いない。そうでなけば説明がつかないが、理解や納得は出来ない。

「昔、君から幽霊が見えると告白された時は本当に存在するとは思っていなかった」
「疲れてるんだ、そうに違いない。また眠れば、きっと、」

 傑の幽霊など、見るはずがない。全て幻覚、私が彼を想ってしまったから。パニックになりながらも、私は服を着る。幻覚とはいえ、傑の前で肌を晒している自分が恥ずかしく思えた。そしてそのまま布団を頭まで被ると、彼はずっと何かを話していたが、私は相手にせずに、耳を塞いだ。






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