#1日目. 最悪の呪詛師は恋人だった。





 十二月二十四日、百鬼夜行当日。
 百を超える非術師を呪殺した最悪の呪詛師、夏油 傑が呪術高専を相手に宣戦布告した。今日はその決戦の日だ。
 補助監督とはいえ、術師は全員参加しなければならない。不安を抱えたまま、私は配置につき、待機していた。

 夏油 傑は私の恋人だった。

 もう、十年前の話だが。
 非術師を殺し、姿を消したあの日から、私達は会うどころか、会話すらしたことがない。同期の悟や硝子は離反後に一度、少し会って話をしたみたいだけど。
 きっと、彼は何か多くのものを抱えていて、それを私の前では見せなかっただけ。
 彼の異変に気づかなかったわけじゃない。異変といっても、特級呪術師として忙しい日々を送っていた為、疲れていたのだろうと思っていた。
 私がもっと彼の気持ちを聞いていれば、気づいていれば、何か変わったのだろうか。



「やぁ」
「傑、おはよう。今日も任務?」
「うん。次の休みは、デートしたいな」
「だったら、部屋で映画でも観ようよ。疲れてるでしょ?」

 毎日毎日、悟と傑は忙しい。まさか同期の呪術師二人が特級になるとは思っていなかったが、私の世代は優秀な人間が揃っていて、肩身が狭い。

「恋人想いのいい子だね、君は」

 そう言って私を抱き寄せた彼を、ギュッと抱きしめ返した。優しくて、でも時々意地悪で、一緒にいて安らげるような、そんな存在だった。いつもならすぐに離れるようなものだが、彼は暫く私を抱きしめたままだった。相当疲れているんだろうか。私はそのまま彼の背を撫でていると、やっと離れる。

「うん、充電出来た」
「はは、良かった。任務が終わったら、部屋に来て」
「お誘いかな」
「お、お好きに受け取ってもらえれば」
「すぐに終わらせてくるよ」

 傑は私の額に唇を落とすと、任務へと向かった。

 それが、私が最後に見た恋人の姿だった。

 数日後、傑が任務先の集落の村民を呪殺したことを聞いた。現場は凄惨で、自身の両親でさえ手にかけたという。悪夢だと思った。夢ならすぐにでも覚めてほしいと思った。でも現実は残酷で。

「上層部は、オマエのことも疑っている……何も知らないのは、オマエも一緒なのにな」

 夜蛾先生や悟、硝子など、私に近しい人達は私を信じてくれている。でも、他の呪術師や上層部は私の監視を暫く続けていた。
 またその数日後には、硝子と悟が新宿で傑と会ったらしい。硝子から会話の内容を聞かされて、私への伝言はただ一言ごめんね≠サれだけだった。

 私の電話には、出てくれない。


 別に今更、会って話がしたいだなんて思っちゃいない。寧ろ、会うのが怖かった。変わってしまった彼を見るのが恐ろしかった。ただ、百鬼夜行で彼に会ってしまうのではと不安に思っていた。しかし、彼が私の前に現れることはなく、傑の仲間の呪詛師は撤退した。そこでも多くの仲間を失い、私達は呪詛師達を追ったり、亡くなった呪術師達の後処理をした。ただただ忙しい一日だった。
 深夜まで作業は続き、日付は変わる。そんな時に傑の狙いは里香ちゃんだったことを知る。一年生は被害を受けたが、乙骨くんのお陰で一命を取り留め、医務室で休んでいた。
 傑は生徒達を殺さなかった。いや、殺そうとしたのかもしれないけれど。あれだけ傑の放った呪霊が呪術師を殺したのを見ても、本人に会った彼らが無事なのを見て、私は僅かに希望を残したかった。傑はまだ、変わっていない所もあったのではないかと。
 死闘があったのだろうという大きなクレーターを残し、ほとんどの建物が大破した高専内で悟と鉢合わせた。新宿では珍しく足止めをされていたけれど、傑の目的に気づき、高専に戻ったんだろうな。

「傑は死んだよ。僕が殺した」
「そっか……遺体は?」
「ない。僕が処分した。別に見なくていいでしょ」
「……分かった」

 にわかには信じ難いが、硝子にも、私にも見せないつもりだろう。彼なりの気遣いが伝わってくる。でも、これで本当に良かったんだろうか。

「引きずって生きてもいいけどさ、もう死んだんだよ。だから、前に進んだら?」
「分かってるよ。私の恋人はもう、十年前に死んでる」
「……あっそ」

 悟だって辛いはずなんだ。私ばかりこんな顔してちゃダメだ。皆、多くの仲間を失った。傑は呪詛師なんだ。私はそう自分に言い聞かせては悟と別れ、帰宅した。現実味のない今日に疲れて、私は風呂にも入らず、そのまま眠りに就いた。

「おやすみ」

 誰かが、私にそう言った。





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