#?日目.それは必然。




 私は呪われている。
 そう思ったのは、生まれつき首にある人の手形のような痣を見た時だった。幼い頃から痣はあったようだが、それはみるみる広がっていき、十代になると、その痣はくっきりと人の手の形となった。だから毎日、私は首に包帯やスカーフを巻いて出掛けるのだ。
 高校生の春、私はいつも通り包帯を巻いて入学する。いつも、必ずと言っていいほど質問されるから、その一連の流れが面倒だとは感じるが、この呪いは嫌いじゃない。そう思うのは何故だろう。

「その首、どうしたの?」

 私は地元から離れた東京の高校へ通うことにした。この首の痣のこともあってか、両親は過保護で、私はそれから逃れるように上京してきた。ここには友人の一人もいない。だから一人で緊張しながら登校したのだが、真っ先に背後から男子に声を掛けられ、振り返る。
 そこにいたのは、切れ目で前髪をちょろんと垂らした黒髪の男子生徒。思ったよりも背が高くて、私はつい見上げてしまった。彼の姿を見て、私は何故か言葉を失った。
 その質問は何度もされている。だから生まれつき、呪われた痣があるんだよ≠ニ少し茶化して話す。そうすれば、変な子と思われることもあるが、面白がってくれる子もいる。だから答えは決まっているのに、彼を見た瞬間、その答えは適切ではないと思ったのだ。

「君みたいな可愛い子に傷をつけるなんて、どういう男なんだろう」

 そう言って彼は私の頬に指を滑らせた。まだ冷え冷えとしたら春の空気と違い、温かいその手に触れられた瞬間、視界がチカチカと瞬き、頭に掛かったモヤが晴れるように、この呪いの正体を思い出したのだ。

「最悪で最低な人だよ……でも、愛おしいの」

 涙が溢れ、ずっと触れたかった彼の手を取る。そっと抱き寄せられ、心臓がきゅうと締めつけられるほど、愛おしい。

「随分と綺麗な地獄で会えたね」
「……知ってた?死んだ後は何も残らないの」
「ふふ、そうだね。幽霊もいないんだよ」

 あの瞬間から、彼と再び出会うことは必然だったのだと、そう感じる。

「もう一度、私にチャンスをくれ。その呪いは、誓いなんだ」
「いいよ。今度は苦しみじゃなく、幸せが欲しい」
「君が望むなら。それじゃあ、幸福の誓いを君に」

 私の首に手を置き、人目を憚らず、彼は私にキスを落とす。

 その温かな誓いは、私達の呪いを解かした。

・・・

「校門前で熱いキッスをかましてた有名人じゃん!」

 そう、廊下を歩いていた私達に声を掛けて来たのは悟。学生時代も、大人になってからも、今世でも、容姿はほとんど変わらないなぁと感じる。

「やぁ、君もいたのか」
「私もね」

 背後から声を掛けられ、振り返るとそこには硝子がいた。私は会えて嬉しい、と硝子にハグすると、彼女はよしよし、と私の背をトントンと叩く。

「硝子も見た?さっきのやつ」
「見てはないけど、聞いた。入学早々、何してんの」
「感極まってというか……」

 恥ずかしいなと苦笑すると、硝子は私の首元の包帯を指で引っ掛けてずらし、痣を見る。

「しっかり呪われたな」
「今世まで続いてるとか、相当な呪い」
「申し訳ないね、今世も彼女は私の恋人だ」
「もういいよ、その話は……それにしても、三人は目立つね」

 並んでいる美男美女三人を見て、私は肩を竦める。ここは呪術高専ではない、普通の一般人が通う学校だ。余計に彼らが目立っている。

「このグッドルッキングガイが目立たない世界とかある?」
「悟のこの感じ、懐かしいなぁ」
「俺はもうオマエの顔は見飽きたよ」
「つれないこと言うなよ」

 相変わらずの二人のやりとりに安心していると、傑は私を見て、ふと笑いながら私の頬を撫でてくる。

「どうしたの?」
「何でもないよ。三人共、目立たないようにね」
「私を入れないでくれる?」
「いや、硝子だって美人じゃん……」
「もしかして、自分を省いてる?君が一番可愛いよ」

 彼はデレデレとした表情で笑う。それに傑も何だか変わったなぁと感じる。久々に会えたからだろうか、それとも彼なりの大義がなくなって、何も隠す必要がなくなったからだろうか。少し可愛くて口元が緩んでしまった。

「イチャつくな」
「酷くなってんじゃん。まぁ、オマエらがどうなろうと知ったこっちゃないけど、今でも見えてんの?」
「相変わらず見えてるよ。祓うことは出来ないけど」
「私も見えてるね。祓うこともほとんどない。そもそも害がないからね。呪霊ではなく、彼女の言う幽霊に近い物だ」

 確かに呪霊らしいものは見当たらない。昔から私が見る幽霊だ。傑にも見えてるんだ。

「俺と硝子にも見えてる。害がありそうなのは祓ってるって感じだな」
「そうなんだ、オカルト研究部でも作る?」
「えーもう嫌なんだけど。俺、普通の学生になりたーい」
「ふ、悟に普通って言葉は似合わないな」
「だから普通をやってみたいんじゃん」
「はは、それもいいかもね」

 さっき思い出したからか、私はすごく前世を引きずっている。まるで前世の学生時代と変わらない。懐かしい気持ちになる。
 私達はこれから、彼らと共にまた青春の日々を過ごしていけるのだろうか。


***


 入学して暫く経った頃、傑が廊下で数人の女子と話をしているのを見た。私は昔から傑はモテるからな、と何となく思いながらスルーしていた。首に強い呪いを残すくらいなんだ、傑は他の人に靡いたりしない、と自信があった。そんな一方で……

「なぁ、首の怪我ってどうしたの?」

 傑の迎えを待っていた私に、クラスの男子が声を掛けてきた。私はいつも通り、生まれつき、呪われた痣があるんだよ、と答える。それに彼は興味を持っている。

「へぇ、ちょっとグロい感じ?」
「いや、爛れてるとかそういうわけではないけど、首を絞められてるような、生々しい痕だよ。生まれつきあるんだ。グロよりホラーかな」
「そうなんだ、ちょっと見せ、」
「やぁ、何の話?」

 そこに傑がやって来ては、ポンと私の頭を撫でる。それに彼は気にしていなさそうに傑を見上げ、私の首元を指す。

「首、大丈夫かなって話してたんだ。隠すの大変だよな。生まれつきのなのに」
「……そうだね。傷つけた奴は、最低な奴だ」
「ん?生まれつきだろ?」
「あぁ、そうだったね」

 そんな最低な奴と付き合ってるのだけれど。そう思いながら私はふと笑い、喉に触れる。

「これは見せられないな。呪いだから」
「そ、そう。気になっただけだから。それじゃあ」

 彼はその場から離れていき、傑は私の首にそっと触れる。彼がここへやって来て、あんな振る舞いをした理由は知ってる。

「独占欲が強い」
「仕方ないだろう?君は魅力的だから」
「分かった分かった。学校ではそういうのはやめよう?」
「……仕方ない」

 私達は手を繋ぎ、学校を出ていくと駅まで向かう。その道中、人がいないことを確認しながら、彼はふと息を吐く。

「幽霊だった時は良かったなぁ、君はずっと私のことを考えていてくれていた」
「困るよ、生きていてほしい」
「君は、長生きした?私のことを思ってくれていたのかな」

 その質問はいつかされると思っていた。だが、悟達と前世であったことは話さないでおこうと決めた。勿論、悟達と話し合う前から、私は黙っておこうと思っていた。傑の身体を奪った偽者に殺されただなんて、知らなくていい。

「長生きは出来なかった。でもいいの、今があるから。あの後のことは気にしなくていい」

 それに傑も納得したようだ。何かがあったことは確かだが、無理に訊かずにいてくれるのだろう。しかしそんなことよりも、というように彼はキュッと握る手に力を込めた。

「……ねぇ、明日は休みだろう?そろそろ私のうちへ来ないかい?」

 傑は親元を離れて一人暮らしのようだ。そんな家に誘うということは、そういうことだろう。前世ですら、一度しかしたことはない。だから、緊張する。

「いいよ。じゃあまた明日」

 私達は駅で別れ、その翌日。
 私は緊張しながら駅で待っていると、傑が迎えに来てくれる。私達は会うなり自然と手を繋ぐと、そのまま傑の住んでいるアパートへ向かう。
 住み始めたばかりだからか、部屋に物は少なく、片付いている。私は昔の寮部屋を思い出すなぁと思いながらベッドに座る。

「いい部屋だね」
「ありがとう、一昨日、急いで片付けたよ」
「はは、散らかってても良かったのに」

 そう言いながら部屋を見回していると、傑は私の前に立ったかと思えば、彼を見上げた私の頬に手を添えてキスを落とす。触れるだけのキスが徐々に激しさを増し、そのままベッドに倒される。

「んっ、がっつきすぎ……」
「ごめんね、でも、君に触れたい……ずっと堪えていたんだ」

 彼は私の首元に巻かれている包帯をそっと取ると、露わとなった痣に唇を落とした。擽ったい、と身を捩ると、彼は私の首筋に舌を這わせる。

「傷つけた責任は取るよ」
「うん、幸せにしてくれるんでしょ?」
「あぁ。手始めに、今からいっぱい、幸せを感じさせてあげるよ」
「……それは、お手柔らかにお願いします」

 首を絞められたあの時とは違う、とても優しい手が私に触れた。彼の体温を感じながら、私は彼に身を預けた。
 あぁ、ここにいる。ただ傍にいて触れられる幸せを感じていた。
 一息つき、布団に潜ろうとしていると、傑はふと私の喉に触れる。

「痣が消えてる」
「あ、解呪したんだ、よかった」

 私はこんなことで消えるなんて、と自身の首に触れながら笑うと、傑は私の首筋に顔を埋めたかと思うと、ちゅ、と吸いつく。痕をつけられた、と思っていると、傑は私の瞳を覗き込む。

「新しい呪いだよ」

 こんなことしなくても、私は逃げないというのに。負い目を感じ、不安を抱えていそうな彼の表情を見て、私は彼の手を取る。

「じゃあ私も傑を呪うよ」

 傑の手首にキスをし、ちゅ、と吸う。しかし慣れないことで、痕がつかず、もう一度手首に唇をつける。それに彼は可笑しそうに笑う。

「ふ、あはは、可愛い。もう少し強く吸わなきゃ」
「ん、」

 強く吸ってみると、ほんのり赤く色付く。それに彼はふふ、と笑いながら、私の手首を取ると、いとも簡単に痕を残す。

「いつもこれを見て、呪いを感じて」
「傑もね」
「あぁ、こういう呪いはいいね」

 そう、彼は心底幸せそうに微笑んだ。
 新たな呪いはきっと、私達に幸せをもたらしてくれると、そう信じている。






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