#8.現実の痛み





 任務は毎日、毎日ある。私はそれなりの知識はあっても、行動に活かせるだけの運動神経は持ち合わせていない。だって私は一般人だから。五条くんや夏油くんは勿論、他の呪術師の足元にも及ばない。だから──

「痛い……」

 私は呪霊の攻撃を避けきれず、右横腹を喰われてしまう。激痛という言葉だけじゃ済ませられない。時間を戻したいのに、上手く呪力を練ることが出来ず、ただ血が地面に広がっていくのを見ながら、息をすることしか出来ない。傷口がドクドクと脈打ち、熱いのに、寒さも感じる。

「涼華!おい!」
「っ、時間を戻したのか!?」
「落ち着け、呪力の流れを意識しろ」
「は……っ、」

 何で、こんなことをしてるんだろう。呪霊を祓った二人は心配そうに私を見ている。私はどうして、こんなことをしているんだろう。ただ普通に生きていたはずなのに、死ぬ?
 この間の海もそうだ。怖くて仕方がない。何でこんなことをしなきゃならないんだ。青春という輝いた思い出の中にこういった暗いこともある。この痛みは現実だ。

「死に、たくない、のに……」

 私は涙で視界が揺らぎ、目蓋が重くなっているのを感じながら、その場で意識を失った。最後に聞こえたのは、二人が私を呼ぶ声だった。

・・・

 目を覚ますと、傍に硝子ちゃんがいた。ぼんやりとその横顔を見つめていると、彼女は私の視線に気づく。

「おはよう。傷は塞いだけど、少し痕は残るな」
「……ありがとう、ございます」

 起き上がれば、自身の横腹の痕を見る。そこに夜蛾先生がやって来ては、声を掛けてくれる。

「大丈夫か?」
「はい……でも、向いてないような気がして」
「そうか……悟と傑とは階級が違う。今まで時間操作があるから、と高を括っていたが、これ以上、大きな怪我をしてからでは遅いな。オマエは別の任務に就くか?」
「……はい」

 早く帰りたい。どうして私は呪術師などしているのか、夜蛾先生に愚痴を溢した所で何の意味もない、と私は黙っていた。

「今は休め、いいな」
「ありがとうございます……」

 夜蛾先生は私が起きたことに安心したのか、ふと息を吐き、私の肩を優しく叩けば、そのまま出て行った。硝子ちゃんはあっ、と思い出したように声を上げる。

「アイツら、今日は別々の任務なんだけど、後で来るってさ。ここにいる?」
「部屋に、帰ります。医務室は何だか落ち着かなくて」
「落ち着かれても困るな……あまり無理するなよ」
「ありがとう。無理する必要、私はあまりないと思うので、大丈夫です」
「そっか、それ聞いて安心した。危険だと思ったら逃げていいと思う」
「うん……」

 硝子ちゃんはまだ予定があるから、と出て行き、私は寮部屋に帰った。
 この世界で買った物、貰った物ばかりが部屋に溢れている。それでもまだこの部屋には物が少なく殺風景だ。ここに物が増える度、思い出が増える度、帰りたくなくなって来るのだろうが、定期的にこういった怪我があるのなら、早く帰りたいと思う気持ちも強くなるのだろう。
 暫く部屋でテレビを観て過ごしていると、玄関からノック音が聞こえ、私は扉を開くと、そこには何やら袋を持った夏油くんがおり、私に笑顔を向ける。

「やぁ、調子はどうだい?」
「硝子ちゃんのお陰で良くなりました」
「そうか。これ、シュークリームなんだけど……」
「ありがとうございます……こんな、いいのに」
「良かったら一緒に食べないかなって」
「あぁ……どうぞ、お茶かコーヒーくらいしかないですけど」

 部屋に上がってもらうと、夏油くんは座ってて、と冷蔵庫から茶を取り出してコップに注ぐ。私はシュークリームを取り出し、食べる準備をする。高そうだと子供のような感想を抱きながらそれを眺めていると、彼は私の傍に座る。私達はいただきます、とシュークリームを一口食べる。皮がサクッとしてて、めいいっぱい詰め込まれたカスタードクリームの甘みが身体に染みる。

「おいひい、」
「良かった。評判が良いと聞いて」
「五条くんも好きそうですね」
「そうだね、でも買って来たのは私だよ?」

 五条くんに負けたくないのかな、と余計な所で張り合っている彼に、何だか可笑しいと笑えば、彼は二口でシュークリームを平らげた。

「早い……」
「君はゆっくり食べて」
「うん」

 彼は茶を飲みながら、クリームが口に付いて食べるのに苦戦している私を眺めている。余計に食べづらい。

「あのさ、」
「ん?」
「前の世界ではどんな生活をしてた?」
「……普通の、生活。ただの一般人。夏油くんが想像するような普通≠セと思います」
「それって楽しい?」
「楽しいこともあれば、楽しくないこともあります。でも、どちらかと言えば、楽しくないことの方が多くて」

 シュークリームを全て食べると、ティッシュで口元を拭く。彼はそっかと呟き、それ以降は何かを考えるように黙っていたが、私は自分が悩んでいることが彼には筒抜けなのかな、と感じて話をする。

「この世界は楽しいですけど、怖いこともあって……私には合わない気がする」
「合う合わないなんてあるのかな。私は君の世界に合わないと思う?」
「呪いのない世界。それをどう思うかで、変わってくると思いますけど」

 夏油くんは私の言葉を黙って聞いて、再び思考していた。呪いのない世界を想像しているんだろうか。でも、そんなに綺麗な物でもないんだけどな、と私はご馳走様でした。と手を合わせた。







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