#20.交わることのない苦悩





 三度目の冬を迎え、肌寒く寒くなってきた季節。
 美々子ちゃんと菜々子ちゃんは今日、夏油くんと出掛ける為、彼の部屋に泊まっている。それなのに温かい、そう感じて目を覚ます。何かが身体に絡みついている感覚があり、目を開くと、そこにあったのは人の胸。そしてそれが五条くんであると気づき、私は慌てて起き上がろうとする。しかし彼はガッチリと組みついてきている為、起きることが出来なかった。これは去年の年末年始に覚えがある。困ったと思いながらもジッとしていると、五条くんはギュッと私を抱えると、頬擦りしてくる。

「お、起きてるでしょ」
「起きてない」

 どんな嘘だ。私は何となくそっと彼の胸に耳を押し当てると、鼓動が速いことに気がついた。すると彼は私の髪を撫でる。

「……何」
「いや……何となく」
「今日は俺とオマエ、休みでしょ。硝子も傑もみみななも出掛けるらしいし、一緒にいて」

 彼も少し寂しがりやなのかもしれない。そういえば一週間も遠征でいなかった。私は分かった、と言いながら起き上がろうとするが、まだ放してくれそうにない。

「ご、五条くん、放して」
「やだ」
「トイレ行きたい……」
「漏らせ」
「絶対やだ」

 何とか解放してもらい、トイレに行ったり、軽く身支度を済ませると、彼はベッドに寝そべったまま、ジッと私を見た。

「俺さぁ……あんまりオマエのこと、信用してなかった」
「どういうこと?」
「オマエのことっていうより、オマエの術式かな。人間には感知出来ない、知ることの出来ない未来や運命ってのはさ、神のみぞ知るって言葉を使うことも出来るじゃん。でも俺はさ、ここは無限にある選択肢の一つに過ぎないと思ってる。でも実際、そういった目に見えないことって、信じ難いじゃん。一般人から見た呪いみたいなもん」
「私の未来予知のようなものは、信じていないってこと?」
「というより、未来を変えれるということを信じてなかった」

 それは私も同じだ。そう思いながら黙ってベッドに腰掛けると、五条くんは天井をぼんやりと見つめながら話を続ける。

「傑が何かやらかすってのは、軽いもんだと思ってたし、重けりゃ死ぬってことだと思ってた。でも天内が死んで、オマエから傑が呪詛師になるかもって話を聞いた時、全然信じられなかった」
「……そうかもね、夏油くんは隠すから」
「オマエに言われても信じられなかったんだ、オマエが見てきた俺はきっと、何も出来なかったんだろ」
「……うん」
「でもそれは、今も同じ。知ってるからって、何か出来るわけでもない。あの時、天内を救えていれば……盤星教の信者を殺していれば、傑はスッキリしたか?……いや、馬鹿真面目なアイツはもっと苦しむだろ。答えなんてない」

 何も応えることが出来なかった。あれからずっと、夏油くんの隣で思ってきたことなのだろう。きっと、私が知る未来でも、同じことを考えていたはず。でも気付けていれば、何か出来たかもと、彼は思っていたかもしれない。私の目の前にいる彼は、気付いているのに、どうすることも出来ないジレンマを抱えている。

「なぁ、俺はどうしたらいい?」
「……分からない。私も五条くんも人間だから。傍にいてあげるだけでも、いいんじゃないかな。今まで通りとはいかないけれど、呪術から離れた所で、親友らしくいてあげたらいいんじゃないかな。私にも正解は分からないし、夏油くんの考えを深く理解してあげられているとも思えないから」

 私の言葉に彼はそっか、と呟き、暫く目を瞑り、口を閉じた。私も同時に黙っていると、彼はふと息を吐く。

「……オマエは未来を変えた。でも、それは今だけかもしれない。今は大丈夫でも、灰原はいつか死んで、傑も呪詛師になるかもしれない」
「……それでも精一杯、生きて」
「残る気はないの?」
「もう、未来は変えた。この先の未来を知らない私は、意味ないよ」
「そういうこと言ってるわけじゃないって、分かってんだろ」
「ここにはいれないよ」

 それに五条くんはもぞりと動いたかと思うと、私の膝に頭を乗せてきた。気恥ずかしいが、何だか避ける気にもならなかった。

「……未来は変わってしまったけど、五条くんが進むべき道は正しいと、私は思うよ」
「じゃあ俺がこの世界にオマエを閉じ込めたいと思うのも、正しい?」
「それが正しいかどうかなんて分からないけど、私は嫌だな」
「……俺も嫌なんだけど」
「ありがとう、その……私を好きになってくれて」
「……一緒に、いて」

 そうベッドに押し込まれて、私達は再び一緒に眠る。彼はただこうしているだけでいいんだろう。私は緊張したものの、彼が満足するのであれば、とそのまま過ごした。


***


 たまたま任務帰りの高専で見かけた夏油くんは、とても疲れた顔をしていた。どこかぼんやりとしていて、いつもは気丈に振る舞っているが、彼は苦しんでいるのだろうな、と私は自販機の前で缶コーヒーを飲んでいる彼に声を掛ける。

「夏油くん」
「やぁ、お疲れ様」

 まるで疲れを見せないように笑顔を見せた彼に、私はつい悲しくなった。隣に座ってみると、彼は肩にもたれ掛かってきた。

「美々子と菜々子がいるからね、二人きりは久々だ」
「そうだね……二人はどうしてる?」
「灰原と雪遊びをしているよ。七海や伊地知も巻き込まれているんじゃないかな」
「そっか」

 するりと手を握られ、私はつい身体が跳ねたが、拒みはしなかった。いつまでも慣れない。

「……どうしても、理子ちゃんや黒井さんのことが、頭から離れない。目の前で死んだ理子ちゃんは、私のことを恨んでいるだろう」
「それならきっと、私のことも恨んでる。私、時間を戻す前は、理子ちゃんと黒井さんといた。目の前で、理子ちゃんは殺された。その時感じたのは怒りではなく、恐怖だった。殺されると思った。逃げた私を、理子ちゃんや黒井さんはきっと恨んでるよ。同じだよ、私も夏油くんも」
「……そうか」
「彼女達のことを忘れろとか、切り替えろだなんて言えない。だから、引き摺って生きていこう」

 私は強く夏油くんの手を握る。彼は弱々しく、うん、と呟き、目を瞑った。
 五条くんの言った通り、傑くんを楽にしてあげるような、都合の良い答えなんてない。でもただ傍にいてあげることが、友達として出来ることなんじゃないかと思う。

「さっきはね、彼女達は私や夏油くんのことを恨んでいるんじゃないかって言ったけれど……私は、彼女達は恨むような人間ではないと思ってる。ただ夏油くんがそう感じてしまうというのなら、私も同罪なのだと、そう言いたいだけ」
「……分かってるよ、ありがとう」

 本当は分かってないくせに、恨まれているのは自分だけだと思っているくせに。それを口にすることのない彼にムカムカしてしまい、私は彼の髪ゴムが外れてしまうほど、髪をムシャクシャに掻く。それに彼は驚いたように目を丸くして私を見た。

「何、どうしたんだい」
「ムシャクシャした」
「はは、何だそれ」

 私の行動が可笑しいのか、へにゃりと笑った彼は私の頬を撫でたかと思うと、そっと唇を寄せてはキスをした。思わず身を縮めると、彼は私の頬を撫でながらそれを続ける。舌が口内に入り込んでき、思考や身体が彼に支配される。五条くんの時とは違って優しく、ゆっくり脳を支配していくような感覚が恐ろしくもあった。

「っ、」

 やっと胸を押して離れさせると、夏油くんは袖で私の口元を拭いながら、愛おしいというように、私の瞳を覗き込んだ。

「逃げなかったね」
「に、げない方が、いいと思って……」
「可愛いね、私が傷つかないよう、受け入れるようにしたんだ」
「……良くないよ、人の気持ちを弄ぶのは」
「それは君も同じだよ。私の心を掴んで放さないんだから」

 鼓動がうるさいくらいに速く、それを確かめるよう、彼は私の胸に手を当てながら、首筋に顔を埋めた。

「君は麻薬のような物だよ。君の言葉や行動で心の痛みが引いていく。まるで自分は何よりも愛されていると感じて、惹かれて、愛おしくて、君なしじゃ生きていけないんじゃないかと思うほどに、依存性が高い」
「……私は、そんなんじゃないよ」
「私が悪いんだ。君は危険な存在なのに、私はそれを突いて、喰らって、依存した」
「じゃあ無理にでも剥がして、治療しなきゃ。毒にならない、この世界の物に依存した方がいいよ」
「……意地悪だね、君は」

 私は落とした髪ゴムを取ると、いつもの団子には出来ない為、下で軽く結んでやる。それに夏油くんは暫く私の傍を離れず、私を抱きしめたままでいると、雪遊びから帰って来た美々子ちゃんと菜々子ちゃんが寒さで鼻を赤らめてそこへやって来ては、私達を見て声を上げる。

「あっ!私達もする!」
「ギュッてする」

 二人は無邪気に私達の間に入り込んで来る。身体が冷え切っていて、夏油くんは冷たいなと笑いながら、自分の方へやって来た美々子を抱きしめてやり、私は抱っこを強請ってきた菜々子を抱きしめてやる。あぁ、可愛い。この子達が呪詛師にならず、誰も恨まず生きていけたなら。私はそう彼女達に親心のようなものが芽生えていた。
 じんわりと移る熱を感じながら、私はそっと目を閉じ、幸せを願った。







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