#19.ハロウィン
事の発端は、ハロウィンが休日だということに気づいた五条くんの言葉だった。
「そういや、ハロウィンとか何もしないの?」
ハロウィンという言葉に、私と夏油くんの膝の上にいた美々子ちゃんと菜々子ちゃんが目を輝かせた。ハロウィン時期になると、テレビで特集されることも多い。渋谷のハロウィンなどと聞くと、未来を知る私からすれば気落ちする。しかし、美々子ちゃんと菜々子ちゃんが喜ぶのなら、と皆で仮装パーティーをするという話にまでなった。
仮装なんて陽気なノリだ。彼らのそういったノリにはいつまで経っても私はついて行けそうにない。後々、後輩達も誘ったが、七海くんも私と似た反応をしていた。しかし後輩達は任務があるようで、参加するにしても夜になりそうだった。灰原くんはパーティー料理だけでも食べに来ると目を輝かせていた。
そんなことがありつつ、私は仮装しなければ彼らは怒るのではなく、拗ねるのだろうと考えては、美々子ちゃんと菜々子ちゃんのハロウィンのコスチュームを買いに行く。子供のコスチュームは店によく売っており、双子だから、天使と悪魔のコスチュームを買った。絶対可愛い。
「壱紀様は何も買わないの?」
「うーん……私にはどれも可愛くて派手すぎるかな」
それでも何かを準備しなければならないな、と私はパーティー料理担当だった為、ハロウィンらしくカボチャを使ったパーティー料理の支度をした。その代わり、仮装は汚してしまったシーツを被り、目元だけ穴を開けた私はそれをお化けの仮装と言い張ろうと、手抜きにした。私はバッチリ仮装した美々子ちゃんと菜々子たちゃんを連れて教室へ向かう。するとそこには既にガッツリとハロウィンのコスチュームを着た三人の姿があった。五条くんは吸血鬼、夏油くんは狼男、硝子ちゃんは魔女。メイクまで本格的で似合っている。彼らが美男美女だから余計に映えるのだろうと思っていると、五条くんは不満げに私を見下げる。
「おい!めちゃくちゃ手抜きじゃん!」
「美々子と菜々子はこんなに可愛いのに……涼華の顔が見えないなぁ」
夏油くんは私の耳元で話し、あまり視界が広くない私は驚いて身を縮める。それに五条くんはシーツを捲っては何を考えているのか、シーツの中に入ってくる。美形の吸血鬼が傍にいるのが末恐ろしい。逃げようとすると、反対側から夏油くんも入ってくる。
「わっ!入って来ないで……!」
「何してんだ、バカ共」
シーツの上から硝子ちゃんはゴチンと彼らを殴って追い出してくれた。私はもう入って来られないよう、シーツをギュッと握ると、五条くんは私の顔を覗き込む。
「つまんねぇ、せめて中は何も着てないとか、」
「それ、ただの変態……」
「ごめんごめん……ふふ、こっちは可愛い天使と悪魔だね」
夏油くんは彼女達の前でしゃがみ、二人がつけている翼に触れていると、二人は夏油くんを見て首を傾げる。
「夏油様のは何?」
「犬?」
「狼だよ、狼男」
「五条は?」
「どう見ても美形の吸血鬼でしょ」
そう言って菜々子ちゃんの天使の輪っかを突いて揺らす五条くん。私は二人はこういうのには疎いんだろうなと感じて教えてあげる。
「夏油くんは狼男、狼に変身出来るんだよ。五条くんは吸血鬼、人の血を飲むの。硝子ちゃんは魔女。魔法が使える」
「そうそう。見てて、美々子菜々子。魔女はホウキで空を飛べる」
既に机に立て掛けてあるホウキを硝子ちゃんが取ると、それに跨る。すると五条くんは察したのか、ホウキの先に触れると、硝子ちゃんは両足を上げた。ホウキが浮いており、彼女達は目を輝かせた。
「すごい!魔法!?」
「美々子と菜々子も乗ってごらん」
そう、夏油くんは二人を抱えて、硝子ちゃんの前に座らせる。それに少し怯えていたが、しっかり浮くと、すごい!と喜んでいる。
「それで……仮装してどうするの?一応、夜蛾先生には、美々子と菜々子にお菓子をあげてくださいとは伝えておいたけど……」
「ハロウィンといえば渋谷だろう?」
「えっ、渋谷に行くの?この格好で?」
「はは、この面子じゃ、君だけ目立ってしまうね」
絶対に嫌だ!と私が眉を顰めると、それに気づいた夏油くんはふと笑う。
「悟が仮装客限定のハロウィンパフェがあるとかで、渋谷に行きたいらしいんだ。美々子と菜々子がいるから夜は行けないし、仕方なく昼にね」
「そういうことじゃないんだけど……」
いや、こんなに気乗りしていないのは私だけか。海の時もそうだったが、この場を楽しむ心が大事なのだろうと、私は悩んだ挙句、首を縦に振る。
「分かった。じゃあ何か……ゾンビメイクみたいなのしてくる」
「いや、その必要はない。俺達を誰だと思ってんだ」
「バカでしょ」
「はぁ?賢いし」
その口振りからして、五条くんと夏油くんが何かを企み、硝子ちゃんは知らないんだろう。私が今度は何を考えてるんだろうと首を傾げると、夏油くんはにこりと笑う。
「涼華、ポリスとナース、どっちがいい?」
「……は?」
「最悪だな、オマエら」
「先を見越してんだよ。涼華は水着も渋ってたし。だから仮装して来ないのはお見通しってわけ。だから、俺達が選んできた」
「だからってポリスとナースの二択はないだろう」
「……どっちも嫌」
ただのポリスとナースではない。きっと、露出が多い物だろうと考えると、どちらも嫌だった。
「我が儘言うなよ。美々子と菜々子も早くパフェ食いてぇよな?」
「渋谷のパフェ!」
「食べたい……」
「うっ、」
子供を味方につけた……!期待に満ちた二人に、私は悩む。それに私は二択しかないなら、と考える。
「そのコスチュームを見せてほしいんだけど……それで、判断します……」
「メイクは任せろ、コイツらのもやったから」
「あ、はい……」
硝子ちゃんも止める気なさそうだ。そう私が思っていると、夏油くんは椅子に置いていた紙袋を取って渡してきた。
「はい、どうぞ」
「……着替えてきます」
彼らに見送られながら、私は部屋へ戻ろうとすると、硝子ちゃんはメイクするから、私も行く、とメイクポーチを持ってついて来てくれた。
「初めから自分で選んでおけば良かったって思ったでしょ」
「硝子ちゃん、知ってたの?」
「いいや?でもまぁ、サボるとは思ったね」
「……硝子ちゃんはどうしてそのコスチュームにしたの?」
「売ってる物の中で一番マシだったから」
「私もそうすれば良かった……」
一緒に寮へ戻ると、自室で紙袋の中身をベッドに広げる。やはり想像した通り、ミニスカートの露出が多いコスチュームだった。特にホラー感もなく、そういうプレイをする為のコスチュームのような気がして、私は思わず溜息を吐く。
「どっちがどっちの趣味なんだよ、これ」
「どっちもどっちだから、どうでもいい……」
「それはそう」
あらゆるコスメをテーブルに並べる硝子ちゃんの隣で悩み、私は両方を見比べて、ポリスを選んだ。
「その心は?」
「面積が少しだけ広いことかな……」
「なるほど。小道具が多いね」
「手錠……」
ついているオモチャの手錠はいらないと思いながら、時間がない為、急いで着替えると硝子ちゃんにメイクしてもらう。
「これ、ハロウィン関係あるのかな……」
「ま、細かいことは気にしない」
初めて硝子ちゃんにメイクしてもらい、鏡を見ると、少しキリッとしたように思える。いつも同じメイクしかしないから、違った印象になるな、とまじまじ見ていると、硝子ちゃんは可愛い可愛い、と言って終えた。
「さて、行こうか」
「うーん……嫌だなぁ、こんな格好で渋谷なんて行きたくない……」
「昼だから少ないけど、私達がいるからマシでしょ。皆で渡れば怖くないってやつ?」
「胃が痛い……」
硝子ちゃんはパフェなんて興味ないのに、乗り気で珍しい。こういうのを楽しむことは好きだろうけど、わざわざこの格好で渋谷にまで行こうと思う人だっただろうか。そう思いながら、手錠を指でくるくる回しながら歩く硝子ちゃんの後ろへついて行き、教室へ戻ると、皆が私に視線を向ける。そしてその瞬間、五条くんがガッツポーズする。
「ほら!ポリス似合うじゃん!」
「くっ、ナースも捨てがたいのに……」
ミニスカポリスは五条くんの趣味だった。それに硝子ちゃんも気づき、はーい、逮捕。と言いながら五条くんに手錠をかける。
「折角なら涼華にしてもらいたかった」
「どういう趣味なんだ、それは……」
「引かれてるぞ、五条」
「いいし、別に。涼華取って」
「自分でやってください……」
「冷たいんだけど」
この格好だけで十分恥ずかしいのに、と思っていると、美々子ちゃんと菜々子ちゃんは似合うよ!と拍手してくれたが、ここで褒められてもなぁ、と複雑な気持ちになる。
「じゃあ揃ったことだし、夜蛾先生におやつを貰ってから行こうか」
夏油くんはそう言って美々子ちゃんと菜々子ちゃんの手を引き、教室を出て行く。硝子ちゃんもその後に続くと、五条くんは手錠をしたまま私について来る。
「いや、マジで取ってこれ。オモチャでも取りにくいんだけど。壊すのも嫌だし」
「もう……」
私は立ち止まり、五条くんの手錠を取ってやる。それを上機嫌に見ていて、何が楽しいんだろうと思ってしまう。
「なぁ、何でこっちにしたの?」
「ナースより面積があったから……」
「そういう基準かよ……可愛い、似合ってる」
「うっ、そういうのは、いい、です」
よほど嬉しかったのか、ヘラヘラしてして機嫌が良い。平気で可愛いと言う人でもなかったのに。目の前を歩く夏油くん達に追いつき、手錠をポケットに仕舞う。
職員室へ向かうと、夜蛾先生は呆れたように私達を見た。
「色物集団だな……」
「私も本当は嫌なんですけど……」
「美々子、菜々子、夜蛾先生に言うことがあるだろう?」
「「トリックオアトリート!」」
せーの、と言葉を合わせてそう言うと、夜蛾先生は優しく微笑み、二人の頭を撫でると、お菓子の詰まった袋を手渡した。
「センセー、トリックオアトリート!」
「言うと思った」
「用意してある」
そう、私達にも飴玉を一つずつくれた。それに五条くんは少ないと文句を言っていたが、これからパフェも食べるんだし、と夜蛾先生に礼を言って職員室を出た。夜蛾先生から羽目を外しすぎるなよ!と声が掛かり、私達は廊下からはーい、と声を上げながら、高専を出ることに。
「何で行く?いつもならタクシーか自転車だけど」
「美々子と菜々子がいるからなぁ、タクシーでも厳しいし、私と悟は美々子と菜々子を乗せて、硝子はスクーターの後ろに涼華を乗せたらいい」
「オッケー、取って来るわ」
三人はそれぞれ自転車やスクーターを取りに向かい、乗せてもらう私達は彼らを待つ。
「良かったね、お菓子貰えて」
「うん!少しずつ食べる」
「大事に食べる」
そう言って彼女達はハロウィンのジャックオランタンのバッグにお菓子を詰めて、満足げに笑った。
三人が戻って来ると、私達はそれぞれの後ろに乗り、しがみつく。よし、行くぞ!と仮装したまま自転車やスクーターで最寄り駅へ向かった。
最寄駅の駐輪場に停めると、通行人からの視線が気になった。恥ずかしいと思いながらも電車に乗って渋谷へ向かう。電車の中でもチラチラと見られていて、居た堪れない気持ちになる。
渋谷へ辿り着くと、五条くんはこれこれ、とハロウィン仕様のチョコレートベリーパフェの写真を見せてきた。
「これ食べたい。駅からちょっと離れてんだけど」
「硝子は何を楽しみにしてるんだっけ」
「珈琲ゼリー、結構美味しいんだって。珈琲店とコラボしてるらしい」
甘いスイーツがメインだと行くは怠いと言うこともあるが、今回は自分が食べれる物があるから、来たんだろう。美々子ちゃんと菜々子ちゃんも楽しみだとわくわくしていて、私達はそこへ向かう道中、通行人の女性二人組が声を掛けて来る。
「あの!写真いいですか!?」
「お願いします!」
五条くんや夏油くんと撮りたいんだろうと私は察して、声を掛ける。
「写真、撮りましょうか?」
「あ、おい」
「お願いします!」
そう携帯を渡され、硝子ちゃんははいはい、こっちおいで、と美々子ちゃんと菜々子ちゃんを連れて私の隣へやって来る。五条くんは止めたものの、満更でもないようで、夏油くんも乗り気だ。私はそんな二人との写真を撮ってやる。すると次々と写真を撮りたい人が現れて、美々子ちゃんと菜々子ちゃんは退屈そうに頬を膨らませている。硝子ちゃんがおやつ食べていいよ、と夜蛾先生から貰ったお菓子袋を開けている。
やっと終えると、次はカメラを持った男性が私に声を掛けてくる。
「写真、いいですか」
「撮りますか?」
「自分が撮るんで!そのままで!」
そう言って男は困惑する私と硝子ちゃんを手に持っていたカメラで撮り始め、隣に硝子ちゃんはうわぁ、と声を上げる。
「とばっちり来た」
「おい、終わりだ。一枚で済ませろや」
「すみませんね、急いでいるもんで」
「そうだよ、パフェ売り切れたらどうすんだ」
さっさと行こう、と夏油くんは退屈そうな美々子ちゃんと菜々子ちゃんを抱え、私達はその場から逃げるように目的のカフェへ向かう。限定パフェはまだあるようで、五条くんと私は限定パフェ、硝子ちゃんと夏油くんは珈琲ゼリーを、美々子ちゃんと菜々子ちゃんは食べたい小さめのパフェを注文した。
「俺達もあとで写真撮ろうぜ。忘れてた」
「一番疲れたわ、何あの撮影会」
「連絡先ポケットに入れられたし」
「私も」
誰が誰のか分かんねぇ、と五条くんがくしゃりと連絡先の書かれたメモを握って潰し、夏油くんも私も必要ないしね、とニコニコしながら私を見てくる。気まずい。
そうしていると注文した物が届き始め、ハロウィン仕様のパフェは美味しくて、笑顔の皆が眩しくて、何だか──
帰りたくない。
しかしそう思った瞬間、その感情を塗りつぶすように、帰らなきゃという強迫観念に駆られる。
あぁ……どうか。私がいなくなった後もずっと、ずっと、いつまでもこの笑顔が潰えないようにと、そう願うばかりだ。
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