#12.未来を変える行動を。





 二年生、夏。じわりじわりと暑い季節がやって来ると、憂鬱になる。それは何故かと問われれば、星漿体である天内 理子ちゃんの護衛任務がいつ行われるのか、ビクビクしなければならないからだ。そんな中、任務中に消えた庵 歌姫さんと冥冥さんの捜索を始めることになった。もう後には引けないのだと感じ、私は任務内容を夜蛾先生から聞きながらふと息を吐く。すると夜蛾先生は私の反応を見て、どうした?と訊ねる。私はただ誤魔化すように笑顔を作ったのだった。

「涼華、さっきはどうしたんだい?」

 任務に向かう電車で、私の目の前に立つ夏油くんの声が頭上から降ってきた。私はどう答えればいいのか、と戸惑っていると、隣に座っている硝子ちゃんは私に身体を傾け、体重をかけてくる。

「ボーッとしてる。もしかして今回の任務、何かある?歌姫先輩に何かあったら嫌なんだけど」
「歌姫さんや冥冥さんには何もないよ。今回はないんだけど……」
「近々、傑が何かやらかすかもって?」

 硝子ちゃんだけは何の話か分かっていなかったが、五条くんと夏油くんは察している。しかし星漿体の件は五条くんと夏油くんは悪くないし、避けようがないことだ。だから、私がどうこう出来る問題でもない。

「……私に出来ることはないよ。弱いし、未来を変えることは言えない」
「夏油、何かやらかすの?」
「私にも自分の未来が分からなくてね」
「ま、歌姫先輩が無事ならいいか」

 その後、三人は何かを考えるように黙っていた。きっと私が三人の不安を煽っている。その中でも夏油くんが一番不安なはずだ。自分が何かを引き起こすか、身に危険が降り掛かると分かっていても、それを未然に防ぐなど出来ないのだから。
 私達は静岡まで歌姫さんと冥冥さんの救助に向かった。洋館が見え始めると、五条くんが補助監督に帳は自分で降ろす すと言って置いてきたことを思い出し、歌姫と冥さんはあの中か、と今にも術式を使いそうな五条くんを見て、もしここで私が帳を下ろそうと提案したら、未来はどうなるのだろう。そう思い、待ってと声を上げ、先を行く彼らを引き止める。すると三人は立ち止まり、振り返った。

「帳、下ろさないと」

 また時が戻るのでは、と思った。夜蛾先生に叱られる未来、夏油くんが自身の思想を五条くんに語る未来がなくなるから。しかし、時は戻らなかった。その未来は些細な変化として扱われるのだろうか。

「そうだった。オマエが下ろして」
「……私、やったことないよ」
「いつも見てるだろう?簡単だよ」

 何故、私にさせたいのだろうか。三人はほらやってみろと急かす。私はふと息を吐き、緊張しながら唱える。

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 その洋館を中心に帳が下りていく。やはり時は戻らない。人の生死に関わること以外は時が戻ったりしないのだろうか。
 無事に帳が下りると、五条くんは術式で派手に洋館を破壊した。バキバキとけたたましい音が周囲に響き渡る。私が中にいたら死んでそう、と思いながら硝子ちゃんと共に少し離れた場所で待っていると、洋館は瓦礫となって消え去り、中から歌姫さんと冥冥さんが現れる。そこからの流れは私が見た通りのことが起こっていた。今までは私が見たこともない彼らの学生生活を見てきたが、ここからは違う。まるでデジャヴだ。

「さぁ、君達の任務は終わりだね。私達の任務も夏油君が片付けたようだし」

 冥冥さんの言葉に私は力が抜けた。あまりにもあっさりとしていて、拍子抜けだった。緊張が解けた瞬間、それにしても歌姫さんと冥冥さんは可愛くて綺麗だなと余裕が出来たからか、そう思え、軽く挨拶をした。そして私達は補助監督へ報告しつつ、高専へ帰ることに。
 翌日、夜蛾先生からは補助監督は連れて行くように。と注意される程度であり、私達は教室へ向かう。これからどうなるのか、と不安になって俯く私の額を五条くんは指で弾いた。

「痛い……」
「何でそんな顔してんの?」
「……何でも、ないです」
「嘘吐くなよ。何だよ、帳のことか?珍しく自分から行動してたもんな」
「そういえばそうだね。電車の中では不安そうだったのに。何か心境の変化でも?」
「未来を、少しだけ変えたかもしれない」

 これはいいことなのかと少し考えてしまうが、三人は目を丸くして驚いていた。それにこれは大袈裟な言い方だと気づき、焦る。

「ほ、本当に少しだけ……!皆、帳を忘れてたから」
「ってことは今、私達は君が知る未来に足を踏み入れているってことになるね」
「少しでも未来変えれたじゃん。おめでと」
「そうやって私の未来も変えてほしいね」
「自分で何とかしろよ。てか、帳ってそこまで必要?別に一般人に見られたってよくねぇ?」
「駄目に決まってるだろう」

 もしかしたらという淡い希望があったが、五条くんの言葉で私は夜蛾先生に叱られる未来は避けれたが、この会話はするのだな、と少しモヤリとした。完全には変えられない、そういうことだろう。そんなことをぼんやり考えていると、空気がピリッとひりつき、二人が本気の喧嘩を始めようとする。だがすぐに夜蛾先生がやって来て、収まることを私は知っていたが、硝子ちゃんは巻き込まれるのはごめんだ、と私の腕を掴んで教室を出た。

「あんなのに付き合わなくていいよ」
「そうだけど……」

 出て来てしまって良かったのかな。そう思っていると、硝子ちゃんは廊下を歩きながら話す。

「ポジティブに考えなよ。ほんの少しの変化でも、変えることは出来たんだ。涼華のしたいように変えられるかもしれない。無理だったら無理で仕方がない」
「今回は無理だよ。未来を知っていても、回避出来る気がしない。でもせめて、夏油くんが辛くならないようにって、思うんだけど……」
「……心配なら、助言くらいはいいんじゃない?」

 ふと校舎の外に視線を向ける硝子ちゃん。その視線を追うと、任務に出ようとしている五条くんと夏油くんの背中があり、私は今、何か伝えられることはあるか、と考えながら彼らを追う。

「げ、夏油くん!」

 二人は振り返り、夏油くんは見送り?とにこりと笑う。それに私は言葉が出ずに立ち止まる。

「あ、の……」
「ん?」
「……行かないで」

 困ることは分かっていた。でも、様々な感情が入り乱れ、言葉として出たのがそれだった。夏油くんが行かなければ、出来ないことも多くある。どうしたらいいのか、と私が口を噤むと、五条くんは肩を竦める。

「何かあんだろ。言えよ」
「……襲われる」
「どこで」
「ここ、高専で」
「私達が襲われる?」
「そう……」
「なるほど、対策はしておくべきだね。細かい情報は言えるかな」

 ここまで言っても警戒するだけで、状況ぐ変わるわけじゃない。詳しく言うべきか、と私は伏黒 甚爾について話そうと言葉を発した瞬間、時が戻る。たった一瞬だったが、目眩がした。五条くんはそれを察したようで、頭をガシガシと掻く。

「無理ってことだな」
「また時が戻った?」
「……うん、ごめん。私、」

 何も出来ない。そう顔を上げると、夏油くんは大丈夫だよと私の頭を撫でた。すると五条くんが近づいてきたかと思えば、ギュッと少し強めに私を抱き締める。

「っえ!?な、何!?やめ、」
「何とかする」

 ボソッと五条くんは私の耳元でそう呟き、離れた。夏油くんが大きなミスをすると考えているのかもしれない。でも私が心配しているのは、残酷だけれど、彼らの行動より彼の考え方なのだ。そう思っていると、五条くんは私の額を指で弾いた。

「何心配してんだよ。俺達、最強だし」
「そうだね。君に助言してもらったんだ。悪くならないよう、努力するさ」

 それじゃあと二人は去って行き、私はその背中を見送ると、硝子ちゃんが私の隣へやって来る。

「どうだった?」
「……無理だった」
「そっか。でもまぁ、なるようにしかならないんじゃない?」
「私は、間接的に人を殺したかもしれない」

 理子ちゃんは死んでしまう。黒井さんも、甚爾さんも。五条くんは成長するかもしれない。でも夏油くんは傷ついて、考え方も一変する。私はこれから、それを見て耐えられるんだろうか。

「……涼華はさ、やって後悔した方がいいんじゃない?」
「え?」
「最初から無理だと諦めることが多いでしょ。昨日も帳を自分で下ろした。私達に促されてやったことだったとしても、結果、少しだけ未来を変えることが出来た。だったら今からでも、言葉だけじゃなく、行動で示したら?」

 何も言えなかった。私はただ彼らの未来を知るだけの普通の人間だ。呪術が使えるようになったからといって、私自身、何かが大きく変わるわけでもなかった。何も出来ないとずっと塞ぎ込んでいる。でも──

「この世界に来て、苦しんだ。呪霊は怖いし、任務は辛いし、よく怪我もして痛い。私の知る未来は悲惨で、その未来がやって来てしまうのを、ずっと恐れてた。不安で不安で、皆の隣に立つのが畏れ多くて。早く、帰りたくて……」
「今もそう?」
「今は辛いよりも、皆といるのが、楽しくて。ずっとこんな日々が続けばいいのにと思うくらい」
「それが涼華の望む未来なら、その為に動くべきだと私は思うけど」

 そうだ、硝子ちゃんの言う通りだ。私は、逃げてばかりで、努力なんてして来なかった。自分の限界を決めて、試してこなかった。彼らを別の世界の存在だと、何の思い入れも持たずに消えたかった。皆の温もりなんて、知らなければ良かったんだ。でももう、ここまで来てしまった。理子ちゃんを見殺しにしたら、私はきっと後悔する。

「……やるよ。不安だけど、私が行動しなきゃ、理子ちゃんは、」
「間に合うよ。追ったら?」
「高専で待つよ。大丈夫」

 私は伏黒 甚爾に勝てない。当たり前だ、五条くんですら一度殺されかけるくらいなんだから。それでも私という異物が入ることで、何かが変わってくれればと、そんな願いを込めて私に出来ることを考え始めた。

・・・

 二人が任務に向かってから二日後。彼らにとっては任務三日目、最後の時。高専に帰ってきて、理子ちゃんを天元様の所へ連れて行って終わりだ。十五時、私は彼らを待っていると、五条くん、夏油くん、理子ちゃん、黒井さんが四人でやって来る。甚爾さんがどこにいるか分からない。警戒しながらも、私は彼らに声を掛ける。

「お、お疲れ様……!」
「やぁ、迎えなんて良かったのに」
「……五条くん。術式、解かないで」
「は?」
「お願い」

 私は小声で五条くんに頼むと、彼は術式を解かないままおり、理子ちゃんはこちらを見て首を傾げていた。すると私達は理子ちゃんや黒井さんから少し距離をとって小声で話す。

「……どうする。オマエがここまでするってことは、」
「そういうことか。高専で襲われると言っていたね、今か」
「私が行動しなきゃ、変えられない。でも、どれだけ考えても、最悪の結末が待っているような気がして……」
「弱気になるな、私達もいる。君と協力すれば、避けられることもある」

 私はふと理子ちゃんに目を向け、守ろうと震える手をグッと握り、頷く。

「彼は、強い。今も潜んでる。五条くんが術式を解いた瞬間、狙ってくる。あと、術式を強制解除してくる武器も持ってる」
「……俺が引きつけるから、傑達は先に天元様の所へ、」
「それじゃダメ。私が理子ちゃんを連れて行く。二人でなら、倒せるかも……」
「よし、じゃあいくぞ」

 五条くんが術式を解いた瞬間、伏黒 甚爾は五条くんを背後から奇襲した。彼はそれに気づいて再び術式で止めた。

「ナマったかな」

 ここまでは知ってる。夏油くんが呪霊を出し、そちらに気を取られている隙に私は理子ちゃんの手を引いて走り出す。

「っ、アイツらは大丈夫なのか!」
「分からない!けど、他に何も思いつかない!」

 薨星宮の行き方は、事前に夜蛾先生から訊いた。なるべく呪術師を集めてもらったし、信じてもらった。だから、やらないと。私の見知った場所までやって来ると、五条くんと夏油くんを待とうと、三人で待つ。私は落ち着かなくてそこをうろうろしていると、黒井さんは眉尻を下げる。

「あの……今の内に進んだ方がよろしいのでは?」
「……今行けば、同化出来るかもしれない。でも、それでいいのかなって」
「え?」
「私の知ってる未来では、理子ちゃんは天元様と同化しない。でも……」
「先程の呪詛師ですか?」
「そう、阻まれてしまう。だから、」

 その瞬間、パンッと乾いた音がした後、理子ちゃんが目の前で倒れた。

「理子様……!!」
「そ、んな……」

 感じたのは恐怖。目の前の死だけじゃない。自身の死の恐怖。
 殺される。術式を知られる前に、逃げなければ。どこに?理子ちゃんが殺される前?いや、私がどうにか出来るはずがない。五条くん、夏油くんが二人がかりで戦っても勝てなかったんだ。それとも、最初からやり直す?いや、それもダメだ。戻ったとしても、私の身体が持たない。五条くんに任せて、夏油くんと二人で戦い、足止めする?いや、無理だ。私は殺される。

「……ごめんなさい。私は、理子ちゃんを救えない」

 視界が揺らぐ。私は高専で彼らを待っていた時まで遡った。ここまで時を巻き戻したのは初めてだ。彼らと合流する手前まで戻ると、私はその場で倒れた。身体のあちこちが痛む。内臓がやられている。呼吸が出来ない。ドクンドクンと血管に血が通っている鼓動が大きく、鮮明に聞こえる。
 そうだ、メールでもいいから、伝えよう。そう思い立ち、携帯を取り出すと、受信箱の一番上にあった夏油くんに出来る限りの情報を書いていく。もし、メールが原因で術式が発動したら、私は死ぬ。そのくらい、今の巻き戻しは危険だった。
 意識が朦朧としてくる中、私は最後に送信ボタンを押した。







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