#10.逆チョコバレンタイン
私にとっては日常になりつつある、何の変哲もない一日なはずだった。しかし教室へ向かうと、そこにはいつもより早く五条くんと夏油くんがおり、珍しいなと私はおはよう、と挨拶しながら入ると、彼らも機嫌良く挨拶を返してくれる。
「おはよう、涼華」
「おはよ、今日は何の日か分かるよな?」
「えっ」
突然のことに私はそもそも何日だっけ、と戸惑う。それに彼らはやっぱり知らないか、というように溜息を吐く。
「だよな、そんな気が回る女じゃないでしょ、コイツ」
「うーん、少しは期待したんだけど」
何の話だ。答えをなかなか言ってくれない彼らに、私は携帯を取り出して日付を見る。二月十四日と書いており、私はハッとする。
「バレンタイン……」
「そうだよ。これは私からね」
夏油くんは私に小包を渡す。明らかに高級チョコという箱であり、畏れ多い、と若干手が震える。そもそも、私から渡すべきなのでは、と言葉が出なかった。
「君、貧乏性だからね。たまにはいいんじゃないかと思って」
「で、でも、」
「何だよオマエ、既製品?俺は手作りなんだけど」
そうドヤ顔をしている五条くんは夏油くんから貰ったチョコの上に可愛らしい包みに包まれているチョコを置いた。明らかに百円均一で売ってそうな包み。作っているのを考えると少し微笑ましい。
「あ、ありがとう。えぇと、来月お返しします……」
「お返しはデートでいいよ」
「俺は何でもいーけど」
するとそこに硝子がやって来ては、すぐにそこで何が行われていたのか気づいた。
「バレンタインね。何それ、アンタらが涼華に作ったの?」
「悟だけだよ、作ったのは」
「バレンタインチョコといえば手作りじゃないの?」
「その考えが意外……」
「硝子は甘い物嫌いだもんなぁ」
「代わりにこれね」
夏油くんは硝子ちゃんにいつも吸っているタバコを渡す。それに彼女は満足そうにする。
「いいバレンタインだ。五条は捧げ物ないの?」
「ないね」
「お返しは期待するなよ」
夜蛾先生にバレないうちに、と彼女はポケットにそれを突っ込み、席に座る。それに私も席に着いた。やはり畏れ多いが、嬉しい。
「なぁ、どっちが嬉しい?」
嬉しいというのが顔に出ていたのか、五条くんはそう尋ねてくる。それにどっちか、と手元にあるチョコを見て考える。
「どっちも嬉しいけど、申し訳なさがすごいのが五条くんかな……」
「じゃあ私の勝ちかな」
「手作りの方が嬉しいだろうが。何だよ、申し訳ないって」
あ、夏油くんが勝ったことになるんだ。というか、何の勝負?よく分からないなと思いながら、私は手元のチョコを見ていた。
その後、夜蛾先生からの指示で夏油くんと任務に出掛けることに。一旦自室に帰って貰ったチョコを置くと、二人で高専から出ようと歩いていく。
「こんなこと、前の世界じゃしなかっただろう?」
「うん」
そんな機会がなかったからこそ、私はバレンタインなのにも関わらず、気が回らなかった。それを見抜いている夏油くんはふと笑う。
「ここの生活は楽しいかい?」
「うん……お陰様で。でも帰らないと」
「帰って何かすることでも?」
「ないけど……ここは私の住む世界じゃないから」
この気持ちは変わらない。私はここにいてはいけないと感じる。でも揺らいでいるのは確かだった。すると彼はそっと私の手を握る。
「あのチョコは、悟みたいに手作りではないけれど、私の気持ちが篭ってる。いなくならないでほしい……少し、女々しいかな」
「……いなくなるのは、夏油くんなのに」
「え?」
言っていいのか、と思っていたが、私はキョトンとしている夏油くんの手をキュッと握りながら言葉を続ける。
「……夏油くんも、いなくならないで。そうしたら私も、ここにいてもいいかもしれない。そうなったら、私がここにいる意味が出来る気がする」
夏油くんが離反しなければ、私がここにいていいという証明になるような、そんな気がする。でもどうせ変えられないとも思ってしまう。
「私はいなくなってしまうのかな?」
「これを言っても時間が戻らないってことは、夏油くんの未来は変わらないってことだと思う。私は、未来を変えられないから。ここにいても意味がないの」
そう言って彼の手を放した。夏油くんは何かを考えるように、その後はずっと黙っていた。
三月十四日、バレンタインのお返しに、と私は少し値が張るお菓子を返した。それに彼らは求めていた物が違うという反応をしたが、硝子ちゃんはそれでいいよと言っていたし、何だかんだ食べていた為、これでよしとした。
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