#1.彼と私の距離感。









呪術高専に入学するまで、私は五条 悟という人間に興味はなかった。
ただ六眼持ちにして無下限呪術の使い手だということだけは知っていた。私にとっては雲の上の存在、関わり合いになることなんてないんだろうな、とそう思っていた。
しかし、呪術高専に入学すると聞いて驚いた。しかも同期。御三家の人間が呪術高専に入学するとは思っていなかった。
実際に会ってみると、目立つ白髪に碧眼、本当に日本人か、と思うほどの眉目秀麗な彼にまた驚かされたのを覚えている。

しかし半年もすればそんなことは気にもならないくらい馴染んでいるのだが。
他の同期は彼に対して畏怖を感じることもない、つまり容赦ない。私も学友なのだから、と彼の立場を深く考えることなく接していた。
悟も始めこそ、彼は人を寄せ付けないほどツンツンとしていたが、時が経つにつれて、親しくなっていった。


「なぁ!クレープ食いに行かね?」


悟と傑と共に行った任務が終わり、高専に帰ろうとしていた時、悟は背後から近づいて来ると、突然、グッと肩を引き寄せられて驚いた。そうやって肩を組んで来ては、唐突に誘ってきた。
気を許すと急に距離が近くなる彼に少し戸惑いもある。


「私はいいけど、奢ってね」
「傑は?」
「任務終わりにクレープはちょっと。もっと胃に優しい物がいいな」
「じゃあ傑の分はなし。車で待っとけよ」
「何でだ。そもそも補助監督を足にするな」


頭上で二人が喧嘩する中、どうしてこんなに懐かれたのか、と考えていた。
まぁでも、悪い気はしない。寧ろ嬉しい。好いてくれているんだから。

何だか結局、間を取って三人でファミレス、ということになり、帰りは電車に乗って帰るようだったが、悟は不貞腐れている。どんだけクレープが食べたかったんだ。
補助監督に近くのファミレスまで車で送ってもらった。補助監督はまだ仕事があるから残れないらしい。
そうして私達はいつも通り、ファミレスへ向かい、電車で高専まで帰ったのだった。

その道中、カラン、と音を立てて、傑の制服のボタンが外れ、地面に転がった。後ろにいた私はそこが階段だったということもあり、転がったボタンを慌てて拾う。


「危ない……!傑、今日はよく動いてたから、取れちゃったのかな」
「そうかもしれないね、ありがとう。後で夜蛾先生に頼んで……」
「自分で縫えばいいのに」
「裁縫セットは持ってなくて」
「じゃあオマエ、裁縫セット持ってんの?ボタンとか付けれんの?」
「それくらい出来るよ。私、裁縫セット持ってるし、やろうか?」
「じゃあ頼もうかな」


そっちの方が手っ取り早い。というか、高専に裁縫セットは置いてないんだろうか。
私達は階段を上り、高専まで辿り着くと、そのまま寮の自室へと向かう。彼らは遠慮を知らない為、部屋へ上がり込んで来る。
裁縫セットを取り出し、ベッドに座ると、まずは切れてしまった糸を取り除き、ボタンを付けていく。


「手際がいいね」
「それなりに手伝いはして来たから……ほら、もう出来た」


一度、軽く引っ張ってみて確認すると、傑にそれを返す。


「ありがとう。私も出来るっちゃ出来るんだけど、上手くはなくてね」
「やってないと忘れるよね」
「……」


悟が黙って座っていると思い、ふと彼を見ると、何故か胸にあるボタンを突いており、次の瞬間、ブチっとそれを引き千切った。


「えっ」
「は?」


私と傑は何で引き千切ったんだ、と驚きと困惑の声を上げると、悟はスッと私にそれを差し出す。


「千切れた」
「いや、千切ったんだろ」
「何で今、引き千切ったの?」
「……そんなすぐ取れるもんか、と思って引っ張ったら千切れた」


そんな馬鹿力だったの?と私が戸惑っていれば、傑は少し何かを考えた後に、にこりと笑いながら制服を着直した。


「まぁまぁ、悟のも付け直してやってくれないか?」
「やるけど……もうそんな引っ張らないでよ?」


ボタンを受け取ると、悟は制服を脱ぎ、差し出してきた。傑のと同じように縫うと、彼は満足気にそれを着て、ボタンを突いている。身長一九○センチの生意気で強いこの男を少し可愛らしいと思った。
そもそも、図体がデカいだけで、態度や好みは子供っぽいんだよな、と改めて思っていると、傑はふと笑う。


「女の子の部屋に長居しちゃ悪いね。用は済んだし、出ようか。報告書も書かなければ」
「そうだね。私は片付けてから行くよ。先に行ってて」


二人は部屋から出て行くと、私は久々に出した裁縫セットの中身をキチンと整理してから、元の位置に直し、糸くずも捨て、片付けてから教室へ向かう。
教室へ辿り着くと、二人は黙って報告書を書いており、私は席に着きながら話す。


「結局、悟が舐めプして、傑が援護して、私はいつも通り、突っ立ってたってだけだね」
「囮だよ、いつも通りね」
「本当かな、それ。見向きもされてなかったような気がするんだけど……」


大体、悟と傑が強すぎるんだ。ほとんど一瞬で終わってしまうし、私だけ置いてけぼりだ。


「一人で熟せる任務とかないかなぁ」
「はぁ?弱いのに無理だろ」
「三級くらいだったら余裕だって」
「無理無理、オマエが祓ったとこ見たことない」
「それは二人が先に祓っちゃうからで……」
「んじゃ遅いんだよ、黙って見てたらオマエなんか潰れる」
「潰れないし、出来るし」


私は呪術師には向いていないのか、と少し悩まされ、ペンが止まった。
私が手を出さないくらい、二人が強いんだと思っていたけど、それ以上に私が弱いってこと?このままじゃ呪術師は無理なのか、せめて補助監督になるのか、と進路に悩んだ。


「あまり虐めるなよ。彼女なりに頑張ってる、囮としてね」
「ぐ……っ」
「じゃあ囮は突っ立ってるか、そこらにいる蠅頭でも突いてろって」
「ぬぬ……」


悔しい。私の思い描いていた呪術高専ライフはこんなはずじゃなかった。何かもっと、自分を高めていくようなものを思い描いていた。なのに。
そう悩んでいると、教室の扉が開き、硝子が入って来た。


「硝子!二人が私を虐める!」
「バカ共の言うことなんざ間に受けるな」
「絶対、任務変えてもらうんだから……」
「はぁ!?一人じゃ無理だっての!」
「声がデカい、バカ一号」
「誰がバカ一号だ、座学トップだぞ、俺は!」
「そういうことじゃないと思うよ、悟」
「とにかく、」


硝子がいて助かる、と思ったのも束の間、また悟は話を戻そうとしており、私は耳に小指を突っ込み、彼の声が聞こえないようにした。


「あーあーあー、何も聞こえない


我ながら子供っぽいことをしてると思うが、こうやってハッキリ拒まなければ、彼は止まらない。
すると、傑が悟に何かを話すと、悟は今にも立ち上がって、こちらへ向かって来そうなほど身を乗り出していたが、少し動揺したようにぎこちなくなり、何かをぼそぼそと呟いた後、大人しく座った。
傑は一体、どんな魔法の言葉を呟いたのだろうか。
耳から指を抜き、私は傑に問う。


「傑、何て言ったの?」
「本当に聞こえてなかったんだ」
「えっ、また嫌味?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
「分かりやすいバカってこと」


そこに夜蛾先生が入ってき、私は慌てて報告書の続きを書く。結局、悟を机に突っ伏させるようなその言葉を教えてもらえないまま、授業が始まったのだった。





『悟、好きな子を守りたいって気持ちは分かるけど、それじゃあ却って嫌われるだけだよ』
『す、きじゃねぇし……』


彼は自覚していなかった。自分が、彼女に恋をしていたことを。無意識に守りたいと思っていたことを。

一瞬にして彼女への見方が変わってしまった悟は、ただその場で顔を伏せ、初めての恋心をどうするか、戸惑っていた。







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