#7.虎の双子は正反対?





 何故、こうなってしまったんだ。と私は何度目か分からない深い溜息を吐く。
 私達は夜蛾さんから連絡を受け、祓い屋協会東京部へ向かった。そこで私に申し訳なさそうにする夜蛾さんから、ある任務を受けることになった。

「今回は山猫の調査だ」
「や、山猫……?」
「依頼人はそう言ってるが、あれは虎だな」
「虎の妖ということですか」
「そういうことになる。全ての動物に可能性はある。俺達は文献でしか確認出来ていない物も多い。虎などは見たことがないが、前にも仙台で確認されている」

 プロでも分かってないことも多いんだなぁ、なんて考えていると、悟は虎かぁ、と呟き、何かを考えている。

「やっぱり狸より虎の方が強いの?」
「絶対俺の方が強い」
「妖に動物的強さは関係ないんだよ。妖力量の差や、妖術での差が大きいかな」
「へぇ、じゃあ虎だからといって、狸に勝てるわけじゃないんだ」
「そういうこと。俺達、妖界の中じゃ最強だから、何からだってオマエを守れるよ」

 大きな口を叩いているが、夜蛾さんや七海さん、灰原さんの反応を見るに、本当なんだろう。しかし、私の膝に乗っかっている二匹がそうだとは思えないのが不思議だ。

「まぁ、お仕事ならその虎の調査してきますよ。具体的にどうすれば?」
「目撃情報がいくつもある。山の麓にいる可能性が高い。虎としての姿で麓を歩くのをやめろと伝えてほしい。黒妖となっていれば捕縛する。あと、虎の妖はかなり希少だ。身柄を調べてほしい」
「なるほど……分かりました」

 これが写真だ、と虎の写真を見せられ、ブレているが、確かに虎も見える。山猫にしては大きすぎるな、と私は一応それを受け取る。

「それじゃあ行ってきます。ほら、二人とも行くよ」
「あーめんど」
「虎ね、どんな子か楽しみだ」

 そうして私達は目撃情報の多い山へと向かう。朝に山登りはキツイな、としっかりと準備して向かう。途中までは車で向かい、近くなると駐車して歩き出す。

「暑いなぁ」
「今は我慢して行こう。帰りにかき氷でもパフェでも、」

 高校の目の前を通り過ぎようという時、そこから出てきた三人の男子高校生に目がついた。ふと、その中にいる桃色の髪色をした男の子がおり、彼に虎の耳が見えた。

「待って!そこの虎の子!」

 私は思わず呼び止めており、彼らは振り返り、傑と悟も驚いたように足を止めた。やはり彼は虎の妖だ。揺れる尻尾が虎柄をしており、私の直感がそう言っていた。

「え、俺?」
「そ、そう」
「虎杖、知り合い?」
「いんや、知らんけど……」
「少しお話聞かせてもらっていいかな」

 こちらには目立つ男二人と、虎の妖と言い当てた女だ、明らかに不審がられており、更には人間の同級生と一緒なんだ、妖だとも言い辛いだろう。

「ここら辺で虎の目撃情報があって!私、大学でそういう動物の、研究をしていて。だから、この辺の子に話を聞きたいなぁ、なんて」
「あー……俺はあんま知らんけど」

 いや、心当たりがある顔をしている。彼だけ呼ぶにはどうしたら、と考えていると、悟は溜息を吐く。

「おい。黙って聞いてりゃシラ切りやがって。コイツは見抜いてんぞ」
「悟、シッ!」
「脅してるわけじゃないんだ、君の話が聞きたいってだけ。無理なお願いをしているかな?」

 悟と違って、傑は優しく訊ねる。しかしそれは脅しにも聞こえる。それに彼は一緒にいた二人の目が気になり、やっと諦めたように、ふと息を吐き、頭を掻く。

「分かったよ。じゃあ、近くのファミレスでいい?」
「勿論!ありがとう、ごめんね」
「虎杖、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、別に悪そうな人達でもなさそうだし」

 じゃあな、と同級生達と別れると、彼は私達を見る。怒るかと思っていたが、彼は困ったような表情をしている。

「何で俺が虎だって分かったんすか」
「私には見えるっていうか……」
「人間なのに?」
「そう……あ、自己紹介が遅れたね。私は壱紀 涼華、君は?」
「虎杖 悠仁、この高校に通ってる」
「休んだりしてない?」
「何その質問。一応、毎日休まず通ってる。今日は部活の助っ人に呼ばれて、たまたま」
「そっか」

 結構、とっつきやすい子じゃないか。土曜日だから、学生はいないと思ったが、理由もしっかりしている。そう思っていると、傑も悟も彼に自己紹介する。

「人間的な挨拶するなら、俺は五条 悟」
「私は夏油 傑。よろしくね」
「どーも。どっちか、壱紀さんの式神?」
「いいや。正式な式神ではないけれど、式神みたいなものだと思ってくれ。私達二人ともね」

 悠仁くんは不思議そうに私を見ており、妖から見てもやはりこの状況はおかしいのだろうなと感じた。
 私達は悠仁くんに案内され、近くのファミレスへ向かう。奢るよと言うと、彼は遠慮なく色々と注文する。傑はピザを、悟はパフェを注文し、やっと話が進むなと私は悠仁くんに虎の写真を見せる。

「これなんだけど……」
「あー、俺だよ、これ」
「この先の山の麓で撮られたんだ。どうしてこの姿で山にいたの?」
「特に理由はないけど……山にいたかったから、いただけ」
「そっか。じゃあ、これからは山には入らないように。人間として暮らしてるんでしょ?」
「ん、気をつける」

 注文していた物が届き始め、それを食べながら傑は彼に訊ねる。

「家族は?虎って聞いたことがない」
「いや、親もいないんよ。気づいたら仙台にいて、爺ちゃんと暮らしてた。その爺ちゃんも最近亡くして。俺も俺自身のことはよく分かんね」
「どうして東京に?」
「東京行って、祓い屋の式神にでもしてもらえって。でもアルバイト感覚で出来ないっしょ、そんなん。だから貯金切り崩して、人間らしいバイト探してるってとこ」
「苦労してるんだね」

 それなりに、とハンバーグを食べている悠仁くん。これが本当であればいいんだけど、と彼をジッと見ていた。彼はきっと、嘘を吐くのが下手である。この写真に載っている虎は、悠仁くんではない。だって、尻尾の模様が違うから。写真の虎の方が、尻尾の黒い柄が太い。それに、写真が撮られた日時は夏休み期間でもない、平日の昼間。学校に通っている彼ならこんな時間に山にいない。

「普通にバイトさせろっつったら、やらせてくれんじゃね?」
「確かに、夜蛾さんなら雇ってくれると思うけどね。人手不足って嘆いてたし」
「どうだろうね、実力がなければ意味がない。自信あるなら話は別だけど」
「んー、考えとくわ」

 やはり何か事情があるんだろう。いや、ただ単純に契約させられるかもしれない不安があるのかも。式神契約についてはまだ詳しく知らないが、簡単に切れるものではない。一生縛られる労働契約書にサインするかもしれないと考えたら、私でも困るな。そう考えていると、悟はパフェを食べながら彼に訊ねる。

「あの山に入って、誰も何も言われなかった?」
「いんや、何もないけど」
「ふーん……」
「ご馳走様っした!久々に色々食ったわ」
「それは良かった。話聞かせてくれてありがとうね。私達は帰るよ」

 それじゃ、と会計を済ませて、悠仁くんと別れる。車まで戻りながら、私達は彼のことについて話す。

「彼、隠し事してるね」
「私も思ったよ」
「俺も。あの山、元々禪院家の縄張りだったんだよ。ま、京都の方の家柄だから、放置してることも多いし、見てないかもしんないけど、簡単に入れるとも思えないんだよね」
「詳しいね」
「そういう妖界の面倒なことは知ってんの」
「とりあえず山に行ってみるかい?」
「うん、確かめてみよう」

 私達は予定通り山を進む。ここは登山道であり、時々登山客がいるそう。登って行くと、途中でガサガサとどこからか音がした。すると少し先の方で叫び声がし、私達は急いでそこへ向かう。悟はこっちだと私を抱えては、道から外れた崖を下りて行くと、そこには気絶した人間を今にも喰らおうとしている虎がいた。

「悠仁じゃない」
「あ?」

 虎は振り返ると、のしのしとこちらへやって来る。この場所は崖の下だ。人間が落ちて、それを助けようとした、なんてことはないだろう。こちらに敵意を向けている。

「何だ、貴様ら」
「貴方こそ、何してるの?その人を、食べるつもりだった?」
「苦しんでいる人間を見つけたから、楽にしてやろうかと思ってな」

 よく見ると、彼の右脚に大きな痣があり、やはり崖から落ちたのだろう。でも、楽にしてやるというのは、やはり殺すという意味なのか。

「その必要はないよ。私達が病院へ連れて行こう」
「貴様らは、誰の許可を得てここに入って来ている」
「オマエこそ。ここは禪院の縄張りだ。オマエのもんじゃないと思うけど」
「禪院?知らんな。俺は、」
「ちょっと待ったぁ!」

 そう声を張り上げて崖の上から落ちて来たのは、悠仁くんだった。それに、虎の妖を庇うように彼を背にすると、悠仁くんは弁解する。

「嘘吐いたのは謝る。宿儺は人を見下して喰おうとするけど、止めてるから!人を喰ったことないから!見逃して!」
「その、彼とはどういう関係?」
「双子」
「の割に力量があんな」

 悟にはそれが分かるのだろう。私は見分けがつく程度で、彼らの妖力量の差などは分からない。

「おい、悠仁。知り合いか」
「さっき。てか宿儺、また喰おうとしたろ!ダメだって!人を喰ったら人には戻れないんだ、やめろ」
「俺はオマエと違って妖として生きる。人間などくだらん」

 内容の濃い兄弟喧嘩だな、と思いながら見ていたが、私は困ったなと考える。黒妖ではないが、人を喰おうとする妖だったなんて。こういう時、どうすればいいのか。祓い屋マニュアルでも貰っておけば良かった。

「なぁ、どうやってここにいる。もう隠し事なしで話せ。禪院家の縄張りだ、ここは。オマエら禪院じゃないだろ、どう見ても」
「信用出来る祓い屋のダチがいるんだ。そいつが、ここの山を使っていいって」
「誰だそれ」
「……伏黒 恵」

 その名前を聞いた瞬間、悟はなるほどと腑に落ちたように頷く。それに私と傑はついていけなかった。

「知り合い?」
「まぁね。とりあえずそいつは救急車でも呼んで、連れてってもらえば?」
「そうだね、電話する」

 私は救急に通報し、事情を説明すると、来てもらえることになった。宿儺くんは人間の姿になると、顔にいくつかの痣のような、紋様のようなものがあった。悠仁くんは見慣れているにしても、傑や悟が気にしている様子がない。これが見えているのは私だけなんだろうか、と思いながら、私達は二手に別れ、山の入口で宿儺くん、悠仁くん、傑が道案内の為に移動し、私と悟は倒れている怪我人の傍にいた。

「伏黒 恵、禪院とは違うみたいだけど……」
「まぁ、複雑な事情があんだよ。今日の所は帰って、明日また恵に会いに行こう」
「分かった、そうしよう」

 そうして私達は無事、救急車で怪我人を運んでもらうと、悠仁くんと連絡先を交換して別れた。悠仁くんはいい子だけど、宿儺くんは少しおっかないな。






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