#6.手に負えない二人組は悪戯好き





 妖のいる生活に慣れ始めようとした所に、彼らはやって来た。

「壱紀さんですね」
「思ってたより可愛らしい人だなぁ」

 バイト先にやって来たのは、猫耳を生やした金髪を七三に分けたビジネスマンのような男と、犬耳を生やした黒髪の人当たりの良さそうな男。明らかに妖で、明らかに祓い屋の関係者だ。

「……私、仕事中なんですけど」
「承知の上で来ています。実は五条さんと夏油さんが暴走し始めまして。それを止めていただきたいんです」
「暴走?」
「捕縛任務でも祓うのをやめないんです。黒妖だけでは飽き足らず、黒妖予備軍の妖までもを祓う始末。貴女なら止めれるのではないかと、お電話させていただいたんですが、繋がらないので直接伺いに来ました」
「まぁ、仕事中はスマホ持てないんで……」
「少し休憩とかいただけませんか?電話だけでもいいので。僕らじゃ手に負えず」

 困った様子の二人に、傑と悟は割と凶暴で容赦ないんだなと感じた。二人が真面目にやってくれないと、こういうのが私に回ってくるから困る。でも、この人達を見捨てることも出来ないし、少し早めに休憩を入れて、電話するか……
 私は少し待っててくださいと、二人を待たせて店長に急な用が出来てしまったと休憩を貰うことが出来た。優しい店長で良かった。ロッカーからスマホを取ると、妖の二人を開いている端の席に呼んで合流する。

「何て言えばいいんですか?」
「貴女はどう思いますか。ただただ妖を祓うお二人のことを」
「……言葉で表現するより悲惨なことが起きてるとは思います。祓うって、つまりは殺すってことですよね?それを躊躇いなくやってるっていうなら、少し、怖い」
「ならば、そのままを伝えてください。それが普通の感性だと思います」
「そうですね、その方が伝わると思います!」

 二人の言葉に、私はただ本音を伝えればいいのかと少し考えた後、ある程度は話を聞きそうな傑に電話をすると、すぐに彼は電話に出た。

『涼華、どうしたの?仕事中だろう?』
「そうだけど、傑と悟が妖を祓いまくってるって聞いて……やめてほしいんだって、捕縛任務なんでしょ?」
『……黒妖に生きる術はないんだ。それを祓い屋は捕縛してどうすると思う。治療薬だと言って実験をして、苦しめて殺す。だったらいっその事、私達の手で祓った方がいいんだ』
「それが本当か、私は知らないけど……それでも、私は殺してほしくはないと思ってしまう」

 私は現場を知らない。病に冒された妖がどんな姿をしているのかも、二人がどんな祓い方をしているのかも、傑の言う通り、実験されているのかも分からない。それでも共に過ごしている二人がまだ意識のある者を殺しているのだと思うと悲しくはなる。

『傑、涼華は何て?なぁ』
『私達に、黒妖を祓ってほしくないみたいだ』
『はぁ?祓い屋で仕事しろって言ったのは涼華でしょ』
「……捕縛任務はちゃんと捕縛して。そうじゃないと、こうして私にまで仕事が流れてくる」
『分かったよ。君がそう言うなら、言う通りにするよ。七海と灰原にもそう伝えておいてくれ』

 電話を切ると、私は二人を見る。彼らの名前を聞いてはいなかったが、七海と灰原というのか。どっちがどっちだろうと思いながらも、結果を先に伝えることにした。

「言う通りにするとのことです」
「ありがとうございます!いやぁ、すごいですね、洗脳しているわけでもないのに」
「好かれるようなことは何もしていないんですけどね……えぇと、七海さんと灰原さんでしたっけ?」
「はい。申し遅れました。化け猫の七海 建人と申します」

 そう猫耳の彼、七海さんに名刺を渡され、私は丁寧な人だなぁとそれを受け取る。そこには『祓い屋東京部所属 一級化け猫』と書かれており、電話番号やアドレスもあった。書いてる内容はともかく、サラリーマンかと思っていると、隣にいた灰原さんは笑顔を見せる。

「僕は名刺とかないですけど、化け犬の灰原 雄です!よろしくお願いします、壱紀さん」
「よろしくお願いします……」
「では私達はこれで失礼します。お仕事中に失礼しました」
「えっ!珈琲とか飲んでいかないの?折角来たのに」
「あの二人……いや、五条さんは気分屋なので、早めに迎えに行きましょう。伊地知くんだけでは荷が重い」
「そういえばそうだった……じゃあまた来ます、ありがとうございました!」

 二人はそのまま店を出て行き、私は深い溜息を吐いた。そのまま仕事を続けようとスマホをロッカーに入れて、出て行こうとすると、そこに店長がやって来る。

「壱紀、大丈夫か?」
「はい。すみません、急に抜けてしまって」
「……前に自分が必要な仕事があるって言ってただろう。辞めるかもしれないとかで」
「内容はあまり言えないんですけど、その、複雑で」
「いや、それはいいんだが、そっちの仕事は大丈夫なのか?前の男二人組にしろ、今回にしろ……」
「危険はない……と、思います。祖父母がやっていた仕事を受け継いだというか……」

 間違ってはない。祖父母がいた世界だ、私はそれに巻き込まれたようなもの。そして傑と悟に好かれたのがお終いだった。もう彼らの扱いにも慣れたものだけど。これも運命、仕方がないと思って諦めていると、店長は困ったように息を吐く。

「君は少し気が強いから、何か面倒なことに巻き込まれていないかと思ってね」
「面倒なことに巻き込まれたのは間違いないですけど……平気です。もし、迷惑だというのなら、バイト辞めます」
「そうか……でもそれはバイトに出るのが厳しくなってからでいいよ」
「ありがとうございます、すみません……」

 改めて店長は良い人だなぁ、と私はホッとしながら、仕事をした。
 それからはいつもと変わらずバイトをし、閉店作業を終えると、スーパーに寄ってから帰宅した。二人はまだ帰って来ておらず、私は今の内に夕飯を作ろうもキッチンに立つ。そこに傑が帰って来た為、おかえりと声を掛けると、彼はいつも通り、変わりなくただいまと返事しながら、洗面所で手を洗っていた。

「任務、どうだった?」
「あぁ、君に言われてからはキッチリ捕縛しておいたよ」
「ならいいけど……」
「私は君の言うことなら聞くよ?」

 そう言って、彼は私の背にピッタリとくっつく。ふと、そこで悟がいないことに気づき、私は抱きついてきていることには突っ込まず、傑に訊ねる。

「悟はどうしたの?」
「ケーキを買いに行ってるよ。糖分摂取したいんだって」
「昨日も食べてたのに……」

 妖は摂取量とか気にしないものか?いや、生物なら気にするべきだと思うんだけど。折角綺麗な顔と体型を維持してるのに。何となくそう思いながら、蒸したジャガイモの皮を剥がしていく。

「あちち」
「……ねぇ、私達が夜蛾会長と出会い、山を下りると決めた時、私は初めに何をしたと思う?」
「さぁ……私を捜すのは夜蛾さんがやってたみたいだし、祓い屋の仕事じゃないの?」
「君を捜しもしたし、仕事もした。でも、君に会う前にやっておかねばならないことがあった。それは、人間的な常識を身につけることだ」

 人の車に乗り込んで、ストーカーした男の言葉とは思えないな。存在も行動も非常識だと思っていたが、私は黙って彼の言葉を聞く。

「こうして君と過ごしたかったから、それなりに人間らしい生活をしようと思ったんだ。悟には秘密にしていたけど、夜蛾会長にアパートまで借りてもらって、何度かその部屋に足を運んでいた。人間がどう生活しているのか、経験しておく必要があったから……勉強したよ、嫌いな人間から、人間らしい道徳心も身につけたつもりだ」
「常識人として見たことはないけど」
「まぁ確かに、再会した時に君を怖がらせたのはいけなかったね。でも、可愛くて。可愛い物を食べたくなるようなこと、ない?」

 そう、彼は私の唇に触れたと思うと、私の口に人差し指と中指を入れてくる。これが人間の常識を身に付けた者の行動とは思えない。

「ひゅぐる、やめひぇ」
「本当は人間のフリをして君と会おうと思っていたんだ。だけど、あの山で君を見た瞬間、もうここしかないと私達は思ったんだ。夜蛾会長も涼華を隠していたから」
「……」
「結局は正解だった。私達を受け入れてくれて、こうして一緒にいられる」

 そうするしかなかったというのに。傑はそう思いたいだけだろう。そして、これからもずっと、この生活を続けたいと願ってるんだろう。勉強しているのは確かだと思う。悟はいつもマイペースに動いているが、傑はいつも悟が非常識なことをすると、それを制止しているように見える。一度注意されたことは守っているような、そんな気がする。本気で、ずっとここにいるつもりなんだろうか。

「間違っていると思うことでも、私は君の言うことはちゃんと聞くよ。殺せと言われれば誰だって殺すし、殺すなと言われればそうする。今日したみたいにね」

 今日の私の指示は間違ってると言いたいんだなと小さく息を吐く。傑は指で私の舌に触れては撫でており、それに思わずぞくりと体が震え、私は彼の指を軽く噛む。

「やめひぇ」
「ごめんね、やめるよ」

 山籠りしてたくせに、どこでこんなこと覚えてくるのか。私は顔を逸らし、剥いたジャガイモが沢山入ったボウルを手に持ち、傑から離れる。すると彼は私の唾液のついた指をパクリと自分の口に含む。それに私は思わず彼の手を引っ張るが、びくともしない。

「何してるの!?」
「君の味を確かめてみたんだ。おかしい?」
「お、かしいでしょ、やめて、汚いから……」
「人間は愛情表現としてキスするじゃないか。直接、口でね。何の違いがあるのかな」
「……私の気分が良くない」
「分かった、もうしないよ」
「……手を洗って、ジャガイモ潰して、手伝って」
「もちろん。今日は何だろう」

 ジャガイモを潰してるという時点で、コロッケかポテトサラダを想像するだろうが、彼は考えないんだろうか。手を洗って、私が渡したマッシャーで潰し始めている。寝起きに毛繕いの為にペロペロと舐めていたのも、キスと同様の愛情表現だと思っていたのだろうが、それは違うと気づいたのか、あれ以降は狐姿でベッドに入って来ることは多々あるが、舐めることはなくなっていた。今回は味と言っていたけど、本当に人を食べるのだろうか。そんなことを思いながら、私達は夕飯にコロッケを作った。彼はその手順を真面目に見ており、料理する気なのかな、と考えていた。
 暫くすると、そこに機嫌よく悟がケーキの箱を持って帰って来る。

「おかえり」
「ただいま、すっげぇ美味そうなイチゴのタルト買ってきた!キラキラしてんの。オマエらにも一口ずつあげる」

 それを入れようと、ガサガサと食材を押し退けてケーキを入れようとする。

「冷蔵庫小さいんだけど」
「一人暮らしだったんだから、仕方ないでしょ」
「大きい冷蔵庫買う?」
「そんなお金ない」
「私達が出すさ」
「そうそう」

 悟は大事そうにイチゴタルトが入った箱を冷蔵庫へ入れる。後で整理しなきゃな、と考えつつ、新しい冷蔵庫かと考えていた。
 テレビを観ながら食事していると、アニマルビデオ特集をやっていて、私は可愛いなぁと癒される。

「涼華って動物好きだよね」
「可愛いからね」

 犬がお風呂に入れられて、しょんぼりしているのを見て、私は少し頬を緩めた。可愛い。お風呂の時に大人しくなるんだなぁと思っていると、悟は何かを思いついたようにハッとする。

「涼華、一緒に風呂入ろ」
「嫌に決まってるでしょ」
「俺も洗ってほしいんだけど」
「動物目線……」

 この二人と話してると、時々混乱する。思考は人間か動物、どちらに偏ってるんだろうか。彼らは私が幼い頃から私を知ってる。一緒に遊んだ仲、でもそれは動物の人間との間のことだと思う。傑の毛繕いも、口に指を入れて来たのも、味を確かめたのも、愛情表現ではあるかもしれないが、私に性的欲求は生まれないのかもしれない。彼らの言う愛というのはきっと、飼い主とペット間にある家族愛に近しいものなのかもしれない。だったら、人間の姿でなければ、一緒にお風呂というのも、問題はない、のか?

「私も洗ってもらいたいなぁ、自分でするのと、人からされるのとでは違うと思うしね」
「……分かった。いいよ、それくらいなら。ちゃんと狐と狸の姿でね」

 悟はわくわくした様子で、「早くタルト食って風呂!」と冷蔵庫からタルトを取り出し、そのままキラキラと輝くイチゴタルトを取り出しては、包丁で切り分けずに、フォークで刺して食べる。

「美味い」
「切り分けて食べなよ。全部食べれないでしょ?」

 私は包丁と皿を持ってきて、それを六つに切り分ける。そして悟は機嫌がいいのか、その一片を私にくれ、傑は一口だけだった。高級タルトの味は絶品だった。
 その後、皿洗いをしていると、悟が狸の姿で風呂場へ走って行く。

「悟でも傑でもいいから、お風呂のお湯、沸かしておいて」
「もうやった!」

 どんだけ洗ってほしいんだ、と私はやっと皿洗いを終えると、傑と悟は狐と狸の姿で風呂場で待っていた。風呂を楽しみにする、従順な犬のよう。

「じゃあ洗ってあげるから、」
「は?脱げよ」

 私が腕捲りをしていると、足元で悟は可愛い顔をしてとんでもないことを言う。二匹は期待の目をこちらに向けている。

「一緒に湯船にも浸かろうよ。私達はこの姿でいいからさ」
「やだ」
「何でだよ!タオルでも巻いてりゃいーじゃん!」
「そうそう、涼華も早めに風呂に入って休めばいい」
「……はぁ、分かった、分かったから」

 足に戯れついて駄々を捏ねる二匹に負け、じゃあ先入ってて、と風呂に二匹を入れると、私はパジャマを取りに戻り、準備をすると、脱衣所で服を脱ぐ。バスタオルを巻いて風呂に入ると、二人は大人しく尻尾を振って待っており、私はシャワーを出し、椅子に座りながら彼らに訊ねる。

「人間用のシャンプーでいいの?」
「あぁ、それでいいよ。いつも使ってるしね」
「蜂蜜の匂いするやつがいい」
「それ、私のなんだけど……」

 まぁいいか、と彼らの要望に応え、私はまず白いふわふわとした毛並みの悟にシャワーの湯をかける。それに彼の毛はぺったんこになって、私は思わず笑ってしまう。

「はは、毛がないみたい!」
「あるっての!」
「悟は毛が多いというか、長いからね。濡れたら、さっきテレビで見た犬みたいだ」

 私はシャンプーしてやると、彼は気持ちいい、というように目を瞑る。やはりこういうところは動物だ。隅々まで洗ってやると、彼を持ち上げて湯船に浸からせる。

「すげぇ良かった。ずっとこれでいい」
「私の負担が大きい」
「次は私だね」

 次に傑の黒い毛を洗ってやる。ふわふわとした尻尾が水を吸って、へにゃんとしてしまっているのが面白い。

「君に撫でられるのは気持ちがいい」
「それはよかった」

 傑を洗い終えると、そっと湯船に彼を浸からせる。私は彼らに背を向けて、全身を洗う。背中は少し洗えなかったけれど、今日ばかりは仕方がないとバスタオルの上からシャワーで泡を落とすと、湯船に浸かる。
彼らは前足を縁に引っ掛けて立っていなければ顔が浸かってしまう為、ずっと縦に伸びているのが何だか可哀想に思える。

「やっぱり人間の姿で入った方がいいでしょ?次からは、」

 そう言った瞬間、バシャリと水音がして、急に湯船が狭まった。気づけば二人は人間の姿になっており、背後には悟が、目の前には傑がいた。私は彼らの間で板挟みになっている。

「な……っ!」
「これ、騙される方が悪いよなぁ?」
「涼華もシャンプーは楽しんでたし、いいんじゃない?」
「……上がる」
「待てって、体が冷えるだろ」

 ただでさえ狭い湯船、と一九○センチ近くある男達と裸でぎゅうぎゅうに詰められるなんて、二人に慣れてきたとはいえ、パニックになる。悟は私の腹に腕を回して止め、傑は楽しそうにそれを眺めている。

「涼華とは色々なことをしていきたいからね。これからは一緒にお風呂も、」
「バカ!私は出るから!」

 悟の腕を抓り、怯んだ隙に風呂場から出た。全裸の男二人と密着することなどない。彼氏はいたこともあるし、経験済みだが、別に恋人ではない男二人と、こんなことするなんてありえない。
 私は混乱しながらもパジャマに着替え、歯を磨き、髪を乾かしては寝支度を済ませる。そうしていると、ずぶ濡れの狐と狸が上がってくる。

「悪かったよ。悪戯のつもりだったんだ」
「なぁ、乾かして」
「……自分でして」
「もう人間の姿にならないから」
「……あぁ、もう!」

 濡れた二匹はどこか哀愁がある。そして可愛い。うるうるとした目に負けてしまい、私は彼らをバスタオルに包んで、リビングで乾かす。気持ち良さそうにしている二匹に、私はどっと疲れた。
 これが、手に負えない特級の妖か……と腹を見せて寝かけている最強の妖達を見て、溜息が洩れるばかりである。






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