#4.妥協しなきゃ終わらない





 私が避難したその場所は祓い屋協会東京部の施設らしい。そして、私は数年前から傑や悟を引き入れる為に祓い屋協会東京部会長の夜蛾 正道さんに捜されていたようだ。壱紀さんの孫≠ニ言った辺り、祖父母を知っているんだろう。それでも逃げも隠れもしていない私を捜し出せなかったと言う夜蛾さんは私のことを巻き込む気はなかったのだろう。それも、私が祖父母の家に行ってしまったが為に台無しになったのだろうが。
 夜蛾さんの話を応接間で聞いていたが、傑と悟は狐と狸の姿となって私にベッタリとくっついている。動物は好きだが、彼らは妖だ。先程も演技をしていたわけだし、すっかり騙された。

「私は妖を視認出来ますけど、その存在を詳しくは知りません。突然、二人がやって来て困ってるんです。引き取ってもらえませんか」
「面倒見るって言ったじゃん!」
「それとこれとは話が別」
「言葉には責任を持たなきゃいけないよ」

 騙す側の奴が何を言っているんだ、と私は暑苦しい彼らをしっしと払う。それに硝子はそんな彼らを目で追っていたが、顔を上げて夜蛾さんを見る。

「特級だろうが何だろうが、クズですよ、コイツら」
「性格に難があるが、仕方ない。気に入られたのが運の尽きだ」
「じゃあ私は、幼い頃から運が尽きてたんですね……」

 悟は膝から降りて伸びをすると、人間の姿になった。一瞬にして変わるのはどういう仕組みだと考えているのを他所に、彼はでもさ、と話す。

「涼華はすごいよ?ちゃんと妖が見えてる。ただ見えるだけじゃない、見抜くんだ」
「昨日も聞いたけど、祓い屋の人は皆そうなんじゃないの?」

 私がこの場で一番、知識がない。その為、自分のことを話されていても、全く理解が出来ない。しかし悟は分かりやすいように説明をしてくれる。

「基本の説明からな。妖本来の姿ってのは、ただの一般人には見えない。でも、故意に人間の姿になったり、獣の姿になったりすると、それは一般人に見える。そこも、故意かどうかが重要だけどな」
「じゃあ本来の姿になったり、自分が隠したいと思う時には、私には見えない?」
「いや、祓い屋みたいな素質のある人間には見える。幻術でも使わない限りは、どう隠そうが見えちまうってこと」

 なるほど、と頷くと硝子と夜蛾会長はそこからかというように私を見ているが、仕方がない。今日の出来事なんだから。そう考える中、悟は気にせず、それでと続ける。

「俺は今、完全に人間の姿をしてるつもりだけど、オマエにはどう見える?」
「……狸の耳と尻尾が見える」

 でも、素質のある人、祓い屋などは見抜けるのではないかと疑問に思っていると、次に傑が私に擦り寄りながら話す。

「それ、私達には見えないんだよ。悟は目がいいから見えているけど、私達ですら人間に擬態している妖を見抜くくらいで、どんな妖かは分からないんだ」
「じゃあ硝子は、悟が狸の姿にならなければ、悟を狸の妖だって分からないってこと?」
「そうだね。普通に歩いていれば気づかない。特にこの二人、隠すのが上手い。結界に引っ掛からなければ、完全にチンピラ二人組だ」

 確かに、今の傑は狐の姿だけれど、何とも言い難い雰囲気があり、違和感がある。きっとこの違和感が妖力で、普通の人はこれしか感じられないのだろう。しかし、人間の姿となっている悟は視覚的に妖だと分かる。でもそんなことが分かったとしても関係ない。二人を追い出せるのなら追い出したい。妖と住むなんて、考えられない。

「それが分かったとしても、私にはどうすることも出来ない。傑と悟はここで働けばいいでしょ?何で私が……」
「二人にはここで働いてもらう」
「えぇ、面倒」
「結局、涼華を見つけられなかったのに、働かされるの?」

 文句を言う二人に硝子は私の膝に乗っている傑を引き離しながら、眉を顰める。

「百歩譲って、君達が涼華の家に住むことになったとしよう。それで?涼華は君達と衣食住を共にして何もかも与えるのに、君達は彼女に何を与えるんだ?」
「何言ってんの?俺達と住めることが何よりの幸福でしょ」
「どういう思考してんの、コイツ」

 当たり前のように言い放った悟に、鋭い突っ込みを入れる硝子。彼女は完全に私の味方をしてくれていてありがたい。やり方は不器用だったかもしれないけれど、頼りになる。

「私は悟ほど傲慢ではないよ。涼華、何が欲しい?」
「自由……?」

 人間の姿になった傑はにこりと私に笑顔を向けてくる。一九○センチ以上あるだろう体格も良い人間ではない男達に囲まれれば自由を欲するのも当然だろう。それでも傑の笑顔は崩れなかった。

「君は自由だよ?ただ、対価として何が欲しいか、言ってもらいたいだけだよ。当然、私達は他の妖や人間から君を守るし、従う。他に必要な物はお金かな」

 守られるほど危険な目に遭ってはいない。従うと言うが、今、正に従ってくれていないのならどうしようもない。ならば絶対与えられない物をと悩んでいると、夜蛾さんは息を吐き、彼らに提案する。

「ここで任務を受け、働くというのであれば、オマエ達に住居を借りてやることも出来る。人間としての暮らしが出来るだろう。彼女の家にいなくとも、」
「絶対に一緒がいい」

 頑なに認めようとせず、私の腹に手を回して抱きしめてくる悟の距離感は異常だ。獣の距離感なのかもしれないが、緊張はする。そう思っていると、傑も共に住むことが最低条件なのか、反対する。

「私達は涼華の式神のようなもの。正式な契約を交わしていないけれど、彼女の指示で動く。彼女なしでは働かない。それが条件」
「……式神って?」
「人間が使役してる妖のこと。主従関係を結ぶんだよ。俺達は涼華に従う。これって珍しいことだよ?本当ならやりたがらないからね、式神契約なんて」
「それを詳しく教えて」

 悟は「涼華は何も知らないなぁ」と小馬鹿にしながらも、私にその説明をし始める。

「人間が妖を使役する為には条件がいるんだ。何でも対価が必要だろう?それは何でもいい。妖の出した条件を飲み、互いの血を飲む儀式をすれば成立する」
「妖の出す条件って、どんなのがあるの?」
「命を貰い受けるとか、そんな感じかな」
「悪魔じゃん」

 悪魔って何?という顔をする二人に、そういう知識はないのかと思っていると、夜蛾さんが補足する。

「君が考えていることと同じようなものだが、そこまで深刻なものでもない。今時の妖は大体は金だ。人間として暮らす為に労働する」
「人間の暮らしの何がいいのか、俺らにはさっぱりだけど」
「じゃあ山に帰ったらいいのに……」
「涼華があの山で一緒に生活してくれるというなら、帰っていいかな」

 とことん気に入られている。私の何がそんなにいいのだろうか。ふと溜息を吐くと、悟は私の顔を覗き込む。やはり距離が近い。

「昔は楽しくやってたじゃん。帰る時とか名残惜しそうにしてたり、嫌々帰ってたでしょ。今ならずっと一緒にいれるっていうのに、何がそんなに嫌なわけ?」
「成長したら変わるものだよ……理由を一から説明したところで、理解出来ないでしょ」

 顔がいい分、余計に落ち着かない。私は悟から体を逸らして避けた。硝子はテーブルに肘をつき、そんな私達の様子を見ながら、呆れたように眉を顰める。

「そもそも涼華にメリットがない。人間に害をなす妖はどうなるか分かってるだろう」
「さっきの実力を見るに、祓い屋が私達を祓えるとは思えないけどね」
「だから困っているんだ。味方になれば強みになるが、敵になると厄介だ」

 夜蛾さんは私に目を向ける。まさか、その為に引き取れという意味?

「私は諦めなきゃいけないのか……」
「というか、君達は何で涼華と暮らしたいんだ。時々会いに行くくらいでいいだろう。何故そこまで執着する」
「「好きだから」」

 同時に言い放った二人に、私は少しむず痒くなる。彼らのよく分からない、でも真っ直ぐな愛情は確かだ。ストーカーだけれど。望んでもいないモテ期だが、私はあまりのしつこさと夜蛾さん達の事情も考え、頷いた。

「分かった、分かったから……でもちゃんとここで働いて。で、私の家ではちゃんとルールを守ること。いい?ルール違反したら追い出す」
「涼華、甘すぎ。やめた方がいい」
「もう何度も出て行け、出て行かないと繰り返すのが面倒なの……諦める」
「嬉しいよ、私達は君と一緒にいたいだけだから。ルールは何?」
「私も養う余裕はないから、貴方達はここで働いて、食費や自身にかかるお金は出すこと。寝る時は獣の姿。あと、お風呂の時以外は全裸にならないこと」

 彼らは分かった、と素直に頷く。それに夜蛾さんはすまないと申し訳なさそうにすると、硝子はまた呆れたように溜息を吐いたのだった。
 その日は祓い屋東京部の一室を借りて泊まることになった。硝子と一緒に寝るはずだったその場所には狐と狸もいる。

「獣くさい」
「オマエは煙草と酒臭い」
「今は人間の姿になれないからね」

 私は聞いてられないと布団に入ると、布団の中に彼らが入ってくる。人間の姿でもなければ、自宅の布団でもないし、いいかと放置していた。
 毛玉が二つ布団の中にあると、冷房が効いている部屋でも暑かった。






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