#69.出来ること。





 僕らは何度、彼女を殺せば気が済むのだろう。
 僕らが直接手を下したわけではない。でも、彼女に死んでもいいと思わせているのは、確実に僕らの所為ではある。愛しているからこそ、迷惑をかけたくないだとか、十分に幸せを貰っただとか、そう思わせているのは、確実に僕らだ。
 何故、涼華は分からないのだろう。
 オマエを面倒だと思う人間は、この世にいくらでもいるだろう。でも、オマエが愛している人間が、オマエを愛してる人間が、オマエが死んで、悲しまないはずがないだろう。
 生きててほしいと心から願っていることを、何故、オマエは理解してくれないんだろう。
 オマエの死にたがりの我が儘で、僕が、傑が、硝子が、他の皆が、どれだけ苦しめられると思ってる。
 愛ほど歪んだ呪いはないんだ。
 オマエが死ねば、この歪んだ呪いの行き先は、どうなる。
 瞬間移動して高専に辿り着いた頃には、もう手遅れだった。
 半壊した高専は涼華がしたものではなく、憂太と里香がしたものだろう。その証拠に、里香は少女の姿となって、そこにいる。同時に、右半身のほとんどを失った涼華がそこに静かに横たわっていた。怪我をした一年、二年生がそこに集まっていて、まるでお通夜だ。

「やぁやぁ、おめでとう!見事食い止めたね。人死はなかったかな」
「……涼華さんだけです。僕が、もっと早く気づいていれば!涼華さんには意識があった!最期、笑ってたんだ!それなのに、なのに……」
「それについては安心して。見るに、完全に祓われてない。左半身残ってるしね。でもまぁ、今夜のパーティーには間に合いそうにない」

 死にたがりのくせに、なかなかしぶとい。
 彼女の半分である呪いは厄介だが、こういう時は助かる。僕は上着を脱ぐと、彼女の身体に掛けてやり、眠る彼女の頬を撫でる。怪我をしているが、脳はそれなりに無事なようだ。顔の右半分は焼けているが、唇は残っている。そこに唇を落とし、耳元で囁く。

「涼華、簡単に死ねると思うなよ。生きろ。身体を再生して、早く僕を抱き締めて」

 彼女にとって、生きるとは何なんだろう。
 ただ存在すること自体が苦痛なのだろうか。それを忘れさせるくらい、僕らはオマエを愛したっていうのに。もうオマエなしの生活なんて、考えられないくらいに、馬鹿みたいに依存して、愛してる。

「愛してるよ」

 再びキスを落とし、そこに寝かせると、涼華の身体はゆっくりと再生していく。それに一安心しながら、彼らを見る。

「それより憂太、解呪おめでとう」

 里香の姿を見て、僕は笑顔を向ける。昨日、憂太は菅原道真の子孫だと判明し、報告を受けていた。憂太が里香に呪いを掛けたんだ。
 あぁ本当に、愛ほど歪んだ呪いはない。


***


 私はいつも、間に合わないんだ。
 助けを求めている彼女の心の声は、とても小さくて、私達には届かない。もっと、気づいてやるべきだったのに。私がこの場所に留まる理由は、最早涼華しかない。彼女が死ねば、私が理想とする世界の為に何でもやるというのに。
 呪いを生み出す非術師が嫌いだ。
 人間であろうとする彼女を虐げる呪術師が嫌いだ。
 彼女の呪いは日に日に強くなっている。悟から、涼華は一度目の死を迎えたというのに、呪いが表立って現れることなく、動かなかったと聞いた。それが何を意味しているのか、私には分からない。それでも、確信していることがある。

 今なら涼華を呪いとして取り込むことが出来る。

 彼女は確かに人間だ。人間としての彼女が好きだ。だからこそ、取り込んでしまった時にどうなってしまうのか、という不安もある。しかし、殺されることがあるならば、私は取り込んでしまいたい。
 一緒になってしまおうと言ったら、君は何て言うかな。嫌がってくれたら、本望だ。それは人間として生きようとしている証なのだから。でも君は困ったように笑って、それは悟が寂しがるかな、と満更でもなさそうに答えるかもしれない。そう思ってほしくはないものだけれど。

「……ごめんね、遅れてしまって」

 半壊した呪術高専にやって来たのは、全てが終わってから二時間後のことだった。
 涼華は医務室で高専側の呪術師に監視されながら眠っていた。顔は綺麗に残っているが、布団を捲ると、右半身がじわりじわりとゆっくり再生しているのが分かる。私から見ても、それは人間らしさを感じないのだから、他の呪術師にとっては特級呪霊で、恐怖の対象でしかないんだろう。私が愛おしいと彼女に触れ、言葉を掛けるのも、理解し難いのだろう。背に視線が刺さる。
 いつも彼女はこういった偏見の目で見られていると実感する。涼華が人間らしくあろうとする度に、呪いの言葉を浴びせられる。その度に彼女は傷つき、それをひた隠しにする。そしてその度に、私は彼女を傷つける者を殺してやりたくなる衝動に駆られる。ただの私の憂さ晴らしで人を殺すことは、きっと誰も望まない。意味のない行動だ。
 私が苛ついているのを察したのか、その様子をタバコを吹かしながら見ていた硝子は、まだ吸い切っていないそれを灰皿に押しつけ、足を組み替える。

「……君達。気分が悪いなら外に出た方がいい。起きたら声を掛ける。それに、この様子じゃ暫く起きそうにないからね」

 硝子の言葉に、彼らは渋々医務室の外に出る。きっと、これからも扉の前に立ち続けるのだろう。

「君達を見て気分を悪くする、というよりは、この匂いだろうな」
「匂い?」
「私達には慣れたものだが、彼女の呪い、稀血の甘ったるい匂いだ。ま、私のタバコの匂いと混ざって、彼らにとっては悪臭でしかないんだろう」
「それなら、余計に近づいてほしくはないな」

 硝子は掛け布団を捲り、彼女の身体を見る。やはりこれだけの怪我をしておいて、生きているのが不思議でもある。里香を使い、乙骨が相手をしたというが、彼女がここまで深手を負うものか、と考える。確かに呪力の総量では彼女を上回る。出来ることなら欲しいと思う。
 押し負けてしまうのは分かるが、避ける方法ならいくつもあっただろう。呪いであったなら尚更、相手を殺すことに集中していたはず。一年生も彼女を襲った呪術師も全員無事だ。考えたくはないが、彼女には意識があったのではないだろうか。そんなことを考えていると、硝子はその答えをくれるように、彼女の身体に触れながら話をする。

「涼華は呪いに近づいてきている。この意味、分かるだろう」
「……あぁ、私の術式で取り込めそうなほどだ」
「だろうな。涼華は呪いと分断されている。ただ自身に敵意のある者、呪力に反応して攻撃的になる。涼華≠ェ死んで、呪いに変われば変わるほど、その呪いは強くなっている。それは涼華も自覚しているだろうし、五条も夏油も気づいているんだろう?」
「なら、どうして誰一人殺してないのかな。呪いに蝕まれているというのなら、これ以上ないほどの大惨事になっているはずだ」
「恐らくは、脳に傷を受けたことによって変化が起きた。反転術式を使って脳を修復したことで、呪いとして活動していた間、涼華の意識が入り込んでいた可能性がある」

 涼華の額をつん、と突いた硝子は淡々と説明するが、それならば、彼女は呪いを支配出来るようになったのではないか、と考えた。それは良いことだ。暴走することがないのだから。
 そんな私の考えはお見通しだというように、硝子は再び掛け布団を上げて、彼女の身体を隠してやると、もう一本、タバコを取り出す。私がライターで火をつけてやると、彼女はふと息を吐く。

「涼華と呪い、今まではハッキリと別れていた。ONとOFF、ボタンひとつで切り替えられていた所が、今は同化している」
「同化すると何か問題が?」
「まずは人格への影響だな。本来、呪いが受肉すると、呪いの方に上書きされる。必要なのは肉体だけだからな。涼華は呪いと肉体を共有していたようなもので、精神的にも人間だ。目を覚ました時に無感情ではなくとも、涼華の人格に何かしらの影響があると考えられる」
「……他にも何か?」
「自身の中にある呪いをコントロール出来るようになれば、呪力の制限がなくなる。上層部も、半分呪いどころじゃなくなった、呪いと同化している涼華を生かしておきたいだなんて思わないだろう」
「それは、」

 ガラリと扉が開き、入ってきたのは悟だった。私達を見るなり、笑顔を見せるが、空元気だろう。

「やぁ、揃うの久しぶりじゃない?いや、本来今日はみーんな揃うはずだったんだけど」
「五条、上層部と話してきたんだろう」
「あーうん。ほんっと、小煩いクソジジイ共め。死人が出なかったからいーじゃん!それより、僕は涼華を殺した奴を捜すべきだと思うけどね」
「甚爾じゃないのか。涼華の不意をついて殺すなんて」
「あー、僕もそれ思ったんだけど、アイツ、電話に出ないと思ったら家でずっと寝てるってさ。津美紀が言ってるんだから間違いないね」

 悟はベッドに座ったかと思うと、彼女の隣へ寝転んだ。相変わらずの彼に、私は文句を言う気さえ起きず、溜息が洩れた。

「それで、今回の言い訳はどうした?涼華を生かすのにも、それなりの理由が必要だろう」
「まず、犯人探しに手がかりが必要だから、涼華を目覚めさせて、聞く必要があると言った。その次に、涼華は誰も殺しちゃいないし、もし呪力の制限がなくなったとしても、今までと変わらない。だって涼華は、その気になれば上層部を消し炭にすることだって出来るんだし、僕らも生徒も彼女につくんだから。今回でよーく分かったでしょ」
「今まで通りってことか」
「ま、そういうこと。でも、涼華を庇って、呪術師に手を上げた金次と綺羅羅は停学になった。止めたけど、二人はそれを受け入れたからね」
「それは、涼華がまた責任を感じるだろうな」
「僕と同じで上層部が気に入らないみたいよ?こっちから願い下げだって。変えてやらなきゃ」

 ねー、と彼は眠っている涼華を引き寄せて、ちゅ、と頬にキスを落とす。怪我人にすることじゃない、と悟の無駄に長い脚を蹴る。

「嫉妬すんなよ」
「起きるまで監視がつくんだろう?涼華は高専でしか管理出来ないから、どこか部屋でも作ってやらなきゃいけないんじゃないか?医務室から近い方が、私としては助かるんだけど」
「そこは硝子に任せるよ」

 同期の二人は、彼女の為に最善を尽くしているが、私は……?
 私はいつも間に合わない。高専の人間でもない。彼女の為に出来ることは何だ。そう考えた時、涼華の父親のことを思い出す。

「私は、涼華を傷つけた犯人を追うことにするよ」

 思い当たる人間を思い浮かべながらそう言えば、悟と硝子は口を揃えて悪人面、と言い放った。






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