#65.特級の新入生





 四月、入学して来たのはパンダ、狗巻 棘、禪院 真希の三人だった。元々、パンダが入学することは正道学長から聞いていたものの、真希が入学するとは思っていなかった。

「真希!久しぶりね」

 自身より背の高い真希の髪を撫でると、彼女は少し戸惑ったようにそれを避ける。

「子供扱いすんなって」
「ごめんごめん、幼い頃を知ってると、少しね。まさか呪術高専に入学するなんて、思ってなかった。真依は元気?」
「さぁな。アイツは京都校に入学したらしい。とにかく、あの家から出て行きたかったんだ」
「そっか……何か、支援してあげれれば良かったんだけど」
「アンタのことは色々と聞いてる。家はそんな噂で持ちきりだからな。涼華も忌み嫌われるようなこっち側……禪院家なんかに近寄りたくないだろ。それに、支援なんていらねーよ。実力で何とかする」
「強いなぁ、真希は」

 再会を喜んでいる中で、傍にいたパンダは俺達は除け者かよ、と口を尖らせる。それに私は彼を見上げる。

「パンダも随分と大きくなったからなぁ、パンダだけど、トトロみたい」
「しゃけ」

 その隣で、口元を隠している彼は、呪言師の狗巻 棘。どうやら彼は、おにぎりの具でしか話せないようだ。事故が起きないようにする為だろう。

「唯一、棘とは初対面だね。壱紀 涼華だよ、よろしくね」
「ツナマヨ」
「パンダとは面識あんのかよ」
「まぁね。パンダは高専で育ったようなものだから、時々会ってたよね。で、モフモフさせてもらってた」
「こんぶ」
「ま、こういうの好きそうって感じなのは分かる。悟とか恵とは上手くやってんのか?」
「まぁね。恵は来年入学だけど、ちゃんと呪術師として経験を積んでる。追い抜かされないように頑張ってね」
「はっ、誰に言ってんだか」

 真希は男前だなぁ、と思っていると、そこに甚爾さんがやって来る。そして真希を見るなり、鼻で笑う。

「禪院の落ちこぼれか」
「あ?」
「お兄さん、喧嘩売らないの」
「ツナツナ」
「あぁ、この人は伏黒 甚爾。棘はまだ知らないだろうけど、来年の新入生の恵のお父さんで、ここで一応、近接戦闘を教えてる教師」
「あぁ……顔は見たことなかったけど、甚爾ってアンタか。アンタも落ちこぼれじゃねーか。人のこと言えねーよ」
「ふん、じゃあお仲間同士、仲良くしようじゃねーか」

 二人の間は何やらピリピリしている。親戚なんだから、仲良く出来ないものか。でも真希にとってはいい相手になるんじゃないか、と考えていた。

「真希だけじゃなくて、パンダも棘も、近接は甚爾さんに教えてもらえばいいよ。教えるの下手くそだから、見て学ばなきゃならないだろうけど」
「下手なのに教師やってんのかよ。しかも訳ありで」
「呪力なしの近接ならお兄さんは誰にも負けないよ。私でも勝てない」

 イロモノ揃いの呪術師だけど、新一年生もまたイロモノ揃いで楽しくなりそうだ、と私は楽しみにしていた。


***


「乙骨 憂太?」
「そっ、特級過呪怨霊、折本 里香に憑かれた、特級術師……本当珍しいよね!」

 珍しいどころではない。それに、上層部が特級呪術師にあてがあると言っていたが、その乙骨 憂太ではなかろうか。まさか新入生、生徒だとは思わなかった。

「オマエが何に悩んでるのかは知ってるよ。執行人の話だろ?上層部と憂太の間に縛りはない。憂太にメリットがないからね」
「でも、悟と傑がやらないなら、彼にやってもらうしかない」
「殺すのは僕だ。それを判断するのも僕。いいね」

 そう、私の頬に触れる彼は私の瞳を覗き込む。包帯の所為で彼の瞳は見えないが、視線が合っていると分かる。

「最期に見るのは僕の顔だ。呪いとして殺される時も、穏やかに死ぬ時も」
「……だといいな」
「ま、それが傑って可能性もあるけど、僕がいい」
「傑もそう思ってるだろうね」

 悟はコツンと私の額に自身の額を押しつける。距離が近いのはいつものことだが、今日は甘えたい気分なのか、と唇を寄せると、彼はそれを避けるように、私の首筋に顔を埋めた。

「今日はそんな気分じゃない」
「珍しい。どうしたの?」
「嘘でも嫌いって、言われたくない」

 まるで子供みたいな言葉に私は思わず笑ってしまう。それに腹が立ったのか、ギュッと力強く私を抱きしめる。

「はは、大好きだよ、悟。大好き」
「僕も。だからさ、簡単に死なせないよ」
「生きるのも、死ぬのも大変だね」
「あの、五条先生」

 ふと誰かが悟を呼ぶ声がして、そちらを見ると、そこに白い制服を着た生徒と、傑がいた。あれ、何で傑?

「高専でイチャつくなって言っただろう?」
「あっ、憂太を呼び出してたんだった」
「先に言って。というか、何で傑?」
「特級過呪怨霊っていい響きじゃないか。彼に引き取らせてもらえないか、相談していた所さ」
「……お断りします」

 なるほど。呪われているのに、それを手放したくない。話は聞いていたけど、やっぱり今でも愛し合っているのだな、と思いながら悟から離れると、彼に近づいていく。気が滅入ってそうな表情と、目の下の隈が目立つ。乙骨 憂太、彼が私を。そう思いながら、そっと手を差し出す。

「私は壱紀 涼華、よかったら涼華って呼んでね。憂太」
「は、はい」

 彼は私の手を握り返してくる。少し内気なのかな。呪術師にしては少し珍しいタイプの子?それとも、私が怖がらせてしまってるのかな。いや、私が処刑対象だと分かって、動揺しているのかもしれない。

「安心して、食べたりしないから」
「それってエッチな意味?」
「余計なことを言うな」

 悟の頭をポカリと殴る傑。私達を見て不思議そうにしている憂太に、私はふと彼の左手を見る。そこには指輪があり、私は彼の右手を放すと、次はその左手を取る。

「これが、憂太と里香を繋ぐ指輪かな」
「はい、そうです……」
「いいなぁ、話は悟から聞いてたから。指輪で繋がる愛か。何だか羨ましいな」

 普通の人間でも、それは愛の形になる。憂太と里香は特別、指輪で繋がっている。すると、傑がハッと何かを思いついたように話す。

「私は乙骨と話も出来たし、案内もした。名残惜しいが、そろそろ行くよ」
「あ!オマエ、抜け駆けすんなよ」
「何のことかな。それじゃあ」

 傑はサッサとどこかに行くと、悟は舌打ちする。何か予定があるのか、と思っていると、憂太はえーと、と困ったように話す。

「用事って、涼華さんのことですか?」
「いいや、別のことだよ。涼華とはここでお別れ。じゃあね」

 憂太もペコリと頭を下げ、私は彼らと別れた。彼は何だか不思議な雰囲気の子だったな、と思いながら、私は任務に戻ろう、とその場を立ち去った。


***


「やぁ、君が乙骨か」

 五条先生とは全く雰囲気の違う、袈裟姿の黒髪の男は、僕を見るなり、笑顔で声を掛けて来た。

「私は夏油 傑。特級呪術師だよ。何か困ってる?一人でいるから」
「えっと……五条先生に呼ばれていて。でも見当たらないんです」
「なるほど。悟なら休憩室にいるんじゃないかな。ここに来るまで見かけなかったし。案内しよう」

 そう言って夏油さんは歩き始める。僕に声を掛けてくる人はいないのに、やっぱり、特級というだけあって、里香ちゃんに臆したりしないものなんだろうか。そう言ったら、禪院さん達もそうだけど。

「特級過呪怨霊、折本 里香……いいね。私も欲しいくらいだ。譲ってはくれないかな」

 譲る、とはどういうことだ、と疑問に思っていると、彼はそれを察したように話す。

「私の術式、呪霊操術は、呪霊を取り込み、操ることが出来るんだよ。だから君の里香ちゃんを譲ってくれたら、有用に使えるなと思っただけさ」

 彼の言葉に、少し苛立ちを覚えた。里香ちゃんを使うなんて。彼女は道具じゃない。呪いについてはまだよく分かっていないけれど、里香ちゃんは他とは違うんだ。

「お断り、します。僕は、里香ちゃんの呪いを解きたいんです」
「……そうか。でも私なら、好きな子は呪いになってでも傍にいてもらいたいけどね」
「え……?」

 さっきと言っていることが違う、と考えていると、彼はどこか懐かしむように話す。

「一度、試したことがあるんだ。死んでしまうくらいなら、いっそ、私の中に取り込めないかとね。でも条件が揃わなかった所為か、それが叶わなかった。まぁ、その時はそれで良かったんだけどさ」
「……言ってることが、よく分かりません」
「君もそうなんじゃないか、と私は思っていたんだけどね。断られるとは思っていた。でも、私の愛は、君とは違っている」

 夏油さんは確実に誰かを思って言ってるけど、亡くなってるんだろうか。でもどこか幸せそうで。
 その疑問は五条先生に会った時に消えた。先生は女性と、涼華さんと抱き合っていて。気まずいな、と思ってちらりと夏油さんを見ると、彼は先程までの幸せそうな笑顔から一変して、拗ねた子供のような表情になっていた。もしかして、三角関係?なんて少し複雑な気持ちになった。
 涼華さんはとても人当たりの良い人だった。彼女の名前を聞いた瞬間、彼女が特級の呪霊、呪術師であることが分かった。そして、死刑宣告を受けていることも。それでまた複雑な気持ちになったまま、五条先生と武器庫へ行くことになった。その道中、五条先生は僕の複雑な気持ちを晴らすかのように話す。

「可愛いでしょ、僕の恋人」
「えっ、あ、涼華さんのことですか?」
「涼華以外に誰がいるの?彼女は恐ろしいよ?というか、タチが悪い。里香よりもね」
「呪いって聞きましたけど、そうは見えなくて……しかも、恋人なんですか?」
「あぁ。そこが恐ろしい所だよ。いっその事、里香みたいに容姿が呪いっぽくあればいいのに。人を殺しまくる、残虐さがあればいいのに。可愛くて、ただの人間の女に見える。だからこそ、一緒にいればいるほど、殺しにくくなる。でも、いざという時は殺さなきゃならない。その覚悟は君も持っていた方がいい」
「……涼華さんを殺す覚悟ですか?」
「あぁ。全員がその覚悟を持ってなきゃならない。でも出来るだけ殺したくはないから、何とか誤魔化して生かせる。無害な人間を殺さない限りね。そこは、君の立場と近いかもしれない」
「……僕なんかじゃ頼りないかもしれませんけど、何かあれば止めます」
「ありがたいね。いい味方が出来た」

 まだ僕は呪術についても、皆のことも深く理解出来ていない。でも、僕らの愛を羨ましいと、指輪を見て微笑んだ涼華さんは、ただの呪いではなく、指輪やそういった愛の形に憧れる、ただの女性なんだなって、そう思った。


「あ?涼華?もう会ったのか」
「呪いって聞いてたから、もっと何か……呪いっぽいのかと思ってたけど……五条先生の恋人だって聞いて驚いた」
「しゃけ」
「有名だよな、あの三人は」
「三人?」

 五条先生と涼華さんの話では?と首を傾げると、禪院さんは肩を竦める。

「涼華は人当たりがよくて、割と常識人だが、男の趣味だけはどうかしてるな。てか、何であぁなったのかは知らないけど」
「ど、どういうこと?」
「傑だよ。アイツら三人、仲良く付き合ってるんだよ。人間にしてもおかしいよな」
「へ?」
「おかか!」
「何だよ、棘も知らなかったのか?」
「すじこ、ツナマヨ、明太子」
「まぁ、御三家の人間、しかも悟の相手が半分呪いの人間となりゃ、傑より悟の方が目立つ」

 じゃあ、どういうこと?五条先生も夏油さんも涼華さんが好きで、涼華さんも?

「結構、大人な関係なんだね……」

 そう思うと、二人から聞いた涼華さんへの気持ちは、同じ愛でも、大分違ってるような気がする、とそう感じた。






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