#60.進路





 久々に高専で会った悟に、私は大きな違和感を覚えた。

「悟、その包帯は何?」

 目を覆い隠すように巻かれた包帯に押し出されたように逆立つ白髪。普段から目立った容姿をしているが、それが更に際立った彼を任務終わりで寄った高専で見かけ、声を掛けた。

「んー、イメチェン?ほら、簡単に外れることないでしょ。サングラスは外れるけど」
「そうだけど……はは、ちょっと面白い」

 でも何だか怪我をしているようで不安になる。私は悟の目元の包帯に手を伸ばす。すると彼は嬉しそうにその手に擦り寄ってくる。私も好きだけど、悟も撫でられるの好きだよなぁ、と思いながら、包帯の下に指を滑らせる。するりとそれをズラすと彼の目が姿を現し、いつもの綺麗な碧眼が私を見つめた。

「僕を甘やかしてくれるの、オマエくらいだ」
「私が甘えたつもりだったんだけど……目が見たいと思って」
「可愛いこと言うなよ、襲っちゃうだろ」

 彼は嬉しそうに目を細め、私の腰に腕を回すと、軽く触れるだけのキスをする。それだけだと思っていたが、昂ったのか、唇を舐めてき、口を開かせると深いキスをした。そうして離れると、私の反応を確認するように、熱の篭った視線を向け、もう一度、というように再び唇を寄せた。そんな彼の頭にぱこん、と音を立てて何かが当たる。それと同時に痛っ、と声を上げた悟。

「校舎でイチャつくな。仮にも教師が」

 そこにいたのは傑であり、ふと呆れたように溜息を吐く。私は悟の身体で傑の姿は見えないのだが、声だけで表情が分かる。そんな傑と顔を合わせようと動こうとするが、悟が私を放してくれなかった。

「傑、何で高専にいるの?」
「夜蛾先生と話があってね、出向いたんだよ。涼華は任務終わりかな」
「そうだよ……悟、放して」
「僕抜きでどこか行くつもりだろ」
「行かないよ。私はこれから予定あるから」
「それは残念、誘おうと思ってたんだけど」

 私の言葉に悟は身体の力を抜くと、私はやっとそこから抜け出し、傑の顔を見た。それにしても、と傑は包帯を元の位置に戻す悟を見てふと笑う。

「頭でも怪我した?」
「オマエは前から知ってるくせに言うなよ」
「包帯じゃなくて何か……別のものにしたらいいのに。怪我してるみたい」
「遅めにきた厨二病だ」
「はいはい。何か考えとくわ」

 どう考えても教師っぽくないんだよなぁ、なんて思っていると、そこに潔高がやって来る。

「すみません、五条さん。そろそろ任務に」
「はいはーい。じゃあね」

 悟はひらひらと手を振って、潔高は私達に頭を下げてその場を去って行った。すると、先程は校舎でイチャつくな、と言っていた傑は私の顎をクイと上げると、キスを落とした。

「んっ、イチャついちゃダメなんじゃなかった?」
「私は教師じゃないからね。それに、解呪するの忘れてただろう」
「あっ、本当だ」
「代わりに私が嫌われてあげるよ」
「……嫌いだよ」
「ふ、嘘吐きだね」

 愛おしそうに私を見つめる彼に、改めて愛されているな、と感じた。先程、イチャつくなと言ったのも、ただ自分が嫉妬しただけなんだろうなぁ。

「本当はどう思ってる?」
「好きだよ」
「私も」

 今日、傑は甘えたいようだ。この後の予定がなければ家に行ったものだけど、そうもいかない。

「また今度、デートしよ。今日はダメ」
「君も、私のことが分かってきたみたいだね」
「何年一緒にいると思ってるの?嫉妬してるのだって、一緒にいたいと思ってくれてるのだって、あと、キスしたいって顔も」
「鈍感で甘えたな君も好きだったけど、今の甘やかしてくれる君も好きだな」
「私も甘えてくれるのも、甘やかしてくれるのも好きだから……お互い様だね」
「ふふ、可愛いな、君は」

 そう傑はそっと私の頬に触れると、額に唇を落とす。何だか擽ったい。

「イチャイチャしない」
「そうだった。それじゃあまたね」

 傑はその場から去って行くと、私はそのまま車で高専を出て行き、伏黒家へと向かった。

 私と悟は特級呪術師と働いている。忙しい悟は教師も兼任している。時々私も生徒に体術を教えたりするけれど、私の噂は広まっており、怖がられているようで。それに気づいてからは関わることはなくなってしまっていた。
 昔、私も悟のように教師になりたいと思っていたが、ただ怖がらせるだけだと諦めた。

「ということで、これからは近接が得意なお兄さんが教えてあげてね」

 私は恵と津美紀のいない時間帯に伏黒家へとやって来た。私の我が儘と悟の口利きのお陰で甚爾さんは近接格闘を専門とした教師をすることになった。過去のことは隠し通すことが出来ているのは良いが、ちゃんと教えることが出来るのだろうかと心配になる。でも結局言葉ではなく実戦で学ばせるのだろうな。

「その生徒も少なすぎていないがな」
「まぁね。でもその数少ない生徒に教えてあげてね」
「はー……面倒だが仕方ねぇ」
「あと、悟と仲良くね」
「向こう次第だな」
「はは、そうかもね。でも生徒とは仲良くしてあげて」

 私が彼らの夕飯を作る中、甚爾さんは私が持って来ていた手土産を食べながら話す。

「教師に向いてない人間が教師をして、向いてそうな奴がやんねぇのはどうなんだ?」
「うーん……私は怖がられて避けられることも多くて。よくよく考えたら、半分呪いの奴が教師なのもね」
「ふん、俺にそれを言うか?」
「どういう意味?」
「俺は見えてない」
「……あ、そっか」

 そういえば呪力がないんだった。忘れてしまうくらい、彼は強い。これが認められない呪術界なんだから、おかしいよなぁ、と私は改めて感じた。

「上層部とか、周りの人が何か言ってくるかもしれないけど、スルーで」
「ふん、慣れてるし、そんなことで悩むような奴に見えるか?」
「悩むというか……嫌になって、殺し屋に戻られたら困るなって」
「もう仕事はねぇよ」

 そんな話をしながら過ごしていると、私は津美紀と恵のことを思い出す。中学生になってから、恵は不良少年となっており、津美紀が悩んでいることを私は知ってる。だからといって、私がどうにか出来ることでもない気がするが。

「最近、津美紀と恵はどう?」
「生意気」
「それ、昔から言ってるよね。恵のことでしょ?津美紀は?」
「真面目」
「そっか。私は恵と話した方がいいかな」
「改善すんなら話せばいい。喧嘩なんて放っておけばいいのに、津美紀が首を突っ込みたがる。面倒なだけだ」
「喧嘩ね……津美紀が心配なら声掛けようかな」

 そう言っていると、津美紀がただいまーと声を上げ、帰って来た。彼女は私を見るなり笑顔を向ける。

「涼華さん!今日は何?」
「おかえり!今日のメインはハンバーグ。私が食べたくなっちゃって。大根おろしで和風ソースにしようかな」
「和風ソース!あっさりしてていいなぁ、手伝うね」
「ありがとう。恵は遅くなるかな」
「……多分、寄り道してると思う。私より先に下校してるの見かけたのに、帰って来てないから。今日は涼華さんが来るって言っておいたのに」
「そっか」

 恵の話をした途端、津美紀は小さく息を吐いた。相当悩んでる。やはり私も恵と話をすべきだと感じた。

「津美紀、下準備はしておいたから、後を頼めるかな。少し出掛けてくるよ」
「え?どこに?」
「恵のとこ。遅くなったら先に食べておいて。あと、恵が入れ違いで帰って来たら連絡ちょうだい」

 そうして私は伏黒家を出ると、彼らの通う中学校付近を歩いて行く。恵が寄り道しそうな所はあるか、と探していたが、思い当たらずに歩いていると、雨が降り始めた。自宅に帰るならまだしも、他人の家に上がるのに濡れて帰るのも嫌だ。
 私はビニール傘を買うついでにデザートでも買うか、とコンビニに入り、傘を手に取る。するとすぐ隣の雑誌売り場に恵が立っていることに気づいた。彼は私を見て明らかに嫌そうに眉を顰めた。

「おぉ、奇遇だね。恵」
「……何でここに」
「デザートを買うのを忘れたから、コンビニに」
「……はぁ、帰る」
「あ、待って!」

 デザートを買おうとしたのは嘘ではない。だから探してるとは言わなかったが、恵は察しが良いから、きっと私が恵を探してたと気づいたのだろう。恵はそのまま出て行こうとし、私は傘と適当に食後のデザートになるコンビニスイーツをいくつか取り、会計を済ませてコンビニを出る。
 傘を差し、自宅方向へ向かうと、恵が傘も差さずに歩いていた。私はその背を追って行き、恵に傘を向け、隣を歩く。

「恵、濡れてるよ」
「俺はいい」
「えぇ、制服が雨に濡れるの嫌じゃない?私は嫌だったなぁ」
「……説教するつもりだろ」
「説教出来る立場でもないから、しないよ。でも話くらいは聞こうかと思って」

 諦めたように私に歩幅を合わせる恵に、素直にそう話せば、彼は不機嫌そうな態度を改めることなく答える。

「俺が何しようが、アンタには関係ないだろ」
「まぁね。呪術を使って喧嘩してるわけでもないだろうし。でも津美紀が心配してるんだよ」
「保護者ヅラ」
「保護者は甚爾さんだけど……不満そうだったし。私でも不満だったかな」
「……アンタの考えてることが理解出来ない。善人だってことは分かる……だから苦手」

 彼には私が善人に見えていて、私の好意に疑問を持っている。でもきっと、私を嫌っているわけではないんだろう。だけど苦手なのは確かで。

「私の半分は呪いだから、どれだけ良い行いをしたとしても、常にそれは偽善だと言われる。恵は私を善人だというけれど、そうでもない」
「それは呪いってだけで偽善だと決めつけるだけだろ。本質を見ていないだけで」
「それなら恵も本質を見れるようになれば、見方が変わるかもしれないね」
「は?」
「家族を心配する気持ちに嘘偽りはないって話。私も津美紀も、きっと甚爾さんだって」
「……親父はないだろ」
「はは、何でも上辺だけじゃ分からないことがあるよ」

 恵は何かを考えるように、私の手から傘を取り、そのまま支えてくれる。

「涼華さんは誰かと喧嘩したりしないんですか?」
「長引くようなものはないかもね。一度、悟に嫌なこと言われて、数日くらい喧嘩したけどね」
「あの人達と過ごしてて、それしかないんですか?」
「うん。それに悟や傑に限らず、恵みたいに、人を殴ったりすることはない……あ、呪術師としては違うけどね?」

 何人も殺してると言ったら、恵はどう思うんだろう。呪術師とはそういうものだと受け取るだろうか。それとも、彼の中で私は善人ではなくなるだろうか。

「私から言えることは、家族に心配かけるようなことはあまりしないようにってこと!喧嘩するならバレないように、ね?」
「……夕飯、何?」
「ハンバーグだよ」

 私達はそのまま歩いて伏黒家へと帰った。何となく、相合い傘は初めてだなと思ったが、これを言うと嫌がられるかもしれない、と黙っていた。そして、思春期の子の気持ちを理解するのは難しいことだ、と思うと同時に、もう膝の上には座ってくれないだろうな、と隣を歩く私の身長を越えるほど成長した恵を見て考えていた。






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