#30.愛執





 穴が空いた建物内に彼らは入って行く。
 悟や傑は苛立ちを隠せないようで、硝子も表情を変えてはいないが、呪力で殺されている彼女を最初に見つけ、背筋がぞわりとした。すぐ、彼女の名を叫びながら駆け寄る。

「涼華!!」

 脈もなければ、傷が治っている気配もない。血は流れ続け、力なく頭が下に落ちている彼女からは生気が感じられない。それに気づいた悟と傑は動揺する。
 何もかも遅かった。
 悟は上層部の人間と共にいた夜蛾を見る。

「夜蛾先生……これ、どういうことだよ」
「……彼女の願いだ。オマエらに伝えたくなかったと」
「止めようとしなかったんですか」
「時間を稼ぐことしか出来なかった。涼華が全てを知ったのは、一ヶ月前だ」

 そんなに黙っていたのか。彼らはそんな素振りを見せなかった、と驚いていると、そこに灰原と七海がやって来る。涼華の状態を見て、ただ動揺する。

「し、死んじゃったんですか?」
「……すみません。言うのが、遅れてしまい」

 硝子は治療をしようとするが、効果はない。ただ黙って彼女を抱きしめる。

「半分呪いだからって何だよ、半分人間だろ。しかも特級呪術師だ。利用価値はあった!殺す必要なんてねぇだろ!」
「特級呪術師であると同時に特級呪霊とも判断された。よって、処刑対象となった」
「利用していたとしても、特級レベルの呪詛師になられるのは困る。それに呪いだ、何が起こるか分からん」
「もう終わったことだ、今回の騒動は見逃す、去れ」

 上層部の人間達は口々に言うと、彼らは悔しそうに唇を噛む。傑はふともう既に死んでいる彼女に声を掛ける。

「なぁ、君は不死身だろう?涼華」

 そう手を伸ばし、彼女を取り込むことが出来ないか試す。半分呪い、呪霊に近い存在とも言える。だが、彼女はピクリともしない。それに、悟は硝子から引き離すように涼華の胸ぐらを掴んだ。

「起きろ、死んで良いなんて言ってねぇ」
「やめろ、五条」
「うるせぇな……コイツら全員、ぶっ殺してやる」

 彼は悔しそうに唇を噛み、傑はその手を放せ、と悟の腕を取る。
 その瞬間、

『愛執の契り』

 死体であるはずの彼女から声がし、顔を上げる。彼女の白目は黒く染まっていて、血のように真っ赤な瞳に光はない。明らかに人のものとは違うそれは、強い呪いの気配を漂わせている。ふと、無表情の彼女が悟の顔をジッと見つめる。

「涼華……?」

『領域展開 安楽浄土』

 その呟いた時、彼女は領域展開し、建物にいた全員が巻き込まれる。彼女の領域は澄み切った青空に透き通った水のある湖だった。その美しさとは裏腹に、彼らは恐怖と戸惑いで息を呑む。何故彼女が今、領域展開をしたのか、理解出来なかった。すると上層部の人間の数人かは喉を押さえ、静かに吐血する。静かに殺していくんだ、と彼らは気づき、皆は焦り始める。

「何してるんだ、やめろ」
「涼華、オマエは殺すな」

 悟の殺すな、というその言葉に彼女は少しばかり反応を見せ、一瞬で領域を壊す。何が起きた、とただ戸惑う中、硝子がぼんやりと立っている彼女を見て、首を傾げる。

「五条の言うこと聞いてる?」
「どういうこと?彼女は死んで……」

 傑は涼華の首筋に触れると、体温を取り戻し、脈も正常に動いていた。

「生き返った……?」
「バカな!呪いだ、さっさと殺せ!」
「完全な呪いになったのだ、ここで殺してしまわねば……!」

 そう上層部の人間達は口々に殺せと言うが、彼らはそれを止める為に来たのだ、と彼女を庇う。それに灰原は驚いたように悟を見る。

「五条さん……呪われてませんか?」
「は?」

 ボーッと悟の背後に立つ彼女からは呪いの気配しかない、人間味がなかった。彼女の頭から垂れる血は首に巻きつき、そこからまるで生き物のように赤い糸が悟の手首にも繋がれた。

「何だこれ」
「悟、生き返ったとはいえ様子がおかしい。眠らせた方がいい」
「涼華、言葉は分かる?」

 硝子は俯き気味の彼女の顔を覗き込みながら話すが、ピクリとも動かない。

「問題ないだろ、コイツは連れて帰る。ただでさえ人手が足りない呪術界で、大事な特級呪術師を失うのはどうかと思うんですけど」
「何をバカなことを。特級呪霊と大差ない呪いだぞ、今すぐ祓うべきだ」
「オマエ達が来なければ死んでいたものを……」
「本当にそうですか?彼女の呪いが暴走していたかもしれません。さっきも領域展開までした……悟の言うことなら聞くのかも」

傑は血液で繋がれた悟の手首を見ると、悟はマジ?と距離を取りながら、彼女を呼んでみる。

「こっち来い、こっち」

 ピクリとも動かなかった彼女は悟の言葉に反応してついて行く。

「何でこうなった?」
「……さっき呟いていた『愛執の契り』五条さんは涼華さんと縛りを科したのでは?」
「そんなのした覚えないけど」
「でもこれで分かったはず……今までもこれからも、私達が世話係をしている限りは暴走もさせません」

 傑はそう話すと、悟はそうだな、と彼女の頭を撫でる。

「もし人間性も失って、呪いだけになったら、コイツは俺が殺します。無抵抗だから雑魚が殺せたんだろうが、本気を出せば俺と傑にしか殺せない」
「どうせ今回のように庇うだろう」
「俺はそこまで甘くはない」

 それに悟はぼんやりと佇んでいる彼女の頬を撫でる。

「起きろ、涼華」

 その瞬間、彼女はビクリと身体を震わせ、黒く染まっていた白目も元に戻っていき、傷口は塞がり、そこから流れ出した血、悟と彼女を繋いでいた血はその場で破裂するように消えていく。

「……!」

 やっと深く息を吸って、生き返ったように、彼女は意識を取り戻した。






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