#18.穢れ
「貴女が稀血の壱紀さん?」
呪霊を祓い、被害はないか辺りの調査をしていると、ふと女性に声を掛けられた。見ると、同じ制服の二人の女子と一人の男子がいた。見たことない人達だが、東京校の先輩ではなさそうだ。
「そうですけど……京都の人ですか?」
「そうそう。ごめんね、いきなり。俺達もこの近くで任務があって。そしたら、君がたまたまこの辺にいるって噂を聞いて」
「そうなんですね。壱紀 涼華です、よろしくお願いします」
私は友達になれるかも、とにこりと笑えば、よろしくね、と挨拶してくれた彼の背後にいた女子達はふん、と鼻で笑う。
「あれが五条くんの腰巾着?」
「ね、稀血ってつまりは呪霊の餌なんでしょ?汚い」
「おい、オマエらな……」
「アンタも顔に騙されてんじゃないわよ、みっともない」
「人に甘えて生きてんでしょ。だから短時間で準一級にまで上がった」
「五条くんや夏油くんが面倒見てくれてるんでしょ?可哀想、アンタみたいなの、いつか呪詛師にでもなって殺されるのよ」
「それか呆気なく餌になって殺される」
「おい、いくらなんでも言い過ぎ……」
その言葉の一つ一つがグサグサと心に突き刺さる。廃墟での事故、例の呪詛師の件から稀血について考えさせられることが多くなった。楽しいことが続いていて、考えないようにしていたのに。この状況は悪夢で見た光景と似ていると感じた。
「これ、悪夢?」
「は?」
「何で、初対面の人にそんなこと言われないといけないの?」
「仲良しごっこしたいわけじゃないのよね。偵察よ偵察」
「ま、話で聞いてたより世間知らずの馬鹿っぽいし、くだらない。行こう」
「ご、ごめんな」
彼らは言うだけ言って去っていくと、私はそこでポツンと取り残される。
私は人に甘えてる、汚い、穢れてる……一緒にいる悟や傑が可哀想、世間知らずの馬鹿。
全てが心に刺さる。
自分は彼らに甘えすぎていた。子供っぽくて、馬鹿で無知で、汚い。私は彼らに見合っていない、そう感じた。
悟や傑や硝子、正道先生や歌姫先輩は優しすぎたんだ。私は普通≠ノ近づいてきていると勘違いしていた。彼らが優しいから。でも彼女達、他人から見れば私は、やはり普通でもなければ、汚い存在なんだ。
突然現れた悪意に、私はまた落ち込んだ。
嫌なことがあった時は必ずと言っていいほど悪夢を見る。しかし、甘えてはいられない。硝子達に頼めるような状況ではなく、ただ無意味に夜更かしをしていた。
授業に行かなければ、と私は少し気怠い身体を起こし、部屋を出た。廊下を歩いていると、背後から手が伸びてき、それは私の腹に巻きつくと、背中に温もりがぴったりとくっつく。
「あー、ダル。今朝戻って来たばっかだってのに、もう授業かよ」
「おはよう、悟。お疲れ様」
「ん」
教室に入っていくと、傑と硝子が既におり、私もなるべくいつも通りにする。悟は自分の席に私を引っ張り込み、そのまま座る。
いつものことのはずなのに今日は少し気が引けてしまう。だが、それと同時に温もりが心地良くもあり、眠くなる。
「ふぁ……」
「寝不足かい?」
「ん、ちょっとやることがあって」
「俺も眠ぃ……」
彼は私の肩に頭を埋めると、私の手を自分の頭に持っていき、撫でさせようとする。これもいつも通りだ。だがこれも、私が甘えてることに入るのだろうか。だって、これやって嬉しいのは私。そもそも教えたのが私だ。
「はぁ……」
「やめなよ五条、嫌がってんじゃん」
「あ?嫌がってねーよ」
「いや、ちょっと疲れただけだよ。ごめんね?」
思わず溜息が洩れてしまった。自分は悩み出したら止まらない、面倒くさい人間だ。
そのまま授業が始まり、私は若干うとうとしながら授業を受けていた。
***
最近、彼女が甘えて来なくなった。ある程度距離を置いている、そんな感じだ。そう感じていたのは私だけではないだろう。私達は少し物悲しさを感じていた。
「親離れ?」
「だとしたら親の心子知らずだね」
「何かした?」
「思い当たるとしたら五条だな」
「そうだな」
「何もしてねぇよ。傑だろ、遊んでた女バレして気を遣われてんの」
「もう全部縁を切ってるよ」
「うわ、複数人いる匂わせやめろ」
最低、涼華に近寄るな、と硝子は吐き捨てるように言う。私も気をつけていたはずだったのに、油断していた。
あの日はしつこく迫られていた。互いに遊びだと同意したはずの彼女に別れを言う為に会っただけ。着信拒否だけで終わらせると後で面倒になりそうだったから。でもそれはもう解決済みのはず、様子がおかしくなったのはここ数日のことだ。
彼女は今、庵先輩や冥冥さんと任務に出掛けており、教室には三人しかいない。それに悟はハッとして声を上げる。
「部屋漁ろうぜ」
「何でそうなる」
探るなら今のうちに、私も悟の意見には賛成だった。
「男かもしれない。最近、悟の行為も面倒そうだ。私が頭を撫でてもそうだしね」
「ただ単に嫌われたんじゃない?」
「余計嫌だな」
「俺達の知らねーとこだったら、パンピーだろ?あの、誰だっけ。正月会った奴」
「百武」
「それ」
口の軽い彼女が、色恋沙汰に顔を突っ込んで私達に何も言わないはずないと思いたいが、私の遊びの件もあった為、庵先輩から何か言われているかもしれない。そう考えていると、硝子はキッショ、と呟いた。いつものことだ。
「庵先輩や冥冥さんには懐いてる。彼女達関連で、というのもあるだろう」
「歌姫先輩はいい人だし、放っておいていいでしょ。初対面の時、カフェ行ったって聞いたし」
「マジかよ」
「友達が欲しい時期なんじゃない?」
「そろそろ新入生が来るってのに……」
「嫉妬深い奴は嫌われるぞ、クズ共」
「はぁ?そんなんじゃねーし。面倒見てやってるだけだろ」
悟はけっ、と拗ねるように机に足を乗せる。素直じゃない。だが、私もあっさり認めたくはないな。そう話していると授業が始まり、夜蛾先生が入って来る。
「センセー、世話係が粘着質でキショイです」
「あぁ……それで思い出した。涼華の部屋は明日から女子寮に引っ越しだ」
「「は?」」
「よし!」
呆気に取られる私とは対照的に、硝子はガッツポーズをするほど喜んでいる。
私は、寝起きに廊下を歩いている姿を見るのが好きだったのに。時々、部屋に遊びに来て、手作り菓子や料理を持って来てくれるのが嬉しかったのに、そんないきなり……
「新入生もいるし、オマエらの世話もいらんほど成長した。男子寮に残る意味はない」
「俺の朝飯はどうなんの?」
「知るか、オマエが世話になってどうする。涼華は数ヶ月で驚くべき才能を見せた。もう既に一級、このまま術式のレベルが上がれば、特級にまでなるかもしれん逸材だ」
「その為に庵先輩と冥冥さんと同行任務なんですね」
納得出来た。まぁ、彼女も交友関係を広げたいから嬉しいだろう。
というわけだ、と夜蛾先生は話を終わらせた。私と悟は少し複雑に思う中、授業が始まった。
結局、荷造りしているのなら意味はないな、と部屋に忍び込むということもやめになった。
任務から帰って来、寮で荷物を運び出している彼女を見かけ、声を掛ける。
「おかえり。寮を移動するんだってね、運ぶの手伝おう」
「ただいま。そんなに多くないしいいよ、筋トレにもなる」
「頑張ってるんだし、甘えていいんだよ?」
「散々甘えて来たんだ、もう甘えないよ。ちゃんと自分でする。ずっと頼ってられないからね」
「立派なことだけど、無理はよくないよ?」
「別に無理してないよ?」
彼女は頑なだった。私は大人になろうとしている彼女を引き止めたかった。
ずっと四人でいたいなんて甘い考えだと突き放したのは私だが、その考えのままいてほしい。ずっと子供みたいに能天気なまま、その笑顔を私に向けていてほしい。こんなことを考えている私の方こそ、我儘で甘えている。
どうしたの?とジッと自分の顔を覗き込んでくる私に、彼女は首を傾げた。それに私はそっと彼女の頬に手を当て、指でその柔らかな頬を撫でた。
「私は甘えてほしいんだけどな」
「……普通はこんなに人に頼らないよ。私は甘えすぎた。皆、優しすぎたんだよ」
「誰かに何か言われたかい?」
「いや、別に言われてないよ……」
嘘が下手だ。甘え過ぎ、など夜蛾先生も庵先輩も言うことはない。庵先輩も言うならアイツらはクズだから構うな£度のこと。彼女を悪く言ったりはしない。
その嘘がバレたと気づいたのだろう。困った、と目線を逸らす彼女に、少し圧をかけてしまったか、と優しく頭を撫でた。
「何を言われたか知らないけど、気にする必要はないよ。いいね」
「……うん。でもこれは自分でやる。ありがとう、傑」
そう彼女は女子寮へ向かうと、私の顔から笑顔は消えた。誰が彼女に余計なことを言ったんだ。悟や硝子に相談しつつ、解決策を見つけるしかないか、と真剣に悩んだ。
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