わたしは、戦うことが好きだ。
入り乱れる爆雷。容赦なく鼻腔を突いて感覚を狂わす、火薬の臭い。
沈む敵艦。服を裂いて肌を焼く、熱量。
痛い、痛い。凄く、痛いのだけれど、それがたまらなく、わたしという存在を生かしている気がするのだ。
「あ、―――」
目に映る、雲一つない青空が眩しい。
背中からばしゃんっ、と小気味よく水の弾ける音。
全て一瞬の体感。
身体中に染みていく潮の香りは、内側から静かにわたしを錆び付かせていく。
目蓋を閉じる。
体が、沈んでいく。
わたしは、今日も生きている。
◆◆◆
「調子はどうですか?銀子さん」
母港へ帰還し、ドックでの修繕を終え執務室へと顔を出した銀子に、青年は顔に乗ったシンプルなデザインの眼鏡を直しながら呆れたように眉尻を下げ柔和な微笑みを浮かべ、気遣わしげに問い掛けた。……ビー玉のような大きな眼。ふっくらとして柔そうな肉付きの良い頬。『青年』というよりは、まだ少年の幼さが残る顔立ちである。
「んー、全然?ちょっと腕に機銃が擦っただけだったし。余裕過ぎて欠伸出ちゃったぜ」
能天気にぐん、と伸びをする銀子に青年は「そうですか」と微笑みを絶やさず頷くと、手元の資料の束をぺらりと捲り、目を通し始める。
執務室に沈黙が漂う。
熱心な眼差しの青年の指がページを捲る気配だけが鼓膜に触れる。
「……」
銀子は、カツカツと踵を鳴らしながら青年の腰掛ける執務机へと歩み寄った。
「……銀子さん」
机へと手を掛け、自分の手元を覗き込む銀子に青年は苦笑いを漏らす。
「一応、極秘資料とか、色々混じってるんですけど……」
「極秘?」青年の台詞に、銀子は含み笑いで目を細める。
すると、銀子は徐に青年の背後に回ると、耳元で囁き掛ける。
「……そんなことよりさ、わたしと内緒の遊びしようよ」
―――ね?ふぅ、っと息を吹き掛けると、青年の身体が大きく跳ねた。
銀子は、青年の背後から腕を伸ばすと、顔から眼鏡をそっと外し机上に乗せる。
肩口から身体へと腕を回すと、青年の着込まれた軍服の上を銀子の長細い指が這った。
銀子の腕の中で、青年の身体が小さく震える。
耳の裏まで朱色に茹で上がった顔をなぞる。
「……ぎ、」
青年が何かを訴えようと声を上げるのを、銀子は自分の唇を重ねることで封じた。
自分に向けた青年の頭を固定し、噛み付くような口付けを落とす。
「……ん、む……はァ」
じゅるり、とみだりがわしい音を立て、繰返し混じり合った唾液を啜る。
「ん、ん……!」
青年の指が、弱々しく銀子の袖を掴む。
そこで漸く銀子は唇を放し、荒げた吐息を繰返し吐き出しながら青年の身体を解放した。
「はっ……はあ……!」
青年も肩を大きく揺らし、深く呼吸を繰り返した。
力が抜けた身体を背凭れに預け、熱に濡れた瞳で銀子を見上げる。
唇の端から垂れる唾液の跡を小刻みに触れる腕で拭った。
―――ぞわり、と銀子の身体中を駆け巡る色情。
恍惚な笑みが、止まらなかった。
「……ね、好きにしていいよ?―――志村提督?」
「それとも今は、―――新八、って呼ぶ?」銀子は新八の身体を、今度は正面から抱き締めた。
椅子に膝を立て頭のてっぺんから抱え込んでやる。
……身体から直結した主砲が、少し重たくて邪魔だなあと思った。
新八は、重たくはないだろうか。
「……沈んじゃうのかと思いました」
腕の中で、新八がぽつりと呟いた。
「本当に、びっくりしたんですから」
新八の腕が、銀子の胴に回る。
銀子の背中から延びる主砲に触れ、その冷たい鉄を静かに撫ぜた。
「……」
銀子の頭を浮かせていた熱の塊が、さァっと引いていく。
代わりに銀子の胸に沸き起こったのは、それは人肌の温度ほどの、ぬるま湯のような感情だった。
「んー……まあ、ほら、今日は天気も良かったし、空が青いなあって、思っただけだよ」
「……ごめんな?」まるで子供をあやすようなその物言いに、新八は「子供扱いはやめてください」と身動いだ。
「はいはい、ごめんよ。志村提督?」
銀子の感情が、新八の体温と溶け合っていく。
―――ああ、わたしは今日も、生きているな。
銀子は、その混じり合う感覚にそっと寄り添い目を閉じた。
__________
戦の後は血が騒ぎます。