無題(土新土/完結篇ネタ)
2014/01/05 03:42

※完結篇絡めた捏造小ネタとなっております!
新八君(21)と三十路方さんのあまり明るくないお話です……(:3_ヽ)_









すまなかった。
何も、してやれなくて。

視線を落とし、低く静かに土方は言った。
悔いるようなその眼差しに、土方の整った睫毛が微かに影を生んでいる。
新八は、首を振った。
仕方がなかった。どうしようも、なかったのだ。
新八は思う。きっと、先にその手を離してしまったのは、自分自身の行いだった。
―――あの頃。すれ違う度、顔を合わせる度、抱き締め合う度に。新八の瞳を覗き込み「心配するな」「大丈夫だから」と、囁いてくれた土方の優しさを。新八は、いつの頃からか素直に受け入れらることが出来なくなった。
……助けてほしいと。その優しさに付け込んで縋り付いたのは、確かに新八自身だった筈なのに。
子供で、馬鹿だった自分は、逃げ出してしまった。
土方の新八に掛けるその優しさに、心が潰されてしまいそうだと。
いつからかそんな風に、感じるようになってしまった。
いつの間にか自分を見るその物憂げな眼差しから身を隠し。
声が届かないよう、強く耳を塞いだ。
……ああ、そうだ。そんな風に好き勝手に振る舞っていたら、気が付けば一人きりに、なってしまっていただけ。
……謝らなければならないのは、僕の方なんじゃあないのか。
新八は、口を結んで、また顔を大きく横に振った。
情けなくて、悲しい。本当は凄く、寂しかった。ごめんなさい。
ぐちゃぐちゃと混じり合い濁った感情が渦を巻く。


「……違う」


「違います、違うんです」繰り返し繰り返し、首を振る。
あの頃より幾分か歳を取った土方が、あの頃と変わらない眼差しをして、新八を見ている。


「謝らなきゃ、いけないのは僕の方なんです」


じわりと、新八の視界が滲む。
一度ぎゅっと奥歯を噛み締めると、涙は頬を伝うことなく、辛うじて目蓋に納まって更に視界を揺らした。

優しくしてくれて、ありがとう。
そして、ごめんなさい。

そんな簡単な気持ちが、上手く言葉になってくれない。
―――五年間。きっと、長く自分を誤魔化し続けて、生きてきた弊害。
……本当に、情けないなあ。
そう思った瞬間。涙が一粒、目蓋から溢れた。
新八は我に返り、慌てて濡れた頬を拭った。
土方が、少し目を丸くして新八を見る。


「す、すみませんッ!」


堰を切ったように、感情を乗せた滴が頬を伝う。


「すみませ、」


とても拭い切れない涙が、 拳を伝って地面に落ちた。
どうしよう、どうしよう。恥ずかしい。
土方の視線から逃げるように、新八は目蓋を強く塞ぎ、背中を向ける。
……また、結局逃げ出すことしか出来ないのか、自分は。
「ごめんなさい」と、弱々しい声で嗚咽混じりに囁く。
―――もう、こんな自分は嫌なのにと。新八が足元から崩れ落ちそうになった、その時。


「……馬鹿野郎」


背中から、腕が伸びる。
その腕が新八の身体を捕らえると、そのまま強く、抱き締められた。


「大の男が、そんな簡単にめそめそ泣いてどうする」


耳元に、土方の吐息を感じる。


「……ちょっと目ェ離したら、こんなでっかい図体になってやがって」


突き放すような言葉とは裏腹に、抱き締めながら新八の手を撫でるその仕草は、まるで泣きじゃくる子供をあやすようで。


「うっ……うあ、うううう……!」


新八は、その愛情に触れた子供のように。

その腕に身を委ね、声を上げ泣いた。




泣き腫らした新八の眼を見下ろし、「みっともねぇなあ」と、土方は目を細めた。

土方の腕の感覚が名残惜しい。
新八は思ったが、口には出さなかった。


「……ほんとに、すまなかったな」


土方はもう一度、今度は新八の顔を正面から見据えて、そう告げた。


「お前が一番辛い時に、俺は自分のことばっかりだった」


また、悔いるその瞳。

本当に、優しい人だと。新八は思う。


「……もう、良いんです」


この人を、好きになれて、良かったなあ。

新八は重く腫れた目蓋を閉じ、そして小さく頷いた。


「こうして、アナタが生きていてくれただけで、僕は嬉しい」


閉じた目蓋を、ゆっくりと持ち上げる。
見上げた先のポーカーフェイスに微笑みかける。

今の新八に出来る、精一杯の笑みを浮かべて。


「……そうか」


新八の微笑みに、土方もぎこちなく笑う。

……昔と変わらない、不器用な笑い方だった。

土方の手が、新八の頬に伸びる。
新八は何も言わず視線を落とした。
土方の指先が頬に触れる、その時を待った。


……しかし。

土方のその手が、新八に触れることは、なく。


「……?」


伸ばされた土方の手は、新八の頬を掠めるように逸れ、宙を掻いていた。
新八は、その手の先を目で追った。
開かれた指先が、小さく震えている。
態とらしい追い風が、吹いた。冷たくも、生温くもない。温度のない風が空気を切る。
……言い様のない予感が新八の背筋を駆ける。
軈て全身を這い始める悪寒を抑え付けながら、新八は土方に視線を返した。
土方は、感情を失った顔をして、自分の手のひらを見下ろした。
―――その、定まらず揺れる瞳孔を、新八は知っている。
予感に目を凝らせば、向かい風で少し乱れた土方の髪は、所々陽の光を吸収して微かに煌めいていることに気が付いた。

身体が、震えた。

……嘘だ、嘘だ。そんなわけ、


―――ない!


新八は、強引に土方の手を取ると、そのまま身体を引き寄せるように詰め寄り、瞳を覗き込む。振れていた瞳孔が、真っ直ぐに新八に定められて静止した。

まるで何かを、詫び入るような、その目。


「……止めてください」


止めて、止めて。
お願いだから、そんな目を、そんな顔を、するのは―――!

頭の中に、自分の蟷螂声が鳴り響いた。
新八は震え上がる両手で土方の髪に指を挿し込み、鋤いた。
今思えば、不自然なほどに黒い、土方のその毛髪。
新八は一心不乱に掻き上げる。
見たくなどない真実が、一筋、また一筋と露になる度、再び新八の目頭を濡らしていく。


「……は、ははは、土方さんもこの五年間で、また色々苦労してた、みたいですね?」


怯えきった自分の白々しい台詞に、渇いた安い笑い。

土方は、何も返さない。
ただ、色のない瞳が新八を見下ろすだけ。


「……何か、何か、言ってくださいよ、ねえ、」


新八はその視線を振り払うように、昔よりもうんと低くなった土方の胸に、しがみ付き、顔を埋めた。


「土方さん……!」


自分の思い描く恐ろしい結末は、そんなものは全部妄想だと、笑ってほしかった。
「心配するな」「お前は馬鹿だな」と。

あの頃みたいに、頭を撫でて―――


「すまない」


……それは、新八の僅かな希望さえ打ち砕く呪いへの布石。
呼吸を忘れ、土方見上げる。


「あ、」


土方は微笑んでいる。新八の、願いに呼応するように。

そして、相反するように。
新八の目の前に広がる、―――白、白、白。


「あ、あ、ああ……!」


新八は、咆哮を上げた。


「あ―――」


―――その合図に、世界は暗転する。






*



―――嗚呼ああああああ!!

……直接脳を劈くような、誰かの咆哮で飛び起きた。
見開いた瞳から、熱い滴がぱらぱらと落下する。
心臓が大きくがなり立てる。呼吸も酷く乱れて息苦しい。


「どうした」


背中に添えられた腕に、新八はハッと我に返える。


「……あ……」


添えられた腕の先を、土方の顔を、見た。


「……嫌な夢でも見たか」


「魘されてた」散り散りに呼吸を繰り返す新八に気遣しげな眼差しを向ける土方は、相変わらず夜の帳に溶け込むような漆黒の髪を揺らしている。


「……」


新八は、闇を照らす月明かりを吸収する、その黒髪に触れた。
慈しむように、そうっと鋤いた。
暫くそうしていると、漸く呼吸も落ち着き、背中を伝う汗も悪寒も引いていった。


「……嫌な夢、見ましたよ」


……思い返すだけで、全身が凍てつくような。
怖い、怖い夢だった。


「…………土方さんが、V字に禿げる夢です」


「茶化すなよ」と、眉を潜め土方が返す前に、新八はその身体を強く抱き締めた。


「良かった、夢で、……良かった」


耳元で囁くと、抱き締め返してくるその体温が新八の胸を締め付ける。
……もうこれ以上、神様は一体何をこの身から奪っていこうというのかと。
新八は、呪いにも似た祈りを心に宿し。

―――そして。その元凶たる全てを、必ずこの手で終わらせてやるのだと。
再び灯された魂の熱に、強く強く、誓った。






(そしてその先に待つものは)



__________



神様はなんて残酷だ



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