君のいる風景6
2013/11/17 00:46

時刻を確認する。
……まだ、夜明けには少し時間が在るようだ。

土方はリビングを横切り、和室を覗いた。
しん、と静まり返った部屋の中を確認し、息を吐いて襖を閉じる。
ソファに腰を下ろすと、背凭れに首を預け、点けっぱなしだった電灯の中心をぼんやりと眺めた。
幸い、今日は休日だ。
このままもう一度昼前くらいまで眠ってしまっても構わないし、何なら久々に朝酒なんてものに洒落込んでみるのも悪くはない。

もう誰も、それを咎める奴はいないんだから。


「……」


自分の浅い呼吸の音を感じながら、外の様子に意識を向けた。
日が昇るまでには時間があるものの、カーテンの向こう側の空は少しずつ白澄み始めていた。

土方は徐に立ち上がり、冷蔵庫の中身を確認する。
缶ビール一つない冷蔵庫の中身に舌打ちすると、薄手のブルゾンジャケットを羽織り、夜明け前の肌寒さに顔を顰めながら部屋を出ていった。



エレベーターを降り、飾り気のないエントランスを潜る。
人気のない、夜明け前の静謐な空気。土方が見上げると、空には灰色の雲が寄り掛かり始め、雨の気配を感じさせていた。
土方は足を進める速度を上げ、エントランス先の僅かな段差を駆け下りる。
一番近場のコンビニまでは、早歩きならば片道五分程度の距離だ。
ジャケットの前ファスナーを閉じ、回れ、右。
まだ降られる様子はないようだが、一足先の天気など気象予報の知識のない土方には、どうなるか分からない。
土方は急ぎ足でコンビニに向かった。向かおうとした。

向かおうとしたが、向かうことが出来なかった。


土方の数メートル先で、ざり、と足音が止まる。
目を見開いて静止する土方を、二つの赤い宝石玉が貫くように見詰めていた。



*


強いて言うならば。洗濯物がどうしても、気になって仕方がなかっただけだ。
……次いでに言えば。他に行く宛もなかったりだとか、そもそも故郷に帰るだけの魔力の蓄えが今のシンパチにはなかったりだとか。
まあ、本当のところ、後の二つは自分が少し本気を出せばどうとでもなるような内容だったのだが。
……んん。だから、つまり。
僕は決して、別にこの家にもう一度帰って来たかったとか、そんなわけじゃあなかったのだと言うことを、御理解しておいていただきたいのだ。

シンパチは気持ちを昂らせるように、こんな奴、と自分に囁いた。
大体。こんな時間にこんな所で、この人間は一体何をやっているのだ。
シンパチの突然の出現に驚いて言葉を失っているようだが、驚きたかったのはこちらとて同じである。
マンションのエントランスから姿を現した土方を見た時は、やはり姿を隠そうかとも思った。
だが、それも何だか癪に触った。
それはシンパチの吸血鬼としてのプライドがそうさせたことなのかもしれないし、自分をこけにした、この人間に対する強い憤りだったのかもしれない。

―――とにかく。
シンパチは、終わらせたくないと思った。このまま、終わらせてなるものか、と。

だから、シンパチはその衝動に身を委ね、土方に近付いていった。
シンパチの存在に気が付き呆然と此方を見詰める土方を見、……良い顔だなあ、と。薄く微笑みを滲ませた。




「……何やってんだ、お前」


一頻り驚くと、土方は目を伏せ口を開いた。


「さあ、何をやってるんでしょうね」


シンパチはそんな土方に白々しく微笑みを深め、目を細める。


「……やっぱり気が変わったので、アンタを食しに来てやりました。……って言ったら、どうします?」


シンパチが態とらしく尋ねてやると、土方はまた目を丸くしてシンパチを見た。
シンパチは小さく鼻で笑ってやると、「冗談です」と。自分の言葉ごと、目の前の土方を一蹴してやった。
小馬鹿にしたようなシンパチの態度に、土方は眉を潜める。


「……」


……それでも土方は何も言わず、静かにシンパチから目を逸らすだけだった。


シンパチは、自分の昂ぶらせた筈の気持ちが、みるみる収縮していくのを感じた。
シンパチはきゅっ、と唇を閉じる。
……呪いのように、こんな人間、こんな人間と繰り返してみても駄目だった。
シンパチはどうしても、この人間を憎悪の対象に出来なかった。
それこそ、呪いにでもかけられたみたいだとシンパチは思う。
憎たらしい、許せないと。自分に言い聞かせるのがどんどんしんどくなる。

……自分に嘘を吐き続けるのは、こんなにも苦しいことか。


「……アナタは」


シンパチは、また自分の細い髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回した。


「そんなに、僕のこと、嫌でしたか」


口から出た情けない声が、自分でも信じられなかった。


「自分の傷口開いて見せてまで、僕のこと追い出したかったですか」


確かに、お互い出会いは散々なものだったけれど。
……だったらどうしてだ。どうしてもっと早く、どんな手を使ってでも、こうして自分を追い出してくれなかった。
何で受け入れたりした。受け入れるような素振りをみせたりした?
言うことを聞いて情を移しておけば、食われないとでも考えたのか、この浅はかな人間は。

……どうやらその作戦は、大正解だったみたいで。良かったね。おめでとう、くそったれ。
行き場を失った感情が、チリチリと熱を持ちシンパチの知性を焦がしていく。


それはシンパチが初めて知った、とても理解し難い感情だった。





⇒7



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