君のいる風景5
2013/11/13 00:51

何でも良い。とにかく理由が欲しかった。
本気で相手を騙すには先ず自分自身から、とはよく言ったもので。
まあ、そんな風に自分を騙くらかしてみたら、一体何れが本当の自分の気持ちだったかすら、あやふやになってしまったような気はするのだが。
……何にせよ、これでやっと元通りだ。

土方は目蓋を閉じた。
一人きり。自分以外、誰の気配もない部屋の中で。
眠りに落ちる。

久々に落ちる、夢のない眠りの渕だった。



*


眠り始める街の明かりを見下ろしている。
場所は、もう随分と前に人間の面倒臭い様々な事情で、建設途中に放り出されたのであろう、街外れの廃ビルの最上階。シンパチは身を夜風に吹かれながら、静かに佇んでいた。
……このような仄暗さに惹かれつい足を向けてしまうのは、やはり魔物の性なのだろうか。
シンパチは剥き出しのコンクリートに腰を下ろし、月明かりの浮かぶ夜空を仰いだ。
夜の紺色を覆うように集まり始める、灰色を帯びた雲。
黄金に煌めく欠けた月を滲ませては散ってゆく。
そういえば。夕方のニュースでは、明朝明け方頃の、雨の予報をしていたっけなあ。
……洗濯物、ちゃんと取り込んでくれるかなあ。

無意識に気を傾けてしまう自分に、絆されているなあ、と首を捻った。


「……」


―――あの瞬間。胸に引っ掛かっていた懸念が確かな現実であったのだと、シンパチは知った。
あの部屋に足を踏み入れた時。シンパチは確かに二人分、生活の気配を感じたのだ。
……でも、そこまでだった。
二人分の活きた感触の中で、生きているのは一人きり。
どれだけ神経を研ぎ澄ませても、自分以外にもう一人の生命を感じ取ることは出来なかった。

あの部屋は、あの人間の砦のようなものだったのかもしれない。
それは吸血鬼も人間も関係なく、知性という心を持つ生き物が皆、平等に作り出す。
大切なものを、傷付いてしまわないように内側にしまって置く為の。
大きな壁に覆われた、窮屈な箱庭。
シンパチの心に秘密が在るように、きっとあの人間にも触れてはいけない何かがあって。
シンパチは、運悪くその鱗片に触れてしまったに過ぎないのだ。

……いや、触れさせられてしまった、と言った方が正解か。

ざわざわとざわめき立てる風が、まるでシンパチの心中をそのまま表現しているかのようだった。


「……ああん、もうッ……!」


闇に溶け込む、絹のような自慢の黒髪にシンパチは自ら指を立て、ぐしゃぐしゃと掻き乱した。

……してやられたのだ。人間ごときに。
この吸血鬼という、人間なんかよりも遥かに高貴な存在である筈の自分が。


「……なんだってんだよォ……」


土方の顔が頭から離れなかった。
シンパチを、……恐らく自分さえも騙し抜いて作り上げた、土方が見せたあの表情。


「……」


ほんの僅かな時間、シンパチを正面から捉えたあの目が。

―――あの瞬間に起こったやり取り全て。土方が描いた思惑通り事にが運んでいたことを、シンパチに告げていた。


シンパチは、際限なく沸き起こる憤りに唇を噛み締める。
……くそっ、くそっ。くそったれ。
嗚呼、苛々する。気を許して、すんなりと騙されてしまったような自分。
それに何より。人間の分際で、許せない。
向こう側の事情など考慮してやるつもりはない。
とにかく、自分の気持ちを好き勝手に手のひらの上で転がした、


あの人間を、シンパチはどうしても許せなかった。



*


緩やかに、土方の目蓋が開かれた。
……ひどく喉が渇いている。
土方は肘を付いて起き上がると、明かりのない部屋の中を見渡した。
普段通り誰もいない。物音一つしない部屋だ。
目を凝らして見てみても。部屋の角に措かれた三面鏡も、箪笥の上に伏せて置かれた写真立ても。

何も変わらず、そこに在った。


「……」


土方は立ち上がり、寝室を出る。

もう一度、振り向いて部屋の中に視線を向けても。
やはり、そこには淡々と、見知った暗闇が広がるだけだった。





⇒6



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