君のいる風景1(土新?/パラレル)
2013/10/31 05:26

此方の小ネタから生まれた続き物的な何かです。はっぴはろうぃーん!関係ない新八くん吸血鬼パラレルとなりました。(ん)



「何でィアンタ、今日も直帰ですかい?」


そう、不服そうに眉を潜める後輩に「悪いな」と一言告げ、土方はオフィスを後にする。
その際一度だけ振り返ると、つまらない、と唇を曲げたその表情に「埋め合わせはまた今度な」と付け加えた。


「……付き合い悪ィヤツは出世しねェぞ土方コノヤロー!」


そんな後輩の不平を背中に浴びながら、今日も土方は急ぎ足で家路に着いた。



自宅のマンションの前に辿り着くと、土方は足を止め、自分の家の窓の明かりを確認する。
十階建て、3LDK、家賃はそこそこ。人並み強、収入のある土方にとっては可もなく不可もなく。一人暮らしていくには十二分な物件であった。
そんな十階建てマンションの五階、右から二つ目の窓。カーテン越しに灯る白色灯の明かりに、土方は目を細めた。



薄暗い玄関を潜り、リビングまでの短い廊下を抜けると、生活の明かりが目に焼き付いた。


「あ、お帰りなさい」


「……ただいま」


ダイニングテーブルの向かいにある二人掛けのソファに腰掛け、リモコン片手に熱心に歌番組に見入る少年とお座なりに挨拶を交わした。
少年が見詰める先のテレビからは、何やらポップチューンな旋律に色々とギリギリな歌詞を乗せて、そんな放送コードすれすれな話題曲を明るく高らかに歌い上げる少女の歌声が聞こえてくる。


「ああ、お通ちゃん……君は今日もなんて可愛い……」


少年はリモコンを強く握り締めながら、うっとりと呟いた。
そんな少年の姿に土方は小さく吐息を漏らすと、ダイニングのテーブルの上に視線を移した。
二人分のお椀と箸が向かい合うように用意され、その中心に本日の主菜を乗せた大皿が二つ、乗せられている。
土方は一旦自室へと引っ込み、ベットの上に鞄を放ると、続けて背広とネクタイをハンガーに掛け再びリビングへと戻った。
すると先程まで歌番組に夢中で熱視線を送っていた少年は、スイッチを切り替えたようにキッチンに立ち鍋に火を入れていた。


「直ぐにお味噌汁も温まりますので」


「ちょっと待っててくださいねー」軽い口調で陽気に告げた。
土方は「……あっそ」と無愛想に応えると、テーブルについた。
頬杖を付いて少年の後ろ姿を眺める。

……何でこんなことになってんだか。
かれこれ半月、彼はそんな自問を繰り返し続けている。



「ではでは、いただきます」


「……いただきます」


しっかりと手を合わせ礼儀正しく、食前の挨拶も忘れない。端からみれば今どき珍しいくらい、折り目正しい少年であると土方は思う。
……あくまで、端から見れば、の話である。


「今日のこの生姜焼き、実はちょっと自信作なんスよ」


少年はふふん、と気分良さげに鼻を慣らし、自信作だと自負するその生姜焼きを一口で豪快に口に納める。


「んふふふぁふふぁんふぁほ」


「飲み込んでから喋れ」


……品が在るのか無いのか、正直未だに計り切れない少年である。
懸命に顎を動かし、漸く豚肉で膨らんだ頬を元のサイズまで萎ませると、少年は再び口を開いた。


「隠し味は何だと思いますか?」


嬉々として、土方に問い掛ける。
土方は数秒生姜焼きを見詰め、白米を口に含む。


「……はちみつ、りんご、酒、酢、味の素……」


「食べろォ!せめて一口食べてから答えろォ!」


土方の全く気のない解答に、少年の切実なツッコミが飛ぶ。


「考えるの面倒くさいからって隠し味の定番手当たり次第とか、少々雑過ぎると思いませんか!」


「面倒くさいんじゃねェよ、どうでもいいだけだよ」


「それに、隠し味なんてマヨネーズ一つあれば十分だろうが」いつの間に、一体何処から出てきたのか。土方の傍らには一本のマヨネーズが存在を主張するように凛と立てて置かれていた。


「いやいや、アンタのそれは隠し味っていうか、最早隠す味だもの!隠し味の意味全く分かってないもの!」


少年は突如として現れたそのマヨネーズを直ぐ様取り上げた。


「あ、てめ、何しやがる」


土方が抗議の意を示すと、少年は言った。


「こんな高カロリーなもんばかばか取ってるから不健康になるんですよ!折角の僕の頑張りを台無しにするつもりですか!」


……この交戦も、始まって早半月である。


「……飯くらい好きに食わせろよ。お前は俺の母親かようるせェなあ」


「アンタに好きに食べさせてたら僕はいつまで経っても美味しい食事が出来ないんですよ。あと、誰がお母さんですか」


「……お前の飯なんて知らねェっつの」


……はあ。土方は深く溜め息を吐いた。



半月前の出来事を簡潔に述べると、こうである。
吸血鬼が窓ガラスをぶち破り家に転がり込んで来た。その吸血鬼というのがこの柔和な顔立ちをした眼鏡の少年であり、名前をシンパチという。……実際はもう少し長い名前であったはずなのだが、土方には何度聞いても『シンパチ』という部分しか上手く言語として聞き取ることが出来なかった。
ぶち破られた窓ガラスを修復する際に、何故か血を吸われ契約を果たし、そして何故か、己の不健康を問い質され、……気が付けばこの家に居つかれてしまった。

シンパチは、約五百年、眠っていたと言っていた割りには毎日の炊事や洗濯をそつなくこなし、文明の力を使いこなしている。最早吸血鬼とは名ばかりの家政婦状態である。曰く、吸血鬼の世界では睡眠学習的なことが出来るということらしかったが。……もう何でもアリかよ。土方は乾いた笑いを漏らした。


「……ねえちょっと、僕の話ちゃんと聞いてます?」


土方は、ぼんやりと生姜焼きを口に運んだ。……これは、確かに旨いな。そう思ったが、言葉には出さなかった。


「……美味しいですか?」


先程の威勢とは裏腹に、今度は控え目にシンパチが問う。
ジッと土方を見詰め、返答を待った。
土方はふと僅かに目を細め、「……まあ、ウマイよ」そう短く言葉にした。


「良かった!」


自分の反応に安心したように笑うシンパチに、土方は視線を泳がせた。黙々と、二人で囲む夕食を平らげていく。
……吸血鬼が何で普通に人間と食卓囲んで飯食ってんだかね。
出会って間もない頃。自分のそんな問い掛けに「え、だって食事はみんなでするものでしょう?」そう飾り気なく応えたシンパチのことを、何となく土方は思い出していた。



*


もう随分と、見なくなっていた夢を見るようになった。
朝が来るのが憂鬱だと感じた。夢から覚める時の、不意に襲う虚無感が嫌いだった。土方が薄目で時計を見やると、時刻は七時を五分ほど回ったところだった。
土方は起き上がり、洗面所へと向かった。
シンパチはまだ起きてはいないようだった。曰く、やはり吸血鬼だから、朝は苦手らしい。
土方は顔を洗い、朝の身支度を手際よく済ませていった。
新聞を広げ、昨夜の残り物で軽く朝食を済ませていると、朝が苦手な筈のシンパチがよたよたとリビング隣の和室から顔を出した。


「……珍しいな、今日はどうした」


陽避け対策か、ブランケットを頭から被り、そのままソファに座り込む。


「……今日は、朝のワイドショーに、お通ちゃんが……」


シンパチは半開きの目でテレビのチャンネルを切り換える。
そのアイドルが画面いっぱいに映り込むと、シンパチは煌めき出す瞳でまたうっとりと恍惚な笑みを浮かべ、テレビに熱視線を注いだ。
土方はそれを、心底どうでも良いなと眺め、食事を済ませた食器を流しに運ぶと、食後のコーヒーを淹れて口に運んだ。


「……あ、そうだ、」


「あ?何だよ」


テレビから視線を外さないまま、シンパチは言う。


「お弁当、夜のうちに作っといたんで、下の段にご飯だけ詰めてちゃんと持ってってくださいね」


「あと、おはようございます」土方の応答を待たず、目当てのアイドルの出番が終わった途端、シンパチはまたふらふらと部屋に引き返していった。


「……」


土方はコーヒーカップから手を離し、シンクの上に置かれた弁当箱を手元に寄せると、言われた通り弁当箱の下段に白米を詰める作業に移った。



*


時刻は正午を回る。
社員は皆浮き足立ち、昼食の為に席を立つ。
オフィスはあっという間に人が疎らになり、閑散とした。


「あー、腹へった。土方さん、俺らも飯行きましょうぜ、飯ィ」


そういつものようにかったるそうに声を掛けてくるのは、土方にとっては十年来の腐れ縁であり、今は会社の後輩である沖田総悟だった。


「悪ィ。俺、今日弁当でな」


土方が応えると、「はあ?」と沖田は眉を釣り上げ、怪訝そうな顔をする。


「弁当とか、自分で?何で急にまた」


首を傾げて土方を見る。


「……いや、別に俺が作った訳じゃないんだけどよ、」

……なんと説明したら良いものか。まさか「同居してる吸血鬼に作ってもらいました」とか、説明するわけにもいかないしなあ。
土方が上手く説明出来ずに言い澱んでいると、突然、沖田の表情が固くなった。


「……何でィ。もしかしてアンタ……女でも出来たんですかい?」


感情の消えた顔で、土方に詰め寄るように言い放つ。


「ふーん、最近妙に付き合い悪ィと思ってたら、……そういうことかい」


……幻滅した、そんな風に、逸らされた沖田の目が告げていたように見えたから。土方は反発せずにはいられなかった。


「違う」


力強く、否定の言葉を口にする土方に沖田は向き直る。


「そんなことは有り得ないってのは、お前が一番よく分かってる筈だ」


お互いを貫くように交わる視線。
先にその緊張の糸を解いたのは沖田の方だった。


「……まあ、そうですよねィ。アンタみたいな味覚音痴の甲斐性無し、相手にする女なんてそういるとも思えねェし」


沖田は、くるりと背中を向けた。


「今のは何でもないんで、さっさと忘れちまってくだせェ」


「んじゃ」そう言ってひらひらと手を振りながら、他の社員と同じようにオフィスから出ていく沖田の背中を、土方は何も言わずに見送った。



「お帰りなさい」今日もシンパチが土方の帰りを迎えた。
土方は「おう、」と短く返し、自室へと向かう。
真っ暗な部屋の中、ネクタイを外し背広を脱ぎ捨てた。
すると、背後で控え目にドアがノックされる。


「あの、」


シンパチだった。


「お弁当箱、出しておいてくださいね」


土方は何も応えなかった。
上手く、応えることが出来なかった。


「……?」


ドアの向こうで、シンパチが首を傾げる気配がする。
土方はハッと我に返ると、鞄から弁当箱を取り出し、ドアを開いた。


「わっ、」


突然開いたドアにシンパチは少し驚いて後退ると、土方が差し出した弁当箱を受け取った。
……その軽い感覚に、シンパチの顔が高揚する。


「お、美味しかったですか?」


土方を見上げ、問い掛けた。


「……まあ、それなりに」


目を泳がせてそう応える土方に、シンパチは満足気に微笑み「今日のおかずは秋刀魚ですよ!」そう声高に主張したのだった。




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