だって相当好きみたい(土新)
2013/10/20 05:58

いっそその気持ちに気が付かないままで居られれば良かったと、後悔にも似た想いが生まれ始めた時の事は正直よく覚えていない。
ただ何となく、足りない、と思った。
欲が足りないのだ、彼は。……きっと多分、かつては新八自身もそうだった。
其れなりに相思相愛で、其れなりに近くに居て、キスをして抱き合って。不自由は何処にもない筈で。
時間はどこまども穏やかに通り過ぎて、「それじゃあ、また」と次のその時を匂わせて、緩やかに終わっていく。
曲がり角に消えていく彼の背中に手を振りながら、いつしか纏わり付いたこの不思議な不自由感。
……「また」って、いつですか。
そう思い始めると、さっきまでずっと一緒に居たというのに。不思議なくらいに寂しい、と感じた。
少なくとも、明日ではない事を新八は知っている。
次は一週間後かもしれない。はたまた半月。……会えない事なんてざらだったし。
新八は、翳した手のひらを握り締めた。
空白を埋めるようにその拳を眺めた。「いつまでそうやっているつもりだ」と、風が追い立てるように新八に吹きつけていった。


「……寒い」


自然と口を吐いた呟きに、小さな溜め息を一つ溢して新八も踵を返す。
振り返ると、沈みかけた夕陽の橙がコンクリートの一本道を鮮やかに染めて、その所々に黒い影を作り出していた。
少し浮かない気持ちのせいか、その黒さが妙に目に付いてしまう。
新八は唇をきゅっと結ぶと、頭を振ってまた夕陽に背中を向けた。
自分の足元から、やっぱり黒くて長い影がぽつりと一つ、伸びていた。


「……」


新八の唇が微かに開ひらかれた。
短く、その唇が動く。
声にはしなかった。するのが悔しかったから。
こんな風に女々しく背中を見送って、まるで自分だけが、好き、みたいだと思ったから。
新八は視線を下ろした。自分の足元から伸びた影をなぞる。足元から、頭の先へ。


「……」


……驚いた。自分の頭の先を、向かいから来た誰かの爪先が踏んづけている。
新八は顔を上げた。知っている、爪先だった。


「……土方さん」


……きっと今、自分は物凄く間抜けな顔をしている。
首を傾げて夕暮れに照らし出されたその姿を見詰めた。
影みたいに真っ黒な格好をしているのに。同じ真っ黒なのに、不思議だなあ、と。新八は無邪気に思った。


「……どうしたんですか?」


新八は訪ねる。
少し距離があるせいと、いつもの張り付いたポーカーフェイスで新八にはその人が一体何を考えているのか、よく分からなかった。
新八が回答を待っていると、土方、と呼ばれたその人は、不意に視線を落としたかと思えば新八を一瞥し、また視線を逸らしたかと思うと、徐に口を開いた。


「…………煙草、忘れたと思って」


……予想が出来ていたような、そうでもないような。そんな返答に新八はぽかんと口を開く。


「煙草、ですか?」


土方は返事の代わりか、視線を泳がした。
新八は思い出す。……帰り際。土方は確かに煙草とライターの一式を懐に忍ばせて家を出た筈だ。その動作一つ一つを、新八は確かに記憶していた。
「……もう、帰っちゃうんですか」と。その背中に向けて一言、発することも出来なかった。

あの時の、不自由な気持ちと一緒に。


「……それだけ……?」


新八の鼓動が早鐘を打つ。
少し汗ばんできたせいか、吹き抜けていく心地好い。
土方の肩が小さく揺れた。新八は、じっと土方を見る。


「…………悪いかよ」


観念したように、土方は逸らしたままだった瞳を新八に向けた。
……嬉しい。新八は笑った。
自惚れ、かもしれなくとも。今はそれで構わないと思った。
欲張りになっていたのも、……こんな風に好き、みたいなのも、決して自分だけではなかったのだと。そう思えたから。

面と向かい合って気が付いた。少し紅くなったように見えたその顔は、……今は仕方がないから、この夕暮れ時のせいにでもしておいてあげようか。
新八は一歩踏み出した。
真っ黒なその背中に続く、橙色に染め上げられたコンクリートの道がとても綺麗に見えた。



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全く関係はありませんが、お家のパソコンさんの調子がおかしくてあばあばしています。

……一ヶ月くらい前から……(直せ)



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