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「…なにがおかしい」
古市さんの声のトーンが低くなる。
「すみません、年齢を気にする古市さんが可愛くて」
「こんなおっさんに可愛いはねぇだろ」
正直に笑ってしまった理由を話すと、古市さんは呆れた顔でそう言った。

優しげな表情でふわりと笑ったところがたまらなくかっこよくて、でもどこか可愛く感じて見とれてしまったのは心の中に留めておく。

空がオレンジ色に染まり始めた頃、そろそろ出るかと言う言葉によって、古市さんとの夢のような時間に終わりがきたことに気づいた。
そっか、もうこれが終わったら会えないんだ…今日はほんとに偶然で、もう会うことはないんだよね…。
連絡先を聞くなら今しかないんじゃないかと思った。嫌がられるかもしれない、断られるかもしれない、でもダメもとで一度聞いてみないと分からない。それに、次いつ会えるのかも分からないし、もしかしたらもう一生会えないかもしれない。
助けてもらったときはただ単にかっこよくて、笑った顔が可愛くて好きだと思った。でも今日、少しの間古市さんとお話して彼の話し方だとか、年齢を気にしているところとか、細かい所作の全てを見てやっぱりこの人が好きだと感じた。彼の纏う雰囲気が好きで、一緒にいるととても落ち着く。

「あっ、あの古市さん!」
店を出る準備をしていた古市さんに勢いよく声をかけると、なんだと言うかのように彼の瞳がこちらを向いた。
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました!もし嫌じゃなければなんですけど、私に連絡先を教えてくれませんか…?」
「……いいぞ、書くもんあるか?」
古市さんはしばらく悩んだあと了承してくれた。ちょうどバッグに入れていたボールペンと、書くものを持っていなかったのでテーブルに置いてある紙ナプキンを一枚手渡す。

少し骨ばった綺麗な男性らしい手によって書かれる連絡先を眺めながら、今度は偶然ではなく古市さんとご飯に行ける可能性があるかもしれない、と考えるとまだ信じられなかった。
ほらよ、と渡された数字と英字の羅列が書かれたナプキンを手に取り、思わず立ち上がり勢いよく礼を言う。
「ありがとうございます!すごく嬉しいです」
「なにも立ち上がる必要ねぇだろ、恥ずかしいから座れ」
ガタッと勢いよく立ち上がったせいで店内の注目を集めてしまい、古市さんに呆れられてしまった。
「すいません、嬉しくて。恥ずかしいんで出ましょう…」
できることならもっと一緒にいたいところだったけど、店内のお客さんからの注目が恥ずかしく、私からそう切り出す。
会って2回目で連絡先を知れたのが今日一番の収穫だろう。

お会計を済ませて外に出ると、外は先ほど窓から見た時よりも暗くなっていた。
「連絡先は教えたが、仕事が忙しかったりするとそんなに頻繁には返せねぇぞ」
「大丈夫ですよ、もしお時間さえ合えばまたご飯ご一緒できると嬉しいです」
そう微笑みながら言うと、古市さんも表情を柔らかくしてくれた。
「時間があればな」
「はい、帰宅したらLIME送りますね、登録よろしくお願いします」
「あぁ、今度は絡まれるなよ」
別れ際に気をつけろよ、と言われたので再度お辞儀をして私は古市さんとわかれ駅を目指して歩く。


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