Short | ナノ
灼熱に身を落とした

過労死して転生した。人生2回目ということもあり、前世を教訓にそこそこの大学に行ったし、安定な収入を求め公務員にもなった。
今世は前世の世界とは少し違っていた。有名企業の名前だったり、東京、というところを東都、と呼んだり。そして何より違うのはオメガバースの世界であるということだろう。α性、β性、Ω性、何処の腐向け二次創作かな?と思ったが、今のところ何処かの世界に転生トリップしたわけではなさそうだ。

そんな私も三十路手前の29歳である。前世の私は喪女であり、オタクであり、社畜だった。そんな私だが、交際期間6年ほどの彼氏がいる。名前は降谷零。褐色の肌に、金髪、青目という日本人離れした容姿の超絶イケメンだ。彼を初めて見たのは、警察学校の入校式だ。主席だという彼が堂々と式辞を述べていた。そんな彼とは授業の移動中にすれ違うことが多く、決まりとしてお疲れ様です、と何度か敬礼した。1ヶ月の警察学校を卒業し、配属されたのは警視庁だった。普通は警察署なのでは?と首を傾げたが、新人に米花は荷が重すぎる、と教官が言っていた。降谷君と再会したのも警視庁だ。彼と曲がり角でぶつかった。それからというもの、降谷君と顔を合わし、話すことも増えて、仲良くなって、食事に行くこともあった。降谷君と話すと気持ちが落ち着いて、どこか安心する。恋なんて経験は前世で画面越しにしかしていなかった私は困惑しながらも、彼が好きなのかも、と思っていた。何度目かの食事の後、降谷君から告白を受けて、交際するに至った。

そんな彼と付き合い始めて6年。特殊な部署にいるであろう零とは半同棲状態が続きながらも結婚には至っていない。重い腰を上げる。零は今日も早くから家を出たらしい。よろよろとシャワーを浴び、テーブルに並べられた食事と書き置きがある。無理しないように、愛している。そう書かれたメモを見ながら、朝御飯に手をつける。
温めたお味噌汁を飲みながら、深いため息を吐く。このままでいいのだろうか。両親からはそろそろ結婚しないのか、と連絡をする度に聞かれ、毎度のらりくらりとかわしているが、そろそろ零は結婚したくない、と両親が不信感を持ってしまうかもしれない。いや、既に持っている可能性はありそうだ。

私と零が結婚しないのは、零の事情があるからだ。詳しい話は聞いていない、警察事務として身を置いている自分なのでわかる。守秘義務は守るべきものだ。零は特殊な部署で特殊な任務に当たっている。外では偽名を名乗り、警察官であることを偽っている。どういう部署であるかもなんとなく察してはいる。この任務を終えたら、結婚しようと強く抱き締められた。
彼からの愛を疑っているわけではない。それでも、不安をずっと秘めている。

零はα。そして私はβだった。αとΩはαがΩの項を噛むことで番うことが出来る。そして、αとΩには運命の番、という関係性が世の中には存在する。運命の番に会えば、一目惚れのように恋に落ちるらしい。本能が作用しているとかで、詳しいことは未だ不明点が多いけれど、βは蚊帳の外である。70億いる人類の中で、αは10%、Ωは5%、その他がβで構成されている。3億5000万人いるΩの中から唯一の運命の番が、零と出会った場合、零はどういう選択をするのかがわからない。別れを切り出されるかもしれない。結婚していても、浮気をするのかもしれない。一夜の過ちが起こしてしまったと謝られるかもしれない。色々な可能性が巡って、婚約したい、と口には出せなかった。



半年ぶりに帰宅してきた零に抱き締められ、ようやく終わった。と呟いた。特殊な任は解かれて、昇進したという零は夜遅くとも毎日帰宅していて、その時期に警視庁の受付をしていた時に、この世界について知った。

「あの、目暮警部に呼ばれた工藤新一と……」
「身分証の提示をお願いします」

来館用の名札を取り出しつつ、刑事部からの来館予定者の名前を見る。今の今まで気づきもしなかった。そうじゃん!目暮警部ってレギュラーだったじゃん!!!内心荒ぶるのを抑えながら、来館用の名札を渡した。工藤くんの身分証は学生証で、3年、と書かれていた。多分、全てが終わった後だ。

「凄いね、初めて見た、工藤新一くん!」

彼、絶対αね!なんて言われるので、テキトーに相槌を打つ。つまり、蘭ちゃんはΩなのかな、なんてぼんやり思った。



メールで少し帰れそうにない、という連絡が届いた。作っていたカレーを見ながら、明日もカレーだな、と思いながら、久しぶりに一人でベッドに入った。

非番の日は昼まで寝ていることが多い。鳴ることが少ないチャイムに目を覚まし、よろよろと手櫛で髪を軽く整え、インターホンを見る。あれ、風見さんじゃない。言い方は悪いが、おじさんを中心に若いのが二人いる。

「どなたでしょうか」
「警察庁の者だ、少し君と話がしたいんだが」
「警、察庁」

意味がわからない。少しお待ちください、と言って、寝間着から着替える。スマホを確認して、軽く顔を洗い、化粧をして、お待たせしました。と戸を開ける。

「お疲れ様です。警察庁の方がなぜ、ここに」
「……単刀直入に言う。降谷と別れてくれ」
「………………はい?」
「君は警視庁の事務員だろう。報告書で知っている。降谷は未来を期待された有能な捜査官だ。既に昇進をしているが、更なる出世が期待出来る。そのために、君は降谷と別れて欲しい」

警察という組織は縦社会だ。上の命令は絶対。キャリアであれば尚更だ。上に気に入られなければ、蹴落とされる。

「…………私と別れたら、彼はそのあと、どうなるのですか」
「適当なΩと見合いをさせる。君のような事務員では会話も出来ないほど地位の高い人間になる」


……ああ、ここでもか。やはり、αとΩの番という関係性は結婚より強固とされるようだ。もちろん、この言い方は番わせ、結婚させるつもりなのだろうが。αとΩの子は優秀なαである確率が9割、1割はΩだ。βである君はダメだな、と言う。

「……そうですか。では、彼と別れの場を設けます。しかし、彼は現在、仕事で忙しく缶詰状態であると側近の風見警部に聞いておりますので、いつ帰宅するかわからないんです。帰宅したら、別れを伝えますので、別れた時に貴方様に連絡をすべきでしょうか」
「君が今、ここで別れると言ったら、降谷にそう伝えよう」
「その場合、彼が私の職場に来ることが予想されます。彼は理由無しに別れを切り出して納得するとは思えません。そのために、別れの場を設けたいのです」

渋々、と言ったように納得した男は2週間後、また来る。と言って、いなくなった。ああは言ったけど、別れたくはないんだよな、と深いため息を吐いた。



1週間とちょっと、よれよれのスーツを着た零が帰って来た。ふらふらの零に明日、話がしたいと伝えると、わかったと眠そうな返答。ジャケットを脱がせ、ズボンを脱がせる。シャツはボタンを外して息苦しくならないようにする。そのまま、強く抱き締められたまま、眠りに着いた。


「……は?」
「ひえ」

非番でよかった、話が出来る。と思い、朝昼兼用の食事を食べ終わり、話があるのと向かい合って、別れて欲しい、と伝えたら、そう返ってきた。聞いたこともない低い声に思わず震える。

「何で別れたいなんて」
「零がいつか運命と出逢ったら、と思ったら怖い」
「……は?」
「αとΩは番えば、αは他のΩのフェロモンに靡かなくなるけど、私じゃ、いつか零が盗られるかもって思うといつも不安で。結婚して、子供を産んだその後も、いつ現れるかわからないΩに怯えているのが嫌」

零に嘘は通用しない。だから、本心で話さないといけない。別れたい、というのは嘘でも本当でもない。別れて不安から解放されたい、好きだから離れたくない、別れたくない、とずっと揺れている。顔は上げられない。何と言われるだろうか、絶対に浮気はしない、とか?……この世に絶対はないのだけど。

「……あまり表に出ることはないけど、こんな論文がある」

向かい合っていた零が立ち上がる。零が、怒っている。

「運命の番と言うのはαとΩに存在する。しかし、最近の研究では、運命の番というのは、αとΩという組み合わせに留まらず、αとβ、βとΩという組み合わせもごく少数であるが発見されている。そして、βは相手に対応する性へ性転換する。番が存在するはずだが、αとΩの数が一致しない不明点はこれに由来するものだろう、とね」

つまり、運命の番であれば、私は零と番になれるという意味になる。運命の番であれば、だ。

「俺だって最初は戸惑ったよ。一目見て、俺の運命だとわかった。でも、聞けばβだと言っただろう。バース性に関する論文を読み漁るとね、この論文を見つけた。俺は楓がそこまで不安がっていると知らなかった。気づきもしなかった。それに、番えば、楓はΩへ性転換を起こす。大きな負担になると思っていたんだ。でも、話を聞いて考えが変わった。噛む」
「え」

ショートのため、項はすぐに晒される。制止しようとした手は片手で掴まれ、ぺろり、と舐められた項は噛まれる。その瞬間、いい匂いを吸い込んだ。

「いっ……っ!?」
「ほら、俺たちは運命だっただろう?」

耳元で嬉しそうに呟いた。



特殊設定
運命の番がαΩだけでなくβΩ、αβにも存在するなら、という話。ただ、運命の番になったらβは相手に対応する性に性転換する。αとΩだけが運命を感知出来る。βは気づかない。運命じゃないαβ、βΩが番おうとしても番えない

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