貴方の夢を叶える
なんやかんやあって現代に転生した的な話。
「海、ですか」
人理修復の記憶を持って、新たな世界に生まれ落ちた私は、深い縁を結んだジャンヌ・ダルクと再会を果たした。
夏休みに入り、課題を終わらせ、ショッピングに行こうと県内にある大型ショッピングモールで買い物をし、カフェで休憩していたときに、夏休み、どうしましょうか、というジャンヌの問いに、海に行こう、と誘ったのだ。そして冒頭の返答だ。
「私の、我が儘だけど、ね。ただの人として、生を受けたジャンヌと、海を見に行きたい。貴方の夢で、あの子は夢だったそれを、私も一緒に見に行きたいって思って」
ジャンヌ・ダルクの幼い頃の些細な夢。啓示を受け、戦いに赴く際に切り捨てたもの。サーヴァントとして海へ行ったこともある。人の身で、何度か海に行ったこともあるだろう。
だから、これは私の我が儘だ。
「嫌だったら、いいんだよ!別のところに行きたいなら、そこでも」
「いいえ、行きましょう。きっと、貴方と行くことに、意味がある」
そうして、約束を取り付けた当日。泳ぐことが目的じゃない、と日帰り旅行に決定し、朝から約束を取り付けた。
ガタンゴトン、と電車に揺られながら、風景を眺める。
「あの時は、こうしたゆっくりした時間を過ごすことはあまりありませんでしたね」
「だから、老成しているなんて、言われるのかもしれないけど」
高校生の海に行く、というと、やはり遊泳やバーベキューを指すのだと、思う。海を見に行く、という目的は、あまりないだろう。
「マシュやみんなはいないけれど、こういう平穏な日々が何よりも大切だって、そう思うよ」
「楓さん……」
電車はトンネルに入り、辺りは暗くなる。車内は明るくて、ジャンヌの方を見て、口を開く。
「でも、ジャンヌがいなかったら、きっとあの頃のこと、夢だと思っていた。きっと緩やかにあの頃を忘れていたと思う。だから、私に逢ってくれてありがとう」
「そうですね、きっと私も。ジャンヌ・ダルクであった過去を夢だと思っていたでしょう。だから、貴方に会えて本当によかった」
真正面のその感謝の言葉を受け、照れて、それを隠すように暗い外を見る。ジャンヌはクスクス笑っていて、ムッとする、が。トンネルを抜けてから、言葉を失う。
「きれい」
「そうですね、とても綺麗。遠出をして、正解でした」
それからほどなくして着いた駅を降り、時刻表を確認してから、駅を出る。3時間ほど揺られた先にある目的の海は、田舎の県で、着いた砂浜も人が3組ほどしかいない。後は、個人でサーフィンをしている人が数人。日傘を差し、砂浜を歩く。ジャンヌは、大きな鍔のついた帽子を被っている。
「やはり、貴方と来ることに意味があった」
「……ジャンヌ」
足を止めたジャンヌを私も足を止めて、そちらを見る。ジャンヌは海を見ていた。ジャンヌの蒼がこちらを向いて、名を呼ばれる。
「隣に貴方がいて、共に海を見ることが出来て本当によかった。少女だった私が捨てた夢だったけれど、私も、今、ようやく叶えられたような気がします」
夏の海は、こんなに光輝いていて、全てを弾きそうなんですね。そう言って微笑んだジャンヌに近づく。
「泣いてる?」
「泣いてません」
「確かに涙は出てないけれど、嬉し泣き……かな?」
潤んだ蒼に指を近づけて、涙を拭うように指を滑らせる。
「気障ですね、貴方は」
「そうかな、ジャンヌだけだよ」
少し目を見開いてから少し目を伏せたジャンヌは、全く……と言う。
「あそこまで行きましょうか」
「そうだね」
ジャンヌの指が示したのは灯台がある高台だ。時折、海を見ながら、歩を進める。
高台に着いて、ベンチに座りながら、道中で買った飲み物を口につける。お昼は、駅弁に興味を示したジャンヌを見て、道中の電車で食べた。……まあ、一悶着あったが。
ボーッと海を眺め続けて、飲み物に口を付けて、またキラキラと反射する光を眺める。話さないが、ジャンヌの左手が私の右手をぎゅっと握る。少し驚くが、ジャンヌは何も言わないので、私も海を眺め続ける。何時間かそうし続けて、3本目かの飲み物が無くなった頃に、そろそろ帰りましょうか、とジャンヌが言う。
「帰ろっか」
「はい……少し、名残惜しいですけど」
「また、来たいね」
「次は、暑さが落ち着いた頃に、そしてもう一度、あの時とは違う場所だけれど、冬の海を、見たいです」
「うん、何回でも、行こう」
キラキラと光る水面に目を細めて、あの子の言葉を思い出す。まるでプロポーズのようだと思ったその言葉を。
「それから、これからもずっと……貴方の側にいても、いいですか?」
「うん、もちろん」
ジャンヌもこちらのことは見ていない。そう感じる。
「ありがとう、楓。…………大好きです」
「うん……私も、好き」
顔を合わせて、顔を赤らめる。手を再び繋ぐけれど、繋ぎ方は先ほどとは違ったものだった。
水着ジャンヌ召喚祈願に。
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