Short | ナノ
ずっと子供じゃ知りえないこと

「わたし、リヴァイのこと兵長って呼ぶつもりないから」
「すきにしろ」
「わたし、リヴァイのこと、」

くちびるが言葉を紡ぐことをやめた。たった二文字のその距離は果てしなく遠いようで、わたしはいつも深く落ちていくのに恐れて飛び越えられないのだ。
きっと彼は不自然に途切れたわたしの言葉のつづきを待っているのだろう。あいもかわらず真正面を向いたままの彼の背には立派な自由の翼が風に乗ってゆうゆうと揺れていた。子供の頃ではあまり感じなかった自然の風に、今ではすっかり慣れていたという事実に息を呑む。そして複雑な感情のままにベッドからのびる足をぶらりぶらりと子供っぽく揺らしたのだった。先に立つ彼の背はいまだに赤みがかった空を背景に沈黙を携えている。

なんでもない、というまで彼はそのままなのだ。だからわたしもわたしと彼だけのその空間をすぐに壊そうともしない、かといって守ろうともしていない。成りゆくままに、わたしはわがままで子供のような女なのだ。いや、子供のままなのかもしれない。それとも子供のままでいたいと願っているのだろうか。床に滑らした視界には沈みかけの太陽がしっかりと色を残している。わたしの思いはあやふやに溶けていく。
不意にベッドが軋んで、頭にはかすかな重みがやわらかく感ぜられた。はっと前をみると最後の太陽が目にしみる。赤い空を泳ぐ自由の翼はいつのまにかわたしのそばにあった。

「いつも思ってた」

役立たずのくちびるは尚も役立たずだ。

「子供扱いされてるみたいって」
「はっ。何を言ってやがる、お前は餓鬼のまんまだろ」
「ううん、わたし、もう子供じゃない。子供じゃなくなったんだ」
「いいや、お前は餓鬼のまんまだ、カエデ」

そうしてわたしの頭ばかりなでるから、わたしがもう子供じゃないって気づかないんだ。そんなこと言ってるくせにわがままで子供のようなわたしはそのやさしい手を拒否することはない。
ずっと見つめている木目はだんだんと闇を含んできた、最近は日が落ちるのが早いのだ。
すう、と息を吸い込んで中途半端に吐き出す作業を繰り返していたら急に乱暴になったてのひらに思わずわたしは目線をその張本人に移してしまった。綺麗好きのくせに。そんな文句は喉元につっかえる。

「俺が兵長になったからって、変わんねえよ」
「なにが、」
「だからお前は相変わらず餓鬼のままでいろってことだ」

不満をふくめた目でじろり見つめれば乱暴に髪を乱した手はそのままおでこにおりてきて、ぺしり、と衝撃。音に似合わない痛みとともにとなりのベッドは軽くなった。振り向けば「飯の時間だ」なんて言う彼がいつもと変わらない目つきでわたしを見ている。呆然とする頭で適当に返事をすれば彼は扉のむこうへと消えていった。あとは暗闇にたたずむわたしだけ。
反射的におでこに押さえていたてのひらをながめてはそっと、しかし深く息を吐きだした。

「あなたは、」
あなたがわたしの規則であり、常識であり、例えであり、これまでのすべてであったこと。これからの総てであること。きっとその事実を今日も知らんぷりして生きていくのでしょう。


ずっと子供じゃ知りえないこと


10000打を記念に甘楽から。

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