03.「わたしロシアンブルーと結婚するから」
マタタビを持ったシーザーがうちの愛猫になつかれるまで2週間経った。今もレポートを仕上げている私と一緒に猫部屋で本を読んでいる。前足を器用に右手首に置いて構って、といっているような愛猫のロシアンブルーが可愛すぎて、口元が弛む。ツンデレ最高、猫最高、と口元に手で抑える。そう悶えていると、視線を感じた。案の定、見ていたのはシーザーで、視線を遣ると、少し頬を赤く染めている。
「何」
「やはり、結婚しよう」
「わたしこの子と結婚するから無理」
俺は猫以下か……!というシーザーに平然と頷く。優先順位は猫、腐れ縁、私、の順位だ。シーザー?ジョセフよりも順位が低い。落ち込んでいるシーザーに、うちの愛猫はスルーして、私に引っ付く。愛猫を嫁に迎え入れたい。
「私はこの子達をお嫁さんにする……」
「じゃあ、婿の場所は俺に……!」
「私、心に決めた子がいるの」
「……な」
トドメを刺してしまったらしい。崩れ落ちたシーザーはどんなやつなんだ、と聞いてくる。なんで答えなきゃいけないのか。婿にする子は決めている。ロシアンブルーのキリッとした子、と。1匹の猫がご飯を催促するように腕に前足を置いて、にゃぁんと鳴く。
「はいはい、ご飯だねぇ。シーザー、ご飯用意してくるから見張りよろしく」
「!!ああ」
どこか喜んだ様子で相槌を打ったシーザーを猫部屋に置いて、ポットのスイッチを押す。
「なーんていうか、楓はシーザーの扱い慣れてるよね」
「……犬みたいだし」
ぶはっとコーヒーを吹き出したジョセフをジト目で見る。そんなにツボだったのだろうか。
「あんた、死ぬほど嫌そうな顔でそう言ったよ」
「え、そう?嫌悪感が出たのかな」
次は腐れ縁が紅茶を飲んでいたようで噎せた。気管支に入りかけたらしい。げほげほと言っている腐れ縁の背中を撫でて、カチリとなったポットからお湯を出す。キャットフードをお湯で解してかさ増ししたご飯を手に、猫部屋に入ると、1週間ぶりに引っ掻き跡を顔につけたシーザーが疲れたようにこちらを見た。
「俺、やっぱり嫌われているのか……?」
「じゃあ、私と結婚するなんて到底無理だね」
「……!?」
ご飯の入った皿を各猫がいつも食べる場所に置いて、そんなことを聞くシーザーに返す。
「考えてくれたのか……!?」
「…………やっぱないわ」
「!?」
もしもの話を真に受けすぎである。
「そもそも、初対面の開口一番に結婚してくれはないと思うから」
「あ、あれは気持ちが暴走して」
「突然プロポーズとかそんなんないわー。今もなんでアプローチ受けてるのかわからないし。他に私よりかわいくて優秀な子なんて腐るほどいるよ」
例えば、腐れ縁とか。あれでも腐れ縁は現役医学部生である。顔はそこそこ整ってて、中学高校と告白された回数は両手で数えられない。
「俺は、カエデがいいんだ!」
「なんでこんな噂では色男という男に私が目をつけられたのかが理解できない」
「カエデのその光を吸い込む黒い髪と目が好きだ」
「え、あれ」
どうやら、口に出してしまったらしい。片膝をつき、両手を大きな手で包まれるように握られて、口説かれてます。流石イタリア人、甘い。砂糖吐きそう。
「最初は公園で、野良猫を撫でている時の表情だ。猫を可愛がる時のキミの顔に一目惚れしたんだ」
「………………」
タスケテ。リビングにいる、ジョセフと腐れ縁に届けと念じてみるがそんな願いは届くはずもなく、そんな顔を俺にも見せてくれ、という始末。
「だから、結婚しよう」
「嫌です。なんで過程がすっ飛んでるのか理解できない」
「それは当然」
とシーザーが答える前に、猫パンチが飛んだ。新たな傷が頬についた。今日で、何枚の絆創膏が無くなってしまったのだろう。と思考を遠くに行かせた。愛猫はご飯を食べたようで、皿をリビングに置いた。部屋でレポートの続きをしよう、と自室に篭った。
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