01.「わたし犬派の人嫌いなの」
「結婚してくれ!」
「…………は」
何の冗談だ、と思う。1輪のバラを目の前に、大学で友達がよく名にする留学生のイタリア人、確か名前はシーザー、シーザー・なんとか・ツェペリ。イケメンで色男らしく、今も何事だ、と野次馬が集まりだしている。……相手に可哀想なので、野次馬にからかわれる前に、さっさと振って差し上げなければ。私には心に決めた嫁がいるもので。
「ツェペリくんは、犬派ですか猫派ですか」
「え、……犬派?」
「そうですか、じゃあ、さよならです」
ちょっと待ってくれ!の声がかかるが、振り返りはしない。講義に遅れてしまう、と思い、行動し始めた。
「え、振ったの?」
「当たり前でしょ」
小学校からはるばる北海道の大学まで同じになった腐れ縁は、コーヒー牛乳をずごーと鳴らして飲みきる。
「なんで?!」
「犬派なんだって」
「…………あー……」
腐れ縁はその言葉で全てを理解した。あんな優良物件なのに、とかぶつぶつ言っているが、そういうことである。昼休みを終え、学部の違う腐れ縁とはまた夕方、と言って、別れる。獣医学部の同期にシーザーに告られたんだって?と聞かれて、犬派とは相容れないんだよね。と、言ったら、察された。他の同期も、それ以降、その話題を持ち上げなかった。
「その重度の猫好き、どうにかならないわけ?」
「どうにもならない」
シェアハウスの家には、私と呆れている腐れ縁と私に引っ付いている猫2匹と寝ている猫2匹と腐れ縁にすり寄る猫1匹、計5匹だ。
「全く、そんなんだから、顔はそこそこいいのに彼氏出来ないんじゃないの……」
「彼氏いなくても、私にはこの子達がいるから!」
「……はあ」
だめだこりゃ、と腐れ縁はため息にそんな意味を込めたのだろう。末期であると自覚済みである。そう、私は極度の猫好きである。獣医を目指すのも一重に猫を愛しているからだ。獣医学部の同期も、そんな私を理解して、友人関係を築き上げている。紅一点、と言われたものの、色恋沙汰もなく2年と半年が経ち、突然のあれにはびびったものだ。
「楓にもそろそろ彼氏出来ればいいのに」
「結構です」
「あー、楓の全てを理解してくれる彼氏出来てくれないかなー」
「そんなに恋人作って欲しいの?」
「いやー、獣医でしょー?患者の飼い主以外人との出会いがないじゃない」
つまり一生独身じゃない。とのこと。別にいいんだけど。
「パソコン借りるよー」
「ういーどうぞどうぞ」
腐れ縁のパソコンを前にカタカタと課題を終わらせる。こんな時に構ってと邪魔をしてくる猫がこんなにかわいらしい。
「シェアハウス最高」
「おばさんが猫アレルギーだからってよく我慢したよね」
「その反動がここにキテる」
そう、私の母親は猫アレルギーである。そうなると猫は飼えない。よく我慢できた、と自分でも思う。
「犬派だったらダメという第一条件、どうにかしたら?」
「無理」
「即答……」
ダメなものはダメだ。戦争が勃発する。殴り合いまで見える。
「……今更だけど、なんで犬嫌いなのよ」
「嫌いじゃないよ、敵視してるだけ」
「敵視」
「ドッグランとかあるのに、猫にはないじゃない!」
「え」
日本ではどこか犬が優遇されている。許せない、と言った感じである。獣医になったら犬も見ることになるんじゃないの、と言われ、仕事だから、と割り切ることは可能である。
「あ、そうだ」
「ん?」
「来週から、住民、増えるから」
「……まじで?」
「まじで」
猫が5匹いて、専用の部屋もあるけど、猫は家の中なら自由に行き来します。ってシェアハウスの説明文に書いてあったはずだ。と、思い出す。
「ちなみに男2人ね」
「……なんで知ってんの」
「楓がいない間に部屋の案内とかしてるしー」
楓がどういう反応するかが楽しみ、という笑って食器を片付ける腐れ縁に対して、強くキーボードを叩いて、猫が飛び降りてしまった。私は悲しい。
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