不老不死少女の昔語り
確か、遥か昔、わたしは普通に生きて、学校に行って、大学に行っていた。子どもが轢かれそうで、体が勝手に動いた。その子どもを押して、そのまま轢かれる。まあ、死ぬことは怖くて、ぶつかる瞬間に目を閉じた。
死んだと思ったけど、不思議と痛みを感じなかった。目を開けると、魔方陣に座っていた。というか心なし目線が低いような気がする。
目の前にいる女の人に全てを話された。轢かれかけた私を助けたらしい。何故助けたのかを聞くと、貴方が私の子どもだから、と言われた。私には両親がいたのに、何を言っているのかわからなかった。
「わからなくてもいいわ。でも、ごめんなさい」
不老不死にしてしまったのよ。貴方に生きてほしくって。
呆然とする私の手を取って、私の子ども達を紹介するわね、とその部屋から出た。
マザー!と駆け寄る子ども達はわたしと同じか少し小さい。
「新しいきょうだいよ」
というマザーの方を見ると、マザーに背中を押された。
わたしは不老不死だから、成長も、何もしない。ただ、髪だけは伸びた。
戦闘訓練をした、魔法をクイーンに教えてもらった。
渡された武器は弓と大剣に変化出来るもの。コンパクトに小さな宝石に変えられるから、便利だ。
きょうだい達が死に巻き戻る世界を眺めていた。きょうだい達の願いがやがて叶えられ、移り変わっていく世界になる。マザーも、ここには居られないらしい。ひとりぼっちになってしまう。
「わたし、何してればいいの?わたし、ずっとひとりだったら、きっとマザーのこと恨んじゃう」
「……じゃあ、私が戻るまで、生きなさい。そして、聞かせて、何があったのかを」
「……わかった」
「武器を貸して」
マザーに宝石を渡すと、頭のポンポンだったところを宝石に変えたモーグリが現れる。
「友達、よ」
「モーグリクポ!」
「モグちゃん」
はいクポ!というモーグリを抱きしめる。行くわね、と言って、いなくなるマザーを手を振って見送った。きっと、気の長いほどの時間を待つことになる。忘れてしまわないように、日記をつけることにする。
何千年の月日を経て、モーグリと神代の下らない戯れを傍観していたが、下らないものは下らない。そう思っていると、人間が勢力を伸ばした。インドの方でかそれを危惧する神々は人間たちへの楔を射った。まあ、結果を言うと、これが仇となって、更に人が世界にあるようになったのだが、よく分からないわけである。
「ねえ、モグちゃん。こっちに誰か来てる?」
「来てるクポ!」
「やっぱりそれってさぁ」
王様だよね。という言葉は呑み込んだ。モグちゃんをぎゅーと抱き締め、砂を数えていたら、影が出来る。
「童」
「……なんでしょうか」
見上げる。金のさらさらした髪に紅い目、王様と言われるほどのオーラは出ている。
「一人か」
「モグちゃんがいます」
ガシッとモグちゃんを掴むとポイと投げる王様に、目を見開く。
「モグちゃん!」
「惚れた」
「?!」
ちょっと待て、童とか今言ったよな?子どもって言ったよな?まさかロリコン?この姿を見て、惚れた?ロリコンですよね、マザー!お巡りさんこいつです!!
というかモグちゃん!!
「幼い頃からな、楽しげにせず、ずっと此方を見ているから気になっていたが、童、不老不死か?」
「…………そうだと、思います」
「ならば、見た目など関係なかろう!我が妃となれ!」
と、まあ、モグちゃんが帰って来て、暇だからいいよね、なんて思ってついていった。
あれよあれよという間に婚姻の儀を結ばれた。あれ、私の意思は?なんて、思うが、王の臣下に憐れだという目をされたので、憐れだと思われないぐらいに尻にひいてやろうと思った。出来るわけないけど。
で、問題は初夜である。流石に痛いのは勘弁してくれと、未発達の子どもにあれが入るわけがない。という前に、王様はわかってくれたらしい。ありがとう、ありがとう。まあ、ほぼ裸の王様に抱き締められてるので、恥ずかしいのだが。
「おい、起きているな」
「……はい」
「聞いてないことがあったことを思い出してな」
名は何だ、と聞いてきて、あ、と声が漏れた。この人、なんか色々順番すっ飛ばしてくれたせいで、こうなっちゃったじゃないか!!わたしも王様の名前知らないや……。
「カエデ、です。王様」
「王様ではなく、名で呼んでも良いのだぞ?」
「…………」
オワタ。首が飛ぶ。絶対痛い。再生するとか考えたくない!
「おうさま」
「……ほぉ、そうかそうか!」
笑っている王様と裏腹にわたしは多分ガチガチだ。死ぬ、死なないけど、死ぬ。
「ギルガメッシュ」
「…………?」
「我の名だ」
「……ギルガメッシュ様?」
「様はいらん」
「ギ、ギルガメッシュ」
「なんだ?カエデ」
…………噛みそうで、長い。
「…………ギル、って呼んでいい?」
「ああ、勝手に呼べ」
思ったより、優しくて戸惑ってしまう。いつぶりか忘れてしまうほどのベッドに加え、ふかふかベッドで意識が落ちた。
王座に座るギルの、その上に座る幼い妃、というのが、わたしである。穴開くほど見つめられてるんですけどぉ!?
と、まあ、その視線に気づかないわけがない王様である。言ってしまえば首が飛んだ。そう、凄く綺麗に。多分だけど。見るな、と言われて、顔を胸板に押さえつけられても、血の臭いと、殺せと言った温度のない声を知っているのだから。
それは生活になれた頃で、突然だった。
「……おい、カエデ。我が産まれる前の話をしろ」
「……はい?」
なんて、二人きりのときに言われて、戸惑う。日記は書いてたし、探すことは可能なんだけど。
「モグちゃん」
「はいクポ!」
ポンっと絵巻に変化(?)したモグちゃんに感謝しつつ、絵巻を広げる。
「…………」
「……………………」
何時の話がいいんだろう。
「ギル、何時の話がいいの?」
「そうさなぁ、カエデが産まれた時代は聞いてみたいが」
…………無理難題を仰る。というのはわたしの意見である。あの時代はまだ傍観者ではあったけど、公正では確実にない。
「遥か昔の恐らく、3000年ほど前のことで、4つの国がありました」
一つは機械を、一つは魔法を、一つは強靭な肉体を、一つはドラゴンを、それぞれの国が特化した軍事力を持っていて、アギトと呼ばれる王権を得るために、小競り合いがありました。しかし、それもやがて、大きな戦争に変わり、機械に特化した国が強靭な肉体を持つ国を滅ぼす爆弾で国を侵攻し、魔法を封じる機械を作り、攻めてきました。ドラゴンと交遊のあった国はなんとか持ちこたえた魔法の国と同盟を結び、領土を取り返していきます。
やがて、色々な策謀によって孤立した魔法の国が、全ての国を平定しました。
「まあ、こんな感じですね。わたしは戦わなかったので、あまり知りませんが」
「……ほう。続きは?」
…………にやりと笑う王様を憎らしく思う。普通これで終わりだと思うのに。
「…………。魔法の国によって平定され、全てが終わったとき、謎の軍勢によって、魔法の国は攻められます」
軍勢の攻撃は一度攻撃を受けると、致命傷となり、二撃目を受けると死に、魔法の国の者も、生き残った者を殺戮するようでした。
その戦いにはわたしも参加しましたが、あまりにも多くの人が死んでいきました。
敵の軍勢の攻撃は一時的に止み、魔法の国の近くに出来た殿に精鋭の彼らは行き、アギトへの試練を受けたそうです。やがて、試練は失敗に終わったそうです。しかし、謎の軍勢の指令者を倒し、彼らは試練失敗の代償として死んでしまうのでした。
謎の軍勢は攻撃を止め、姿を消し、国は新たな指導者によって復興しきました。
「こんな、感じ、かな」
「……遥か昔にそこまで発達していたのか!やはり話を聞いて正解だったな」
嬉しそうに笑うギルは、そうだ!と言わんばかりに此方を見る。
「カエデが生きた時代のことを書かせ、皆に見せようではないか!」
「え」
それも、唐突ではあった。
知らないことを知れる喜びに満ち溢れているギルに、不思議と笑みが零れる。ついでにしっかりとモグのことを伝えた。クポクポ言っていたが人語をしゃべっているとは思わなかったとびっくりしている。なんというか、あれか。モグが喋るものだと知れば、意志疎通は出来るわけか。
紙の代わりに使われる粘土板に文字を書く従者を呼びつけ、わたしは歴史語りをする。昔語りをするときは決まって、ギルがわたしを抱き締めている。
随分と絆されたらしい。いや、まあ、嫉妬深いのか知らないけど、何人わたしを凝視して殺したりしたのかはわからないけど、わたし限定で優しい王であって。
「ふむ、東の地ではそんなことがあったのだな」
「まあ、1000年前の話だよ」
インドで起こった戦争を話す。金の鎧を纏った英雄と全てに於いて完璧な大英雄の戦い。やがて、金の鎧を纏った英雄は、神により金の鎧を剥ぎ取られ、呪いによって弱ったところを突かれて死んでしまった。
なんてことを話すと、神は相変わらず姑息な真似をする。というギルの顔はかなり怖かった。従者は書き留めた粘土板を運んで、二人きりなると、我の青年期は知っているだろう。と聞いてくる。
まあ、知っている。ウルクが見える丘で、見ていたから。言ってしまえば、青年期のギルは幼少期に賢王と呼ばれていたとは思えないほどの……うん。それを止めたのが、碧の髪をした綺麗な人であるのは知っている。戦いも見ていたし。
「まあ、聞いておけ。お前は見ていただけだからな。詳しいことは知らんだろう。我の話を直々にしてやろう」
碧の髪をした綺麗な人、エルキドゥとギルの話を聞いた。邂逅から、数日の死闘、朋友となり、苦楽を共にしたこと、そしてエルキドゥの死、不死を求め旅に出たこと、不死の薬を蛇に取られたときのこと。
「何故泣く?」
「だって、わたしは、不老不死なんて、望んじゃいなくて。ギル、は、求めて、そんなにも旅をしてたなんて、そんな」
「泣くな。言っただろう。我には先が視える。つまり、我は永遠に裁定者とあれるだろう?」
「ギル」
「お前の側にいなくとも我はカエデと共にある。そうさなぁ。カエデに手を出そうと言うならば、財宝を擲ってやろう」
「ギル、それじゃあ」
「なに、お前は傍観者だ。裁定者の目となる者だろう?」
そう言われてはもう何も言わない。でも、そう言えば、まだ言っていなかった気がする。婚姻の儀を済ませて1ヶ月後であるんだが。
「ギル、わたしは貴方の目となり、世界を見続けると、誓います」
「…………!」
そのまま、抱き締められた。この人、驚くほど止まらない。
そう言えば、婚姻の儀の際、わたしの意思はうやむやだったので、今伝えた。共にギルとあることを。恥ずかしい。顔に熱が集中して、勘弁してほしいので、ギルの胸板に顔を見られないように埋めた。
「愛い奴め」
なんて言われて、顔をギルの方に向けさせられると、触れるだけのキスをされた。
なんて楽しい日々は早く過ぎ去っていく。何度も何度もギルに我が儘を言って、冒険譚を聞かせてもらった。約半世紀、ギルと共にいて、凄く楽しかった。本当に好きになれた。
「我はお前を見守っているさ」
「ぎる」
「泣くな、と言っても無駄か。大丈夫だ、お前は。我はお前に見えなくても側にある。カエデ」
「うん、わかってる、けど」
涙を拭うギルはもう長くない。ギルは年老いて、やっぱり私は以前と変わらず子どものまま。鍵を渡された。王律鍵バヴ=イル。必要なとき、必要な物を出せ、と言われた。きっと、中を見ると、未来の知らない物まで見つけることができそうだ。
ギルを無くして数日が経ち、わたしはウルクを出ることにした。ギルとわたしには当然子どもなどおらず、肩身は狭いし、思い出すのも辛くて、そう決めた。
2000年ほど世界を回って、多くの英雄を見てきた。マーリンもスカサハも不老不死のようだが、現世には干渉できない場所にいる。まあ、私が出向いて会いに行ったし、文通(もどき)もしているんだけど。
◇◆◇
「君は」
「お兄さんのこと、知ってるよ、わたし」
ひゅっと息が漏れた音を耳にする。
「あなたが何を見たのかはわからない。でも、きっとあなたが全力で走っている時間は無駄じゃないよ。みんなが知らなくても、私は知っているから」
「君は何者なんだ!」
「なんだろうね、家族を待っている何かだよ」
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