玉藻と5次を駆ける
1月31日
「楓様ー」
「んー……?どうしたの、玉ちゃん」
まだ、お眠りでしたか?と聞く玉ちゃんに今起きたところ、と答える。
「……楓様には酷なことかもしれませんが……。どうやら、聖杯が……聖杯戦争が始まりそうです」
「…………そっか」
「如何なさいますか?」
「10年前以上のことが起きないなら、それに越したことはない。…………士郎は聖杯戦争に巻き込まれないよね?」
切嗣も言っていた。士郎にも魔術の才能が一応あって、と云々。私は神社の娘だったからか、呪術に近い魔術を玉ちゃんに教えてもらう影響で離れて暮らすことにしたけど、血は繋がってなくとも弟は弟。それに、あの地獄を知る唯一の知り合いだから。
「それは……断言出来ません……。楓様?昨夜もレポートを纏めていたのでは?」
「…………そう」
「今日はお眠りください。まだ、聖杯戦争は始まっていませんから」
「…………うん」
2月1日
「…………玉ちゃん。夜に」
「……はい、気づいていますよ。もうそれは多くのサーヴァントの気配がプンプンと」
「何か引っ掛かる?」
「ええ、少々数が」
玉ちゃんが作った朝ご飯を口に運ぶ。相変わらず、美味しい。朝ご飯を食べている間にはいはい!と玉ちゃんが制服やら鞄やらを用意してくれる。昔からこんな生活だからダメ人間になっちゃう、と思いながら、用意された制服を袖に通して、学校に向かった。
高校3年の冬は、学校に行かない、のだが、AO入試で合格したため、入学前まではレポートを提出する必要なだけだ。
「あっははー、誰もいないや」
自由登校はこんなものだろう。驚くほど人がいない。勉強しに学校に来たわけではないので、いいだろう。
授業を受け、昼になると、2-Cへ向かう。
「士郎!」
「楓姉!?」
「ご飯食べよ!」
「これはこれは衛宮先輩。どうも」
「こんにちは、柳洞くん。士郎とご飯?」
ええ、と答える柳洞くんにお邪魔してもいいかと聞いた。……勿論、拒否権はない。生徒会室でご飯を食べるのは約半年ぶりだ。半年前まで私はここで生徒会長をしていたものだが、変わった様子はない。
「それで、なんで楓姉が学校にきてんだよ」
「いやー、自由登校って暇で」
「暇って……」
「奇跡的にAO受かっちゃったからねぇ。みんなには殺されるかもだけど、とにかく暇で」
はあ、とため息をつかれる。士郎に変わりはないのでよしとしよう。さて、念のために仕掛けた。帰ろう。
「柳洞くん、お肉食べたいなら、どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
「うんうん、食べ盛りはそれでよろしい」
じゃあね、と手を振って、包みを持つと学校を出た。
2月2日
珍しくそこにいた。まあ、ともかく。
お久しぶりです。
思ってることは筒抜けなんだろうけど。とりあえず、心の中で、そう思っておく。
「随分と大きくなったものじゃな」
天照、様になんてはほんと米粒にも満たないだと思うんですが、とても、楽しい日々を送らせて頂いています。
「……ほう。ならば、用心せよ。あれの元に返すとするか」
ふっと、息を掛けられると飛んでいくような感覚で……。
「楓様!」
「………………玉ちゃん」
「はい!」
「……今日から、始まるよ」
「…………そう、ですか」
あれは、もう完全に、忠告だった。
「玉ちゃん、10年前の悲劇は起こさない。でも、玉ちゃんと、離れなくもない。手っ取り早いのは、きっと聖杯を壊すことなんだろうけど、そんなことをしたら」
「楓様、大丈夫です。そのときはタマモ、九尾になってでも、楓様の元におります。離れても、戻ってきますからね」
「……うん」
玉ちゃんは手を握ってそう言う。安心する。チュッと頬にキスをして、朝を迎える。
「……うっ?」
「楓様?」
「士郎に何かあったのかな……」
昨日した仕掛けが反応した。士郎の生命力を外的に犯すと、反応するようにしている。この時間は……。
「学校……」
「学校は午前中でしたか?」
「うん、昨日までは何もなかったから、きっと、夜かな」
確か、遠坂さん(セカンドオーナー)も学校に在籍しているから、もしかしたら、この異常に気づいているかもしれない。
「…………今日は動かないでおこう」
「わかりました。楓様」
「うん?」
「もし、弟さんが……マスターなら…………」
「どうするかな。士郎の聖杯にかける思いを聞いてからね」
「わかりました、楓様。あ、タマモのことぉ、聖杯戦争が始まって、外に出るときは、タマモって真名がバレないよう呼んでください」
「うん、わかった」
何事もなければいいけど……。
まあ、当然、何事もなくは、なかった。
「玉ちゃん!」
「はい、わかってます!」
用意された上着を着て、靴を履く。士郎の生命活動が最低値、いや、限りなく0になった。まだ、学校にいるなんて、何をしていたんだか。
10分で着く高校に入って、士郎を探す。霊体化した玉ちゃんがこちらです、と言って、促される。
「――――」
「刺されたようですね。これは……ランサーによってかな」
刺されたであろう穴の空いた制服に手を当てる。内部もそこそこ治されている。落ちている宝石を見て、理解する。
「…………魔術師っていう割にまだまだ、子どもだったってことか」
生きていることにホッとする。目を覚ますのは、まだだろうから、一旦家に帰る。
「玉ちゃん。動ける服を」
「はい!」
服を渡される。スカートにタイツ。まあ、そう言ったんだけども。それと、はい、と札を渡される。10枚。サーヴァントに攻撃できる回数だ。
急いで、士郎の住む実家に走る。
まだ、士郎は帰ってきていないようだ。帰ってくる前に、結界というか防犯設備、の綻びが無いかを確かめるように玉ちゃん指示して、士郎が帰ってくるのを待つ。
「明かり……?」
「おかえり、士郎」
「楓姉……?」
「…………どうしたの?その傷」
「いや、これは気にしなくっ」
そうだ。まだ、万全じゃない。傷が開きそうになっているのだろう。
「士郎、大丈夫。息を吸って、吐いて」
「うっ……はっ……」
背中を撫でながら、士郎に気づかれないよう術を使う。この子は、本当に、異質というか、なんというか。
そして、カランカランと鳴る防犯設備に士郎が楓姉はキッチンに隠れていろ、と言われる。そう言われてしまえば、隠れておく。士郎が死ぬときは止めるだろうけど。死んだ人間をこれ以上生かすなんて、とか、言われそうだけど。
玉ちゃんに、霊体化をして、戦いを見届けるように伝えておく。気配を術で殺して、上から貫いたサーヴァントの攻撃を見ながら、札を手に持っておく。外に飛ばされた士郎を見て、視界を玉ちゃんに同化する。
どうやら、ぎりぎり蔵の中に入れたようだ。だって、あの蔵には、切嗣の。と、目を開けられないほどの光に目を閉じる。士郎が、マスターに。玉ちゃんと、念話をすると、確認しましたよ、と言われる。最良のサーヴァント、セイバーだ。…………そう、だよね。士郎は、セイバーの聖遺物を取り込んでいるのだから。
戻ってきた玉ちゃんが、ランサーの真名が判明しました、と言われる。宝具を開帳したということ。
「そう……。さて、後で、士郎を刺した相手については聞くね。霊体化して、シャーマン」
「シャーマン……呪術師ですね。わかりました、ご主人様」
霊体化した玉ちゃんを認識して、お茶の用意をする。さて、どう話をしようか。
複数の足音が聞こえて、パチリと電気が点いた。
「うわっ寒っ!何よ、窓ガラス全壊しているじゃない!」
「まあ、仕方ないでしょ。ランサーは士郎を相手してたし、この寒い中待たされる私の身にもなってほしいんだけど。士郎」
「…………あ。楓姉」
忘れてた、という顔をされる。私が顔を出したことで、警戒心を顕にする遠坂さんと、セイバー。
「お話するのは、多分初めまして、ね。管理者(セカンドオーナー)さん」
「ええ、そうね」
「まあ、警戒心丸出しにしなくてもいいわよ。士郎を助けてくれたこともあるし」
「……何言って」
「まあまあ、座って。窓ガラスは直して、おいたから」
キッチンから動かず、札を窓ガラスに投げて、修繕させる。
「楓姉、今の」
「ただの一般人じゃないから、殺さないでくれるとありがたいのよ」
「……ああ、そういうこと」
お茶を温めて、出しておく。
「楓姉、凄いな魔術師だったのか
」
「あー……まあ、あながち間違っちゃいないよ」
「……何言ってるのかしら、衛宮くんは。こんなの初歩の初歩でしょ?」
「?そうなのか、親父にしか教わってなかったからそんなの知らないぞ」
…………まずい、管理者さんが怒りそう。説明を丸投げするために、ちょっと防犯設備壊れてないか見てくる、と言って、出ていった。
「綻びは、なし。ねえ、玉ちゃん。止められるかな」
「ええ、止められます。セイバーも弟さんも利用すれば」
「…………そうだね。さて、どうする?」
「まだ、静観でよろしいかと」
「わかった」
楓姉、と士郎の呼ぶ声が聞こえる。
「どうしたの?」
「冬木教会に行ってくる」
「私もついていく」
「は?」
という事で、ついてきた。
「なんで、貴方まで来るのかしら」
「私が知っているものとどこまで話が同じか、ということが気になるだけよ」
「え、何、貴方、聖杯戦争について知ってるなんて言うの」
「ええ、色々あったからね」
「…………そう。で、何が気になるの」
参加できるサーヴァントは原則7基であること。マスター同士の殺し合い。マスターは令呪を3画持っていて、マスター同士、サーヴァント同士は令呪で知覚できる。
「ええ、そうね。…………それにしても、どうして貴方が選ばれなかったのよ……」
「それは運命だからだろうねぇ。私は選ばれる条件には満たさない」
「……は?」
何言ってんだよ、楓姉!という士郎に、現にそうでしょ。と言う。まあ、玉ちゃんがいるから、負けるつもりはない。
……マスターである令呪は過去に全て玉ちゃんに使ったお蔭で、管理人さんも気付いていないみたいだし。
冬木教会に着いて、途端足を止めた。これ、は。
「じゃあ、私は外で待ってるね。監督係からちゃんと話を聞いてきなさい」
「は?楓姉も入らないのかよ」
「一応、聖杯戦争を知っているけど、私はマスターでもなんでもないからね」
「……そうか。わかった。行ってくる」
教会の前で、セイバーと二人きり(本当は3人だけど)になる。……さて、何の話をしようか……。
……というか話す気にもなれないわこれ。
生かさず殺さず、なんていうことがこの足の下で行われている。
はあ、とため息を吐く。セイバーは私をじっと見ている。
「サーヴァントはサーヴァント同士を、マスターはマスター同士を知覚出来るのよね」
「……ええ、それが?」
「いいえ、何でもないわ。あ、後、信じないかもしれないけど……私は士郎の味方よ。サポートはする。何を言われようとね」
「……そうですか」
「ああ、挨拶してなかったね。衛宮楓。まあ、衛宮切嗣とは、士郎同様、養子だった」
「……そうですか」
「…………あの人がしたことも知ってるよ。でも、私はあれで構わなかったんだ」
「何を、私が!」
「……戻ったきたみたいだね」
「カエデ!」
この話はまた今度、と言って、玉ちゃんに構う。災害は辛いものだったけど、玉ちゃんが助けてくれた。失ったことはもう元に戻らないのだから、アルトリア・ペンドラゴンも、それをわかればいいのに。
「…………」
「おかえり、士郎」
「顔色が悪いですよ、マスター」
「あ、ああ。大丈夫だ。帰ろう、セイバー、楓姉」
「そうだね」
そして、橋を渡った後だ。マスター、サーヴァントです。という声が頭に響く。足を止めたことで、首をかしげる士郎と。
「よく、気付いたね。お姉ちゃん」
「…………私にも、優秀な使い魔がいてね」
それってぇ、私のことですかぁ。と聞く玉ちゃんにごめんね、と念じる。
「でも、お姉ちゃんより、お兄ちゃんとお話するわ。また会ったね、お兄ちゃん」
「サーヴァント……!」
「紹介が遅れたわ。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「……アインツベルン!」
と、まあ。士郎との話をした後、バーサーカーは私達を襲った。バーサーカーは彼のヘラクレスらしい。ああ、私はそれよりも。
「イリヤ!私は貴方と話がしたいんだけど!」
「嫌よ。どうして私が貴方と話さないといけないのよ」
「…………どうして、あの人が迎えにきてくれなかったのか、知りたくないの?」
「…………!その女を殺してバーサーカー!」
「楓姉!」
振り下ろされる武器に、にやりと口を歪めて。
「話すためには、殺してやるのがいいかしら。やって、シャーマン」
「はいはい!私の奥の手です!」
まあ、なんつうか。金的で殺すなんて可哀想なことしてごめんなさいね、バーサーカー。一瞬だして、霊体化させる。
「嘘、バーサーカーを1回殺したって言うの。貴方、何者よ!」
「別に、しがないの呪術師よ。セイバー、士郎と遠坂さんを連れて帰って」
「楓姉を置いて行けるわけないだろ!」
「……わかりました。ただ、貴方には聞きたいことがいくつかあります。それに答えて」
「やっちゃえバーサーカー!」
防御札を全展開しようとして、前に士郎が割り込んで来て、そのせいで反応が遅れた。
「マスター!」
「衛宮くん!?」
「士郎!」
「なんで……」
引いて、バーサーカー。と言って、その場を去るイリヤを追いかけようとも思ったけど、まずは士郎か。
全く、死に損ない過ぎて笑えてくるよ。
楓様、お怪我は、と聞く玉ちゃんに、ない、と伝えて、士郎の傷を見る。……うん。治ってる。
驚いている遠坂さんとセイバーを見て、家に帰ろう。と言う。士郎はセイバーに担がれる。
この状況を知ったら発狂するだろうなぁ、士郎ったら。屋敷に着くなり、士郎を寝かせ、救急箱を引き出し、包帯を巻く。寝かせておけばいい、という旨を伝えて、遠坂さんとセイバーを居間に通す。玉ちゃんに士郎の観察をさせて、茶を出す。
「さて、遠坂さんはどうするの?明日の朝にも目を覚ますと思うのだけど」
「貴方はどうするのかしら」
「私は…………はあ。どうしようか、シャーマン」
「えー、それ私に聞いちゃいますか、ご主人様〜」
セイバーが構えるから、タマちゃんまで構えてしまった。
「……紹介するわ。私の使い魔。呪術師のケモミミ娘」
「何を……!それはサーヴァントではないですか!」
「でも、貴方から令呪の反応が無いのよ」
「そりゃ、令呪3画はもうこの娘に使ったからだよ」
「……!?」
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