一つだけわがまま言わせて
「カエデ」
「お久しぶりです、おとうさま!」
「ああ、久しいな。随分と大きくなったものだ」
「そうでしょうか?」
以前会ったときは、これぐらいだった、とその人は頭を撫でる。それが嬉しくて、もっと大きくなります!と意気込む。ふっ、と笑いながら、おとうさまは、ここの生活はどうだ、と聞く。
「すごく、楽しいです!」
サンダルフォンに稽古をつけてもらって、そのあとルシフェル様が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、3人で談笑する日々がとても楽しい。
「……そうか」
「でも、おとうさまがいないのは、少し寂しいです」
「ふ、私がいなくて寂しいか、そうか」
では、カエデ、と呼ばれて、頭を撫でる手は止まる。おとうさま?と声をかけながら、顔を上げる。
「来ていたのか、友よ」
「ルシフェルか。先ほど到着したばかりでな。カエデを見かけたから呼び止めたのだ」
「そうだったのか、少し話をしたいことがある」
「そうか、カエデ、ではまたな」
「はい、おとうさま」
もう一度頭を撫で、ルシフェル様と共におとうさまが神殿を歩いていく。
「カエデ」
振り向く。サンダルフォンが歩いてくる。サンダルフォンの顔には影が出来ていて、見えない。
「カエデ!」
はっ、と意識が浮上する。顔を覗くルリアに、大丈夫ですか?と聞かれる。
「ボーッとしていたみたい」
「最近、ボーッとしていることが多いですよ、シエラ」
「……そうだね。少し疲れているのかも、部屋で横になってくる」
ルシフェル様が亡くなって、記憶が甦り、天司としての力を再び得て、サンダルフォンがジータの協力者となり、グランサイファーの乗員になった。それからようやく落ち着き、旅が再開した。甦った記憶の整理なんてする暇がないほど、慌ただしかった。だから、ふとした瞬間、記憶がフラッシュバックする。今日一日は、記憶の整理に時間を当てよう、と自分の船室のベッドに座り、目を閉じる。
「……カエデ」
「サンダルフォン?」
ドアから少し顔を覗かせるサンダルフォンにどうしたの、と言えば、蒼の少女が、と言う。ルリアがサンダルフォンに私の不調を伝えたらしい。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫だよ。明日にはいつも通りに戻るから」
入っていいか、と聞かれ、頷く。
「…………カエデ、君は自身の変化に疎いようだな」
「……そう、かな」
「まず、眠れなくなっただろう」
「あ、うん……」
天司に睡眠は不要だからな、そういうサンダルフォンはベッドに座る私を見て、何があった、と問う。
「ルシフェル様が亡くなって、天司の力と共に、記憶も思い出して。でも、記憶の整理なんてする暇は無かったでしょう?ふと落ち着いた時にフラッシュバックっていうのかな、記憶が溢れるの」
今から記憶の整理をしようと思って、と言うと、座っていた椅子から立ち上がる。
「珈琲を淹れてこよう。飲むだろう?」
「うん」
「たまには、思い出話をするのも悪くないだろうからな」
珈琲を淹れて持ってきてくれたサンダルフォンと共に、思い出した記憶を語る。『私』が目覚めてから、ルシフェル様によって眠らされる約2000年ほど前の話だ。
「……昔の私は、頭を撫でられるのが好きだった」
「ルシフェル様にもよく褒美に、とよく言っていたな」
「おとうさまも、会って話す度に頭を撫でてくれていたの。……そうだ、あの日、おとうさまは何を言おうとしていたのかしら」
あの日?と聞くサンダルフォンに、神殿に来たおとうさまに会って、話をしていて、声を掛けられたところにルシフェル様が来たこと、そのまま研究の話をして、その日は話さなかったこと。
「…………」
「わかってるの。今はおとうさまは敵であるって。でも、2000年前に接していたおとうさまは、私にとっては今でも優しく感じていて、騙されているのかもしれないけれど、でも……!」
「カエデ」
隣、座ってもいいか、とサンダルフォンが指す。頷いて、隣を空ける。空になった珈琲をテーブルに置き、サンダルフォンが隣に座る。そして、腕を引かれて抱き締められた。頭も撫でられる。
「サンダルフォン……」
「俺は君に止められようときっと、ルシファーの遺産は殲滅する」
「……その時が来たら私も殺して。私も、おとうさまの遺産、でしょう?」
「…………カエデ、君がもしそうならば、最後に俺が殺す。その日までは共にいてくれ」
抱き締める腕が強くなる。それに返すように抱き締め返す。
「サンダルフォン、一つだけわがまま言わせて」
「なんだ?」
「頭を撫でて欲しい」
「ああ、お安いご用さ」
優しく撫でられるその手に何故か泣きたくなった。
診断メーカー『創作のお題を決めましょう』から。
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