◇理想の



 旅の途中で偶然見かけたショーくんは、知らない男の人…だけどどこか見覚えのあるような人に、ぎゅっと抱き締められていた。

 なにごと?と見ていると、ショーくんがぽろぽろと涙を流していることに気付いた。普段、めったに感情を顔に出さないショーくん。泣いてるところを見るのなんかもちろん初めてで、思わず声が漏れてしまった。


「ショーくん!?」


 するとショーくんはハッと顔を上げ、男の人は消え…た…!?


「……ゾロア…?」


 人が消えたと思って驚愕していると、その場にはショーくんが連れているゾロアの姿があって、先ほどの男性はゾロアが化けていたのだと理解した。でもなんで?


「…ゾロアじゃなくて、マニュピ デス」


 僕に気付いてから、袖でぐしぐしと涙を拭っていたショーくんが顔を上げて言う。
 いつものような無表情に戻っていて、なんでもないようにふるまって、だけどその声がわずかに震えていたから、違和感と同時にぐっと胸が詰まってしまう。


「ゴメン、その名前覚えづらくて…」


 こっちも普段通りに返したけど、違和感と疑問は払えなかった。


「あー、えと、マニュピ?は、誰に化けてたの?」


 別に訊かなくてもよかったし、訊いていいのかもわからなかったけど、いつもは辛いと思わない沈黙がなぜだか重くて、頭より先に口が動いた。


「ショーのお父さんデス」


 それでも若干、『理想の恋人デス』とか言われたらどうしようなどと下らないことを考えていたので、返ってきた案外普通の言葉に胸を撫で下ろした。


「あぁ、ホームシックってやつだね」
「ホームシック…?」
「ショーくんは、おうちにいるお父さんが恋しくなったんでしょ?」


 幼いうちにポケモン修行の旅に出ると、やはりこういうことも起きるんだろう。
 薄く笑って言えば、ショーくんはいつも通り半開きの目で、不思議そうにこっちを見詰めた。


「ショーの家にはお父さん いないデスよ?」
「え」


 さっと体から血の気が引く。やっぱり触れちゃいけない内容だったんだ。ショーくんの隣でマニュピがふぅとため息をついたような気がした。こういうとき、どう反応すればいいのかがわからない。


「え、え えっと、もしかしてショーくんのお父さんもポケモントレーナーとして旅してるってこと?」


 そう、そうだ。家に居ないということは、きっと家の外に居るんだ。その可能性だって充分あった。
 だけど今度こそマニュピが『ガゥ』と唸り声を上げて、それが間違いだったと知る。もちろん、ショーくんの様子で最初から大体気付いてたけど。


「あそこ」


 ショーくんがステッキで空を指して、それにつられて天を仰ぐ。空は気持ちの良い青空だったが、僕の心は当然晴れない。


「ショーのお父さんはお空を旅してるデス。そうお母さんが言ってたデス」
「……そっか。」


 さびしいね、とか、がんばってるね、とか。何個か言葉が浮かんだけど、どれも今のショーくんにかけるにはふさわしくないような気がして、空を見上げたまま口をつぐむ。
 視界の端で、マニュピがショーくんの腕にすり寄っているのが見えた。最初にショーくんに会った時にも思ったけど、本当によく主人に気を向けてる。ショーくんのことが大好きなんだな。なんて、今はそんなことどうでもいいか。
 収集の付かなくなった状況に困惑していた。

 その沈黙を破ったのはショーくんだった。空から視線を落として、マニュピの耳元をなでながら、ぽつり。


「………ナナにぃは、ちょっとだけお父さんに似てるデス」


 その言葉に、今まで感じたいろんな“なんで”に、“あぁ”と納得してしまった。

 先ほど誰かに似ていると思った男性の姿は、自分と似たような背格好だったし、

 ショーくんが自分に父親の姿を重ねているのだと思えば、異様な懐き具合にも得心がいった。


「……!」


 ぽん、
 また考えるより先に体が動いて、ショーくんの頭をなでていた。
 驚いて見開かれた瞳はすぐに嬉しそうに微笑んで、ついでにマニュピも笑った気がして、少し、胸の奥があたたかくなった。



 ◇君の向こうの空の向こう




(ショーくんのお父さんてパンツのコレクターだったりする?)
(?なんデス、それ…?)
(違うのか…)



 *だけど まだまだ 謎は残る






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